2015/09/14 のログ
織一 > 「……まずいな」

いつものように島を彷徨いていたら、いつのまにか落第街まで来てしまった。
こんな危ないところに気づかず突っ込むとは私もまだまだだな、と思い、踵を返して立ち去ろうとして__
生ぬるい風が吹き、塗料の匂いを運んできた。

その匂いに興味を引かれ、匂いを頼りに歩き出す。
少しして匂いの元にたどり着き、そこに有ったものを確かに捉えた。
色の染み付いた刷毛、色とりどりのスプレー、壁一面に描かれた宇宙と、その中心で躍る縞猫。
絵の事はよくわからないが、上手だな、とは思った。

「……お前が描いたものか」

猫を思わせる無音の足取りで、壁に背中を預ける何者かに話しかける。

ビアトリクス > (功名心も、欲望も。消えたわけではない)
(どうすればいいんだろうなあ)

などと、ぼんやり思索にふけっていると、人の気配がする。
反射的に傍らに放っておいた鞄に手を伸ばしかけ――
この街区の住民にありがちな粗雑な敵意や害意のあるわけでもないことも感じ取った。
声や背格好からして、年若い少年だというのがわかる。
しかしどこか異質な臭いはあった。

「まあね。……一応軽犯罪だから、誰かに見られる前に退散しようかと思ってたけど。
 きみはここの住人かい?」
壁にもたれたままの姿勢で、目だけをそちらに向けて答える。

織一 > 「いや、私は未開拓地区のものだ」

そう静かに答えながら、目の前の少女?少年?の声に少し驚く。
男にしては華奢で、女にしては未成熟な、性を感じない体型。
その声はしゃがれていて、しおれた花のような「疲れ」を思わせる。
壁に体をもたれ掛からせる今のポーズも相まって、人形めいた人だと感じた。

「……お前は何故、絵を描く」

壁一面に描かれた絵を見ながら、そう問いかける。
芸術、というのは生きる上で無意味なことだが、その「無意味なこと」に深い意義を見出だすものもいる。
そういったものたちの心理は意味不明で、だからこそ知りたくなるものだ。

ビアトリクス > 「何故、と来たか。どう答えていいか難しいな。
 ……きみは美術はやらなさそうだね」

粗野な印象を受ける少年だ。
塗料の臭気とも、古紙の薫りからも縁の遠そうな雰囲気。
刷毛に残った青い塗料を用意していた古い新聞紙で拭いながら、問への答えを考える。
そして口を開く。

「あいにくと、これ故に筆を執る、というものはないよ。
 もちろん始めたきっかけはあったが、なにぶん長くてね。
 今はもうきっとどうでもいいことなんだろう」

ゆったりとした口調。

「それとも、明確な理由がなければ、納得できないかい?」

織一 > 「そうだな、私は芸術というものを捉えることができないようだ」

獣に芸術は理解できない、芸術という不定形に真に形を与えられるのは「人」だけだ。
織一は現状芸術をよく理解していないが、半分とはいえ「人」が混じっているため理解できる可能性もある、という状態だ。
それに何年掛かるかは解らないが。

彼の答えを聞き、静かに口を開く。

「……そうか、私はその答えで満足だ」

そう言って、絵に向けていた顔を彼のほうに向ける。

「……お前の絵が見たくなった」

「その意義の元に描かれた絵が、どういうものなのか興味がある、
……何か持っていないか?」

鮮血色の瞳が、青い眼を射抜くように見つめた。

ビアトリクス > 「ふむ……」

鞄から何か取り出して、暗がりから立ち上がり、
少年へと歩み寄る。

「見せるために描いたものじゃないから、
 そのへんは容赦してほしいけど……」

そう言って差し出したのは一冊のスケッチブックだ。
表紙に『日恵野 ビアトリクス yy/09/01 ~』とサインペンで記されている。
名前と使い始めた年月日らしい。
開けば常世島の各所の細かいオブジェクトについての
鉛筆のスケッチで半分ほどのページが埋められている。
街路樹、消火器、電柱、ポスト、側溝……
背中を向けた猫、鼠の死体、電線に止まる雀、生い茂る雑草、散らかったゴミ集積所。
いかにもモチーフとして興味を引きそうなものからそうでないものまで、
丁寧に写実的な筆致で描かれていた。

