2016/11/15 のログ
ご案内:「転移荒野」にメイジーさんが現れました。
メイジー > この街は、とこしえに醒めぬ蒸気文明の夢に酔う鋼鉄の揺り籠。
日の沈まぬ永遠の帝国。女王陛下の治世も名高き、世界の首府たる重機関都市。

この都が、我ら灰白なりしアルビオンの民の大いなる揺り籠と呼ばれる所以。
今世紀初頭、とある発明を機に爆発的な発達を遂げた偉大なる機関文明。
その後裔たる数理の頭脳が築き上げた、現代の奇跡がここにある。
天高くそびえながら、水平方向に腕を伸ばした無数の尖塔たち。
どこまでも壮麗に網目のように絡み合い、蒸気都市の空を覆いつくす超高層複合建築群。

ここもまた、濁りきった天空と煤にまみれた地上をつなぐ、帝都にそびえる柱のひとつ。
地下大深度に眠る都市級大機関の心臓部から垂直に伸びた排気塔の、遙かなる高み。

帝都上空、600ヤード。

メイジー > そこは実に恐ろしい場所だった。
日没とともに勢いを増した白亜の排気が奔流のように吐き出され、虚空に漂い吹き散らされていく。
外壁もなく、錬鉄の手すりひとつを隔てた向こう側は目のくらむような深淵が開けている。

永年積もり積もった煤は水気を含んで黒い岩のようにこびり付き、滑りやすくなって足元さえも覚束ない。
排気口のゴツゴツした縁から強酸性の廃液が滴り、流れとなってほとばしり出ている。
白い灰気が唸りを立てていつまでも流れたなびき、滝つぼのような音を立てながら途切れなく湧き上がってくる。
絶え間ない蒸気の渦とどよめきで、眩暈がしそうだった。

この身と「それ」は絶壁の近くに立っている。

はるか下方で尖塔に当たって砕ける蒸気を省みることなく。
奈落の底から震え轟く、どこか人間の叫び声のような音に聞き入るでもなく。
右の腕から赤い血潮を滴らせながら、「それ」は物憂く口を開いた。

『8月14日に君は私の邪魔をした。19日に君は私の同胞に迷惑をかけた。それも一度や二度ではない』
『10月中旬までに、君たちの悪意ある計画によって私の同胞二人が惨たらしい末路をたどった』
『そして今、11月の初め。私は君の絶え間なき迫害に遭い、明らかに危険な立場に立たされている』
『状況は容認しかねるものになりつつある。この事態には―――』

メイジー > 非常に背が高く痩せていて、額は弧を描いて突き出し、二つの瞳は顔の奥深くに沈み込んだ「それ」。
髭の手入れも行き届き、蒼白くも苦行者めいて、いくらか老教授らしい顔立ちをしている。

『ただ一つの結果しかありえない。君が依怙地になったばかりに、他の手段を捨てざるを得なかったのだ』
『率直に言って、心苦しいことだが……君のたどるべき道は、ここで途絶える』

50ヤードほど下方でいくつかの導管が同時に破裂する。
圧力の不均衡は燎原の火のごとく広がり、排気塔全体が異音を立てはじめる。
異常を報せる警報が大音量で鳴り響き、天を支える巨人のような尖塔がどこか悲しげな軋みを上げる。

『不運な事故だ。赤熱した鉄材が君を粉々に打ち砕き、そして地表に降りそそぐ』
『多くの者が死ぬだろう。君ひとりのためにな』

メイジー > この身は……この身は、口を開く。「それ」にかけるべき言葉はそう多くないのだけれど。

「なんということでしょう……人払いを頼んでおいて正解でございました」
「それで、なんと仰いましたか。地獄までご一緒いただけるのですか?」

『いいや結構、私はお暇させてもらう。ここから先は君一人で逝きたまえ!』

「それ」は獰猛に牙を剥き出して嗤い、命綱もなしに闇夜に身を躍らせる。
反射的に身体が動いて間合いを詰め、「それ」の胸へと銀の刃を深々と突き立てる。
もつれ合いながら錬鉄の欄干を蹴って、共に幾千万の市民が暮らす夜の蒸気都市へと一歩を踏み出す。
夜の大気が身を切るような凄まじい風圧に変わる。身体が重力に囚われて自由落下を始める。
フードつきの外套が風にもぎ取られ、あっという間に空の彼方へと吹き飛ばされてしまった。

