2018/08/18 のログ
ご案内:「路地裏」に鈴ヶ森 綾さんが現れました。
■鈴ヶ森 綾 > 路地を構成する建物の上から黒い影が一つ路上に舞い降りる。
黒い影、制服姿の女は些か顔に焦燥の色を浮かべ、その身体や衣服の一部には損傷がみられる。
特に右の肩口には、こんな暗がりの路地裏でなければ向こう側が覗けるほどの穴が穿たれている。
しかしその傷の大きさに反して、出血量は驚くほどに少ない。
いや、傷の周辺こそ血に塗れてはいるが、特に手当もされていないはずなのに既に出血は止まっている。
それもその身体が本来のそれとは違うまがい物なればこそである。
■鈴ヶ森 綾 > 「……一先ず、撒いたかしら。」
耳を澄ませて周囲に気を配る。辺りは静まり返っていて、自分を追跡する者の気配は感じられない。
ならば良しと、手近な壁に背中を押し付けてふっと息を吐く。
「あぁ、まったく。煩わしいこと。」
闇に紛れて人を襲う身なれば、逆の立場に立たされることもしばしばある。
先程遭遇した相手はそういう手合の中でも些か難物であった。
自分は別に戦闘狂の類ではない(ただ少しばかり獲物を嬲る趣味があるだけだ。)
相手が手強ければ早々と手を引くのに躊躇いはないが…。
「これじゃ割に合わないわね。」
痛覚も出血同様、既に麻痺させてあるので痛みはない。
でもそれはダメージがないのとイコールではないのだ。
損傷すればそれだけ力を削がれる。失われたものはなんらかの方法で補給しなければならない。
■鈴ヶ森 綾 > とは言え、今日はあまり長居するべきではなさそうだ。
早々に退散して後日出直しだ。
まったく、こんな事ではいつになったら傷が完治するか分かったものではない。
「…んっ。」
そんな愚痴めいた考えを巡らせながら壁から身を離すと、身体が右側へ流されるように傾いだ。
肩に派手に穴を開けられたせいか、バランスを崩してしまった。少し気が抜けたせいもあるか。
ご案内:「路地裏」に楊柳一見さんが現れました。
■楊柳一見 > 生ぬるい夜気を不意に裂く音と気配を連れて。
それは上方の壁面沿いに設えられた室外機の上へと降り立った。
「――御無沙汰ね、蜘蛛女」
声は平板に、見下ろす貌は影となって表情は知れないが、
少なくとも救いの手を差し伸べそうな雰囲気じゃあない。
――まあ、先の経緯が経緯であるし。
■鈴ヶ森 綾 > バランスもそうだが、腕が動かないのも問題だ。
見た目だけなら治すのは造作もないが、腕としての機能を取り戻すには少し時間を要する。
少なくとも安全な場所で行いたい作業だ。
であるからして、今は一刻も早くこの場を離れたい。こういう事態に遭いたくないから。
「…あら、どこかで見た顔ね。」
その視線は声をかけられる少し前に上方に向けられていた。
エアコンの室外に降り立った影が言葉を発するより先に攻撃を加えなかったのは、その気配に少し覚えがあったせいだ。
「あんな目に逢ったのにまだこんな所をうろつく気になるなんて、中々肝が据わっているみたいね?」
■楊柳一見 > どこかで見た、なんて言葉に一瞬目つきを鋭くしたが、ふうと嘆息して平静に戻る。
「どうも。……こっちはしばらくアンタのおかげでうなされたけどねえ」
あの冷たい笑みが、眠る闇に浮かんでは消え、飛び起きたのも一度や二度ではない。
それでトラウマになって塞ぎ込まない程度に、図太く鍛えられてはいたが。
「ハッ、アンタこそ――そうして人目を憚る見事なザマ晒してんじゃん」
相手の言を鼻で笑い飛ばし、彼女の傾ぐ右半身をそらと顎でしゃくって示した。
「まさか不幸な事故ってワケでもないっしょ? それとも夏休みで腑抜けてたん?」
相変わらず下に見下ろす場所から、ころりと首を傾げて問いを投げる。
手負いの相手としてはさっさと養分なり補完しに行きたいんだろうが。
知った事じゃない。何せアタシとアンタの仲じゃあないか――。
■鈴ヶ森 綾 > 「あら、そんな風に言われるのは心外だわ?あれでも随分優しく相手をしてあげたつもりだったのだけど。」
相手の言葉にわざとらしく肩を竦めたかと思えば、小さく首を傾けて科を作り、挑発的に指先を舐めてみせる。
「…あぁ、これの事かしら。そうね、少しやられたけれど…まあそういう日もあるわ。」
これ、そう言って痛々しい負傷の残る右の肩に手を添える。
しかし口調に深刻ぶった様子はない。それもそのはず、添えられた手が離れた後には、
身体と制服に空いた穴までが綺麗に塞がってしまっていた。
最も、これはあくまで表面を取り繕っただけなのだが。
「それで、今日は一人で夜の散歩かしら?なんなら、私が付き合ってあげてもいいけれど。」
剣呑な雰囲気を発したまま頭上の相手に誘いをかける。
その足元からは相手の死角となる暗がりに紛れて小さな蜘蛛がわさわさとビルの壁面をよじ登っていく。
■楊柳一見 > 「へーぇ、んじゃあアンタのお相手もさぞ紳士的にエスコートしてくれたんでしょーね?」
無惨な有様の右肩は――しかし、こちらの皮肉が終わらぬうちにフィルムが巻き戻ったように癒えていた。
「アタシからもお礼言わなきゃなー。ちっとは溜飲下りたし」
しかもかつて自分が撃ち貫かれたのと同じ右肩ってのが、何とも気が利いている。
まあ、やった相手はそんな事知るはずもないのだが。
「――オン・アギャノウエイ・ソワカ」
毒を孕む散歩の誘いに、返す言葉は梵語。火天真言である。
口訣と同時、靴裏で室外機を叩くや、ガソリンでも撒いたかのように火炎が広がり、周囲の闇を灼いて行く。
尋常の炎ではない。邪を焼き魔を祓う、法義の焔だ。
それゆえ焼けるのは、室外機でも建物でもない。
死角を衝いて這い上がっていた子蜘蛛たちを、次々と火屑へ変えて行く――。
「お手々つないで夜景でも見に行こうっての? 冗談ブッコくなよ、蟲妖」
陽炎う夜闇の合間から、照り返しを受けた貌が嘯く。
冷めた表情の中、眼光だけが炎よりも爛々と燃え盛っていた。
「摧伏一切魔怨菩薩摩訶薩――」
ぽつぽつと繰られる読誦の声に、辺りの空気がひしひしと凝結して行く。
結界が織り上げられ始める。一切の魔を苛む領域が――