「普段は学園の美術部で活動してるから、
 そこに行けばもっとまともな作品も見せられるけど」

織一 > 差し出されたスケッチブックを受け取り、ぺらぺらと捲る、中には沢山の写実的なスケッチが描かれていた。
織一も見たことがある風景から、誰も気に留めないようなオブジェクトまで、色々なものが丁寧に描かれていた。
ゆっくりとスケッチブックの中身を観賞して、見終わると彼に返した。

「ありがとう……日恵野ビアトリクス、だったか」

表紙に描かれていた名前は彼のことだろうか、それにしては随分と女性的な名前だと思うが。

「絵も見せてもらったし、何か渡したいところだが……何か空の容器はないか?」

聞きながら、甚平の合わせに手を滑らせる。
一瞬はだけた胸の上、革製の__にしては牛革にも合成革にも見えない__ベルトのようなものが見えるだろうか。

ビアトリクス > 「……ああ。日恵野ビアトリクスという。よろしく」
スケッチブックを受け取って戻す。
芸術を捉えられない――と称していたが、満足してくれただろうか?

「空の容器? こういうのでいいかい」
何をするつもりだろうか。
少し怪訝そうに、たまたま鞄に入っていた、空のペットボトルを見せる。
胸がはだけられるのには意表を突かれ、慌てて目を逸らしてしまった。
(なんだろう……?)

織一 > 「そういえば名乗っていなかったな、織一という」

下の名前だけ名乗りながら、空いている片手でペットボトルを受けとる。
合わせに入れた手を引き抜き、折り畳んだ状態のバタフライナイフを取り出した。
くるりと回して展開させる、暗闇の中で尚目立つ、艶のない有機的な赤い刀身が露になる。

「痛い光景が嫌いなら、耳を塞いでおけ」

ペットボトルの蓋を開けて、ビアトリクスに背を向ける。
左手をビアトリクスから隠すように立ち__有機的な赤色が舞い、左手の人差し指、第二関節を狙い綺麗に切断する。
そのまま血を流す人差し指をペットボトルの口に突っ込み、鮮やかな流血を容れていく。

「……これでいいか」

ペットボトルが半分ぐらい血で満たされると、人差し指を引き抜く。
振り向き、奇妙な魔力に満ちた血を入れたペットボトルをビアトリクスへ差し出した。
__人差し指は、痕も無く綺麗に再生していた、ただ痛々しく血液が付着しているのみ。
相当凄まじいスピードで切り捨てたのか、ナイフに返り血は付いていない。

ビアトリクス > 「うわ」
さすがに驚きに声が出た。
何のつもりなのか、と問う暇もなくそれは行われる。
血を見て失神するほどやわではないが、スプラッタな光景を眺める趣味もない。
流血が注がれる間、顔を背ける。

やがて声がかけられて、恐る恐る振り向いて――ペットボトルを受け取る。
切り裂かれたはずの指が元通りになっているのを認めた。
なかなかおどろおどろしいものを贈られてしまったらしい。

「……貧血にでも見えた?」

苦笑して、冗談交じりにそう口にしてみせる。
魔性の存在の血肉――例えば人魚のそれには不老不死の力が宿るらしい。
そういったものと同類かはわからないが――何かただならぬものは感じ取れる。

織一 > 「貧血か、これなら貧血ぐらい簡単に治せるだろうな」

冗談に真顔で答えながら、人差し指の血液を服で乱雑に拭う。

「この血液に、私の「再生」と「執着」の権能を籠めた。
飲み干せば腕一本分ぐらいなら即座に「再生」するし、
何かに「執着」したいときに少し舐めると意識が”切り替わる”。
少々魔力としては癖が強いが……魔道具や術式にも使えるな。
消費期限は……大体一年後ぐらいか、相応の容器に移せばさらに延びるな」

