2015/08/21 のログ
ご案内:「路地裏」に蓋盛 椎月さんが現れました。
蓋盛 椎月 >   
  
   幾度かの銃声。
  
  

蓋盛 椎月 > 路地裏に面した廃ビル三階の窓の一つが開かれ、
そこからひとりの、蜥蜴のヘアピンをした女性が、室外機やパイプを頼りに降りる。

「……いてえ」

女性の表情に余裕はない。
脇腹の真新しい銃創から溢れだした血が、ジャケットを汚している。
致死の傷ではないが、このまま血が流れ続ければやがて命を落とすだろう。

ご案内:「路地裏」に畝傍さんが現れました。
蓋盛 椎月 > 落第街に足を踏み入れたことはそれなりにある。
しかし路地裏にまで足を踏み入れることは稀だ。
今回はそうしなければならない理由があった。

上方を仰ぎ見る。
先ほど自分が脱出してきた部屋からは、物音や、人の声はしない。
だから大丈夫だろう。

視線をビルの合間の空へと移す。
一雨来そうな気配があった。

畝傍 > この日、畝傍は久方ぶりに、クライアントからの依頼による『狩り』に赴いていた。
とある違反組織が敵対者や裏切り者を処刑する目的で飼育していたロブスター型の魔物がアジトを破壊、脱走した、という知らせを受け、
フライトパック飛行により急行。魔物のサイバネティクス化された両ハサミに内蔵された兵器群に苦戦を強いられたものの何とか倒し、
成果報告をクライアントへ送信。あとは報酬の振り込みを待つのみとなっていた。
パックの燃料節約のため、帰りは徒歩。狙撃銃を抱えたまま路地裏を歩いていると、畝傍の視界には廃ビルから降りてくる一人の女性の姿が映る。
畝傍はその姿に見覚えがあった。常日頃から何かと世話になっている、養護教諭の蓋盛椎月である。だが、何故彼女がこのような場所に――?
「フタモリ、せんせー……?なの?」
ゆっくりと近づき、確認をとるように、そう声をかけてみる。

蓋盛 椎月 > 「やあ、畝傍ちゃんじゃないか」
小さく、手を挙げて声に応じる。
その表情は、普段保健室で見せるような笑みと同じだった。

「こんなところほっつき歩いてたら危ないよ。
 なーんて……あたしの言えた話じゃないか」
のんきな口調でそう言いながら、路地裏の廃ビルの壁面によりかかる。
ぽたぽたと滴り落ちる血がアスファルトを濡らす。
傷を塞ごうともせずに、ズボンの尻ポケットから煙草を取り出して、
震える手で火を付けて、咥えた。

畝傍 > 蓋盛が畝傍に見せた笑顔は、普段と変わらない。
しかし――彼女の脇腹から滴る血と、震える手。加えて、路地裏というこの場所。
現在の畝傍の精神は実年齢よりも幼いとはいえ、荒事は何度も経験した身だ。
蓋盛の様子を見て何も連想しないほど、鈍くはない。
「せんせー……けが、してる。どうしたの……?」
おそるおそる、煙草を咥えた蓋盛に問うてみる。

蓋盛 椎月 > 煙を吸う。空いた手で額の汗を拭った。

「同窓会にお呼ばれしてね……
 ちょっと、喧嘩になった」

説明としてはあまりに不十分であったが、
それ以上詳細について語るつもりは蓋盛にはなかった。
寄りかかった身体が、ずるずると下にずり下がる。
やがてぺたりと座り込むように。