暴風に揉まれながら、知性の欠片もない咆哮を無視して傷口を捻じ拡げる。
幾度も力任せに殴りつけられながら、間近に覗き込んだその顔にはじめて感情らしい感情が浮かびあがる。
上空で爆発が起き、行き場を失った蒸気が鈍色の空を染めた。

『………ッ………化け物…め……!!』

「それ」が焦燥にかられ、しわがれた声で聖句めいた言葉を呟き始める。
世界が歪む。厚い煤煙の彼方に人の暮らしの明かりが瞬く、蒸気都市の夜景が歪む。
そんな超常の現象に疑問を呈する間もなく―――。

ご案内:「転移荒野」に竹村浩二さんが現れました。
竹村浩二 >  
「ラ、ラ、ラ、それでも世界は待っちゃくれないのさぁ」

歌いながら男は荒野を歩く。
防塵装備も何もない。いつもの緑のスーツを着たまま。

敵対的怪異がいたら変身してぶっ殺して正義執行。
その日はそれくらいの軽い気持ちだった。
ただ……軽い気持ちで立ち入っていい場所でないことは確かだった。

だって、ここは。

「あん……?」

異界とのクロスロード。

メイジー > ――――――――。

穏やかな風に包まれ、優しく撫でられる感触があった。
生きとし生けるもの肺腑をことごとく毒する、凍てついた亜硫酸ガスの霧ではなく。
汚染された水場に立ち込める、饐えた匂いが入り混じった汚濁の蒸気でもなく。

もっと清澄な、水晶宮の硝子のようにまばゆい何か。
詩人たちの美しい詩想の中にしか永らえなかった、瑞々しくも精妙なるもの。
人工的に調整された碩学式庭園のそれではない、天然自然の大気が肺に流れ込んでくる。

「………………………」

あの幾千万の暮らしが息づく夜景ではない。
どう見ても昼間だ。もしかしたら、この身はおかしくなってしまったのかもしれない。
あの忌まわしいモノは消え失せ、影も形もなくなってしまった。
言うなれば、これは白昼夢。短い生の最期に垣間見た、別世界の風景。

からりと乾いた風のさなかに青々と薫る草いきれの名残りを感じながら。
ターナーの風景画の中でしか見たことがない様な、底抜けに青い空を呆然と眺めながら。
その無窮の青に心奪われ、遙かな天頂の深みへ恍惚と手を伸ばしながら、落ちていく。

重力に引かれるままに。

竹村浩二 >  
「おい、アレ……ウソだろ………?」

慌てて走り出す。
間に合うか、間に合ったとしても何かできるのか。

「空から人が落ちてきてやがる!!」

走る。走る。走る。蒼穹に見放された誰かの元へ。
どうする? 変身するか? だが今は変身アイテムを取り出す僅かな時間さえ惜しい。
そもそも外装甲で鎧(よろ)う姿で人をキャッチしたら怪我をさせるかも知れない。

怪我?
何をのん気な。あれは、どう見たって。

「死ぬだろ!!」

落ちてくる人影の真下まで滑り込み、両腕を広げた。

……これで俺も死んだら、アホだな。
でももう落ちてくるヒトの真下だ、体育館の天井に挟まったバレーボールよりどうしようもない。

メイジー > あと一歩まで追いつめたのに、逃してしまった。
「次」はない。この身は人ならざるものに弄ばれ、謀られて果てるのだ。
気持ちの整理さえつかぬまま、人知れず惨たらしい死に様をさらす。
この犠牲が報われることさえない。

けれど。

「……………綺麗……」

つかのまの苦悩を捨て、最期の光景を目に焼きつける。
かの都に住まう誰もが心から望みながら、終生決して得ることのないものを抱きしめる。
慣れ親しんだ喧騒から遠く離れ、水を打ったような静けさに包まれて目をつむった。

―――――――。

痛みと衝撃が全身を襲い、天地がひっくり返るような反動にさらされて身体が跳ねる。
もう一度誰かの腕の中にすっぽりと収まってしまった。白昼夢はいまだ終わらず。

「………………………まだ……続きがあるのですか…」

竹村浩二 >  
「ぐええ!!」

落下の衝撃に岩の上でブン殴られた蛙のような声をあげる。
腰をイワしたかも知れない。仕事やすもう。

「って……女かよ………落下物はよぉ…」

《大変容》の後、世界には異世界からの来訪者が現れることがあった。
彼ら、あるいは彼女らを人は異邦人と呼ぶ。
時に、霧と共に迷い込み。
時に、時空の狭間から現れ。
時に……空から降ってくることがあるらしい。

