2016/02/07 のログ
『ラズル・ダズル』 > 両の拳を打ち付けると、金属の高い音が響く。
相手の動作のひとつひとつが無言の術式であるかのように、怪人は相手を注視していた。
煙草の火が、視界に弧を描く。

「――――……」

迫り来る光の矢。
その眩さを合図に弾かれたかのよう、怪人の足が地を蹴った。

低い体勢からの疾駆。

矢の軌跡が収束する寸前の隙間を縫って、獅南との距離を詰める。
光の一本が、肩の甲冑の鋭利なごく先端を掠めた。

生物らしい肌の露出が全くない怪人の口元から、短く鋭い無声の息が吐き出される。

身を翻して高く振り上げた左足の、獅南の左肩口から斜めに抉り取らんとする踵落とし。

生身の人間相手にしては容赦のない攻撃動作が、怪人が獅南を一戦の相手と認めた何よりの証拠だった。

獅南蒼二 > 後方、ないし側面への移動であれば僅かに屈折させるだけでその体を貫くことが出来る。
だが、光の性質、屈折率の関係上唯一の死角である中央を突破されれば、

「ほぉ…。」

白衣の男は感嘆ともとれる声を漏らした。しかしそれでもなお“構え”を取る事はしない。
それは、構えを取る余裕すら無い、と映るはずだ。
片や、魔術教師、片や、人として尋常でない瞬発力、運動能力を有する怪人。
観衆の賭けはもはや成立していないだろう。

だが、観衆の期待は良くも悪くも裏切られることになる。
振り下ろされる踵落とし、鎧の重量も乗ったその一撃は命を刈り取るにも十分であったはずだ。
だが、白衣の男はその場から一歩も動くことなく、左腕を僅かに上げた。

「凄まじい速さだが、正面からでは芸が無いぞ。」

可視光を伴った防御術式が鮮やかに展開され、振り下ろされる足は獅南の身体を捉える寸前で、光の障壁に阻まれる。
障壁は容易く破壊できるだろうが、大きく威力を減退させられた踵落としでは、彼の左腕を砕くことはできないだろう。

そして自由になったままの獅南の右手には、恐らく貴方には見覚えがあるはずだ、輝きを放つ指輪が5つ。
あの演習室でのことを思い出せるならば、この魔術学者が何をしようとしているのか、想像がつく。

「さて、死ぬんじゃないぞ?」

刹那、楽しげな笑みとともに、魔力が解放される。
暴風を伴った火炎の渦が、獅南を中心として、全てを巻き込み、地面のコンクリートさえ融解させ、吹き荒れた。

『ラズル・ダズル』 > 障壁に阻まれた足が、振り下ろす角度を歪める。
高みから獅南を見下ろす仮面の奥――金色の眼光が一瞬、細められたように見えた。
万が一の二段構えを警戒したか、怪人は障壁を足場代わりに蹴り、後方へ跳ぶ。

殆んど相手から離されることのない視線が、宙返りの反転した姿勢から獅南の手元を見る。

指輪。

「待ッ――」

“ま”というくぐもった一音が、怪人の唯一の肉声だった。
瞬間的に広がる火炎が、怪人の長身を呑み込む。
爆風に圧されて宙で体勢を崩した姿を最後に、獅南の視界から消えた。



爆炎が産み出す魔力の流れ――
獅南によって統制されているであろうそれが、闘技場のわずかな一点で歪みを生じる。
炎の一部が、吸い込まれるように流れを変える。

それが何らかの“魔力に親しい物質”によって生じたことが、魔術師である獅南には察せられるだろう。
炎の向こうで、ぐわしゃん、という重い金属の叩き付けられる――恐らく怪人の倒れたか、着地したか、重い音が甲高く響く。

獅南蒼二 > 仮面の奥の瞳、その眼光には見覚えがある…だが獅南は表情一つ変えようとはしなかった。
“場馴れ”しているのか、それとも“知っていた”のか。
いずれにせよ、放たれる魔術の威力はいささかも減退することはない。

