2017/03/31 のログ
楊柳一見 > 辺りは文字通りの荒野である。
が、奇怪なオブジェ――異界生物の死骸や、転送された建築物の一部――が転がっていたり。
植生がそもそも地球上に在り得ない態を成していたり。
風が時折名状し難い臭気を運んで来たり。
なるほど、転移荒野とはよく言ったものだ。
転移して来た異界の“異”そのものが、初めて辿り着く此の世の始発点――。

「うーん、帰りてえ」

偽らざる本音であった。
見れば真新しい戦闘の痕跡まである。
戦技を磨く為、学園の生徒らも度々足を運ぶらしいが。

「……まあ、今日のところは俯瞰調査って感じで。アタシとしてはコレの出番がないうちに」

撤収したいところだなあ、と。肩に担いだ鉄の棒を、ぶうんと一扱き。
法具だとかそんな大それた代物ではない。
来る途中の工事現場から拝借した、繋索用の輪を具えた鉄の棒杭だ。
せっつかれるまま家にも帰らず直接来たせいで、こんなものしか用立てられなかったのだ。
とは言え、鉄は古来魔除けに用いられた事もある。
これも純鉄ではないが、気休め程度にはなるだろう。単純に打撃・刺突武器としても使えなくはない。

楊柳一見 > さて後は――

「で、アンタは式越しに何かしてくれんの?」

肩で暢気に羽の手入れをしている鳩に問いを投げる。

『監視よ監視。貴様が仕損じたらば、次の人員を仕向けねばならん』

またも返るにべもない言葉に、あーそうかいと嘆息。
これだから式神使いは嫌なんだ。
人の苦労をよそに高みの見物決め込んで、なおも平然としてやがる。

「……囮ぐらいには使えっかなあ」

ぽそりと落とした呟きを拾ったか。鳩が無機質な瞳で睨んで来る。

『何か言うたか』
「べーつーにーぃ?」

何でもござんせんことよオホホ。似合いもしない有閑マダムじみた笑いでごまかした。

楊柳一見 > ふと――オホホ笑いに大気のどよめきが従う。
ごおおと渦巻くそれは、単なる気候変化の産物ではない。
ぴたりと歩みを止め――

「……ちょっと。耳の横で腹の虫鳴らさないでくんない?」
『戯言を。貴様こそ朝餉でも抜いたかよ――』

埒もない冗談を交わしつつ、ゆるりと鉄棒を肩から下ろし、最低限の所作で視線を辺りに配した。
動きは、ない。今のところは。
何せ此処は既に、常の義も理も通じぬ異域である。
何があったとて不思議はないのだ。それは誇張ではない。

「――――」

無音。不動。
表情は相変わらずかったるそうな具合だが、瞳の光点は薄れて行く。
血と神経とを冷水に浸すような心地。本土で幾度も味わい、耽った感覚。
平常が非常に変わり果て、《ヒト》は《テング》になる――
姿形も塩基配列も変わりはしない。全ては気の持ちように過ぎない。
それでも静電を孕まんばかりに軋りを上げる気の圧は、真であった。
先刻から膨れ上がる正体不明の重圧と気圧とが、唸りをあげてひしぎ合う――。

楊柳一見 > その緊張が最高潮に達した瞬間――びしり、と宙が割れた。
ガラス窓に見立てられたが如く罅割れたそこから、極彩色の人型が半身を捻じ込んで来た。
頭部と思しき突起部分を、何か言いたげに左右へ傾げている。

「先手必勝――は下手すりゃ国際、じゃねえや。“界”際問題…かなー?」
『何を戸惑う。疾く打ちのめして検体回収を――』
「うん、ちょっと黙ってろ」

物騒な事を喚く鳩にツッコミを飛ばす。
理性もなく出合い頭に襲って来るならともかく、そう言う素振りのないモノは何と言うか、困る。
こちとら今まで異界交流とか関係なしに“色々”やって来た保守派だ。
問題にならないよう接すべしとはあってもどうせよと言うのだ。

「あー…こんにちは? ハロー? ニーハオ? ブエノスディアス?」

とりあえず手をフリフリしつつ、分かる限りの言語で平和的コミュニケーションを試みてみる。

………………

応えは、ない――。

楊柳一見 > 『存外、知性もないかも知れんぞ。無駄骨を折るならばいっそ傷め付けてから――』

嘲笑の気配すら漂わせた鳩が、またぞろ剣呑な事をほざこうと――したその頭が消し飛んだ。
色彩の暴力の如き人型が伸ばした腕が、それを成したのだ。
鳥の形を失い、ただの五芒星が描かれた紙――その破片へと戻る式神には目もくれず。

「オーライ、話は終わりね」

余圧で切った頬の血を舌で一舐めした後、

「――じゃあ、やろっか」

まるでゲームセンターで対戦でも持ち掛けるような気軽さで言い。
それとは真逆の重さで突き下ろされた鉄棒が、人型の腕を射抜く。
鉄瓶が沸いたような音を立てて躰を揺らす人型。

「あ、ちゃんと叫ぶんだ」

ふうん、と軽く得心したままに、鉄棒で腕と地面とを縫い止める。
再び絶叫の大音声が荒野をつんざいた。

楊柳一見 > 「ヘイ、どしたんスかインベーダーの旦那? つまみ食いしようとしたら大ヤケドって感じッスねえ?」

勝手に相手を捕食生物扱いし始める始末。
式神に休みの予定をトチ狂わされた苛立ちを、ぶつける絶好の相手を見つければこうもなる。
その式神も今や媒体を失い、監視の目は一旦潰えた。ならばこそ――

