2016/06/28 のログ
■ステーシー > 彼女が掴んだ時、チンピラから明確にプラーナが減った気がした。
プラーナは自分がこの世に存在するための力、多少減ったところで疲労感を覚える程度の影響しかないが。
生命力などと一緒に減れば、命に関わる。
つまりは、あの手に掴まれれば自分もそうなるという話だ。
背中には壁が、目の前にはチンピラの顔が。
迫っていた。
左右に逃げる? 相手の動きは速い。きっと対応されるだろう。
上方に逃れる? 未知数の“敵”と空中戦ができるだろうか。
ならば。
あえて前に出る。
「…連影撃」
この場にあってゆらりと前に出る。
風に揺れる柳のように、いや。如何様にも形を変える影のように。
するりと人混みを抜ける迷い猫のように、最小の動きでチンピラとルフスをかわし、“すり抜ける”。
その瞬間に背中側のルフスに向けて白刃二連閃。
峰打ちをしようとは思わなかった。
全力で戦わなければ、切り抜けられないとさえ思った。
■東郷月新 > 「ほう!」
嬉しそうに東郷が声をあげる。
そう、そうだ。それでいい。
この落第街に、お上品な峰打ちなど似合わない。
徹底的に相手の命を狩るつもりでいかなければ、狩られるだけだ。
「さてさて」
酒でも欲しいと言わんばかりの気楽さで眼下の殺し合いを眺める
■ルフス・ドラコ > 支えを失った、というよりも投げつけられるようにしてチンピラが壁に激突する。
とどめを刺すためでもなく、有効なダメージを与えるわけでもない攻撃の理由は、
当然ながらルフスが手を離したからに過ぎない。
拳を握る必要もない。
どれだけ体制が崩れようと、力の伝わらない姿勢であろうと掴めばいい、という条件の上で、
ルフスはステーシーに触れることさえ叶わなかった。
「……」
ほぼ断ち割られた形のルフスの左手から血液が迸る。
ステーシーが動いた瞬間に、逃げたのでも避けたのでもないとわかったから、振り向きざまに防御に費やした。
先程から吸い上げて余らせていた生命力で骨を"使える"ようにして、二太刀をいなそうとした結果がこれだ。
なまなかな刃物であれば毀れようものを、反らして防いで尚、致命傷に至る道筋を奔る刃。
だからこそ、温存した右手さえ伸ばすことが出来なかった。二度の回避。
間合いは離され、しかもそのうえ……挙句の果てに傷口が疼く。
どうもこの体とあの刃の相性は極めて良くないように見える。
「……ステーシー・バントラインさん」
哀れな背後の男に、もう一度右手を添えてから。
いつかは別の呼び方を教えてもらったように思えたが、フルネームで呼びかけた。
「刀を収めないようでしたら、こちらの方がどうなるか保証できないのですけれど」
左手から、雫では収まらずにほとんど流れ続けるようにして血液が地を這う。
■ステーシー > 負けないために、必死に訓練を重ねてきた。
剣に教わり、剣を使いこなそうとしてきた。
しかし。
この状況の切り抜け方を、ステーシーは知らない。
「……!」
言われるがままに納刀し、構えを解く。
「乱子……どうして…」
彼女とは仲良くできそうな気がしていた。
だが幻想だった。
雨の日に震える子猫のように、ルフスを見た。
■東郷月新 > やれやれ、結局はこうなるか。
まだまだ、彼女の覚醒には少々血が足りない様子。
ならば、東郷のやる事はひとつだ。
ふわり、と屋上から飛び降りながら、刀を地上に向ける。
狙いはただひとつ。
剣士としての本懐を忘れた憐れな子猫でもなく
相手の弱さに甘えきった化け物でもなく
この舞台に不必要な小道具である、チンピラの男。