そう説明して、バタフライナイフを閉じてホルスターにしまった。

「まあなんだ、加護のようなものとでも思え」

「再生」の魔力の影響で鮮やかな赤を保つペットボトルを見て、そう纏める。

ビアトリクス > 「そりゃ、ありがたいな。
 貧血になりやすい知り合いがいるんだ」

鼻を鳴らす。

血液に込められた効力についての説明を、相槌を入れながら聴く。
受け取ったペットボトルを注意深く新聞紙でくるみ、鞄にしまう。
空気に触れても赤赤しいのを見るにそう簡単に劣化はしないものなのだろう。

「なるほどね。大体理解したよ。ありがとう。
 絵を見せた対価としては少々過ぎた加護にも思えるけど――有効に使わせてもらおう。
 ……これはそういう異能? それともそういう種族なの?」

絵を描くのに使った道具を片付けはじめながら、
そんなことを何の気なしに訊く。

織一 > 「この力は父からの遺伝だ、八岐大蛇の神性が人の胎に宿って産まれたのが私らしい。
……簡単に説明するなら、酒呑童子と同じ生まれ、だな」

そっと近くの画材をビアトリクスに寄せたりしながら、疑問に答える。
片付けを手伝うにしても何をすればいいのかよくわからないので、
とりあえず遠い位置にあるものをビアトリクスが取りやすい位置に置いている。

神と人の境界が再度曖昧になった現代において、自分のような「混血」は少ないながら着々と数を増やしているようだ。
それの良し悪しはわからないが__自分のようなものは、確かにこの世界が”変わった”証なのだろうか。

ビアトリクス > 「そりゃまたずいぶんとビッグネームだ」
肩をすくめて、慄く素振り。
織一に軽く礼を言いながら画材や道具をひとまとめにしていく。

「ぼくは実は怪物の胎から産まれたんだ。
 きみと違って大したものは受け継がなかったけどね。
 ――それが良いことか悪いことかは、知らないが」

母親のことを口にすると微かに皮肉に唇が歪む。
彼女は人の形をとってはいたし、人間であるように振る舞ってみせてはいるが――
怪物と呼んで差し支えはないだろう。なにせ父親が《いない》のだ。

「きっときみやぼくのような存在は、もう“普通”なんだろうな」
つまりは、そんなもの存在しないということである。

織一 > 「そうか」

ビアトリクスの言葉に刺々しいものを感じ、短く答えるのみに止めた。
……言葉の刺は母に向けたものか、それともビアトリクス自身か。
彼も肉親のことで面倒なものを抱えているようだ、面倒事の方向性は違うだろうが。

「”普通”、か」

何気ない一言が少し心に引っ掛かり、小さく呟く。
私達が”普通”になったのか、それとも世界が私達に歩み寄ったのか。

「……今日はありがとう、また今度美術部に遊びにくる」

ビアトリクスの荷物がある程度片付いたのを見て、そう声を掛ける。
それだけ言って、建物のパイプや柵に人間離れした運動神経で跳び移り、上へと姿を消した。

ご案内:「路地裏」から織一さんが去りました。
ビアトリクス > 「ああ、じゃあまた」
跳躍して去っていくのを、静かに見送る。

絵を描くことに意味は無い。
しかし生きていることも同様に意味は無い。
父か母のどちらかが化生であろうとも、
立ち向かわなければならない問題はそれほど目新しくはないように。
きっと何もかもがつまらなく、何もかもが重要な事柄なのだろう。