「怪我はまあ、なんてことないよ。
 その気になれば、すぐ直せるからね。
 弾丸を取り出さなくちゃいけないけど」

畝傍 > 「けんか……」
蓋盛自身の口からそれ以上言葉が紡がれなければ、畝傍もそれ以上の不要な詮索は避ける。
誰にでも触れられたくない事柄はあるものだ。
されど、彼女が力なく地べたに座り込む様子を見れば、とっさに駆け寄り、
「でも……せんせー。フタモリせんせー……ほんとに……だいじょうぶ、なの……?」
本当に手当ての必要はないのか、そう確認をとるように、声をかける。
畝傍には傷を癒す異能や魔術もなければ、手当ての心得もない。
しかし、眼前に怪我人がおり、ましてそれが自身の世話になった人物とあれば、その身を案じないわけにはいかなかった。
そのしばし後、畝傍の意識は一つの単語に向けられる。
「弾丸…………」
弾丸。狙撃を生業とする畝傍には馴染みの深いものだ。
だが、弾丸といえば標的の命を奪うものであるというのが、謂わば当然の認識であった。
その弾丸で、蓋盛は如何に自らの傷を治すというのだろうか?
未だ彼女が持つ異能を知らぬ畝傍は、しばし思案する。

蓋盛 椎月 > 「よいしょ、っと、てて……」
ジャケットの内側から、小さなリボルバーを取り出す。常に持ち歩いているものだ。
それがごろんと地べたに転がった。

「ああ、大丈夫だと言っているのに。
 じゃあそうだな……せっかくだし、あたしの頭でも撫でていてくれよ。
 そうしたら終わるから」
片手に煙草をはさみ、もう片方の手で血の滲む脇腹を押さえる。

畝傍 > ここまで大丈夫だと言っているのであるからには、大丈夫なのだろうか。
――ならば、と、未だ整理のつかない感情をどうにか落ち着かせ。
「……うん。そう、する」
弱々しい声でそう告げると、畝傍は蓋盛の側に寄り添い、
優しくゆっくりと、その頭に手を添えんとする。

蓋盛 椎月 > 「あんがと」
一度畝傍へ笑いかけて、顔を下に向ける。

すう、と強く息を吸う。煙が肺に満ちる。
それと同時に、指先を傷口に強引に突っ込んだ。
「…………」
感覚は、鈍麻してはいるが、激痛を訴える。
しかし、緩慢ともいえる動きで、指を奥へと差し入れる。
頭を撫でてもらっている、この角度からなら、きっと畝傍からも見えづらい。
(まるで自慰だな)
体液の溢れる、やわらかい肉が、指を咥えこんでいる。
実際これは自慰なのかもしれないな、と思った。
別に興奮などしないが。
そこまで変態ではない。

雨の中踊るのが自由というなら、
銃弾を咥えたまま生徒と歓談するのも自由という気はする。
どうせすぐ忘れてしまうのだし。

だけどさすがにそれははしたない。

少しして、小さい金属の塊が指に挟まれて、取り出される。
銃弾だ。
《イクイリブリウム》は万能に近い治療を行うことができるが、
体内に異物を残したまま治すと後々面倒なことになる。

弾丸をぽいとそのあたりに放り投げる。
その指先には、別の弾丸がいつのまにか挟まれていた。
白色に淡く光っている。それをリボルバーに込める。

そして自分の脇腹に発砲した。

「…………ん、終わった」

いつのまにか、蓋盛の傷は消えていた。
服を汚していた血の汚れすらも。すべては夢幻だったかのように。

畝傍 > 蓋盛が一連の行動を終えれば、畝傍も彼女の頭から手を離し、
その様子をちらりと見ると、傷は消え、服に付着していた血液も消滅している。
これが、先程彼女が口にしていた『弾丸』の効果――であろうか。
いかなる原理によるものなのか、畝傍にはまだ判断がつかない。
しかし今、それは畝傍の眼前で、実際に起きていた。
「……そっか」
彼女にどういった言葉をかけてよいか、しばし判断に迷った後、
まずはその一言だけを口にし、微笑む。

