2016/01/28 のログ
ご案内:「廃神社」に橿原眞人さんが現れました。
■橿原眞人 > 青垣山中腹の社。
鳥居は倒壊し、境内や社殿は草生している。まさしく廃神社と呼ぶにふさわしい場所。
今や社号も失われ、かつてここに鎮座していた神社の名称を知るものもほとんどいない。
常世島の記録を調べれば、ここに鎮座していた神社や祭神の名前もわかるだろう。
だが、それを知るものはほとんどいない。
で、あるならば、それは最早失われたも同義であろうと眞人は思った。
《大変容》以前の信仰の形――今も残るものもあれば、残らなかったものもある。
“神”と呼ばれる存在が目の前に現れるような時代だ。宗教観も変わろうというものだ。
かつての時代の遺物を背に、眞人は常世島を眺めていた。
時は夕暮れ。日が沈まんとしているときだった。
黄昏が忍び寄ってくる時刻。冷たい風に制服や髪を揺らしながら、ただ眞人は前を見ている。
■橿原眞人 > 「……俺は、あいつらと同じなのか?」
ぽつりと、そんな言葉を漏らした。
右手の掌を傾く太陽に向ける。日光が手に遮られて眞人の顔に影を落とす。
「――鍵よ。“門”を開け」
その言葉と共に、手をひねる。鍵を回すようなしぐさで。
眞人の周りの空間が一変する。
ネオンめいた緑や橙色の光が満ちて、周囲に放射状に拡散していく。
幾つもの文字が浮かび上がる。
幾つもの記号が浮かび上がる。
ここは現実の世界だ。しかし、マトリクスが広がっていく。
ここは電脳の世界ではない。しかし、眞人の周は紛れも無く電脳の世界のそれと化していた。
電脳の世界の門が開かれた。“鍵”は、常世島の電脳世界の一部を、現実に投影したというわけだ。
そして、眞人の身体にも異変が起こる。その身体は現実の眞人のもの、そのものに違いない。
しかし、日光を遮っていたはずの手がブレて、幾つかの記号の塊となって、また元に戻る。
自らが、電子の存在になってしまったようだった。
「俺が解放してしまった電脳の神。あいつらは現実を、自らが住む世界へと変えようとしていく。
……そして、俺も同じだ。俺の周囲を、電脳の世界に変えることができる。
いや、俺の力こそが、鍵こそが、電脳世界と現実をつなげることができる。
奴らが求めるわけだ」
■橿原眞人 > この常世島に眞人が来てから色々なことがあった。
元々は、この島の外で《銀の鍵》というハッカーとして活動していた眞人である。
突発的な“門”の発現による「事故」で、家族を失い、引き換えに異能を手にした。
失意の中で出会ったのは、自らをハッカーの世界へと誘った、褐色の肌の少女であった。
眞人は彼女を“師匠”と呼んでいる。卓越したハッキング能力を持ち、まるで電脳世界に存在ごと没入しているかのような、ラグのない活動をしてみせる。
謎が多い少女だった。結局、今でもその正体はなんとなくしかわかっていない。
そんな師匠と共に、世界に隠された真実を暴くために眞人は活動した。
究極の目的は、家族を奪った「事故」の真実を知るためだ。
眞人はあれが、故意に行われたものであることを知っていた。だが、家族を失った事件も、この混沌とした世界ではよくある事件の一つに過ぎなかった。
それでも眞人は諦めきれなかった。あの事故が引き起こされたものなら、引き起こした者たちを許してはおけない。
それが動機であり、師匠はそれを手伝うと眞人に述べた。眞人はそれを信じ活動を続けた。
電脳の世界を駆けまわり、自らの正体を隠し、闇に潜み続けた。今となれば、それは師匠が自分を何かから隠そうとしていたためなのだというのが眞人にはわかる。
このままいつか真実に到達すると思ってた時である。
ある日師匠は常世島に消えた。眞人に一人で生きていけるような技術を授けた上で。