東郷はその小道具を刈り取るべく、屋上からの一太刀を浴びせようと。
■ルフス・ドラコ > ……長引けば、おそらくは何の実りもなくこの夢はお終いになるだろうと。
血液の流出で失われていく生命力を感じながら、
反射的に吸い尽くしてしまったりしないように、男を握る右手に力を込めた。
「ルフス。…ルフス・ドラコ、です。
風紀委員の流布堂乱子はもう居ませんから。
第四二実習校舎の単なる人攫いですよ」
焦げ茶の髪と、同じ色の瞳は感情を呑み込んで一切揺れない。
目の前の少女が言っているのは……自分のことではないのだから。
それが呆れるほど羨ましく、あるいは憎らしく。
「……どうしてって言うなら。
龍を。
貴女は、龍を殺せるでしょうから。それが私の、いいえ"私の"…」
言い終わる前に、チンピラの男をステーシーに向けてもう一度投げつけた。
その場に踏みとどまるには左手分の重量とバランスと血液が足りない。
無反応で通していた相手の刃の前に、まるで舞台上の立ち位置へ向かって行くように収まるだろう。
おそらくは、明らかにおかしく無様な命乞いを始めた時点で、気づいていたかのように。
■ステーシー > 「ルフス・ドラコ………あなたは…」
刀がカタカタと震えている。
気づくべきだった、悪意に。
「私は龍を殺す運命を背負ってこの世界に来たわ…」
「それとあなたと戦うことに何の関係があるというの?」
目の前にチンピラの男が投げ飛ばされる。
そしてその肩口から、東郷月新の凶刃が斬り込まれた。
絶命は免れない、そんなのフィクションでしか剣戟を知らない人間にだって見て取れる。
「………ッ!」
状況を理解した。
この男は、ずっと上から私たちを見ていたんだ。
そして炊き付けるために私の目の前で命を奪った。
頬についた熱いものを指先で拭う。
血だ。
いや、命だ。
「と……東郷月新………」
刀身から殺意が伝わってくる。
これが私の想いだ。ならば、この刃は人を斬る以外に何の意味を持つ?
突然、周囲から風が止まる。
世界が静止したような歪の中で、ステーシーの蒼黒の髪がより深く、絶望的な漆黒へと染まっていく。
「夢を司る神、アルテミドロス………この悪夢を、斬り捨てたい…」
刀身から抜け出るように、ディバインブレードに宿る神が姿を現す。
それは顔のないネズミのような姿をした、醜悪なる神。
すぐに神は姿を消すが、その代わりにステーシーの瞳が爛々と輝く緋色に染まった。
刀をゆっくりと抜き放つ。
「殺してくれる……ッ!」
その言葉に、世界が悲鳴を上げた。
端的に現すかのように、ヒビが入るような音が聞こえるだろう。
■東郷月新 > 「ははは、結構! それでこそ、それでこそ剣士ですなぁ!」
からからと笑い、刀を構える。
そうだ、彼女のその姿こそが見たかった。
東郷は嬉しそうに二人を見やる。
命の奪い合い。
この世にそれ以上の快楽などあろうか!
■ルフス・ドラコ > 「…それもまた、ほんの少しだけ違います、ね。
貴女、というよりは
"あなた"の最小単位から生み出された別の"あなた"が」
悪夢から来て、悪夢のような言葉を吐く、何か。
ひび割れた世界が首元に冷え冷えとした風を送る。
……ここでなら、次の夢は始まらないかもしれない。
「……"わたし"を殺すんでしょう。
もしかして気づきませんでしたか?
ずっと?
同じこの島に居たのに?」
第四二実習校舎の目的は完成のための実験に要する能力者の収集にある。
そしてその目的に私は逆らえない。
ではもし、その目的に合致した上で、
私の目的にも沿う事ができたとしたら?