まとめ終わった荷物を抱えて、ビアトリクスも去る。
後には猫と宇宙という、妙な取り合わせの壁画が残された。

ご案内:「路地裏」からビアトリクスさんが去りました。
ご案内:「路地裏」に『シーフ』さんが現れました。
『シーフ』 > 落第街の裏路地は、大抵の事件が闇に消されてしまう。
それが例え殺人だったとしても、表に知れる事は少ない。
そもそも落第街は、公には存在しないもの、とされているのだ。
歓楽街の一部、そういう扱いだ。
そのため、風紀や公安の手も届き辛い。
むしろ、風紀や公安を名乗れば命を狙われる事もあるだろう。
二級学生や犯罪者が入り乱れる、常世島で最も治安が悪い地域と言える。

そんな薄暗き土地落第街は、七英霊の一人『シーフ』にとって恰好の縄張りとなる。
『シーフ』は目立たず、ひっそりと強盗殺人する事を好む。
そんな『シーフ』にとって、この落第街はまさしく都合が良い場所なのだ。
「それにしてもさぁ。
 『ハンター』も、『モンク』も、『プリースト』も派手にやりすぎだよねぇ。
 殺しっつーのは、もっとスマートに、静かにやるもんでしょう」
短剣型の宝具『アサシン・ダガー』を片手に、路地裏を歩く『シーフ』。
「つっても、僕がこの場所に、他の英霊が来辛くさせているんだけどねぇ。
 だってこんな良い場所、他の奴等に荒らされるとか嫌じゃん」
落第街こそが『シーフ』のテリトリーだと思わせて他の英霊を近づけさせない。
そう思わせるように、『シーフ』は立ちまわっていた。
面白いようにその策略が上手くいき、他の英霊は落第街には立ち寄らなくなった。
『プリースト』は一時、この落第街で手下を集めていたようだが、今は表で活動中。
『シーフ』が存命中に、彼女が落第街に来る事はないだろう。

『シーフ』 > 「『ウィザード』は、どうなんだろうねぇ。
 あいつだけは、この僕よりもさらに頭いいからなぁ……。
 表には出さないだけで、僕の策略にも気づいているかもねぇ」
『ウィザード』が『シーフ』の策略に気付いているのか、気付いていないのか、それすら分からない。
あいつは、『ウィザード』は七英霊の中でも恐ろしい奴だ。
「まだ目立った行動をしていないとなると、とんでもない計画を企てていたりするかもしれないねぇ」
あの『ウィザード』が未だに動きだしていないという事実が、逆に危険なのだ。
じっくりと、自身の策謀を進めているに違いない。

しかし他の奴等は、単に落第街は『シーフ』の領域だから近づき辛い、という認識しかしてないだろう。
それがまさか、『シーフ』の意図した事だとも気付かずに……。

「おっと、誰かいるねぇ。
 あいつを殺して、金でも奪ってやるかぁ
 どうせクズしかない場所だからねぇ。
 どれだけ殺しても問題ないよねぇ」
そこにいるのは、サングラスをかけたヤクザ風の男だ。
たばこを吸っており、いかにもという姿をしている。
『シーフ』は気配を殺して、その男の背後に近づいた。

ご案内:「路地裏」にシインさんが現れました。
『シーフ』 > それはとても静かに終わった。
男は何が起こったかにすら気付かずに、血を流す事もなく地べたに横たわる。
断末魔すらなかった。
だが確かに、『シーフ』は男の首筋を斬ったのだ。
「いっちょあがり。
 さてさて、こいつはどれぐらい金もってるかねぇ」

素早い手つきで男を調べ始める。
サイフは、バッグに入っていた。
そしてサイフから札を全て抜き取った後、サイフを地面に投げ捨てる。
かなりの金をこいつは持ち歩いていたようだ。
「こんなに持ち歩いちゃってさぁ。
 違法な手段で儲けていたりしたのかねぇ。
 どう稼いだかなんて、僕にはどうでもいい事だけどねぇ」

ご案内:「路地裏」に迦具楽さんが現れました。
シイン > 黒い高踵の靴を履く男。黒衣を纏いながら男は路地裏を歩き進む。
路地裏の空家を住処とする彼は、此処の秩序を守ることを条件として一つの空家を対価に働く。

