2016/06/17 のログ
ご案内:「路地裏」にエアルイさんが現れました。
■エアルイ > 「…………おい、『餌」が落ちてきたぞ」
常世島の一角――真っ当な生徒が立ち寄ることのない落第街。
学園や学生街が日向とするなら日陰にあたるその地帯のさらに奥。
流れ着いたものが静かに沈み、呑まれていく闇の一角で――
路地裏に面する窓から外を覗いていた少年が、新たな犠牲者がやってきたことに気がついた。
「確認」
「『賞味期限』は『まだ先』だな。『レシピは分からない』が、『外来生物』の『番なし』だろうな」
投げつけられた言葉に、少年はすらすらと応える。
狙った相手がどんな異能をもっているかも分からない。
ひょっとしたら、既に聞かれているかも分からない――
だから、直ぐには意味の分からない様に、彼らの間で通じる符丁を織り交ぜる。
「――『調理』してから『お客』に出せば、
そこそこの『バイト代』が出るかもしれねえぞ?」
「つ、『つまみ喰い』はしていいのかよ」
「しても分からないならかまわねえよ、お前も悪趣味だな」
別の少年が推測を並べ、最後に呟かれた誰かの下卑た言葉に、
周囲から笑いが零れる。
もしも、この会話を見ているものがいたならば……
そして、その意味することが分かったならば。
その笑みに込められたものと意味は、少年たちの年齢相応に明るいものでは決してなく、
それとは逆の……汚泥に満ちた、濁りきったものであると分かったかもしれない。
だが、今。
それに気づくものは誰もいない。
狙われた被害者は、狩人のささやきには気づけない。
■エアルイ > 「……」
少年は、改めて窓の外を覗く。
細い路地を――空き缶や廃材が乱雑に並び、お世辞にも歩きやすいとは言えない路を無警戒に歩いていくのは、小さな影だった。
賞味期限はまだ先――年の頃は、少年たちより若く見える。
レシピは分からない――服はゆったりした物を身にまとっており、何を装備しているのかは分からない。異能も、不明。
外来生物――おそらくは異邦人だろう。頭からは角が生え、腰からは長く太い尻尾が伸びている。
あるいはコスプレか何かの可能性もあるが……
観客もおらず、いたとしても演者に銃とナイフを突きつけてくる様な劇場で演技をするヤツもいないだろう。
いたとしたら、そいつは余程の脳天気か、こちらについての知識が足りていないか、だ。
そして、番なし――背丈の割には豊かにふくよかに膨らんだ胸元は……女性であることを無言で主張していた。
久しぶりに、歳相応の欲求を発散できるかもしれない。
暗い願望に、少年の舌が唇をじとりと湿らせた。
■エアルイ > 「外すなよ?」
「まあ見てろ。百発五十中は伊達じゃねえ」
「それじゃ外れてるんじゃねーか」
軽口を交えつつ……窓の外を進む影に向けて、少年はそれを構えた。
それは、アーチェリーで用いられる、競技用の弓にも見えた。
右手を伸ばして構え、左手で弦と矢を掴み、ゆっくりと後ろに引く。
だが……明らかに競技用とは材質の異なる弦に、弓本体に取り付けられた機器の数々。そして、つがえられた矢の放つ凶悪な輝き。
無言の威圧感を放つそれらが、この弓が競技などという健全な物に使われることを静かに拒否していた。
個人携行型対異生物制圧用非火薬兵装『烏』
人間工学的に則って製造されたデザインと内蔵された制御機器、照準装置群が使い手を精密にサポートし、
半自動で供給される弓とモーター駆動で引き絞られる弦は火薬兵器には不可能な静音性で哀れな標的に必殺の刃を突きつける。
尤も、少年達が入手したこれは数世代も前の型落ち品、そのさらに海賊版であり……本家本元がどうなっているかは分からない。
が、彼らにとっては今使える手札が有用であり、信頼性があること。それこそが重要であり、そんなことはどうでもよかった。
「…………」
音も無く、モーターのサポートを受けて少年が弓を引き絞る。
照準サイトの中に、哀れな標的を捉え……そして
■エアルイ > 「!!」
その一撃は、少女からしたら唐突に現われた様に感じられた。
僅かな音を引き裂いて飛来した弓は、宙を一直線に飛翔し……
少女の半歩先の地面に、勢い良く突き立った。
外れだ。
唐突な脅威に対し、少女は即座に弓の向きから飛来したであろう方向に視線を向け
ゴリッッッッ!!!