「自己紹介が遅くなりました、ステーシー・バントラインさん。
私はルフス。ルフス・ドラコ。その名前の意味するところは、赤い龍と言うんですよ」
端的に言えば、私と"わたし"の目的はほとんど変わらない。
ただ、きっと私のほうが少し早く目的を遂げるだろうけれど。
血を流す左腕が、ステーシーを指し示す。
「やってごらんなさいな、夢斬りの剣士さん」
路地いっぱいを浸そうとする血液の溜り。
今やその全てがルフスに等しく、触れたが最後、この悪夢の中では二度と目覚めないだろう。
■ステーシー > 「赤い龍……私は龍を、殺す! ロストサインも、殺す!!」
殺意に満ちた剣客は、その場で刀を振る。
ただ、それだけのことだった。
空間に断裂が生じ、不可視の斬撃が東郷月新とルフス・ドラコに襲い掛かる。
ただの破壊の一閃ではない。
精緻なる剣術であり、人の技の結実。
それがこんなにも、殺意と死を体現させる。
月は折しも陰り、漆黒の剣士の双眸、その真紅を闇に軌跡として輝かせた。
■東郷月新 > 「む……!」
空間の断絶。まさか、こんな芸当まで身に着けているとは!
これはまずい、普通の剣士と思っていたが、空間断絶などという大技を繰り出してくるか!
「ちっ……!」
慌てて転がり、戦場から飛びずさる。
東郷はこの手の舞台ごと破壊する大技がとことん苦手である。
「となると……」
あちらの少女も大技を繰り出してくると見るべきか
■ルフス・ドラコ > 飛び退る東郷の足元で、血だまりから手が伸びていたように見えた。
ほとんど反射的な生命力への希求はしかし、もっと大きな欲求に引き寄せられた。
ルフスの指し示す方へと、
血の河、集積した生命と魂とプラーナと諸々のスープが眼前の死に向けて殺到する。
伸び上がり、うねり、転がる者たちを呑み込んでは後に残さず、
ただただその生を誇るように、
喰らうことの体現のように、
怒涛となって剣士へ向けて雪崩れ込もうとして、
空間の断裂の中へと、消えた。
もともと動くものなど無かったかのように。
血の一滴さえも残らなかった。
切り裂かれた者は、この世界に像を結ぶ力を失い、霧散した。
確かに、殺されたのだ。
■ステーシー > 「はぁ………はぁ…!」
大きな力に体がついていっていない。
しかし、血の河は確かに消えた。
自分が殺したのだ。
その得も言われぬ満足感。
師匠は教えてくれなかった。
人を殺した時の快感を。
口元を歪めて笑う。
次はどっちだ、どっちを狙えばいい。
首を刎ねて殺す。
追いすがって殺す。
四肢を斬り落として殺す。
心の臓を一刺しにして殺す。
できる。何でもだ。
この全能感、神の力を得るとはこういうことだ。
「ルフス・ドラコ……あなた、龍よね…?」
「教えて頂戴。龍はどうやったら死ぬのかしら」
口元に浮かぶ笑顔を左手で隠す。
ああ、ダメだ。この喜悦をどうして小さな手で覆えよう。
ディバインブレード『旋空』が悪しき夢に反応して世界を喰らい始める。
切っ先が振動し、周囲の空間を消し続けていた。
「……喰世剣・宵闇」
剣が教えてくれる通りの剣技を試すことにした。
脇構えに刀を構えたままルフスに迫る。
そして逆袈裟に刃を振るう。
その一太刀には音がない。完全なる切断を齎す、死刃が迫る。
■東郷月新 > 「……あー」
どうも、である。
東郷は寝ている龍を起こしたようだ。
アレはダメだ。
どちらかというと、あの邪霊騎士の領分だ。
あんな龍同士の大戦のような中に入っては、とてもではないが身がもたない。
「となると……」
またも逃げの一手である。
まったく、最近情けない事この上ない。
「とはいえ、あんな災害のようなのを相手にするのはまっぴらごめんですなぁ」
辻斬りをしようとしたら、人の姿をしたロボット戦闘兵に斬りかかったような気分である。
まったく、ついていない。
「……まぁ、あれはあれで楽しそうですが」
が、それはともかく東郷は今回も一目散に逃げるのであった。
ご案内:「スラム」から東郷月新さんが去りました。
■ルフス・ドラコ > ……去っていく足音が聞こえる。
もはやこの通りは随分静かになった。生命も魂も、何もかも。
ましてや、夢から映しだされた影にすぎないルフスの体の中で、心臓が動く音がしているかは随分と怪しい。
意に反して影絵遊びに使われるのもこれで終わりと思うと、どうにも清々とする気分だった。
とっくに立っている力を失っているだろう足は、倒れるという行動に耐えられないから立ちっぱなしで居る。
今度は、足音が近づいてきた。
「龍は……」
喉が渇く。もうすぐ自分から溢れ出るであろう血液のイメージで湿すと、
「龍は物語によって死ぬんだそうですよ」
だが、今のルフスを、夢を殺すには多分この一振りで十分だろう。
実習校舎にいる本体に届くかはわからないけれど。
しかし、あの剣が十二分に物語を紡ぐだろう。
例えば区別なく万物を殺すがゆえに有象無象のように竜を殺す、その証明のために何かを斬るのかもしれない。
その端緒となるように血の河はもう、斬っている。
……剣?