"秩序"というのは場所のルールとも言える。
所謂、縄張りと言えよう。
その箇所を守ってくれと頼まれてる。
簡単に言ってしまえばそれだけの話。

こうして特定の時間になれば見回り、なにかやらかしてる奴が居れば"秩序"を持って守る。
それだけの話し。

そんな彼が投げ捨てられた"何かの音"に気が付いて、そこの場所へと歩を進める。
一歩、二歩と静かに。
歩む足音に気配に敏感な者ならば気付けるだろう。

迦具楽 >  
「――へえ、いい手際ね」

【そう、少年へ向けられた路地裏に響く声は。
 この場所にあまりに似つかわしくない、少女のもの。
 少年の居る路地。その先に影からにじみ出たかのように、黒く長い髪を後頭部でまとめた、小柄な人影が現れる】

「はじめまして、お兄さん。
 ――お名前、聞いてもいいかしら?」

【雇い主の意向に沿うために、”たまたま”気が向いて路地裏を歩いてみれば。
 一風変わった”匂い”を嗅いだ。
 変わったとはいえ、それは間違いなく”食べ物”の匂い。
 釣られるようにやってくれば、行われていたのは静かな殺害――いや強盗か。
 匂いの元は、金を抜き取った少年の方だ】

「――――」

【そしてもう一つ。
 これもまた嗅ぎなれない、爬虫類の匂い。
 それも、随分と”偉そう”な匂い。それが近づいてきている。
 自分が路地裏から離れていた一ヶ月。
 その間にこの場所は、ますます魔境と化していたらしい】

『シーフ』 > 金をしまいながら、ニタァと笑う。
事が済めば、後は証拠を隠滅してさっさとこの場所からずらかればいい。
それでこの殺人は、闇に葬られる。
『シーフ』はそう考えていた。

強盗殺人をした後だという事もあり『シーフ』は気配に敏感になっている。
近づく足音に気付き、近づいてくるシインへと視線を向ける。
「あっちゃぁ。
 目撃者がいるんだねぇ。
 まいったね、こりゃ」

さらに小柄な少女までもが現れて、名前を聞かれてしまう破目になる。
迦具楽に目を向けると、ニタァと怪しげに笑った。
目撃者二人とは、ついてないねぇ。
「何者かねぇ?
 名前を聞くなら、自分も名乗ったらどうだい?
 この状況であんまり名乗りたくないんだけどねぇ。
 そうだなぁ……『シーフ』とだけ言っておくよ」

シイン > やがて進む足の動きは止まり、二人と先程まで生きていた者の姿が一人。
自分が来る前に一人の女性がどうやら先に来てたらしい。
死体は体格からして男だろうか、不幸にも対象となり殺されたのだろう。
投げ捨てられた財布に目を移す。
先に聞いた"音"はコレだったのだと、恐らくはだが。

「…………。」

視線の先は女性ではなく、先から話してる学生服を着た少年へ。
言葉からして殺害したのは彼。
目撃はしてない。だが反応からして"そうなのだろう"

言葉を介さないままに、黒衣から覗いて出ている白い尾が揺れ動く。
見据えたままに、どうしたものかと。
このような事態が実際に起きたのは初めてだった。
だからこそ、悩むのだが。秩序に反する者には"秩序"をぶつけて処すまで。
それだけの話。

だが今は自分と相手だけではない、下手に手は出さずに、まずは様子見と。
静かに二人を視野に入れたまま黙っているだろう。

迦具楽 >  
「……あら、言われてみればその通りね」

【――ああ、聞いた通りの名前だ。
 僅かに頭を下げた迦具楽の口角が、ニィ、とつりあがる】

「それじゃあ、改めまして。
 はじめまして”英霊”さん。私は迦具楽。
 少しばかり頼まれて、アナタを”食べ”にきたの」

【その声はただの挨拶のようで、無邪気なもの。
 けれどその笑みと、赤い視線は、獲物を見つけた狩人のそれだった】

「――――」

【”トカゲ”の匂いがする黒衣の方へは、ちら、と視線を向ける。
 やはり知らない存在だったが……邪魔を、敵対されるでもないならどうでもいい。
 いまはただ、目の前の”食べ物”に集中するとしよう】