蓋盛 椎月 > 「ええと……頭を撫でてくれていたんだよね、きみが」
座り込んだまま畝傍を見上げる。
ぼんやりとした目つきで、そんなことを確認するように訊く。

「頭を撫でていてくれたから……
 きっと、少しは楽になったと思う」
その言葉からはどこか確信に欠けたものが感じられる。

「あたしの異能はこんなふうに、なんでも治せるんだよ。
 ……もう、痛かったことも思い出せないぐらいに」

畝傍 > 「……うん」
蓋盛の問いに答えた畝傍は、彼女の言葉に若干の違和感を覚える。
畝傍の認識に誤りがなければ、頭を撫でていてくれ、と持ちかけたのは彼女であったはずだ。
その違和感を抱きつつ、なおも蓋盛の言葉に耳を傾ける。
やはり、あの弾丸は彼女の持つ治癒の異能によるものであった。――しかし。
「おもい、だせない……」
蓋盛の口から出たその言葉から、一つの可能性を考えるに至った畝傍は。
「……きえちゃった、の?」
その可能性の正誤を確かめるように、彼女に問いかける。

蓋盛 椎月 > 視線を畝傍から外す。先ほど蓋盛が逃れてきた廃ビルの窓。
それに向けて指を差す。次に地面、次に自分、次に畝傍。

「ええと、同窓会で撃って、撃たれて……
 ここに降りてきて、畝傍ちゃんとばったり会って……
 それで、自分の傷を治した」
一つ一つ、確かめるように、区切って言葉にする。

「……ああ、消えちゃった。
 傷が治ると、それに纏わる記憶がね。
 完全に忘れる、というわけではないけど……
 『記憶』が『情報』に成り下がった、という感じ」

ゆっくりと立ち上がる。

「ま、大したことじゃないよ。みんな忘れるものさ、いつかは」

畝傍 > 蓋盛の言葉を聞き、自身の推察が誤りではなかったことを知ると、
畝傍の中に、どこか物悲しい感情が生じる。
「せんせーも……なんだね」
――彼女もまた、異能の行使に代償を伴うのだ。
そして彼女は、それを承知の上でその能力を使った。
それを理解した瞬間から、畝傍の表情は若干曇る。
蓋盛が立ち上がれば、それに合わせ再び立ち上がり、長大な狙撃銃を両腕でしっかりと抱え。
「……そう、だね。そう……だけど……」
言葉を返す。先程よりも、なお弱々しい声。

蓋盛 椎月 > 短くなった煙草をポイ捨てしてぐりぐりと足で踏む。
リボルバーをしまいこんだ。

「どうした。
 ……自分の異能にでも、悩みごとがあるのかい」

歩み寄って、かすかな笑みをたたえて、畝傍の眼を覗きこむ。

畝傍 > 目を覗きこまれれば、笑みをたたえている蓋盛の顔を目を逸らさずまっすぐに見据え、話しはじめる。
「ボクの異能にも……"代償"があるから。ボクは……それを払ったことも、あるから。だから」
畝傍の異能――『炎鬼変化』<ファイアヴァンパイア>。その代償は。
「ボクが異能を使ったときに、払わなきゃいけない"代償"は……ボクの、"正気"、なんだって。だから……むかし、ボクに異能がめざめたときに、ボクは……」
かつて常世島を訪れる以前にこの異能が発現して以降、畝傍の精神は狂気に陥った。
そして、この島へ訪れてからも、友を救うために数度その力を行使し、
畝傍の狂気はより深まることとなったのである。

蓋盛 椎月 > 「なるほど、確かに少し、似ている。
 怖いのかい、自分が自分でなくなってしまうことが……。
 けど、使わないでいることは、できない……そんなところか?」
目を細める。穏やかな笑みを崩すことはない。

「その怖さは、きっと取り除けないものだ。
 それならさ、誰かに覚えてもらうんだ。
 狂いきっていないきみのことをさ」

くる、と、身を横に向ける。視線ははずさない。

「いるんだろ? 覚えてくれそうな子がさ」