その後頭部にどこからともなく飛来した黒塗りの矢が突き立ち、鈍い音を立てると弧を描くようにして跳ね飛んだ。
当たった衝撃にか、少女の体がたたらを踏み――
体勢を立て直すことを許さないという様に、追い討ちの矢が次々飛来し、肩に、腕に、太ももにと突き刺さる。
■エアルイ > 「どうよ? 綺麗な五十中だろ?」
「やっぱ外れてるんじゃねーか」
「バぁーか。他のヤツ等が当てやすくする為のワザとだよワザと。獲物の視線を釘付けにして視線を逸らす。
この渋い仕事が分からねぇ?」
「言ってろ。どうせ当てるのが下手くそだから『とどめ』には選ばれなかったんだろ?」
「んだとこの野郎?!」
ゲラゲラと笑いながら、少年達は建物の中から姿を現す。
携えていた『烏』は建物の中に置き、代わりという様に大振りのナイフを持っていたが……
それはあくまで念の為で、恐らくは必要ないだろうなと少年は思っていた。
目の前に蹲っているのは、歪なシルエットになった少女の姿。
一見すれば、疲れたからその場に腰を下ろしている様にも見えるが……
孔だらけになった服。幾つか突き立ったままの矢の存在が、
それが疲労によってもたらされたものではないことを雄弁に示していた。
頭部を狙った二発目以外、その殆どが肩や腕、太ももや膝に集中しており……
血が流れていないことも加味すれば、腕と脚の無事にさえ考慮しないならば、
恐らくは命に別状は無いかも、しれなかった。
尤も、これは少年達に僅かな情けがあったためでも、
ましてや命は奪わないという善意でもなんでもない。
頭と体さえ無事ならば、後はどうなってもよいのだ。
『商品』にするならば、それだけで事足りる
――腕と脚は無事だったらバイト代が増えるボーナスでしかない。
例え射られた衝撃で筋肉が千切れ、骨が砕け、二度と使えぬ血袋と成り果てていようとも――
それは、少年達の知ったことではない。
(ま、最初のヘッショで死んじまっても別にいいんだけどな。
そん時は別の趣味人に売るだけだ。寧ろ死んでねえとダメっつーヤツもいるしな)
あーやだやだ、変態ってのはどこにでもいるなあ、
などと他人事の様に呟きながら少年は足を進め――
■エアルイ > 「そうか――これが罠の掛けかたなのか!!」
矢ぶすまになっていた筈の少女が、何事も無かったかの様にすっくと立ち上がった。
■エアルイ > 「!!」
異常に気づくのと、対応するのは即座。
非常事態を知らせるアラートのスイッチに指を駆け、
躊躇い無く握りこむ。
発せられた信号は周囲の建物に潜みつつも気を抜いていた仲間達に異常を伝え、緊張感を抱くことと矢をつがえることを強制させる。
「凄いな!! これが罠かー!! 全然分からなかった!!」
にっかーと笑いながら、はしゃぐように声を上げる少女の姿に、少年の背に怖気が走る。
――全然応えてねえ。
コイツ身体強化系の異能か魔術でもあらかじめ使ってやがったのか?――
少女が動く度にポロポロと零れ落ちる矢を、
その先端が潰れており、役割を果たしはしたことを目の端に捕らえる。
――結果は伴わなかったようだが。
(――確認。餌は異能か魔術を使ってる。
『石』をぶち当てて止まらなかったらトンズラだ!!――)
身につけていたシャツのポケットに仕込んでいる通信機に小声でそう伝えつつ、
目の前で気を抜いている
――少なくとも5人以上に囲まれているにも関わらず、リラックスしたように伸びをしている――
少女にナイフを突きつける。
「なな!! 教えてくれないか!! どしたら上手く罠にかけられるんだ? 『ひょうほう』ってヤツか?」
しかし、少女は全く意に介さない。
訳の分からん相手の矢面に立たされた少年は、己の不運を呪って思わず舌打ちをする。
今日の狩りはどうやら簡単ではなかったらしい。
■エアルイ > 「……知りたいか?」
「しりたい!!」
予想以上に食いついてきた。
ナイフを突きつけられているとは思えないその勢いに思わず一歩引く。
(コイツ、状況分かってるのか?)
