2018/08/19 のログ
鈴ヶ森 綾 > 「ふぅん…さすがに同じ手に引っかかる程木偶ではないみたいね。」

ポロポロと燃え落ちる分身を尻目に、その身体は弾かれたように宙に浮いた。
ビルの壁面に伸ばした糸で身体を引き上げ、そのままピタリと壁を地面代わりに着地する。

「夜景より花火がお好みだったかしら?でも、あなたのそれは少し無粋が過ぎるわね。」

左手の手のひらから太い糸の束が奔流となって放たれる。狙うは相手の胴体。
一見単純に突き進むだけのそれだが、自分の意思一つで離れ、別れ、
一つ一つが生き物のように異なる軌道で相手とその周囲を襲う。

楊柳一見 > 「お人形遊びに付き合ったげるほど、夢見がちでもお人好しでもないんよ」

延焼を逃れて壁面に立つ相手をちらと目端に留め、読誦を中断する。
結界の構築も止まるが――まあいい。場さえ設えれば、いつでも、いくらでも再構築出来る。

「――うぉっと!」

迫る糸の奔流から離れようと、室外機を蹴って跳びざまにトンボを切って腕を一閃。
異能による風圧の刃が浄炎に燃える室外機を壁から切り離し、そのままスライダーの勢いで相手目掛けて射出。
叶うならば、糸諸共に焼き払いつつ一撃食らわせてやろうかと。

「如是上首有八百萬大菩薩衆前後圍繞――」

路地の更なる奥へと退りつつ、再び読誦。
はびこる暗闇に、ヒカリゴケでも生え来たかのような幽かな光が灯り始める。
人身と異なる妖物にとっては、さながら旱魃の烈日を浴びるような痛熱を感じる事だろう。

鈴ヶ森 綾 > 「そんな風に可愛げなく振る舞ってみせても、私はちゃんと知ってるわよ。
 あなたの何処を責めるとどんな声が出るか…ちゃんと可愛らしい声も出せるって事を。」

伸ばした糸は避けられたがそれはいい。
相手の身体を捉えられなかった糸はビルの壁に張り付き、その糸を使って弧を描くように空中に身を躍らせる。
反撃として飛んできた室外機をやり過ごし、今度は別の糸を使って身体を加速させ、逃げる相手に追いすがってその上空を取る。
直後、腹部を突き破るようにして出現した二本の脚が、相手の身体を捕らえようとする。

「捕まえ…ぬっ!」

皮膚の焼けるような感触に一瞬脚の動きが鈍る。
しかし異変に対処すべく別方向から新たに一本、今度は下方から回り込むような動きで鋭い爪を伴った脚が襲う。
狙うは相手の足。こちらは捕らえようなどという生ぬるいものではなく、ふくらはぎの辺りを刺し貫くような殺気立ったものだ。

楊柳一見 > 「……ただの条件反射ッ――!?」

前にさんざん嬲られた折の痴態に触れられれば、悪態も吐きたくなる。
だがそれこそ相手の思うつぼだ。
火球となった室外機は相手に避けられ場外ホームラン。
更にこちらの上方を覆うように飛び迫る相手。
そして、上からは捕捉せんとする脚。下からは強襲する脚。
まさに挟み撃ちの状態――。

「宣説――純一圓滿清白梵行ッ!!」

読誦の結びと機を同じくして金剛合掌。結界は此処に成った。
目眩めくオーロラを思わせる天蓋と絨毯と障壁とが、寂れた路地裏を束の間の聖域と成さしめる。
こちらは宙に仰向いた体をぶんと弧動させ、天地逆様に姿勢をシフトする動きに乗せて、

「――ッりゃああああ!!」

風圧を具えたサマーソルト。相手を結界の天蓋目掛けて蹴り上げてやろうと。

「……っちィ!」

刹那の後、下から突き上げられた鋭利な脚は、右腿の横を裂いて行った。
御丁寧にスカートにまでスリットが出来上がったと来た。
――まあ、今更恥ずかしがるような相手じゃないのが幸い。

