2016/11/21 のログ
ご案内:「落第街大通り」にメイジーさんが現れました。
メイジー > 昼間にこの場所へ来るのは初めてだった。

落第街、と呼ばれているらしい。
その名は、現地の言葉で「落伍者の街」を意味するという。
この学園都市の統治機構から見捨てられた場所だ。
ここには法の埒外にある者たちの織り成す、傲岸にして不遜なる喧騒がある。
けばけばしい見せかけの華やかさの影に、どこかうらぶれた陰惨なものを隠している。
白昼のさなかにも、暗がりに潜みこちらを伺う者たちの息遣いを感じる。
そんな底冷えのするような感覚を、この身はホワイトチャペルのそれと重ねてしまう。

「……………現場の封鎖は……すでに解かれたあととお見受けいたしました」

騒々しい破壊の痕が多くの見物人を集めていた。
壁に刻まれた亀裂を物珍しそうに見上げ、たくさんの学生が携帯型の情報端末を向けている。
そのうちの幾人かが、こちらに機械を向けてきた。顔を背けて、そっと離れる。
この学園都市では、こういう姿をした者がとても珍しいのだ。

メイジー > ヤードの黒マントのような人々、この都市の庇護者たる「風紀」の捜査員さえ一人も残っていない。
尋常ならざる暴力の爪痕が残る現場にしては、扱いにぞんざいなものを感じる。
血痕がきれいに洗い流されれば、早晩ほかの悪徳がやってきて元どおり頽廃の巷を成すだけだ。
ここはウェストミンスターの中心でもなければ、リージェント・ストリートでもない。
そんなものかと腑に落ちた。

「……光あるところまた闇もあり……と、申しましょうか…」

半死半生の目にあった現場を眺め、怪物が逃げ去った方角へと目を転じる。
見た目だけ拭い去っても消えない血の匂いを嗅ぎとり、人ごみを抜けて追跡を始める。

メイジー > 人通りがまばらになるにつれ、風景から彩度が失われていくのを感じる。
ここにあるのは、色褪せたもの。風化して崩れゆくもの。衰亡の憂き目に遭って、朽ちてゆくもの。
猥雑な生活感が往来にまであふれ出し、うらぶれた家々の軒先に住人たちの私物がさらけ出されたままになっている。
この倦怠感に満ちた白昼夢を見ているような隘路を、あの獣は落ち延びていったのだ。
よく注意をして見れば、洗い流されなかった血痕があちこちにこびり付いたままになっている。

「………身を起こす力もなく、四肢を踏ん張ることも叶わず……よろけて、ぶつかりましたか」

今度こそ、致命の傷を与えたはずだ。
銀の刃による傷は容易には癒えぬもの。あの様子ではもはや独力での回復は望めないだろう。
毛むくじゃらの忌まわしい怪物の死骸は、まだ見つかっていない。
尋常ならざる声を聞いたとか、大きなモノの影を見たとか、そういう証言は少しずつ上がってきている。
けれど、「あれ」はまだ息絶えていない。草の根を分けても見つけ出し、滅ぼさなければならない。

「あれ」を知るものは、誰もがそう口にするだろう。そういう存在なのだと。

メイジー > ひどく場違いな自覚はあるものの、活動資金に乏しいこの状況ではこの身が現場に出るしかない。
行き交う人々は皆、まぼろしを見たような顔をして固まりこそすれ、すぐにこの突飛な記憶を捨てて歩きだす。
擦り切れてしまったその感性は、かくも瑞々しい世界にありながら空疎な無関心と無気力に支配されている。
裏を返せば、捜査の妨害を受ける心配はないということだ。

「…………それで、それから……どうしました…?」

かの手負いの獣が、死線を越えて生き延びる術はただひとつ。
人々の中から新たな犠牲者を選りすぐり、捕食する以外にはあり得ない。
当然の推論に、われ知らず胸の痛みを覚えていた。

昨晩、あの闘争の中で「それ」を屠っていれば何ごとも起きなかったはずだ。
それは無用の犠牲だ。この身の力量が足りていれば、防げたはずの悲劇だった。
厳然たる事実の前には、どんな弁解も意味を成さない。
この身は悲劇を見つけるだろう。それは間もなく眼前に現れるのだ。

ご案内:「落第街大通り」に狼男?さんが現れました。
狼男? >  
(どしゃり。
 重い足音が、路地から聞こえる。
 同時に、大型の肉食獣の低いうなり声。)

グルル――。

(それが路地裏から姿を表す。
 体長は二メートルほどか。
 光を全て飲み込むような黒い影がそのまま動いているような見た目。
 体毛らしきものが風に靡いているが、同時に影が揺らめいているような印象も受けるはずだ。
 それがメイドの方へ顔らしき部位を向け、そこに光る赤い瞳らしき光点が目を細めるように小さくなった。)

――ォォォオオオオオ!!