決して追うな、そう述べて師匠は常世島に消えた。
しばらく後に、師匠からの連絡が途絶えた。《ルルイエ領域》なる場所を調査している際に、忽然と。
だが、それも予見されていたこと。そういうことがあっても、決して追うなと言われていた。
そして、眞人は師匠の帰還を待つことができなかった。
彼女は既に家族同然であったためだ。
師匠の言葉に不穏なものを感じた眞人は、常世学園へと入学した。
その目的は、師匠を探すためであった。同時に、家族の死の真相を知るためでもあった。
今は、それが過ちであったことを、眞人は知っている。
■橿原眞人 > 眞人の異能である《銀の鍵》はその名の通り鍵であった。
かつて、この常世島にてある実験が行われた。
それは、旧き伝承や魔道書に残される《異形の神々》を電子的に再現させるというものだった。
そんなことを行おうとした者たちが、どういう目的や理由を持っていたのかは、まだわからに。
しかし、師匠はそれと関係する存在であった。眞人もまた、そうだった。
眞人の異能こそが、彼らの悲願を遂げるものだった。電脳世界と現実とをつなぐ門を開くことができる鍵。
それが眞人の異能であった。――そう、眞人の異能の発現は仕組まれていた。あの家族を失った事件も、《異形の神々》を蘇らせようとした者たちによって。
師匠は、その計画を止めるために常世島へと向かった。
こちらへ来るなと言ったのは、眞人を守るためと、鍵を使わせないためであった。
《ロストサインの門》という事件と同時期に、師匠と彼らの戦いは繰り広げられ、鍵は手に入らないままに、電子記号で再現された《電脳の神》が解き放たれようとした。
師匠はそれを止めたのである。自らの身を以て。故に、師匠は連絡を断った。
ある意味、最初からそうするつもりであったのだろう。
これで、眞人が常世島にさえ来なければ、一先ず状況は落ち着いたはずだった。
鍵がなければ、師匠が施した封印は開くことがない。少なくとも、数千年の間は。
それは無駄に終わった。
師匠を追い求めた眞人が、師匠の封じた場所へとたどり着いてしまった。
鍵は門を開き――電子の神々が蘇った。
師匠はそれを封印するために己の存在全てを使い、再び彼らを封じた。
眞人に自らの力を託し、消えた。
今、眞人がこの場所に立っているのはそのためだ。
《電子の神々》は星辰に対応してその力を増す。
彼らは再び封印を施されたことにより、完全な力を出すことはできない。
眞人の鍵を手に入れるか、もしくは星辰の時が訪れて、一柱一柱と蘇ることしかないのだ。
眞人は今、その《電子の神々》と戦っていた。自らが解放してしまったもののために。
彼らは眞人を狙う。真の解放のために。彼らは今、電脳世界と現実の一部――星辰が彼らに対応したものに揃った時に顕現する――にしか現れることができない。
彼らが現実に顕現してしまえば、間違いなく、《大変容》直後に起こった数々の災異と同様の事が起きるだろう。
眞人はそう直感していた。
つまりは、パンドラの箱を開けたということ。
そして、その尻拭いを自分で行っているということだ。
眞人が常世島に来てから行っていたのはそのようなこと。
得たものなど殆どなかった。
師匠を失い、新しく出来た友人たちともいつしか疎遠になった。
今は電脳世界に潜るばかりで、殆ど学園には通っていない。
心を通わせかけた機械の少女も、今は行方知れずだ。
■橿原眞人 > 「――“ゲートクラッシャー”……俺は俺の成すべきことをなしている。
あんたもそう言ってたよな。過去の責のために、今を生きている。俺もそうだ。
……それ故の、罰、なんだろうか。いいや、違う。
これは結果に過ぎない。そんな感傷的な言葉でごまかしていいわけでもない」
落第街の一角で出会った青年の事を思い出す。
