2015/07/15 のログ
■椚 > 「怒ってなんて……」
え、お水? なんでお水?
と、「?」が舞う中、とりあえず言われたとおりに素直に座って、グラスを両手で持つ。
ざわつく店内。
自分が元凶だとは思わずに、とりあえず、水だけ見てる。
のどがかわいたことを思い出し、一口。
冷たくて、気持ちがいい。
ほっと一息。
徐々に冷静に戻る。
徐々に、徐々に。
「…………」
首筋から汗が流れた。
バッグには、ハンカチが入っている。
だが、見ることはできない。
青年の言いつけだからというわけではない。
(……どこかに……隠れるところはないかな……)
じっと水を見つめたまま、顔が上気するのを感じてぎゅっと目を閉じた。
突っ伏してしまいたい気持ちを押し殺して。
■ヘルベチカ > キッチンへと入って、水を持ってきた時よりは、少しだけ長く。
けれど、少女が耐え切れなくなるよりは短い合間の後。
「はい。お待たせしました」
目を閉じた少女の傍らから、少年の声。
コースターを敷いて、その上にコリンズグラス。
中には氷と、しゅわしゅわと泡を立てる、薄く色づいた液体。
仄かに香る、甘い匂い。
氷の上、支えられてミントの葉。
そして、少女とグラスの間に、ストローを並べた。
「で」
少年は、とんとん、と少女の対面、テーブルの上を指で叩いて。
「ここ空いてる?」
■椚 > いたたまれない気持ちが限界になるより前に、耳に届く少年の声。
しゅわしゅわと弾ける音に、そろりと目を開ける。
「ありがとうございます……」
グラスを両手で握って、氷が解けるのではないかという赤面で。
半分泣きかけていたものの。
とん、と。目の前の席を叩かれれば、こくりとうなずき。
「……はい」
■ヘルベチカ > 「それじゃ遠慮無く」
よっこいせ、と、おっさん臭い声とともに座る少年。
気づけば、少年の前にはアイスコーヒーのグラスが置かれている。
「まぁ、気が抜けない内に飲んでよ」
エプロンもつけていない。ワイシャツに黒スラックス姿。
言いつつ、己が先に、コーヒーに口をつけてから。
「落ち着かないなら、ここ見てればいいよ」
ここ、ここ、と言いながら、グラスを置いて両手で指差すのは、
自分の頭、二つ並んだ茶虎の猫耳。
ぴくぴくと動いている。少年は笑って。
「時々動くから、これ。で、雑貨屋では何か買ったの?」
■椚 > エプロンをつけていないという簡単な間違い探しにも気づくことなく、いっぱいいっぱいな表情。
耳を見れいればいいという誘導に、視線を動かす。
不思議な気持ちも抱かずに、動く耳にほんわりと微笑んだ。
可愛い。触りたい。
そんなうずうずとした気持ちを押さえ込み、水の入ったグラスではなく、今度はソーダのほうへと手を伸ばす。
「ありがとうございます、センパイ。
いただきますね」
ストローを取り出し、液体へと差し込む。
炭酸の弾ける涼やかな音を楽しみ、一口。
この暑さを和らげるさっぱりとした口当たりに、瞳を細める。
「美味しいです」
もう一口と、ストローにくちびるを寄せて――
「え、と。雑貨屋さんでは……くまさんの置物……と、か」
考え込むように、口に含んだソーダをこくりと飲み込んで。
■ヘルベチカ > 少女の視線の先。
茶虎の猫耳は、時折ぴくぴくと震えて、止まって。
気を抜いたように丸まりかけては、ぴん、と尖る。
少年は、少女の視線を見て、笑んで。
「はいどうぞ」
ソーダを口にした相手の反応には、満足そうに頷いた。
「だろ?旬のものはやっぱり、旬に口にするのが、一番美味しいと思う。
季節ものだから、次飲めるのは来年だしな。」
どうやら、店で作っているらしい。もしかすれば少年も手伝ったのかもしれない。
手の中、握ったグラスを揺らせば、コーヒーの中氷が揺れる音。
「熊か。そういえば、熊好きなんだっけ。
前にもらった絆創膏も、ポーチも熊だったよな?」
■椚 > 変幻自在の、一生懸命に見えるその耳を見て微笑んで。
まるで子供が素敵なものを見つけたかのように、キラキラと視線。
「来年、ですか……
残念な気もしますけど、だからこそ、楽しめる今を味わうことが大切ですね。
お勧めしてくれて、ありがとうございます」
言って、もう一口と、手を伸ばす。
クマが好きなのかと問われれば、どこか気恥ずかしげにテーブルの水滴を指先で突っついて遊び、
「そうですね。
小さい頃に与えられた、くまのぬいぐるみから……です。
だから、あの子だけは、特別なんですけど……」
きゅっと、テーブルの水滴を指先で拭けば、
「……あの時、怪我したお鼻、大丈夫でしたか?
