2016/11/27 のログ
《赤ずきん》 > 機関の瞳が、じわりと熱を発していく。
「それ」を仕留めてから間もなくの連続稼動で、過負荷がかかっている。
こんなこと、長くは続けられない。
ゆえに尚のこと、一瞬でも早く無力化しなければならない。

無為無策に振るわれた左腕が斬撃を阻む。
背面を狙われるわけには行かないということだ。
参考情報として保持しておく。

右腕の牽制を抗わずに受け、転がるように受け身をとって衝撃を逃がす。
体重差のある相手と同じ土俵に乗るなど愚の骨頂だ。
左の二の腕に、軽い痺れが残った。

「………………………。」

気付けば、この数瞬のあいだに「それ」の姿は消えてしまった。
血痕だけが霧に閉ざされた闇の向こうへと続いている。
鋼の刃に付けられた傷ならば、銀のそれよりずっと治りが早いはずだ。
今追えば間に合う。けれど、この男は逃がしはしないだろう。

殺意が募る。ギラリと抜き身の刃のごとく鋭さを増して、燃え立っていく。
怪物殺しのマチェットを背後に納め、短剣を抜いて逆手に構える。
獰猛な獣を狩るならいざ知らず、重装の騎士を討つのに山刀などいらない。
アルモガバルスの流儀に倣えば、装甲の薄い間接部を狙える短剣こそが最良の選択だ。

四肢のひとつでも落とせば、哀れっぽくむせび泣いて戦意を失うに違いない。
霧と陽炎の入り混じったものを従え、輪舞を踊るように回転の勢いを付けて斬りかかる。
狙うは、成人男性らしい体格の間合いの内側。左腕一本、肘から先を貰い受けよう。

イレイス >  
「こいつ……」

いざ、行動が終わってみれば結果は明白。
いなされた。
高度な戦闘能力を持っているからこそ。だが。

「舐めやがって……!!」

捉えきれない。
まるで空中を舞う葉の一枚を追うかのようだ。
そのことが、怒りと焦燥を煽った。

相手がマチェットから短刀に装備を変えた。
これは厄介だ。
人間が装備する以上、この鎧にも隙間はある。
そこを突かれれば、生身に刃が刺さるというわけだ。
想像すれば、ぞっとする。だから、逃げる?
冗談じゃない。
こいつは俺に殺意を向けている。だから、敵だ。明確な、敵だ。

霞、陽炎、円の動き、舞うかのような流麗な行動。
全てまやかしだ。
相手の狙いを見定めて、短刀を右拳の甲で滑らせた。

「どうしたァ!!」

次の瞬間、足元を強く蹴りつけた。
相手に向けて石が散る。
当たれば、血が出ることはないだろうが、相当に痛い。

《赤ずきん》 > またしても、装甲に阻まれた。

打ち合うたびに刃こぼれが進み、刃が潰れていく。
この奇妙な装甲は、蒸気都市にとって未知の金属でできているのかもしれない。
端的に言って、現在の武装だけではこの鎧を抜けないかもしれない。

だとしても、この仮面の向こうにあるのは人間の顔だ。
この身と同じくものを考え、喜び、悲しみを覚える人間がいる。
悪意に満ちた黒妖精や、言語すら持たぬ人外の存在ではない。
同じ心を持つ者ならば、その柔らかな胸の奥にかならず付け入る隙がある。

恐怖を植えつけるのだ。

「…………………!……」

鎧男が気炎をあげ、石畳が砕けて散弾のごとく飛散する。
ここまでの近接戦闘から察するに、あの装甲は何らかのパワーアシスト機能を備える。
ゆえに飛び散った石礫は、尋常ではあり得ない速度を得ている。
さながら無数の弾丸だ。緋色の外套だけでなく、衣装の下の肌まで切り裂かれるだろう。
点は避けられ、線でも点で捉えられるだけ。
だからこそ、面での牽制に切り替えたのだと思えば得心がいく。

けれど。
この身は強く想起する。無数の石片がすり抜けていく様を。
さながら紅蓮の幻影と化し、かの敵の懐深くへと至るまでを。

すり抜ける。迫る。もろともにぶつかり姿勢を崩して、おかしな仮面に短剣を打ち下ろす。
何度も。何度でも。刃の潰れた短剣の先端を突きたて、その素顔を垣間見るまでガリガリと削り取る。
行く手を遮るものすべて、透過できるならば。叶うだろう。そんな無茶苦茶な振る舞いすらも。

おぼろに定まらぬ陽炎をまとい、影を縫って駆けていく。鎧の男の真正面へと。

イレイス >  
「なん………だぁ…!?」

放った飛礫が、すり抜けた。
紅のシルエットは、まるで影か何かのように、それをやってのける。
だが目の前にある存在は確実に現実。
想定されるものは、魔術か異能。

「う、うおお!?」

拳を振るう、蹴りを放つ。
だが、相手を捉えることはできない。
恐ろしい。恐ろしい。
目の前の存在は戦士ではない。まるで、緋の亡霊。

今のまま相手が前に進めば、見えるのは確実な敗北だ。

《赤ずきん》 > 目深に被ったフードの中に、白い煙がこもっていた。
しゅうしゅうと肉の焼ける様な音がする。
右の眼窩に収まった階差機関が赤熱し、激痛を訴えはじめる。
過負荷に耐えかねてのオーバーヒート。
想定を大きく超過する連続稼動を強いたせいだ。

蒸気機関にとって、廃熱の処理は永遠の課題だ。
サイバネティクス技術の開発が進む現代においても、この問題は解決に至っていない。

「………ぐっ……ゥ……!!」

血まみれの手で顔の右半分を覆う。
「それ」をむざむざと逃がしただけではない。
邪魔立てをした者の無力化さえも果たせていない。
こんなはずではなかったと悔やみ、呻く。

短剣の柄を逆手に握りこんだ拳を、甲冑の胸に強く強く打ちつける。
………ここまでだ。今夜はもう、これ以上活動を続けられない。
爛々と燃え立つ義眼の、紅蓮の輝きを晒しながら持ち物をさぐる。
違反部活の拠点から拝借した煙幕手榴弾のピンを抜いて転がす。

そして、後ずさっていく。霧に溶けていく。敵の姿を目に焼き付けながら。
破裂音とともに貧民街に立ち込める、白亜の闇の向こう側へと。

イレイス >  
「……!?」

相手が、苦しんでいる?
何かの効果か? それとも……時間切れ?

「これは……!」

相手の拳が自分の胸に打ちすえられる。
なぜか、とても心に響いた。
悔やみが、伝わってきた。

そして放たれる煙幕手榴弾、もうもうと白煙が舞い上がる。

「ま、待て!」

霧に溶けて消えていくかのように、遠ざかる人影。

「クソッ……」

しかし、残された女性を助けるのが先決か。
女性を介抱し、救助を要請する。

胸に、いつまでも殴られた衝撃が残っているかのようだった。
あいつは、一体何と戦ってきたのだろう。

ご案内:「スラム」からイレイスさんが去りました。
ご案内:「スラム」から《赤ずきん》さんが去りました。