幾らなんでもわかっていないということはないだろうが……
余りにも油断しか感じられない姿が、少年にそのもしもを想像させる。
「……そうか、じゃあ、こっちこい」
「おう! わかった!」
ナイフを眼前から下ろし、少女に手招きをする。
そして、小柄な少女が一歩を踏み込んできたところで
「――お?」
そのわき腹に、ナイフを突き立てた。
■エアルイ > 少年には、今更躊躇する様な生易しい良心は無い。
やらなければやられる世界だ。だから、やると決めたら確実にやる。
構えていたナイフ、その凶悪な刀身のほぼ全てを一息に少女の脇腹に突き刺し、その豊かな胸を全力で強く押す。
その勢いにか、力にか。少女はよろめくように一歩下がり
その顔面に、槍と見紛う巨大な矢が直撃した。
■エアルイ > 対異生物制圧用質量兵器『UNG』
部屋の内部に据えつけられ、各部に様々な機器が装備されたその巨大な弓は――
見る者が見れば、古い時代に攻城弓と呼ばれた兵器を思い出したかもしれない。
その重量と据え付け型であるが故に事前の準備と配置にこそ苦慮するものの――
屋外屋内を問わず設置できること。
比較的整備が楽であり、多少荒い使い方をしても問題の無い頑強さを備えること。
そして非火薬兵器という分類の中では驚異的な破壊力を誇ること。
これらの理由から、今も一部の貧困かつ過激な層では使用される立派な兵器であった。
対装甲用兵器としても用いられるその貫徹力は、
少年達の仲間が隠れ潜んでいた建物の壁を薄紙の用に食い破ると、容赦なく少女の顔面に直撃した。
聞くに堪えない轟音と異音が周囲に響き渡り……
成人男性の腕ほどの太さと長さがあるはずの大槍が、
着弾時の衝撃と圧力ゆえにか、その半分ほどの長さになっていた。
いかなる奇跡にか……槍が突き刺さったままの少女の体はその場に立ち竦み、ぴくりとも動かない。
まるで――顔面に刺さった槍が折れ曲がり、そのまま地面に貼り付けにしてしまったかのように
■エアルイ > 「……やったか?」
「やれやれ、脅かしやがって……なんだったんだ?」
「あーあーあー、折角の商品をミンチにしちまってよ。
顔面ぐっちゃぐちゃじゃねえの?」
「でも体は大丈夫そうだし、いけるんじゃね?
手でつかんだらはみ出しそうだよなぁ……」
「それよりどーすんだよ。また河岸変えるのか?
『石』まで持ち出したら流石にばれんだろ。
おい、この役得ヤロー。生きてるか?
『石』が真横飛んでったから耳イカれてねえか?」
兵器への信頼。そして少女の顛末。
少年達は今度こそ胸をなでおろし――再び、弛緩した空気が周囲に流れる。
だが――一人だけ。
少女を突き飛ばした少年だけは、違っていた。
(…………なんだ、あの手応え)
ナイフを突き刺した、あの時。
刃は奥まで突き立ったのに……まるで、巨大な【何か】の表皮で止まったかのような、違和感。
そして――何より。
少女の間近にいるからこそ聞こえてしまう、
顔面から響き続けている異様な、音。
「……にげろ」
呟き。
「は?一体なに
「早くにげろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
■エアルイ > ――ガゴォォォン――
少年の叫び。そして、間近で響いた音。
少年達の視線が集まるその先で――矢が、地面に落ちる。
そして。
それを、その破壊力を。
己の牙で【喰い止めた】少女の無傷な顔が笑みを浮かべ。
黄色い瞳が、爛々と輝き――
■エアルイ > その後の顛末を知る者は、数少ない。
どこにでもある――そう、どこにでもありふれている、
獲物を見誤った狩人が、逆にその罠を食い破られたというだけの話。
そして……ただ一人。
その後の惨劇の中で五体満足で済んだ少年は、こう語ったという。
『あいつが、俺を、俺の前で、口を開けたんだ。
喰われる!!って、そう思って、思わず言ったんだ。
俺には毒があるって。喰ったら腹を壊すぞって。
そしたら――』
「そっかー。じゃあ、潰れて汁が出ないようにしないと」
『アイツはそういって――その後のことは、何も覚えてない』
ご案内:「路地裏」からエアルイさんが去りました。