『シーフ』 > いや、この角が生えた黒衣の人物には、はっきりと目撃されたわけではないかもねぇ。
どっちにしてもこの状況じゃあ、『シーフ』が殺しているように見えるから変わらない。
黒衣の人物は、今のところ動かないようだ。
様子をうかがっている……と言ったところか?

「へぇ……」
黒髪ポニテの人物を鋭い眼つきで睨む。
「英霊の事は知っていたんだねぇ。
 そいつは、下手に名乗るのはまずかったかねぇ。
 なら話は早いよ。
 迦具楽かぁ、うん覚えたよ。
 とりあえず、口封じに殺してから、君の金品全部持ってくけど。
 それでいいよねぇ?」
いかれたとも思えるように、ケラケラと笑った。

「僕を食べるぅ?
 いやだな、僕はおいしくないよ?
 じゃあ、お互い名乗りをあげたところで、君は死んでねぇ」
『シーフ』が印を結ぶと、どんどん分身していく。
二人。四人。八人……と増えていき、最終的には十人となった。
「それではいくよぉ。
 ここにいる奴全員殺して、ここでの事は闇に葬るからさぁ。
 覚悟してねぇ」

シイン > 聞き慣れない単語が聞こえてきた。
『英霊』と。
黒髪のポニテの女性が言うには、この少年が英霊なのだろう。

しかもそれを食べにきたと。

兎にも角にも、英霊という単語はひとまず置いて。
顔に片手だが被せ、大きな溜息を漏らしながら口を開いていく。
言葉は女性に向けて。

「いや、流石にな。殺すのはまだしも食すのはどうなんだ?
それにな。喰われて消されては困る。」

そういう"部類"の種族も少なからず居るには居るが、堂々と他者がいる前で言うとは思わなかった。
許す許さないの話ではなく、安々と許可に見過ごせない話だ。

悠長に言葉を送ってたら、英雄であり"シーフ"の彼が増えて行く。
分身と言われる技術か。はたまた異能か。

「殺すか。それは私もか。」

全員なのだから当然ながら数に入ってるだろう。
当たり前の事を質問として聞いて、少々の時間を稼ぎ。

真紅の瞳を迦具楽と名乗った彼女に視線を送る。
"どうする?"と。
アイコンタクトだが意は通じるかわからない。
協力して眼の前の奴を殺すか、敵対して全員皆殺しにするのか。
二つに一つ。
どう転ぶかは彼女次第と。

迦具楽 >  
「それは残念だったわね。
 私って今、ものの見事に一文無しなのよ」

【ケラケラ笑う英霊には哂い返し。
   Creation
 ――《創造》――”プログラム”を走らせる】

    search    load   Optimization
 ――《検索》――《読込》――《最適化》――

【少女の両肩から、合わせて二本の支柱が生える。
 その支柱には、下から上までびっしりと、赤い点が十個ずつ並んでいた。

 ――マイクロミサイル。
 それは一つ一つが数センチ程度の、爆薬。
 これまで蓄えたエネルギーを変換し、精製した破壊のための兵装】

「――悪いけど、私は簡単には死ねないみたいなの」

【自嘲するように呟けば。
 分身した英霊達に向け、赤い弾頭がいっせいに打ち出された。
 ミサイルは全て、精製されたとは言え迦具楽の一部。
 迦具楽が認識している十体の分身へ向けて、誘導されて飛んでいく】

「――――」

【黒衣の男に、赤い視線が向けられる。
 ――視線で一つ、頷いて見せた。
 少なくとも、迦具楽にこの黒衣の人物と敵対するつもりも、理由も無い。
 どういうつもりかは知らないが、協力する様子を見せれば、それなりの協調は見せるだろう】

