2016/11/16 のログ
■メイジー > 「イーストエンドのクーリーに伝わる昔話によれば、以前はあと九つも浮かんでいたのだとか」
「なんと恐ろしい。目が潰れてしまいそうでございます」
「太陽」の光は強く、まぶしすぎて直視に耐えない。
ほどほどに目をそらし、青空をただよう薄い雲を見上げれば心が和むような心地がした。
「異国の地でございますか……当たらずとも遠からずでございました」
「では、島流しでございますね。身共は追放された…と解するのが自然かと」
とっさのことで分らないなりに筋道を立てて仮のストーリーを描いてみる。
「あれ」の窮余の策が驚くほどうまく行ってしまった、とすれば。
「竹村様。この辺りで、身なりのよい手負いのご老人を見かけたことはございませんか?」
「身共のように、空に現れて―――」
漠たる荒野にただ二人。清澄な大気のみなぎるこの地には、忌まわしいモノの気配の欠片もない。
本当に知らない世界に身ひとつで放り出されてしまったのだ。
慣れ親しんだもの全てから切り離されて、心細くないといえば嘘になる。
「……ホールドハースト卿の御許への帰参が叶わないのでしたら、新たな主を探しましょう」
「生活委員会……当地の使用人登録所でございましょうか? では、ぜひそちらへ」
異国流の冗談に違いない。可笑しくて、くすくすと笑いだす。
「竹村様。常世島、日本…と仰いましたか。身共は惚れ惚れと致しました」
「これほどに大気が清ければ、幼子はきっと、心健やかに育ちます」
「生きながらに肺が腐ることもございません。竹村様は……煙が恋しいのでございますね」
■竹村浩二 > 「太陽が複数ある御伽噺か……」
「いかにも外国あるいは異世界って風情だな」
何とも落ち着かない昔話だ。
夜が来なければ安淫売を買いに行くこともバーで一杯引っ掛けることもできない。
「追放、島流し。発想が罪人だな……」
「ま、前歴持ちだろうがこの島で大人しくしてるなら何も文句はねぇよ」
「身なりのいい、手負いの老人ねぇ……生憎と幅広く交流してるわけじゃねぇからなぁ」
紫煙を燻らせながら首をコキコキと鳴らす。
あれだけの衝撃にあって流血の一つもないとは。
物理法則が一時的に書き換わっていたのであろう。たぶん。
「いいか、メイジー。生きてることは素晴らしいことだ」
嘘だ。俺は今、嘘をついた。
「例え元いた世界に帰れなくても、メイドがご主人様と離れることになっても」
生きていることが良いことだなんて、俺が口にしていいはずがない。
「決して希望を捨ててはいけないぜ」
希望。なんて寒々しい。
生活委員会の説明をしようとして諦めた。
見たほうが早い。見てわからなくても俺の責任ではない。
「大気が清い、ねえ……」
よっぽど空気が汚れた世界から来たのだろう。
肺が腐る、などという剣呑な言葉から察して余りある。
「煙が恋しいんじゃあない……何かに依存しないと俺は…いや、いい」
「行こうぜ、こんなところで立ち話もナンだ」
どこか、遠くを見ながら。
「……寒いしな」
■メイジー > 「ものは言いようと申します。このメイジー、どちらかといえば悪漢小説より探偵小説の方が好みでございます」
「お約束は致しかねますが、どうぞご安心を。この身は一介の使用人でございますので」
「……おそらく、同郷の者でございます。手を尽くしてでも見つけ出さなければと…心に決めております」
竹村浩二は希望を語る。何か言葉を選んで、考えながら喋っている風にも見える。
よほど不安そうにしていたのか、元気付けてくれているのだ。
「身共の希望は……ただお役目を果たすこと。果たせること。そのほかに望みはございません」
「竹村様、よき使用人の条件というのをご存知でしょうか?」
「ヘイズ協会の執事が申すところでは、よき主に仕えることなのだとか」
「説はさまざまにごさいますが、単純明快な答えには魅力を感じてしまいます」
清澄な大気を胸いっぱいに吸って、控えめに笑う。
「どうぞご自愛なさいませ。お風邪など召されませぬ様。参りましょう、生活委員会へ!」
何はともあれ。底抜けに青い空を見上げながら、男の姿を見失わない様に着いていくのだった。
ご案内:「転移荒野」から竹村浩二さんが去りました。
ご案内:「転移荒野」からメイジーさんが去りました。