「おっと、少々火力が強すぎたかな。また白衣を焦がしてしまった。」

炎の向こうへと消えた怪人から視線を外し、もはや視覚や聴覚には一切頼ろうとしない。
自分が座っていた教え子たちの方へ向き直り、両腕を広げて見せた。

恐らく殆どの観衆はこのような“魔術での戦闘”を期待していなかっただろうが、
獅南の外見との落差や、終始相手を侮るようなその態度に、歓声や罵声、様々な声が飛ぶ。

観衆に向かって礼をしつつも、獅南は背後の炎から静かに距離を取る。
ゆっくりと、もう勝負はついたとばかり、観客席へと向かって歩いた。
それは相手を侮っての事ではない。
魔力の流れが、不自然な歪みを見せた事にももちろん気付いている。
それは対抗術式によるものか、魔鉱石によるものか…
…いずれにせよ、鎧の男は何らかの防御手段を持っていたのだろう。

会場を揺るがすほどの爆炎を放った右手の指輪はすべて光を失っており、左手には僅かに輝く指輪が1つ。
元より準備の無かった獅南は、もう殆どの魔力を使い果たしていた。

金属音の表す意味が前者であれば良い。
白衣が焦げた以外に何ら傷を負っていない獅南。誰の目にも圧倒的な力を見せた彼は、内心にそう、誰にも悟られることなく呟いた。

『ラズル・ダズル』 > ――炎と煙とが収縮し、霧散する。

それらが晴れた場には、怪人ラズル・ダズルが片膝を突いていた。
全身を覆う鎧が、艶やかな黒紫から、深い青に色を変じている。

魔鉱石の中でも、稀有とされるはずの一種。
それが世のあらゆる物理法則を超えて、甲冑として姿を現していたのだった。
獅南の指輪が光を失った代わり、甲冑に光の反射とも異なる燐光を宿していた。

眩暈を振り払うように、ぶるんと頭を振る。

観客席の喧騒に、別種の歓声や、驚きや戸惑い、罵声が交じった。

怪人が、よろめきながら立ち上がる。
相手の名を呼ぶ代わり、地を踏んで立ち上がる鉄塊の重い足音がけたたましく響いた。

獅南の両手の指輪が光量に差を生じていることを察したか、挑発するでもなく獅南の背を見る。

獅南蒼二 > 炎が霧散するや否や、より一層の歓声、どよめきが客席を包む。
獅南は並の人間を超える知覚能力を持っているわけではなかったが、
背後の様子が今は手に取るように分かった。

あれだけの熱量だ、チタニウムの合金であれ中身は無事で済まない。
その炎に身を置いてなお、立ち上がるのであれば…

「…なるほど“金属操作”とは便利なものだ。」

…獅南は一人小さく呟いて、その足を止めた。楽しげに笑って、静かに、振り返る。
この時、獅南は既に自らの敗北を察していた。
だがそれでも、魔術学者は小さく頷き…そして、彼にしては珍しく、地面を蹴って駆ける。
決して遅いわけではないだろうが“怪人”や手練れの戦士たちに比べれば、その動きは決して良いとは言えない。

だが、まだ、武器はある。
僅かに残された左手の指輪に込められた魔力。
膨大なる魔術への知識。
瞬時に展開できる術式。


……それは、“獅南以外の人物”が感じる時間にすれば1秒にも満たない一瞬の出来事だっただろう。


左手には光の刃が握られており、それは怪人の右肩を狙って突き出される。
刃は物理的な破壊を齎すのではなく、それが触れた魔鉱石に“放出”の術式を書き足すのみ。
その刃に僅かでも触れてしまったのなら、右肩を覆う魔鉱石が蓄積した魔力が急激に解放され、
それは光の刃の代わりに、獅南の炎の代わりに、怪人の右肩を貫くはずだ。

