2016/11/26 のログ
ご案内:「スラム」に《赤ずきん》さんが現れました。
■《赤ずきん》 > 霧深い夜だった。
人通りも途絶えた貧民街に、身の毛もよだつような水音がする。
「………はぁ………はぁっ…!」
怪物の腹を斜めに切り裂き、湯気をたてる熱い臓物を押しのけて両腕を突っこむ。
息を止め、むかつく様な血の臭気と濃い獣臭をつかのま遮る。
餌付いてしまいそうなほどの吐き気に抗いながら探りつづけて、やがて探しものに行き当たる。
それは、人の腕のようなもの。感触からして、たぶん女性の左腕。
あふれ出る鮮血のぬめりにとらわれ、なかなかうまく掴めない。
触れていた指先がぴくりと動き、こちらの接触に反応しはじめる。
「これ」の力が弱まっている証拠だ。
■《赤ずきん》 > 両手でしっかり掴み、鎧のような筋肉の塊に脚をかけて力任せに引っぱる。
ずっ、と大きなものが動きだす感覚が手のひらに伝わってくる。
大きく切り裂かれた傷口から、やがて血まみれの腕が生えてくる。
つづいて真っ赤に染まった全身がずるり、と這い出てくる。
この学園都市における「これ」の最初の被害者、落第街に住む若い母親だ。
もう一人を助け出す前に、獣の血にまみれて力なく横たわる女性のそばにひざまずく。
焦燥感にかられながら脈をさがして、確かめる。
衰弱著しいものの鼓動は確かに、かろうじてまだ命数は尽きていない様だ。
「………せめてもの幸い…と言うべきでしょうか」
願わくば、この人物が最初で最後の犠牲者とならんことを。
熱い返り血を真紅の外套で拭いながら、「それ」の傷口がうごめき自然治癒を始めたことに気付く。
「……………!!」
恐怖を覚えるほどの生命力。そして自己変容の能力。
わずかな時間で他者への変貌を果たすこの生物には、人間の狭い常識など通じないのだ。
ご案内:「スラム」にイレイスさんが現れました。
■イレイス >
上空からスラムに落ちてくる、緑の装甲を纏う者。
屋根伝いに走っていた時に見かけた事件に首を突っ込もうとしたモノ。
「………おいおい、なんだこの状況は」
血と臓物の臭い。
異形の饗宴。
災厄の、気配。
「よくわかんねーが、何か良くねぇのはわかるなぁ」
安物のスピーカーを通したような声が、周囲に響いた。
実際、アーマードヒーロー『イレイス』は予算の都合で音声周りが安っぽい。
「怪物かよ、ブラックデザイアの怪人じゃねぇ」
■《赤ずきん》 > 完全に無力化したはずだった。
死闘の果てに、命乞いを無視して生命活動を断ち切ったはずだった。
その怪物が、息を吹き返そうとしている。
ぞくり、と震えが走る。
ことここに及んでもまだ生き延びて、喰らう気なのだ。
再び立ち上がり、嗤いながらその牙にかけようというのだ。
人間というものを。
「………っ……!」
鮮血と獣脂にまみれて鈍い輝きを放つマチェットを、貧民街の乱れた石畳に突き立てる。
殺す。何度でも殺す。最後の一個体が滅びるまで。
蒸気都市の人々が「これ」の名すらも忘れはてるまで、殺し直してやる。
――――その時だった。思いがけない声を聞いたのは。
「………………………?……」
山刀を引き抜き、緑色の武装に身を包んだ影へと振り向く。
足もとには、全身血に塗れたままの犠牲者が横たわる。
粘性の強い返り血が真紅の外套から滴り落ちた。
目深にかぶったフードの下、唇を引き結ぶ。
もはや一刻の猶予もない。
■イレイス >
「事情ってモンを説明願いたいね」
「それとも言葉がわかるかい、血塗れのアンタに言っている」
「あんたが殺しているのが何なのか、それと」
両の拳を体の前で打ちつける。
全身を伝う赤のエネルギーがはっきりと夜に浮かび上がる。
「そこの女性をやったのはアンタなのか?」
「納得のいく答えが欲しいってなもんだぜ、鮮血の君?」
怪物の動向も目が離せないが、血塗れの存在も異様。
どう転んでも危険な状況に思えた。
■《赤ずきん》 > この刃は、あくまで人間に仇なす存在を討つために磨かれたもの。
蒸気都市の市民ではなくとも、同じ人間を相手に憎悪を向ける事はあり得ない。
けれど、そこにも例外はある。
高邁な理想をかかげ、「それ」との共生を唱える者たち。
もっと堕落した事情から、「それ」に与して跳梁跋扈を許す者たち。
「それ」を滅ぼすことを阻む者たちを、この身は許容できずにいる。
「………………………。」
目撃者の武装に赤い輝きが浮かび上がる。
臨戦態勢にあることを示すものだろう。
迷惑極まりない。なぜ今なのか。
なぜ余計な問答をふっかけてまで、邪魔立てをしようというのか。
理解できない。沸々と怒りが湧いてくる。
濃い霧の中、赤い立ち姿が陽炎のような揺らぎをまとって殺意を放つ。
「それ」はすでに身じろぎを始めている。逡巡している暇はない。
肉厚のマチェットを一薙ぎして血糊を払い、人の世に仇なす者へと打ちかかる!
