2018/06/26 のログ
アリス >  
「え……」

一瞬がスローモーションのように感じた。
あれは、砲塔で。確か、戦車についているもの。
自分も異能が発現した後にしばらくいた“研究所”で一度錬成したけど、重すぎてすぐに分解したっけ。

そんなことがぼんやりと浮かんだ。

すぐに金属の異形は止まる。
視線を少年に向ければ、それは彼の異能か魔術か何かだったのでは、と思考がまとまる。

ここまでが一瞬だったはずなのに、異様に長く感じた。
命の危機を感じた時にあるという、あれなんだろうか。

「ひ、久しぶり……」

硬直した表情と汗の浮かんだ顔でひらひらと手を振る。
あ、今! 私! 死ぬかも知れなかったんだ!?

「風紀委員に……? あなたが、処理って……」

もう足踏みどころではない。
理央がこれを? でも疑問はない。それだけの凄みがあの鉄のオブジェにはあった。

「……悪い人が乗っていたの?」

神代理央 > 彼女の表情を見れば、流石に怯えさせてしまったかと頬をかく。
ただでさえ見栄えの悪い己の召喚物が砲塔を向ければ、それなりに恐怖感なり警戒心は抱くだろう。悪いことをしてしまったな、と小さく溜息を一つ。

「あー…すまないな。びっくりさせて。敵か味方か判断つかない奴は取り敢えず威嚇するように命じてあってな。悪気があった訳じゃないんだが」

―尤も、根本的なところで少女が怯えている理由に察しがつかない辺り、少年の思考も随分と汚れてしまっているのだが。

「ん、ああ。麻薬の類を運搬していたらしくてな。公安委員会の検問を突き破って逃げ回ってたんだよ。学生街の方に逃げれば、ちょっとしたカーチェイスが見れたかも知れないんだがな」

事実を淡々と述べつつ、軽い冗談を交えて言葉を返す。
金属とゴムの焼ける匂いと、時折崩れ落ちる鉄屑の悲鳴が聞こえなければ、まるでニュースの感想を述べているだけの様な、そんな軽い口調で。

アリス >  
「……威嚇? 威嚇………」

威嚇にせよ、人は砲身を向けられたらこんなに怖いんだなぁ。
そんなことをぼんやりと考えながら、今後はトラブルに巻き込まれても気軽に拳銃を錬成するのはやめようと結論付けた。

「麻薬……運び屋、だったの?」

麻薬の売人や運び屋というのは、罪が重いと聞いた。
でも。

「…現行犯死刑になるほど、悪い人だった……?」

その言葉を発して、無神経なことを言ってることに気付いて顔を左右に振る。

「ごめんなさい、変なこと言って。私は大きな音が聞こえたから、人助けが必要かなと思って…」

くしゃり、と紙が乱暴に丸められたような笑顔を浮かべて、

「助けるべき人なんて、いなかったのにね」

と言った。

神代理央 > 「そう、威嚇だ。敵対行動を取るまでは此方から撃つ事は無い。なにせ、恨みつらみばかりはあちこちにばら撒いてるからな。自己責任ではあるんだが」

やれやれ、と言わんばかりに小さく肩を竦める。
しかし、次いで彼女から投げかけられた言葉には僅かに首を傾げた後―

「いや、逃げなければ別に死ぬことも無かっただろうな。というよりも、捕縛に向いた委員に見つかってればそれで済んだだろうし。『あらゆる手段を講じて車両を停止させろ』なんて、随分とアバウトな命令だとは思うがね」

少女の純真な問いかけに、あるがままの事実を伝える。
それは、車両の乗員達には死ななくても良い結末があったこと。ただ単に、自分の眼の前に現れたから事務的に処理したこと。それをただ事実として、優しい少女に伝えた。

「気持ちは有り難いが、そもそも此の街に助けるべき住人がいるわけでも無いしな。ああ、お前みたいな迷子や犯罪に巻き込まれた生徒は、最優先の保護対象だが」

一体何故彼女はあんな表情を浮かべているのか。
腑に落ちない、といった様な表情を浮かべながらも、落第街の住人に対して冷酷な判断を告げる。
己の思考が少女に対して残酷なものであると気付かぬまま。

アリス >  
「私はてっきり……」

自分が死ぬものとばかり。
体感時間が変化するくらい怯えたし。

「ま、迷子じゃないし……ちょっといつもの道から外れてどこに行けばいいかわからなかっただけだし…」

言いながら、自分が言いたいことはこれじゃないと思った。
でも、同世代の少年の意志を曲げられるだろうか?
むしろ、曲げていいの?