その際に死ぬ確率もあるが、何らかの力が働いてこの世界に生きてたどり着くことのほうが圧倒的に多い。
異邦人たちはこの世界の客人(マレビト)なのだ。
世界ともあろうお方が客にそうそう無礼を働かないってわけだ。

「……おい、あんた怪我は…」
「大丈夫なら下りてくれ、そっとだぞ、俺のガラスの腰が砕け散らないようにそっとだ」
「俺が一級品なのは首から上だけなんだよ……いてて」

メイジー > 「御身は……不思議の国の住人でございましょうか」
「ウサギ穴の向こう、涙の池のほとりに住まうお方……いえ、ご案じ召されませぬ様」
「旦那さまの使用人たるもの、いついかなる時にも取り乱すことはございませんので」

錯乱してなど、と呟いて、まだ自分の正気を半分疑いながら荒野に降り立つ。
人の傲慢さを表すがごとき鉄塔の高みから落ちたにも関わらず、まだ死んではいない様で。

「失礼致しました。身共は……ええ、おかげさまで。そちらもお怪我はございませんか?」

受け止めてくれた人物に恭しく頭を垂れる。

「身共はメイジー・フェアバンクス。及ばずながらホールドハースト卿にお仕えする身でございます」
「つかぬ事を伺いますが、キングス・クロス駅はどちらでございましょう?」

吸い込まれそうな青い空に目を引かれながら、荒野としか言いようのない荒涼たる世界を見回す。

竹村浩二 >  
「俺が白兎や帽子屋に見えるかい」
「ただの小間使いだよ……学校ってところのな」

体の節々は痛い。が。
柔らかい。良い匂いがする。
それだけで人助けの甲斐はあった気になる。

「ああ……何ともねぇようだ」
「寒いし腰が痛い、それだけだ」

異常な寒がりの男は立ち上がって体のあちこちに触れる。
そして異能でメンソールの煙草を取り出して咥えた。

「俺は竹村浩二だ、それで、その。ホールドハースト卿?」
「キングス・クロス駅………」

考え込む。どちらも聞いたことがない。
アメリカの地名だろうか。

考えるまでもないことだ。
彼女は空から落ちてきた。
つまり―――――異世界の話だ。

「いいか、メイジー。良いニュースと悪いニュースがある」
「どちらから聞きたい?」

指を擦るといつの間にか指先に挟まれていたマッチに火がつき、煙草の先に灯りを齎す。

メイジー > 「竹村様。我が身の危険をかえりみず、身共をお救い下さったのですか」
「何と勇敢なお方でございましょう。僭越ながらこのメイジー、敬服いたしました」

まだ少し夢を見ているような気分で、心からの感謝を伝える。

「……空を見ればわかります。あれが太陽…と存じますが、身共は知らずに育ちましたので」
「それに、そのお姿も。ここは新大陸なのですね。手付かずの自然が残る地と聞き及んでおります」

蒸気都市から幾千里の彼方にあると聞くフロンティアを思い浮かべる。
よく見れば音に聞く話と符合する部分もある。たとえば、無頼漢が跋扈する荒れ果てた地であるとか。

「では悪いニュースとは、まさか……」

この人物は勇敢な紳士だ。どう見ても無頼漢ではない。

「いえ、思い過ごしでございましょう。学校にお勤めの竹村様が、なぜこのような場所に?」

竹村浩二 >  
「やめてくれ、ケツが痒くならぁ」
「お前が男だったら見捨ててたよ」

軽口を叩いて紫煙を吐き出す。

「太陽を知らないって」

苦笑いをしたものの、自分の常識で相手を推し量ってはいけない。
そして笑ってもいけない場面だ。

「学校に用務員としてお勤めになられてらっしゃる竹村さんからのお知らせでございます」

滅茶苦茶な言葉遣いで憂鬱な青空を眺めた。

「悪いニュースからだ、ここはメイジーのいた世界じゃあない、多分な」
「ここは常世島、日本という国の端っこだ」
「有体に言うと帰る手段が著しく少ない、もしくはないってワケだ」

相手の眼が見れない男だが、目の前の女は瞳が露出していない不思議な髪型をしている。

「良いニュースだが、あんたは生活委員会に事情を話せば、だが」
「一時的に保護される。今日明日で食い詰めることはないってわけだ」
「あんたはこちらの世界の言葉がわかるようだし、この世界の事情も話したがりが話してくれるだろう」

煙を鼻から吹くと携帯灰皿に灰を落とす。

「ようこそ、このクソッタレの世界へ」