「おおっと――」

人型のもう一方の腕がフックのように横殴りに頭部を襲う。
それを、足踏みで生み出した風圧に乗り、上空へ飛び遁れる。
監視さえなければ、異能も使い放題だ。

「ボーナスタイムと行きますか、ねえっ!」

揚力に縮めた全身を、放弓の勢いで撓らせる。動線は斬閃となって、目標を失いまごつく腕を襲った。
風力によるカマイタチの発現である。
泥のような色の血をほとばしらせ、両断される人型の残る腕。

「さあてお次は――……」

もとい。残りは、未だあった。
ずるりと裂け目から此方へ這い現れる人型。
否、それはもはや人型ではない。
辛うじて人の物と思しき上半身に、幾十本もの腕を持つ蛇体を具えた――見るからに見本となるべき異形であった。

「…………おおう」

開いた口が塞がらないとはこの事だった。

楊柳一見 > 風を削る逆しまの雨の如く、総出の腕で反撃に移る異形。

「待って。ちょっと待って。アタシ型古いんだよ。マルチタスクじゃないんだよっ」

やめてそんなに(対処範囲に)入らなーい、とか喚きつつ。
縦横無尽に襲い来る腕を、薙ぎ、払い、いなし、切り落とし、蹴り――

「あ、」

掴まれた。
そのまま地上へ引きずり落とされる形。
凄まじい速度に、風力を練る為の余裕などあるはずもなく。

「わあああああっ!!?」

悲鳴の尾を曳いて直滑降コースを辿る姿を、異形の泡のような眼が視ている。
狂ったストロボめいて動転する視界の中、何故かそれが鮮明に捉えられた。
まるで、そう――

“アア、チャント叫ブンダ”

そんな事を言っているような、その眼――

「――ぁ、があっ?!」

衝撃と轟音。
もっともその轟音が聞こえたのは、多分己だけだろう。
背面から叩きつけられた、全身の上げる悲鳴だ。
視界が歪む。

「……、……っ!」

畜生。何か気の利いた憎まれ口でも叩きたいが出て来ねえときた。
心なしか、息まで鉄錆臭い。

楊柳一見 > 「――けふっ」

ああ、鉄錆臭の元が分かった。と言うか、出た。
内臓に損傷を負ったか。一息つこうと思えば咽んで血を吐いた。
冗談みたいに鮮やかな朱が、糸を引いて地面に垂れる。
頭の上の方で、風船を擦り合わせたような音。異形の声か。
言葉など判らなくても解る。あれは間違いなく今、嗤っている――。

「……なぁにハシャいでんだか」

こちらも笑う。ああ、笑ってやるとも。
血のこびりついた笑顔と言うのは、人様にお見せ出来た代物じゃないが。
ギャラリーなんざいやしないんだ。構うもんか。

「枉死の塞、血盆の城に迷う朋輩よ。うぬが寡身の宴の贄に、ここな命をたてまつる――」

呻くような声で口訣を紡ぐ。
地面に吸い込まれる血はただ滴ってはいない。
それは一つの図形――太極図を描いている。
ずうっと上から見下している異形には分かるまいし、分かった所でどうにもならぬ。
既に術式に必要な場は整っている。ここが度々戦場となっていたのが何とも都合が好い。

「西門より十六人。泉下より三十六人。縄に取らせよ棒を打て――」

触覚があるなら気付くだろう。不可視の何かが、異形のその腕の一本一本に纏い付いて行く感覚。
それはやがて戒めに。苛みに。明確な痛みと呪縛とに変わるのだ――。

「五官中郎前へ出よ。奉天承運、皇帝詔曰――《五鬼纏身》」

術理は成った。網目の如く連繋した雑霊が異形の動きを封殺する。
こちらの足を掴んだままの腕にも爪痕と歯型が浮き、その痛みによってこちらを解放せざるを得なかった。
かくして、形勢は再び逆転する――。

楊柳一見 > 「……まあ、アレだ。反省するわ。アタシもさ、ちょっと――」

震えが来ている足腰に喝を入れつつ、ゆらあり幽鬼の如く立ち上がって返す言葉を、

「――遊び過ぎたよ、ねえ?」

そう締め括り、一つ深呼吸。
呪縛に苦悶と理解不能の喚きを上げる異形に、路傍の石でも見るような一瞥をくれてから。

「よっこら――」

片足上げて振りかぶる。トルネード投法さながらのフォームで、

「――死ねいっ!!」

あんまりな一言と共に振り下ろす片手。
その発奮を追う風が、刃と変じ、圏と変じ、一箇の暴力塊となって、異形の体躯を真っ正面から薙ぎつけた。
カマイタチ――と呼ぶのも莫迦らしい。鉈の一閃を喰らわせたような有様で。
それは、ぐずりと左右へ分かたれた。

「…………うへぇ」

超脱力。
俯瞰調査のはずがこうなった。やはり異界に常識も算段も通じないと言うところか。

楊柳一見 > 異形の屍から鉄棒を抜き取れば、それをよすがにえっちらおっちら帰路に着こう。

「……これ労災下りないかなー」

うぎぎと呻きながら背やら腰やら労わる姿は、ものっそい老婆じみていたとさ――。

ご案内:「転移荒野」から楊柳一見さんが去りました。