2016/11/06 のログ
濡鼠 >  
「常世の名を持つこの島に於いて、君達や俺は何者であろうか。
 居る筈のない者? 居るべきでない者? 果たしてそのどちらであろうか?
 答えは在るか?」
 
 せむしはそう、流民に問う。
 流民は誰も答えない。
 

濡鼠 >  
「答えは在るのだ。
 答えは至極単純だ。そのどちらでもある」

 せむしは頷き、短い手を広げる。

「我らはこの場に居る筈がないのだ。そして居るべきでないのだ。
 故、この落第街という、あるはずのない街にいるのだ。
 俺は鼠だ。鼠は家に居る筈がない。居たとしても、居ない事として済ませるのが礼儀だ。
 故に、俺はこの場で君達と共に居て、共に話しているのだ。
 これは承知して頂いているだろうか?」

 せむしはそう、流民に問う。
 流民は誰も答えない。
 

濡鼠 >  
「承知は在るのだ。
 承知は至極単純だ。淀みなくしてモノは生きられない」

 せむしは頷き、小さな手を握る。

「淀みにこそ人は素直であるのだ。
 清流の中では身を隠すことも叶わない。
 しかし濁流の中でなら、人の背を押す事に躊躇う必要も無くなる。
 だがな、それでは格好が付かない。だからこそ、言い訳は何処にでも必要なのだ」
 
 せむしはそう、問う。

「此処までは宜しいか? 客人よ」
 
 向かう視線に問い掛ける。
 何処か、この場を覗く視線に。

「どうだ。客人よ。貴殿も此の暗がりに来て、俺と話をしては?」

 せむしは小さな手招きをする。
 

濡鼠 >  
「遠慮をする事はない。そうら、舶来品の御菓子もたぁんとある。
 この暗がりへ一歩、歩み寄っては如何だろうか?
 なぁに、此処は存在しない場所。そして、俺は路傍の鼠。
 何を言おうが君の自由さ」
 
 せむしは小さな手招きをする。
 ただただ、小さく手招きを続ける。
 

濡鼠 >  
 しかし、暗がりが答えることは無く、故、せむしは低く笑った。
 
「成程。存在しえぬモノよりの呼び掛けであるならば、答え、語るもまた妙な事。
 思索は全て、内に秘めればそれで済む。
 まこと、美事な答えといえるな」
 
 最早、静かに手を降し、せむしは只々低く笑う。
 

濡鼠 >  
「であるならば、俺の話は今日はこれで終いだ。
 聞いてくれた君達には、自慢の粗品を渡そう」
 
 せむしは言うなり、鞄を広げ、舶来品を流民に振舞う。
 流民は再びそれに群がり、せむしはそれきり踵を返した。
 
「じゃあ君達。またどこかで」
 
 せむしはそう、何処にともなく呟いた。
 しかし、せむしは何処にもいる筈はないので、答えはなかった。
 

ご案内:「路地裏」から濡鼠さんが去りました。