観衆からは、いったい何が起きたのか理解できようはずもないが。


「………1発は1発だ、好きに殴れ。」


だがそれは、決して致命の一撃にはならない。
それを知る獅南はなお楽しげに笑い、目の前の怪人に、そうとだけ告げた。

『ラズル・ダズル』 > 怪人の一挙手一投足に、高温の灼けた煙が纏わりつく。
振り返った獅南の様子に、こちらもまた仮面の下で小さく笑って肩を揺らす。

駆ける獅南を迎え撃たんとして、徒手空拳のまま再び構えを取る。

右肩目掛けて真っ直ぐに伸びる光の刃を、紙一重で回避する。
その刃に何事か魔術的な仕掛けが施されていることを察しながらも――

狙いが自ら吸収した魔力であることには、想像が及ばなかった。

刃先が、ごく僅かに肩を覆う板金の表面を擦る。

傷も目立たぬほどの、たったそれだけ。

「……――!」

突如として右肩を撃つ衝撃に、体勢を崩す。
一瞬の脱力に右腕がぶらりと揺れて、だが拳を握ってまだ千切れ飛んでいないことを確かめた。
右足で踏み止まると、見た目よりも重くコンクリートを揺らす。

楽しげな獅南の眼前で、怪人が顔を覆う仮面の下半分を外してみせる。

「……てめえ。超痛かったぞ」

獅南にだけ伝わるほどの、笑い声。
口元だけ露出した肌は、赤いケロイドに覆われている。
それでも尚も平然と笑う大きな唇と並ぶ牙は、間違いなくヨキのものだった。

左の拳を、身体の脇へ振り被る。

獅南の腹目掛けて、突き上げる拳を放つ。
腹を破るほどの威力はないが、ダメージを与えるための一発。

獅南蒼二 > 仮面の下の顔を見れば、その言葉を聞けば…獅南は笑った。
魔力を吸収する魔鉱石は魔力によって再現された炎をも吸収したが、熱量は確かにダメージを与えていた。
改良するのなら、現象を魔力へと変換する術式や、障壁を組み合わせれば堅牢な鎧になるだろう。
だがそれは“魔術学”なくして到達し得ない境地だ。
“異能”に敗れはしたが、この結果は“魔術学”の劣等性を示すものではない。

それが分かっただけでも、小気味よいというものだ。

「不出来な生徒には、痛みで教えてやらんとな?
 ……とは言え今回は、お前の“異能”が勝ったようだ。」

言い終わる否や、ゴッ、と鈍い音が、2人の間に響く。
防御術式も、障壁も、もはや展開されていない。
生身の身体にその一撃が入れば、獅南は苦痛に僅か、顔を歪め…足をふらつかせて、仰向けに倒れた。

「……ッハッハハハハハ! もっと思い切り殴ればいいものを。」

相変わらずの減らず口だが、しばらく起き上がるのは難しいだろう。
四肢を大の字に投げ出して、参った、とばかり、両手を開いた。

『ラズル・ダズル』 > 笑ったヨキの頬、表面の火傷が小さく脈打つ。
ごく遅くはあるものの、その赤みは既に引きつつあった。
真っ直ぐに体勢を直したはずの身体は、正中線が右に傾いている。
“放出”された衝撃か、あるいは先の爆炎でくろがねの骨を歪めたか。

「……お前はよく出来た教師だよ、獅南」

仮面の奥の瞳がひととき眩く燃え上がり、ヨキの瞼の形を照らし出す。
身体が傷付いたというのに、その目は楽しげな弧を描いて細められていた。

「これで楽しみが増したというものだ。『最高の魔術』のな」

肉を打つ音。

倒れ込んで笑う獅南を見下ろして、向けられた減らず口にはっと笑う。

その決着の有り様に、熱を増した者、白けてブーイングを飛ばす者。
二人を知らぬ者には、ともすれば拍子抜けでもあったろう。

仮面を戻して顔を覆い、降参に応えてピースサインを突き上げる。
甲冑に覆われた、それまで飾りのように動くことのなかった尾が、ぱたりと上下して動いた。

獅南蒼二 > 突き上げられたサインを見やれば、小さくため息を吐く。
傍から見れば、魔鉱石を高度な技術で加工して作られたのだろうその鎧は、
獅南から見れば尋常の加工技術では不可能な代物だとすぐに看破できる。