私みたいな風紀の努力の上の平和を甘受することしか知らない人間が。
たった今、力を行使して平和を守った人を。

「…………」

壁に背中をつけて俯いた。
言えない。覚悟もない、確固たる意志もない。
そんな私が……“落第街の住人だって、生きている”と抗弁することなんて。


「理央、あなたはどうして風紀委員をしているの?」
「やる理由があるの? それともやらなきゃいけない理由があるの?」

神代理央 > 「それを人は迷子と言うんだ。全く…。別に入るなとは言わないが、落第街は危険な場所だ。正直、足を踏み入れるのはお勧め出来ないな」

てっきり、の後に続く言葉に少年は気付かない。
別に、眼前の少女を怯えさせようとか、無頓着な訳では無い。
ただただ、鉄火と硝煙に慣れすぎてしまっただけ。

しかし、俯き無言になった彼女の様子がおかしい事には流石に気が付く。
不衛生な場所だし、気分でも悪くなったのか、と迎えの車を手配しようとしたが―

「…風紀委員をする理由?不思議な事を聞く…。そうだな、これが一番自分に向いていると思ったから。それだけだ。戦闘向きの異能でもあるしな」

表面上は今迄通りの口調と態度で。しかし、僅かに目を細めて少女を観察する様に視線を動かす。
別に少女を慮った訳では無い。ただ、己の加虐的な本能がうっすらと告げるのだ。この少女は、何か自分に言いたいことがあるのでは無いかと。そしてそれは、形はどうであれ自分と立ち向かおうとするものでは無いのかと。

アリス >  
「うう……ごめんなさい」

風紀の人に言われたらぐうの音も出ない。
危険な場所だから、今、こんな風景を見ているわけで。

「自分に向いているから、戦闘向きの異能だから、人を殺してもいいの……?」
「私の異能も、人を殺すだけなら必要十分な力があると思う」

心の中の、まだかさぶたもできていないような傷に触れた。
痛みと、不快感でいっぱいになった。

「でも、パパとママは言ってくれたわ! 例え人を傷つけることができる異能でも―――」
「力で人を傷つけたら、世界と折り合いをつけることをやめるのと一緒なのよ!」

自分は何を言っているんだろう。気持ち悪い。
感情のままに善きを語る。人はそれを、最悪と呼ぶんじゃないの?

「理央、私は多分あなたの心に何も届かせられない」
「一度会っただけの知り合いで、お互いのこと何も知らなくて、私はただの偽善者で、それで…」

涙まで溢れてきた。自己嫌悪に消えそうになる。
この生理反応は、いつまで経っても慣れない。

「でもあなたがいつか世界から爪弾きにされるところを、見たくなんかないのよ!」

神代理央 > 「…謝らなくても良い。ただ、次からは迷子になる前に現在地を確認する事だな」

謝罪の言葉を告げる彼女に、小さく苦笑いを浮かべて首を振る。
しかし、少女が言葉を続けると共に、その表情はゆっくりと変化していく。
憤怒でも呆れでも無く、興味と好奇心が僅かに見える表情で―

「…いやはや、何を言われるかと思ったが。だが、そうだな。お前の言うことは全くもってその通りだ。御両親は善い教育をされているのだな。良い事だ」

いともあっさりと、彼女の言葉に同意した。
彼女の言葉に頷き、同意し、あまつさえ両親の教えすら感嘆の言葉を告げる。

「それが正しい事は理解している。そして、その正しい世界のルールを俺は破る事はしない。俺は、ルールを破った連中を排除する事が仕事だからな」

ゆっくりと、足音を響かせて少女に近づく。

「…だが、そんな世界はつまらない。闘争と競争が無い世界なんて、此方からお断りだ。世界から爪弾き?望むところだ。ならば、俺を爪弾きにする世界ごと、手中に収めてやろうじゃないか」

少女まであと2,3歩という距離で立ち止まると、静かに笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
獰猛で傲慢で嗜虐的な笑みで、彼女を見下ろしているのだろう。

アリス >  
見下ろされると、涙を拭って精一杯強気に睨む。
触れられそうな距離なのに、世界の果てと思えるほど遠いヒト。

「あなたの本能は、いつかあなたを食い破るわ」

自分で言った言葉なのに、予言みたい、とどこか他人事みたいに感じられた。

その後のことはよく覚えていない。
私は風紀の車に乗って、丁寧に家まで送り返された。
それだけは事実で。

闘争が世界の本質であるなら。

人が人である意味は、どこにあるのだろう。

ご案内:「路地裏」からアリスさんが去りました。
神代理央 > 「結構な事だ。ならば精々、食い破られる前に、全て喰らいつくしてやるとしよう」

クハハ、と歪な笑い声を上げて彼女に背を向ける。
事後処理の為に訪れた委員会の車両が、ぼんやりと視界の彼方に映る。

「…今夜は帰れ。それと、落第街や歓楽街にはなるべく近づかない事だ。行くなとは言わんが、身の安全が保証出来る場所じゃないからな」

そこでふと、言葉を止めて―

「…その正義感は嫌いでは無いが、私はそういう善性を叩き潰す類の人間だ。それだけは、覚えておけ」

自分の様な人間は、彼女の正義感や優しさすら叩き潰してしまうのかも知れない。
それを悪いとは思わないが、少しばかり勿体無いとは思う。彼女の優しさは、他に向けられるべき者がいるのだろうし。

せめて、学園での所持品検査は延期してやるかとぼんやり考えながら、少女を乗せた車を見送って、自身も本部への帰路についた。
そう言えば、落第街の連中を庇う者には初めて会ったかも知れないな、と思考を烟らせながら―

ご案内:「路地裏」から神代理央さんが去りました。