(咆哮。
 はっきりしない外見とは裏腹に、その叫び声は狼の遠吠えのように聞こえるだろう。)

メイジー > 血の匂いが、唐突に途切れた。
ここだ。この場所で何かが起きた。

人々の気配はまばらで、居所は曖昧にしか掴めない。
昨日の夜から悪夢が醒めずに続いているような気がして、振り返って辺りを見回す。

黒い体毛は散っていないだろうか。
争ったあとは無いだろうか。
片膝をついて路面に触れる。見るべきモノは、追うべき手がかりは最初から絞られている。
ゆえに、埃っぽいかすれた風景の中から血痕を見出すことができた。

―――その時。

ヒトならざるモノの声を聞いた。
蒸気都市の夜に恐怖をふりまくモノの姿を認めた。
人型を想起させる骨格に、おぞましくも耳のそばまで深く切れ込んだ捕食者の顎を持つモノ。
その身はあらゆる光を吸い尽くす黒色にして、硬質の体毛に覆われて在るモノ。
蒸気文明の粋をもってしてもいまだ鏖殺しきれぬ、人類の天敵。

「…………まさか…………そんなはずは!」

狼男? >  
(大抵の人間はその姿を見ればある名前が浮かぶだろう。
 狼男。
 一昔前までは神話や御伽噺の存在だったそれだが、今では日常に潜んでいてもおかしくない生き物だ。
 狼のような咆哮、全身を毛で覆われた巨体、大きく裂けた口に並ぶ捕食者の牙。
 どれもこれもがその存在を狼男と認識するに充分な特徴を備えた化け物。
 その化け物が異様に長く太い両腕を地面に叩き付け、四足の姿勢を取る。
 そのまま低く低く構え、その巨体に力を溜め込み、)

ガアアアア!!

(狼の咆哮と共に、四足へ開放した。
 アスファルトが砕け、黒い巨体が砲弾のように彼女へ迫る。
 振りかぶった右腕の先には、ナイフのように鋭い爪が五つ。
 その爪を持ってして彼女の身体を八つ裂きにせんと、力任せに腕を振るう。)

メイジー > 疑問が立て続けに脳裏をかけめぐっていく。
昨日の今日で、いきなり体勢を立て直せるはずがない。
今までの行動様式から類推するに、逆に仕掛けられるなんてあり得ないことだ。
少なくとも、数日から二週間程度は潜伏を余儀なくされるはずだ。

はず。はずだ。
眼前に横たわる事実を前に、仮定の話はあまりに無力だ。

誰かが叫んだ。化け物だ、と。
パニックが波のように広がって、どこからともなく住人が飛び出しては逃げ去っていく。
安酒の匂いがする男が恐怖に目を見開き、わけのわからないことを喚いて転がり駆ける。
どす黒く落ち窪んだ目をした少女が母親に抱えられるようにして離れていく。
その手からボロボロのぬいぐるみが転げ落ちた。

獣はただ、こちらだけを見ている。
身体の軋むような痛みは少しも癒えぬまま、咆哮に晒されて気力が萎みそうになる。
状態は最悪中の最悪だ。装備は銀のナイフが数本あるだけ。銀の弾丸をこめた拳銃さえ持っていない。
その腕は、この追跡者の身を朽木のように拉ぎ倒すことだろう。
超常の現象によって拾った命を、半日も経たずに捨てることになる。

「……………もしもあれが、再現性のある現象ならば……!」

右の眼窩に埋め込まれた階差機関がはじき出した生存確率は85%。
何らかの故障を疑う間もなく、二度目の奇跡を求めて身を躍らせる。
脳細胞をフル稼働させて思い描くのは、弾丸がすり抜けた瞬間のイメージ。
怪物の胸の奥に蠢く心臓だけを求めて、白銀の刃を繰り出す。

狼男? >  
(見た目どおりの豪腕から繰り出される一撃は、しかし彼女の足元の地面を抉るだけに留まる。
 一方彼女の突き出した銀のナイフは、狙い違わず化け物の心臓を貫いた。)

――ルルルロオオオオオ!!!

(しかし、化け物は動きを止めない。
 左手を払うように、手の甲を彼女の身体へ向けて振り回す。
 心臓を貫いたはずの傷跡からは、血の一滴も流れていない。
 ただ黒いモヤのようなものが蠢いているだけだ。)

ガ、ア、オオオオ――シャアアアアアアアアア!!

(化け物と呼ばれた化け物がに異変が起きる。
 狼男に見えるそのイメージは変わらない。
 ただ、腕が長く、脚が太く、体躯が膨れ上がり、口はより大きく裂け、目はより一層輝き、より異形の姿へと変貌していく。
 周囲の混乱に呼応するかのように。
 人々が恐れる化け物のイメージへと近付くように。

 化け物は化け物と呼ばれるに相応しい外見へと。
 異形を異形足らしめる要素を貪欲に取り込んでいく。)

メイジー > 意志を持ったガス体の様に、曖昧にして模糊とした何かを切り抜いた。
肉を裂いた感触が無かった。骨を断った手応えが無かった。

対峙する直前まで気付かなかった、煙の様に現れた怪異。
あまりにも不条理な遭遇だった。
客観的事実が、知りえたことの全てがこの事態を否定していた。
違和感は確信へと変わる。