彼もまた、自分と似たような境遇のものであり、破門と呼ばれていたらしい。
眞人はそれが偽りであることを知っている。なぜならば、彼こそが“門”だからだ。
《ロストサインの門》はある生徒によって破壊された。それを破壊した者が彼である。
しかしそれは事実ではなく――眞人の師匠である《電子魔術師》が、彼の身体に門を封じたのだという。
そして、その“門”を解くことのできる“鍵”は眞人であった。
《電子魔術師》という存在で繋がれた者同士ということだ。
彼が《電子魔術師》を恨んでいるというわけではなく、結果は自らの行動にあるという認識を示していたのは、師匠の弟子である眞人としては、心痛を少しは和らげる助けになった。
それでも、それはあまりに酷いことにも思われた。
今や、彼の身体の中には門があり、さらには門の向こう側から来た「混沌」に殆どが侵食されているのだという。
彼はただ、自分の過去の収拾をつけるために生きているようなものだった。
そして今は、眞人も同じだ。
師匠の力を引き継いだ眞人は、電脳世界へ「存在ごと」没入する事が可能となった。
自らの身体を電子記号に変換し、存在そのものを電脳世界へと送り込む。
Neuromancer
《電脳の夢見人》という異能だ。
それを受け継いだ眞人は、電脳世界のなかでまさに魔術師となった。
かつての師匠が行ってみせたように、電脳世界の原理ではありえない“魔術”を使うことができる。
だが、そのために――体は既に、人ではなくなっているようだった。
眞人は今、自分が現実の存在かどうかも、よくわからない。
「……師匠と同じになったというわけか」
時折、電子の記号に変わっていく自らの体を見ながらつぶやく。
■橿原眞人 > 別段、それが悲しいというわけでもなかった。
今はただ、破門の男のように自らの行いの結果を収拾させることのみを考えている。
その果てにこの世から消えても、それはそれで本望であった。
破門の男の前では多少強がりは言ったが、現実としてはそんなところだった。
彼とはその後あってはいない。彼は門であり、自分はそれを開けてしまう鍵を持っている。
出会うにはあまりに危険だった。
だが、彼もまた自分自身の戦いを続けているはずである。
「俺の身がこの先どうなろうと……俺は、やつらを倒すだけだ。
《電脳の神々》……それが蘇らせてしまった者たちを」
鍵を使って電子の“門”を閉じる。
眞人の周囲に放たれていた光は消え、眞人の体も元の物質へと戻っていく。
今は自分で制御ができる。しかし、この力も電脳世界で戦い続けた果てに顕現してきたものだ。
今度、どうなるかわからない。自分自身が、電脳世界から出られなくなる、あるいは世界の一部を電子化し続けてしまうかもしれない。
力の制御がどうなるかなど、わからないのだ。
「――あれで三体目」
既に眞人は、己の力を使って三体の電脳の神を滅ぼしていた。
彼らを葬り去れるのは眞人の“鍵”だけであるようだ。
しかし、いつもぎりぎりの戦いだ。本来人は神に勝てるわけがない。
それが擬似的な神であっても。
そうはわかっていても、眞人は電子の神殺しを続けていく。
「……後何体だ。何体で終わる……そして、その後は」
その後どうなるのか。自分は。
そんなことが脳裏をよぎったが、それを考えるのはやめた。
静かに目を閉じて、再び前を見る。
今更電子の存在になったとしても、この世界では既にありえていることかもしれない。
最早不思議など存在しない世界なのだから。悲しむこともないだろう。
そう自分に言い聞かせ、夕日に向かって眞人は歩き出した。
「――没入」
つぶやくと、眞人の体は次々と電子の記号に分解されていき――消えた。
彼の体は、その存在ごと電子の海の中へと没入していった。
ご案内:「廃神社」から橿原眞人さんが去りました。