『シーフ』 > 「そうだよ。君も殺しちゃうねぇ。
 そもそもねぇ、僕は人を殺して身包みを剥ぐのが大好きなんだよねぇ。
 その相手は誰だっていいんだよ」
シインも殺すと明言する。
「だけどまずは迦具楽だねぇ。
 君は後回しにしてあげるよ。
 だからって逃げないでね? 逃げたら苦しませて殺すよ?
 僕は『プリースト』と違って、いたぶるよりもいかに効率良く静かに殺すかを考える方が好きなんだけどねぇ。
 その主義を曲げさせない方向に協力してくれると助かるよ」
分身の一人が、手に持つ短剣を宙に放り投げて回転させる。


「一文無しとか、まじ簡便だわぁ。
 まじないわぁ。
 それじゃあ、何も奪えないよねぇ。
 君の命しか奪えないよねぇ」
迦具楽の言葉に、また『あっちゃぁ』といった感じで手で自分の顔を抑える。

迦具楽の両肩から二本支柱が生えたかと思ったら、そこから小さなミサイルが発射される。
なるほどねぇ、強盗は無理だったとしても殺しがいは多少ありそうだ。
「危ない攻撃してくるねぇ」
九人の分身と本体合わせて計十人の『シーフ』は、どこからもなくクナイを取り出す。
指と指の間に挟むようにして、一人四本づつクナイを握ると、それを一斉に赤い弾頭へと投げた。

ただのクナイのように見えて、高速で投げ出されたそれはミサイルを撃ち落とす事も可能だろう。
迫りくるミサイルを撃ち落とそうとする。
これで半数のミサイルは防ぐ事ができるだろうか。

だが残りの五発が容赦なく分身に次々と直撃する。
誘導する事もあって、回避する事はできない。
「ぐわああああああああ」
「ぎゃあああああああああああ」
「ぎょええええええええ」
それぞれ断末魔を上げながら、分身の半数が消滅していった。

「やるねぇ……。
 なら次は、こっちからいかせてもらうよ」
分身を含めた五人の『シーフ』は素早く印を結ぶ。
すると、五人全員、口から火を噴き出した。
「火遁の術!」
火炎が、迦具楽に襲いかからんとしている。

シイン > 彼女は頷いた。それだけで十分。それ以外には必要ない。

「なるほど、私も殺すか。」

男は冷静に、冷たい声色で言葉を発す。
それならばやることは一つだ。
協力をして"英雄シーフ"を殺すだけ。それだけ。
この路地裏で、落第街において。
それをするということは、逆に同じことされるということ。

まるで弾道ミサイルのよな兵器を展開する迦具楽に、それを全部ではないが半数は堕ち落とすシーフ。
二人を置いて彼は指を重ね一つ。音を鳴らす。
乾いた音だ。

すると全身は白き焔に包まれ、人の姿形を保ちつつに現れる。
龍人として白炎の龍はその場所に姿を見せるだろう。
暗い路地を白く照らしながら、されど焔は熱を持たずに。
激しくも燃える焔。周囲を溶かそうともしない、そんな炎だ。

自分は未だにターゲットではない。
今この時を狙えば、恐らく英雄シーフの分身の幾つかを潰せるだろう。
だが、協力をすると、頷きを見せた彼女を放置して置けるほどに外道にして非情ではない。
一つ、指を鳴らす。

「――呑み込め。」

彼が腕を前に突き出しながら、その腕は迦具楽に向けられて。
言葉の後に、直ぐ様に彼女を護るように、襲いかかる火炎に対して彼女を包み込むようにして四方八方と壁となり展開された白き炎。
それで火炎を防ごうと、護ろうとするだろう。
防げたならば、まるで火炎を呑み込むような動きで、言葉の通りに白き炎は"火炎全てを呑み干す"