2017/08/28 のログ
楊柳一見 > 「闇取引とかどーでもいいんだって。こちとら飯屋探してるんだっつの」

少し前にたまたま見つけた一膳飯屋。
前世紀のドヤ街から引っ張って来たような鄙びた店だったが――なかなかどうして美味い飯を出すんだこれが。
こんな場所で食事とか“ホントの”一般学生からは神経疑われるかも知れないが、おなかすいとったもんしゃあないやん。

「…おなかすいてんねんしゃあないやん」

現在進行形。そろそろ日付変わるしね。
今夜はあそこで食べよう、とかふらり出歩いて肝心の店が見つからない。
その上厄介が絡んだモンだから、そらもうおかんむりでしたよ。
人死にを出さなかったのを、自分で褒めちぎりたいぐらいだ。

「…っかしいなー、この辺だったよねぇ? オーイ?」

目に付いた、錆の浮いたドアにゲシゲシと蹴りを入れてみる。
いらえはない。善良な住人がビビってるのだとしてもアタシは謝らない。
空腹は人をケダモノにするのだ。

楊柳一見 > 「…叩き伸ばさんと、聞いときゃよかったかな」

寝くたばってる連中を肩越しにちらと顧みる。
残念ながらオーディエンスはまだしばらく使えないらしい。
まあ、したところで平和的な会話なんぞ望めなかったろうが。

――ところでそこのアタッシュケースさんは何で独りで浮いてらっしゃるんですかね。

「…………ナビゲートシステム的な?」

あなたのお探しのお店まで、GPSとか何やかんや搭載の最新鋭機器がまごころ込めて御案内。
そら夢があっていいね。目の付け所がシャープだね。
そんなファミリー向けっぽい機器を、見るからにスジモンで狂おしいぐらい反社会的な人々が極秘取引。
見た者には死あるのみ。なお返り討たれた模様――。

「…無理があるわぁ、あり過ぎるわぁ」

カロリー不足でテンパり気味の頭を抱え込んでうんうん唸る。
ケースはと言えば、あれ、何か近付いて来てませんかあなた。

楊柳一見 > すうと音もなくこちらの目の前まで浮遊して来るケース。
その口が、ぱかんと開けば――中には何もない。

「――んん??」

そう、何もない。中敷きの布も、床面も、全く絶無の――昏黒空間。

『まんま』

風船を擦り合わせるような不快な音で、それは人語を吐いた。

「……いや、誰がママよ。カバンなんか産まないよ。産めねえよ」

律儀に返す文句に対して、不確定名:カバンちゃんのリアクションはと言えば。

『まああ――』

大きく口を開けての、咀嚼。

「ほわいっ!?」

異様な威容に圧されて後ずさったのが功を奏した。
鼻先でばつんと閉じられるカバンちゃんの口。
鋭い牙も乱杭歯も見当たらなかったが――こればっかりは昔馴染みの勘働きだ。
あれに挟まれたら――噛まれたら、マズい。

「だらしゃあっ!」

振り上げた爪先でケースを撥ね飛ばす。感覚的に、人の顎を蹴り上げた具合。
ミート音が骨の砕けるものでなく、べこんと革製の何ぞがひずんだ音だったが。
ぽおんと前方。さっき叩き伸ばした連中の寝床へとかっ飛んでくケース。
ぼてん、ごろん、と地に転げて。

楊柳一見 > 『ま゛ああー!! あ゛あ、あ゛あああー!!』

魂消る号哭。空気までも律動するかのような轟音。
窓ガラスがばしゃあと嘔吐するように砕け散った。

「うるっ、さいな…!」

顔を顰めつつ耳を塞いで見ていれば、件のケースはダダをこねるように地面を転がり回っている。
バカバカと狂気めいて開け閉めされるその口が、未だ寝そべるパンチのおっちゃんの頭に行き遭うや。
パスタでも啜るような流暢さで、するりとおっちゃんの姿は掻き消える。
呑まれたのだ。あの中に。

「……ああ、つまり――」

ママと言ったんじゃない。おまんまだ。飯だ。
得心行ったこちらに返事するかのように、カバンちゃんは、

『ぐぇぇええぷ』

大層愛くるしいげっぷをしてみせた。

「……へーぇ?」

ちょっと、いや結構ムカついた。
空きっ腹抱えて戦々恐々のアタシを差し置いて満腹かよ――。

楊柳一見 > 陽も出てないのに甲羅干しよろしく地面にポケッと転がったそれに近づいて、

「そぉい」

踏んづけた。

『む゛ー、む゛ううー』

ふんふんと革製のボディで奮起しようとするも、上から押さえ付けられてちゃ仕様がない。
まあこの所作なり、さっきの覚束ない言葉繰りからして、像を得て間もない器物霊の類か。
さもなくば、本当に、子供を憑かせたか。

「……そら、こんなナリじゃ乳も吸えんわな」

埒もない事呟いて、転がした連中を一瞥する。
モノを商う以上、『こんな品とは知りませんでした』はあるまい。
これを仕込んだのがこいつらであれ。あるいは別口であれ。

――子供をこんな風にしやがったツケは払ってもらわねば。

「――――」

凍てた眼で拳を握る。
立てられた爪が掌を破り、血が流れ出る。
それを最後までおねんねしてた連中へ、ぱたぱたと振り落して行く。何ぞのトッピングのように。

「我今悲愍して、普く汝に食を施す。
 願わくば汝が身、この呪食に乗じて苦を離れて解脱し、天に生じて楽を享け――」

ぽつぽつと繰るは施餓鬼の願文。
餓えて迷う者を導く祈り。
霊験あるか否かはそら、靴裏を離しても殊勝に待ってるカバンちゃんを見りゃ解る。

「願わくばこの食を施す所生の功徳、普く以て法界の有情に廻施して、諸々の有情と平等苦有ならん。
 諸々の有情と共に、同じくこの福を以て。
 悉く以て真如法界。無上菩提。一切智智に回向して。
 願わくば速やかに成仏して、餘果を招く事なからん――」

唱え終えるのと同時、トッピングされた連中をするすると、粛々と仕舞い込んで行くカバンちゃん。
何ともシュールな光景であるし、そも表現こそマイルドだが人を食ってる最中な訳で。

「――まあ、自業自得よねぇ?」

どうせ抗争の時にでもこいつを使うつもりだったんだろう。
独りごちるこちらを、仰ぎ見る――ような仕草をするケースに手を振り返した。
気にせんと食え食え、てな具合に。

楊柳一見 > すっかり平らげ終えたならば、路地には己とケースが二つぼっち。

『ごちそ、さま』

ケースからの、年端も行かない子供の澄んだ声音に少し目を瞠って。

「はいよ、お休み」

慈しむような笑顔で返し、その場を後にする。
残されたのは、もう何の変哲もないアタッシュケース。
朽ちるもよし。拾われるもよし。
よしやそれが施術の主であったとしたなら、まあ何だ。

「ザマ見ろバーカ、ってねぇ」

くつくつ笑いと共に、夜の底へと。

「……あ゛ー、今夜はコンビニおにぎりかちくしょー」

最後までしまらん奴である。

ご案内:「路地裏」から楊柳一見さんが去りました。