鈴ヶ森 綾 > 身体にかかる負荷に女が初めて余裕の表情を崩す。
燎原の火の只中にいるような感覚に脚の感覚が鈍る。
いや、脚に限らず、その影響は全身に及んでいる。
そのため、相手の反撃の一手を今度は避けきれずに食らうこととなる。

「人間が空中で小器用なことっ…!」

打ち上げられる身体をコンクリートの外壁に脚先を打ち込んで強引に踏みとどまらせる。
その際砕けて落ちた幾つかの壁片、握りこぶし大のものからサッカーボール程の大きさのそれらを糸で捕らえ、
鉄球のように振り回して立て続けに眼下の相手に叩きつけようとする。
だがそれらは目くらまし。本命は派手な動きに混ざって放たれた針のような硬度と鋭さを持つ極細の糸。
筋肉を弛緩させる毒に塗れたその糸が肌が抜き出しになっている部位を狙って放たれる。

楊柳一見 > ずん、と返る手応えに内心快哉を叫んだが。
やはりそこは多肢の妖物か。脚を壁に突き立て踏み止まる姿に、舌打ちが漏れた。
こちらは蹴った勢いで、地面へと倒立の姿勢から転ぶように着地。

「そっちはなりふり構わずって感じねえ! 前よりずっと蜘蛛っぽいわ!」

体勢を整え切らぬ内に、瓦礫が分銅よろしく振り回される圏内から跳ぶように逃れる。

「――痛っ?!」

その際、わずかに刺すような痛みが左手の甲を掠めた。
礫が飛んだものかとも思ったがいやに鋭いような――。
だが、今はいい。意趣返しが先だ。

「――オン・キリキリ・バザラ・ウン・ハッタ!」

金剛軍荼利真言。
発声と同時にだん、と震脚を踏む。
結界内全体が鼓の中にでもなったかのような震動と轟音がどよめく。
人間にとっては単なる大音声。まあうるさいに違いないが。
妖物にとっては四方八方から衝撃波でも浴びせ掛けられるようなものだ。
それも、わざわざ張り巡らした結界の密度あっての事だが。

「オン・キリキリ・バザラ・ウン・ハッタ、
 オン・キリキリ・バザラ・ウン・ハッタ、
 オン・キリキリ・バザラ・ウン・ハッタ――!!」

だん、だん、だんと。
続けざまの衝撃と爆音が、相手を強襲する――!

鈴ヶ森 綾 > 「あら、そうかしらね。そういうのはあなた達(人間)の方が得意だったと思うけれど。」

手応えはあった。つけた傷はほんの小さいものだがそれで十分。
その量でも真っ当な人間であれば身動きが取れなくなるのに然程時間はかからない。
だがこちらとしても相手が昏倒するまで傍観する気はさらさらない。
コンクリート塊を手放し、地面に降り立った相手を追ってこちらも着地すると、間髪入れずに間合いを詰めようとする。

「いい加減、その耳障りな呪文も聞き飽き…うぐっ!」

しかし駆け出すために踏み出された足はその一歩目で後退する事になる。
周囲を押し包むような不可視の攻撃に身体が押し戻されてたたらを踏む。
続けざまに二撃、三撃と打ち込まれてその度に身体が泳ぐ。
そのままでは前進どころか立っているのがやっとで苦虫を噛むような表情を相手に向けることとなる。

楊柳一見 > 「ま、たまには足掻く側の身になってみるのも一興――でしょ!」

だん、とダメ押しとばかりの衝撃波をもう一つ。
苦い顔をする相手の有様に、知らず口の端が釣り上がる。
ヤッベ。アタシSッ気なんてあったっけ。
そんな埒もない思考を遊ばせて。