■イレイス >
気圧された。
修羅場をそこそこ潜ってきたのに、刺さる圧倒的な殺気。
まるで殺意がマチェットを握っているような。
そして刃がこちらに向けて振るわれる。
両腕を交差させて受け止めるが、火花が散った。
この負荷、そして装甲へのダメージ。
人間の膂力と技術はここまで達するだろうか?
「てめぇ!!」
拳を振るう。
激情半分、殺意への対抗心半分。
自分が強化装甲を鎧(よろ)う存在であることを一時、忘れた。
相手が人間であれば確実に一撃で撲殺、と言うレベルの殴打を放つ。
■《赤ずきん》 > 殺すつもりで挑まなければ、なす術もなく喰われるまで。
一度気持ちが折れてしまえば、戦う力さえも失われてしまう。
適者生存の冷酷な摂理において、それは甲斐なき死を意味する。
いつもそうだ。この身が直面する事態というのは。
砲兵機関(アーティラリ・エンジン)の登場により、戦場における階差機関の活用は新たな次元に達したと言われている。
砲兵による支援砲撃の質、量ともに劇的に変貌させただけではない。
歩兵の視界に現実を拡張する情報のレイヤーを与え、兵士個々人の戦闘をサポートする。
野戦砲も機関銃も、騎兵銃も突撃銃も拳銃も、そして無骨な白刃すらも階差機関の補助を受けられる。
誰もが基礎的な訓練だけで百発百中の名手になってしまう世界。
人類ははじめて自分たちを絶滅させることのできる道具を手に入れた。
これこそが、人類の栄光と苦労のすべてが最後に到達した運命だ。
右の眼窩に収まった機関の瞳が赫赫と燃え、近接戦闘を最短時間で制する為の演算を始める。
接触時の負荷を最小化するための応酬。そして、最低限の回避行動。
拳に向かって突き進み、重力の枷からも解き放たれた様な動きで跳躍し、空中で身体を捻って拳を避ける。
髪の毛一本の隙間を残して通り過ぎていく殺意の塊。白い肌にチリチリと焦げつく様な刺激を感じる。
砲兵機関の助言だけでなく、強靭な筋力と体幹の制御に裏打ちされて始めて叶う芸当だ。
口もとを固く引き結んだまま、激昂する男を見下ろし、その頭部に血まみれの手のひらをつく。
「……………………。」
そのまま半回転して背面装甲に刃を振るう。
装甲の強度を評価し、適切な修正を加える為に奨励された行動だ。
鋼鉄の刃が通るかどうかのデータすらないのだ。おかしな装甲に身を包む、この相手には。
■イレイス >
回避された。
いや、違う。
読まれた?
何らかの手段を持って拳の軌道を読まれた。
そうとしか思えない行動の緻密さ。
次の一手に直接繋がる攻撃的回避。
「!!」
背面装甲は、薄い。
攻撃を受ければ多分通る。
……まともに受けるわけには、いかない。
「オラァ!!」
両腕を後方に振った。
どちらかの手が刃の軌道を逸らせれば良し。
そして内蔵された人口筋肉の膂力が相手の牽制にもなる。
博打だ。だが、安い博打なら何度だって打ってきた。
左手が紅のシルエットが振るう刃を弾く。
が、衝撃で左手周りの機械的構造が少し壊れたようだ。
「クソッタレが!!」
その場で回転しながら右手を振り、左足で虚空を回し蹴り。
自分の重量と膂力、相手に僅かに引っかかればダメージを与えられる。そう踏んだ。
……左手が痛む、どっかイカれたか。