逆袈裟の斬撃の前に、左手をかざす。それでも足りなければ右手もかざす。
十分な接触時間に足りないなら、噛み付いたっていい。
竜を殺すのが剣の仕事なら。
それをコピーするだけで十分足りるなら、ステーシー・バントラインは必要が無い。
第四二実習校舎の命令はこの期に及んでも有効で、
ルフスは剣を"掴んで"吸い上げようとしていた。
■ステーシー > 「死ッ」
全身全霊の刃、そしてそれは一切の矛盾なく生命を奪う一刀。
「ねえええええええぇッ!!」
振るわれたそれは、ピタリとルフスの手に収まっていた。
「な………ッ!」
何故? 私は殺すために刀を振るったのに。
どうして? 相手の手にディバインブレードが。
次の瞬間、殺意と悪しき夢が吸い上げられた。
かなりの生命力も吸われたが、そんなことは何の問題でもない。
髪が蒼黒に戻り、瞳はいつものオレンジに。
その場で片膝をつき、口元を押さえる。
愉悦を隠すためではない。
吐き気を、堪えて。
今、私は殺そうとしていた。
何かを殺すことで満たされようとしていた。
「こんなの……私じゃない…」
そう小さく呟いた。
■ルフス・ドラコ > 「…………見られてた、わけですね」
ほとんど破れかぶれにつきだした手に収まった刀からは、怖気がするような気配がただただ伝わってきていた。
あんな斬撃を受け止められるような対人戦の技能はあいにく持ち合わせていない。
おそらくはルフスを監視していたであろう、実習校舎の――
結論に達するまでもなく、手中の刀を足元に放り出した。
存在の最小単位は既に吸い上げた。
現物は必要でもないし、寧ろ持っているべきではない。こんなものを扱うのは、校舎の連中に任せればいい。
「どうも、ご協力ありがとうございました。
この剣を研究すれば、あるいは私を殺せるかもしれません。
そしてその役目は貴女でなくて構わない」
上から言葉を叩きつけるようにして、踵を返す。
「……貴女が持つべき剣だとも、思えませんけれど。」
現れた時のように唐突に。
目的が済んだとなればためらうでもなく。
ルフス・ドラコは去っていく。左腕の血は止まっていて後を残さず、その行方は知れない。
ご案内:「スラム」からルフス・ドラコさんが去りました。
■ステーシー > 「待っ……待ちなさい…」
「ルフス・ドラコ……あなたは………っ!」
上から浴びせられた言葉は、自分の精神の弱さに響いた。
ディバインブレード、旋空。
悪しき夢さえも現実にしようとするその神の力。
これが私が持つべき剣ではないのなら、私は……どうすればいいのだろう。
しばらく人の気配のないスラムで蹲っていたが、立ち上がり、去っていった。
ご案内:「スラム」からステーシーさんが去りました。