2015/09/06 のログ
ご案内:「第一演習場」に獅南蒼二さんが現れました。
獅南蒼二 > 器用貧乏という言葉がある。
なまじ器用であるが故にあれこれと手を出し、どれも中途半端となる様を表す言葉だ。
響きからも分かるように、本来それはマイナスの意味をもつ。

「……こんなところか。」

演習場に立つこの男にも、まさしく器用貧乏という言葉が似合うだろう。
全ての魔術と言っても過言では無いほど多様に魔術を操るが、
彼の内包する魔力では、その効力は第一線の魔術師には到底及ばない。

獅南蒼二 > しかし本人がそれを自覚した上で、推し進めている場合はどうなのだろう。
彼はこの島に集められたすべての文献から魔術を模倣し、今や異世界の魔術にまで手を出し始めた。
全てを壊す破壊の力、怪物のもつ吸魔の力。

そして、非常に原初的でありながら独特な、事象を“生み出す”力。

獅南蒼二 > 一般的な魔術では、炎や風といった事象を“再現”するのが普通である。
例えば魔力の炎は実際の炎と違い物質の酸化とは関係が無い。
イメージとして炎を使用しているが、あれは単なる熱と光の放出に近い。

「………。」

そして、獅南にとってそれはもはや、息を吐くのと同じくらい容易に発動できる魔術の1つ。
男が手をくるりと回して標的を指させば、まるでガソリンをかけて火をつけたかのように炎が上がる。

だが、赤い炎であるにもかかわらず、煙は出ない。
再現しようとすれば再現できるが、それは必要のないものだ…これが、一般的な魔力の炎。

獅南蒼二 > 瞬時に標的はその熱によって自然発火し、実際の炎が発生する。
僅かだが煙が上がり、木材が焼ける臭いが漂う。
獅南が手を軽く回せば、魔力の炎はふっと消え失せた…実際の炎は燃え続ける。

「さて…あんな真似が、私にも、できるものかな。」

いまから試すのは、魔力から“炎”を生み出す魔術。結果はきっと、何も変わらない。
だがそこには大きな隔たりがある。
魔力だけを材料として現象を“生み出す”事が出来るのなら、それは多種多様に応用できる。

だが問題は、その術式構成だ。

獅南蒼二 > 魔術には“イメージ”が大切だと、多くの教師は教えるだろう。
獅南もまた、それを否定することはしない。
だが、イメージとは非常に不安定なものであり、いわばアナログな手法である。
イメージに傾倒した魔術は、術師の感情や体調、心理状態が結果に大きく作用してしまう。

獅南は論理によって全てを理解し、行使しようとする。
炎を再現するのなら、熱を構成する術式、光を構成する術式、外観、指向性、そしてその規模をそれぞれ明確に描き込むのだ。
よって、彼が教え彼が行使する術式は、常に一定の結果をもたらす。

獅南蒼二 > それ故に、彼の授業は難解であり、確実だった。
魔術の才能が皆無な生徒でさえ、術式を確実に習得し、魔力を込めた指輪でも装備すれば発動させることができる。

だが、実際に現象を“生み出す”となればそうはいかない。
そもそも炎を構成する要素とはいかほど存在するのだろうか。
熱と光は気体のイオン化現象とプラズマの発生であり、二酸化炭素の他、様々な副産物としての化学物質を生成する。

獅南蒼二 > 全てを構成することなど、不可能に近い。
それこそ人生を捧げて研究を重ねなければ到達できぬ境地だろう。
………イメージに頼る他ない。

「炎か……そうだな…。」

例えば、燃え盛る建物火災。
例えば、優しい蝋燭の炎。
例えば、便利なコンロの火。

……イメージを固定化するというのは、非常に難しい。
彼がイメージに頼る魔術を避けるのは当然だった。
彼には、魔術師として重要な“イメージの才能”が欠落しているのだから。

獅南蒼二 > 固定化しないイメージでは勿論、魔術は発動しない。
しかし魔力からイメージを生成する術式は描かれているため、魔力は不安定な形で放出されてしまう。
標的は魔力の浸食を受けて変質し、木材の板が不自然に歪む。

「……ふむ…。」

慌てることなく、魔力吸収の術式で封じ込めて浸食を止め、水晶の結晶に魔力を蓄積させた。
残るのは不自然に拉げた木製の標的。

……木製だったのだが、今やそれは材質不明の物質へと転じている。

獅南蒼二 > 自分の手を見て少し考えたが、すぐに小さく息を吐く。
それから淡く輝く水晶を拾い上げて、近くのベンチに腰を下ろした。

「……糸口がつかめないな。」

苦笑を浮かべつつ、ポケットから煙草を取り出した。
指先から魔力の炎を作り出して火をつける……論理的に構成すれば、こんなに簡単なのだが。

獅南蒼二 > 自分に魔術の才能が無いことはとうの昔に思い知らされた。
魔術学者の両親を持ちながら才能を欠いたこと、才能ある者への羨望と憎悪が、この男を作り上げた。
才能を振り翳す者、才能に溺れる者、それらを打倒することこそが彼の目標だった。

「…………………。」

歳を重ねてなお、彼の目標は変わらない。
羨望と憎悪はややその身を潜めたが、こうして“壁”に当たるたびに、それを思い出す。

獅南蒼二 > もう一度、手を翳した。
拉げた標的に手のひらを向け、術式を構成する。
炎を具体的にイメージすることを諦め…感覚的に、イメージする。

……憎悪や嫉妬は、燃え広がる炎に近い。
危険だと、思う。なまじ術式構成を得意としているだけに、間違いなく魔術を発動することはできるのだ。
だが、そこに書き込まれる術式は…あまりにも原初的。
感情だけで魔術を発動させるなどと、正気の沙汰ではない。

獅南蒼二 > その瞬間、獅南はその手を握りしめ、発動を停止させた。
こんな実験はあまりにも迂闊だ。
どうなるのか見てみたい気はするが、安全設備の無いここでやるようなことではない。

吸い殻を携帯灰皿へと入れて、小さく肩を竦める。

獅南蒼二 > 特に何をつぶやくでもなく、静かに立ち上がった。
資料として使うのか、変質した標的を拾い上げ…ゆっくりと歩いていく。

ご案内:「第一演習場」から獅南蒼二さんが去りました。