2017/01/10 のログ
ご案内:「廃神社」にファウラさんが現れました。
ファウラ > 青垣山の廃神社。
めったに人の来ないその場所は今日もただ閑静な雰囲気に包まれている。
けれどもしその場で空を見上げる者がいたならば視界に小さなきらめきを見ただろう。
誰も集う事のなくなってしまった神社、そのかなりの上空にそれはいた。
華奢な体にぼろぼろのワンピース、背中に機械の翼を生やし、長い髪を靡かせただ空で遊ぶ小さな影。
その足は純白のブーツのようなものに覆われ、きらきらと光を放っている。
それが空を強く蹴る度に背中の翼が光子を散らし、足元に波紋のような光が広がる。
踊っているかのようにくるくると小さな体がはね、飛んでいるにもかかわらずまるで駆けるように舞っていた。

ファウラ > まるで蝶のようにひらひらと上空を舞うその姿は
ただ単純に飛ぶことを楽しんでいたが、しばらくすると唐突にその動きを止める。
当然重力にひかれて落下を始め、流星のように落ちてくるが地面に激突する寸前

「……ん、しょっと」


翼と足元から光の粒が散り、くるりと回転した後減速。ひざ元を抑えながら足元からゆっくりと着地する。
見た目以上に強力なダウンウォッシュが発生したようで
その足元の小石などが周囲に吹き飛び裾をはためかせるも
特に意に介する様子もなくとてとてと無人の神社の拝殿に入り込んでいく。
いつの間にか足を覆っていたブーツのようなものは消え去っており、
はだしの足を抱え空いた場所に座り込んだ後、小さな欠伸を一つ
そのまま倒れるように横になりといそいそと丸くなる。
少し遅れて地面に広がる髪を少しだけ眺めたあと、その視線を先ほどまで飛んでいた場所へとむける。

「……まーんまるおーつきさーま」

ぼんやりとした眼でそれを眺めながら片手を伸ばし
まるでそれを掴もうとするようなしぐさ。
無邪気に二、三度繰り返した後、そのままぽてんと腕の力を抜く。

「……きれー」

ぽつりと呟く声はどこか満足げだった。

ファウラ > 彼女が元居た世界にも月はあった。
小さくて青と赤に見える月が一つずつ。
速さの違うそれらは数日かけて空を横切っていく。
少しだけ動きの速い青い月を兄、もう一方の赤い月は妹と人々は例えた。
その二つはまるで家族のような存在だと。

「でも、一緒に歩けない」

兄妹の追いかけっこに見立てた無邪気な様子も
結末は悲しい物語ばかりで月といえば悲しみの象徴だった。
そもそも空自体が悲しみを司るとされている場所。
彼女が飛ぶ場所は、いつもどこか悲しみを孕む場所で……
それがなんだかとても寂しかったような気がする。

「こっちは、違うもん」

こちらの世界の月はたった一つだけ。
黄色くて、大きくて、優しい。
空は悲しみの場所ではなく、多くの夢と羨望に満ちた世界。
そんな場所を飛ぶのはなんだかとても楽しかった。

ファウラ > 「……明日はどこを飛ぼう?」

こちらの空を教えてくれたあの人は暫く大人しくしておけと言っていた。
引き出した知識から考えても正直誰にも追いつかれるつもりはないし
たぶん追いつけないと思う。
そもそも彼女が本気で遮蔽してしまえば
よほど特殊な異能持ちでなければおそらく感知すらされない。
仮に見つけたとしても成層圏で音すら置き去りにして飛翔する彼女を
注視した頃にははるか彼方に飛び去っているだろう。
それでも言われた通り、今はまだ大人しくしている。
とりあえずこの島周辺数百キロ程度に留め、観光がてら見て回ろうと思っていた。

「ちょっと狭い。けど楽しい」

結局飛ぶことが楽しくてついそちらに意識を集中してしまい
ほとんど見て回れてはいないのだけれど。
そもそも観光というなら歩いてみて回ったほうがよほど効率的。
ある意味非効率な方法をとっているからこそ我慢が出来ているのかもしれない。

ファウラ > 「んぁー……とーろくとか不必要ですのに……」

今現在彼女はこの世界の何処にも明確な市民登録はされていない。
まさに文字通り異邦人で……身元不明人になる。
しかも精密検査等を行った場合詳細は理解できなくとも
その用途程度には気が付かれるかもしれない。

「あんまり誰かにあっちゃダメってめんどーです」

だからこそ滅多に人の来ないこの廃墟は都合が良かった。
あまり注目を集めるとそれこそそれに気が付いただれかに
収容されかねないと口が酸っぱくなるほど言われたから、
気が付かれない程度に遊びまわろうと思っている。

「ちゃんと自重、してるです」

……実は廃神社あたりに光る何かが最近出没していると言う噂話が
まことしやかに囁かれていたりもするが、その事には正直ほぼ無関心だった。

ファウラ > 「そろそろ 子供は、おやすみの 時間です」

記憶の中にある懐かしい言い方を真似て、少し気難し気な口調でつぶやく。
本来彼女に睡眠というものは必要ない。
緊急時の機能修復時以外、休息の必要に迫られることは無い構成で
だからこそ発掘されるまで休眠状態を維持できたともいえる。
人の形をしているだけで根本的に人とは違う……彼女はそんな存在で。
けれど彼女のおじいちゃんは……彼は娘と頑なに言い張っていたけれど
彼女に人らしく過ごすよう願った。

「せめて毎日ご飯を食べて、夜は眠ること。
 いただきますとおはようのあいさつはしっかりすること。
 服はちゃんと着ること。
 楽しいことは楽しい、悲しいことは悲しいっていうこと」

たくさんあった約束のうちいくつかを思い出す。
たとえそれが人のふりをする偽装の為の機能でも
そうすることで喜んでくれた。

「おじーちゃん……」

まんまるのお月様を仰ぎ、見入りながらも彼を思い出す。
空が大好きだったお爺ちゃん。
彼がこの空を見たら、話に聞いたらどう思っただろう。

「楽しいよ。お爺ちゃん
 こっちの空、すごく楽しい」

きっととても喜んだに違いない。
そして自分がそれを見れなかったことに
地団駄を踏んで悔しがるだろう。
その様を想像するだけで、機甲少女の顔に小さな笑みが浮かぶ。

ファウラ > 「……おやすみなさい。おじーちゃん」

そう呟き、ゆっくりと瞳を閉じる。
頭の中でいくつかのプロセスを宣言するコードが鳴り響く。
もうお馴染みになった、眠る前のいくつかのお約束。

暫くして、小さな寝息を立て
機甲少女は安らかな眠りについた。
未だ巣は見つからずとも彼女は満たされていて
きっと次目覚めた時も空に向かい翼をはためかせるだろう。
其れこそがきっと何よりの楽しみ。

誰もいない廃墟の中、一人眠るそれは月明かりに照らされ
微睡ながらも小さな微笑みを浮かべていた。

ご案内:「廃神社」からファウラさんが去りました。