動きを止め、丸太のごとき腕の一薙ぎを頭部で受けた。
おぼろげな輪郭を持った体毛がメイドの顔に食い込み、沈み、そのまま振りぬけて通り過ぎていく。

「………………は。あは。ははははは。くっ、ふ……あははははは!!!」
「――――なァんだ!!!!」

厚い前髪を掴み、ぐしゃりと握り潰して声も枯れよと哄笑する。

「……失礼いたしました。このメイジーとしたことが。ええ、御身は間違っておいでです」
「本当の恐ろしさは……身共の恐怖は、そうではなく」

この獣は「あれ」らではない。忌まわしき血をその身に宿した眷属でもない。まがいものだ。
表層的な情報をかき集め、それらを切り貼りして組み上げられただけのコピーキャットだ。
たとえ想像を絶する超常の現象だとしても……「あれ」ではないなら、手の施しようがないわけではない。

人々の恐怖を吸って膨れ上がった怪物に半身を向けて対峙する。
推定生存率91%。アドレナリンが苦痛を抑制した。

狼男? >  
(ガスのような身体だが、アスファルトを抉るくらいの力と物理的ダメージはある。
 ――確かにあったのだ。
 二度の攻撃を煙のようにすり抜けられ、それを見た群集が声を上げる。)

『――もしかして、実体が無いのか……?』

(恐怖に駆られた人々は、それ故にそう言う都合の良い認識をあっさりと受け入れる。
 怪物が相手であればその都合の良い認識は、圧倒的な暴力によってあっさりと書き換えられてしまうだろう。
 ――だが、この存在は怪物ではない。
 人の噂通りの存在だ。
 故に、この場を支配する都合の良い認識と言う噂が、化け物を化け物の座から引き摺り下ろした。)

――ガ、アア……!

(ゆらゆらと揺らめく輪郭が、更に曖昧なものになっていく。
 それどころか、いつの間にか霧状になった身体が霧散していく。
 ただ一つ、カタチとしてまだ物理的な破壊力を残している鋭利な爪。
 その唯一残った武器を振りかぶり、笑い出した女性へ向かって叩き付ける。
 最早その動きで腕の形は掻き消えていく。
 本体の方も、武器を使わずともその霧状の身体を腕で払うだけで霧散してしまうだろう、と言うぐらいに薄くなってしまっている。)

メイジー > 「あれ」の存在を強く想起していたからこそ、獣は獣たりえたのだと理解する。
恐怖が人の内心を越えて実体化し、宿主すら食い殺してしまう。
これは常世島に特有の超常現象。「あれ」らとは性質の異なる脅威といえる。
蒸気都市の黒妖精にも、ここまで手の込んだことをする者はいない。

異世界に来てしまったのだという思いを、今さらながらに新たにする。
この身を脅かす脅威は、「あれ」らだけではないということだ。
得体の知れない超常現象は自分自身の身にも起きている。まさしく、ここは異界だ。

「とても……興味深い現象でございました。本国に標本を持ち帰れないのが残念でなりません」
「どうか、ご心配召されませぬ様。こちらはただの……」

幻想を断つ銀の白刃を斬り下ろし、爪と霧とを打ち払う。

「気の迷いにございますれば」

闘争の狂熱を持て余して薄く頬を染め、様子をうかがう住人たちに恭しく頭を垂れた。

狼男? >  
(ばさりと。
 黒い霧が霧散する。
 五本の爪が地面へと落ち、乾いた音を立てた後それもまた霧となって消えていった。)

――ア、――サ……ウ、ハ――
キ、エ――ヌ――――

(完全に消滅する間際。
 僅かに残った狼男のようなものだったそれが、そんな言葉を残していく。
 化け物だったそれは、そのまま落第街の淀んだ空気に紛れて消滅した。)

ご案内:「落第街大通り」から狼男?さんが去りました。
メイジー > 「あれ」と見誤った存在は、変幻自在の怪異がうつした一時のまぼろしに過ぎなかった。
ならば、本物の「あれ」はどこへ消えたのだろうか。
こんな騒ぎを起こして、この場所へはもう二度と戻ってこないかもしれない。
追跡行は振り出しに戻り、手がかりはふたたび途切れてしまった。

「………アサウ。それは……御身の名前でしょうか」

消え去る間際に残された言葉。幻影は最後にはっきりと意志を示した。
意思疎通が可能な相手なのだろうか。
もしも、そうなのだとしたら。
自由意志と言葉を持つ相手に刃を振るった、かすかな後ろめたさが胸に刻まれる。
そして、安堵とともに凄まじい疲労感に襲われ、思わず膝をつきそうになる。

ふたたび無関心の中へと埋没していく住人たち。
その中には、アルコール中毒の男も昏い目をした少女も見当たらない。
ぎしぎしと再び軋みはじめる身をかがめ、置き去りになったぬいぐるみを拾い上げる。
その影になっていた裏側には。

――――至近距離から飛び散った血痕が、べったりと染み付いていた。

ご案内:「落第街大通り」からメイジーさんが去りました。