「まったく、“斧”どころか“鎧”まで使うとは、流石に驚かされた。
 ………だが、狩猟の獲物は大きい方が、喜びも大きい。」

楽しげな笑みを浮かべたままでそうとだけ呟き、静かに手を伸ばす。
彼の年齢相応に衰え始めた肉体では、まだ、起き上がれないようだった。

「お前に慈悲の心があるのなら、手を貸せ。」

その瞳は決して衰えぬ魔術学への“熱量”を湛えたまま、ヨキを見る。
必ずお前を殺すと、自分の言葉を決して嘘にはしないという、強い意志。
だが、それと同時に、その瞳に込められたのは憎悪でも執着でもなく、
貴方への“信頼”だったかもしれない。

『ラズル・ダズル』 > 相手の呟きに、おどけたように両手を開く。凄いでしょ、とでも言わんばかりに。
突き上げていたピースサインを下ろし、獅南に見せるように二本の指をちょきちょきと開閉すると、
ダミーの小指がいつの間にか消え失せ、五本指のガントレットが四本指になっていた。
手品でも、トリックでもなく、それが異能。

手を貸すよう求められると、迷う素振りも見せず、中腰の姿勢から左手を伸ばす。
膝に支えの右手を突かぬところを見るに、相応に“放出”のダメージが残っているらしい。

獅南の手を取る腕の力には、何の魂胆も、企みも含まれてない。
自分を殺すと告げて憚らず、現に爆炎を放ってみせた相手。
それを労わるかのごとく、ゆっくりと引き起こす。

無慈悲に灼かれたことが嘘のよう、なのではない。
放たれた炎に、容赦がなかったからこそだった。

表情も眼差しもすっぽりと覆われて、無言。
それでいて、そこには相手へ返す確かな信頼が如実に表れていた。

そうして相手を起こしたのち、再び拳を向ける。

殴るためでなく、友人と、その健闘とを称えるために。

獅南蒼二 > ……獅南はヨキの異能を、金属を生成し、それを自由に加工する力だと認識している。
確かに金属の一種ではあるが、魔鉱石をも作り出すことができるのだろうか。
だとすれば、この異能は“脅威”以外の何物でもない。
まったく、本当に、理不尽で無茶苦茶な力だ。“異能”というものは。


差し出された手を取り、起き上がる。
その動作はあまりに自然で、観衆が歓声や罵声を忘れるほどだった。

もはや2人の間には言葉もない。

焼け焦げた白衣を纏う敗者は、勝者から向けられた拳に、自らの拳を突き出して軽く打ち合わせ、
拳を離せば勝者の横をすり抜けるようにして、闘技場に背を向けた。

もう振り返ることもしない、観衆に答えることもしない。

変わらぬ決意を胸に。
“獲物”であり“友人”でもある“異能者”に、敬意を払って。

ご案内:「地下闘技場」から獅南蒼二さんが去りました。
『ラズル・ダズル』 > 軽く打ち合わせた拳を最後に、互いの足並みが擦れ違う。
去ってゆく獅南の背へ向けて、振り返りもせずに片手を上げた。
それに相手が応じるどころか、見もしないことを知りながら。

オーディエンスの様々な声に、どうもどうも、とばかりに両手を広げて応える。
ヨキと獅南の、全く対照的な在り様の表れ。

漸う手を下ろし、宴もたけなわ。
お後が宜しいようで。

「……………………、」

仮面の下でヨキが深く笑んだことを、誰も知らない。

自分はいずれあの魔術師と、命を懸けて相見えるという確信。
自らの言葉に背くことのない獅南だからこそ、違わず実現するという信頼。

乗り越えねばならない炎。その一端を、今日この目が、身体が知った。



――やがて地下の影に紛れるようにして闘技場を去り、その後。

『魔術学部から借用した魔鉱石の標本に傷を付けた』という咎で、
ヨキが珍しく始末書を書くことになったのは別の話だ。

ご案内:「地下闘技場」から『ラズル・ダズル』さんが去りました。