「これに懲りたら、つまみ食いもほど――ぉあ?」

不意に。
左肩が骨でも抜かれたかのようにだらんと垂れ下がった。
訳の分からないものでも見たような表情で、右手で押さえようとするが。

「ぁ――はあっ?!」

今度は左足がぐねりと折れて、たまらず片膝立ちとなる。

「な、何でよ?! 何で、こんな――」

困惑。疑問。錯乱。
それらを混在させた思念では結界を維持など出来ない。
周りから光が消えて行く。
それをただ、あたふたと闇に怯える子供のように見送るしか出来ず。

鈴ヶ森 綾 > 「………。」

踏み止まろうとしたところへ逆向きの衝撃波を受けその身体が大きく傾ぐ。
今度は耐えきれずにガクリと膝をついて顔をうつむかせる。そのまま声を上げる事もせず、じっと相手の言葉に耳を傾けていたが。

「あぁ…残念。時間切れ。できればそうなる前にねじ伏せたかったのだけど。」

突然の身体の不調で片膝立ちとなる相手。暫しの間、二人は奇しくも似たような態勢を取った。
しかし大きな違いとして、こちらはもう何事もなかったように立ち上がっていた。

「お忘れかしら。蜘蛛はね、糸以外にももう一つ武器を持ってるものよ。もちろん私もね。
 気持ちよくなったり眠くなったり、全身がぐずぐずになって死んじゃうようなものから…こんな風に痺れるものまで。」

抵抗もなくなったところで悠然と相手の側まで近づくと、その肩の辺りをトンと軽く押した。

楊柳一見 > 「!? じゃあ、さっきの――」

あの時左手に感じた痛み。あれは毒針を受けたものか。
その時捨て置かず土砂加持でも打っておけば――

「ぁっ――」

そんな皮算用を押しのけるように、軽く押されただけの体は容易く後方へ倒れる。
この流れはどこかで見たし体験もしたよな。
置き去りにされた冷静な思考が、そんな独白を紡いだ。

「ゃっ、やだっ、待って……!」

辛うじて動く右手足を、力の限りにばたつかせる。

鈴ヶ森 綾 > 「そういう事。それにしても、さっきのアレは中々堪えたわよ。
 たっぷり意趣返しをしてあげないとねぇ?」

実に、実に愉しそうな表情を浮かべ、相手の頬から首、そこから下って喉、そして襟のボタンに指がかかったその時、不意に顔を跳ね上げさせる。

近づいてくる、複数の人間の気配。あれだけ派手にやりあったのだ、さもありなん。
どうするか、蜘蛛らしく縛り上げて連れ去っても良いが、自分も消耗が激しい。
手間取ってやってくるのがもし風紀の一団だったら命取りになりかねない。

「…はぁ。ほんとに…煩わしいったらないわね。…精々、やってくるのが『いい人』達なのを祈る事ね。」

大きなため息を一つついて立ち上がると、最後に地面に横たわる彼女を一瞥してそんな言葉を投げかける。
それから上に向かって糸を伸ばし、するりと身体を持ち上げてビルの屋上へと姿を消した。

楊柳一見 > 「やあっ、やめ――!」

するすると自分の頬から襟元へ滑る指先から逃れようと、顔を逸らした先。
相手が視線の先に認めた方角。
そちらから、確かに数名の足音が――。

「あっ――」

それを認識すると同時、体の上に覆い被さりかけた相手が消えた。
いや、近場のビルの上へ逃れたのだろう。
こちらは毒で動きを鈍らされただけ――あと結構ヘタレてるが――だが、
向こうはこちらの術式でかなり消耗していよう。
邪魔が入るリスクを避けたか。ともあれ――

「こっ、こっち! 早く来てえ!!」

此度は毒牙に掛からずに済んだのも事実。情けなかろうと、助けを呼ぶとしよう。

楊柳一見 > 『風紀委員だ! 所在と氏名を述べなさい!』

「げ」

――まあ、来たのは風紀の人で、しこたま絞られるんだけどな。

ご案内:「路地裏」から鈴ヶ森 綾さんが去りました。
ご案内:「路地裏」から楊柳一見さんが去りました。