傷、残ってませんか?」
まっすぐ、申し訳なさそうに相手を見る。
■ヘルベチカ > 店の中。周囲が少女のことを忘れて、少女が周囲のことを忘れれば。
元の通り。
各々が各々の話をして、それぞれの会話の中へと戻っていく。
「農業やらの発達で、何時でも飲める、食べれるってのはいいけど、
こういうのも結構乙なもんだと俺は思うよ。
どういたしまして。気に入ってくれたなら、店員冥利ってやつ」
笑いながら、アイスコーヒーを一口飲んで。
「なるほど。それでか。俺もふくろうの雛のぬいぐるみ、大事にしてたな」
グラスの中、黒い液体、照り返す液面へと眼を落とした。
手の動きに合わせて、揺れる暖色の室内灯。輝いて見える。
「ん」
向けられた視線に、少年も椚の方を見返して。
グラスを置けば、己の鼻の頭を触った。
結露した水滴が指先について、そしてそれが鼻先へと触れて。
少年は確かめるように、鼻の頭、傷のあった場所を撫でた。
「いや、多分残ってないと思うけど。抉れてはなかったし。
別にそんな、申し訳無さそうにするほどでもないって」
傷、ないだろ?と問いかけながら、鼻、というより少し顎を突き出すようにしながら、
顔を机の向かい、相手へと近づけるように、少しだけ身を前へ折る。
■椚 > 「ふふ。はい。
こういうことは、店員さんに聞いたほうが確実だと教わりました」
だが実行はできていないのは押して知るべし。
耳のおかげか、先ほどの周囲の様子はすっかり忘れてしまったようだ。
緊張もほぐれて、嬉しそうに、楽しそうに、美味しそうに。
梅のソーダを少しずつ飲み進める。
グラスをテーブルに置けば、カランと氷が音を奏でる。
それに視線を向けながら、
「ふくろうの……雛ですか?」
「ふくろう」だけではなく、「雛」というのが興味をそそられたようだ。
顔を近づけられれば、心配のせいか、自分も少しだけ身を乗り出すように近づける。
そっと、指先を鼻先へと――
「パンを拾ってくれて、でも、センパイに怪我をさせてしまって……心配、してたんです。
良かった……」
ほっとしたように微笑む。
避けられなければ、そのまま触れるだろう。
■ヘルベチカ > 「この街で趣味系の店なら、大体その店が好きで働いてる店員いるからさ。
そういう人に聞けば、なんらか良い物教えてもらえるよ。そのうちやってみな」
今は無理でも、いずれ、という意味を込めて。
少年は、ぴっ、と人差し指を立てて、そんな言葉。
店内、ピークは過ぎていたのだろう。
客の回転は、徐々に緩くなっていく。
少年は、半分ほど飲んだアイスコーヒーに、ミルクを入れて、ストローでかき混ぜる。
円を描いて、そして混ざり合い、茶褐色に。
「あぁ、雛。本当の雛は違うんだろうけど、真っ白でさ」
このくらいのサイズ、と両手で形作って示したのは、少女の顔と同じくらいの丸い形。
「白い毛がふわふわで、小さい頃はいつも一緒に寝てた。島には持ってきてないけど」
少年の目の中、僅かに浮かんだ優しい色。
「だから、何となく分かるよ、熊が好きなの。俺も、ふわふわした白いもの見ると、思い出すし」
少女の伸ばした手の先。特に少年は避ける様子なく。
触れられた瞬間には、少しだけ擽ったそうに眉を寄せた。
頭の上、猫の耳が、ぴくっ、と震えて。
「あの程度の怪我なら、転んでもできるしなぁ。女子ならまだしも、男子だし。
触っても残ってないだろ?傷。……無いよな?」
気づいてないだけで残ってただろうか、と少し不安そう。
■椚 > 「……が、がんばり……ます……!」
若干、硬い表情が戻る。
そのうちそのうち、と。胸中では呪文のように何度も呟く。
目の前で大きさを表現されれば、目を瞬く。
テーブルの上に両手を出し、少年と同じように、雛の大きさを再現する。
ふわふわもふもふと、想像。
この年でぬいぐるみなんて、恥ずかしいのかもしれないが、賛同してくれて嬉しかったというのもあったから……
「雛ちゃんと一緒に寝るセンパイ、可愛いんでしょうね」
特に何の意図もなく、するりと滑り出た感想。
つん。と。
鼻先に触れて、じっと見て。
「男子でも女子でも関係ないですよ。
傷が残らないほうがいいに越したことはないですから」
触れてから、す、と。なぞるように。
「それとも、センパイは、傷はオトコノコの勲章というタイプですか?」
珍しく、からかいを含むような口調。
少年の持つ雰囲気に、慣れてきたせいかもしれない。
怖くない人、優しい人。
「大丈夫です。きれいですよ。
良かったです」
■ヘルベチカ > 「そんなに気負わなくても」
ぶるぶると震えそうな相手の様子に、思わず苦笑い。
色を変じたアイスコーヒーへと口をつける。
からん、と氷が触れ合う音。
「可愛いってお前、この歳の男子に言う台詞じゃ無くないか?」
思わず笑って。グラスを机の上に置いた。
「お前、頭の耳だけで判断してるけど、もう17の男子だからな。年齢はまだしも男子でアウトだ」
ぱたぱたと右の手を、仰ぐように体の前で動かして。
首を左右にゆるゆると振る。
頭の上、耳が僅かへにゃっと力を抜いた。
「いや?傷は別に残ってもいいといえばいいけど、顔はまぁ、確かに、無い方がいいかな」
傷のあった場所をなぞるような少女の手指に、眼を閉じながら。
相手の誂うような声色も、大して気にした様子なく。
「顔の傷は、初対面の相手、威圧するし」
そして開いた眼は、こちらの間近、眼前へと伸ばされた相手の手を辿って、眼鏡越し、椚の眼を見た。
「やっぱりないだろ?よかったよかった」
すぃ、と。机の上まで伸ばしていた身を引いて。
背もたれへと、身体を預ける。
「でも、絆創膏今日は返せないわ。悪い悪い。
同じようなの探しとこうと思ったんだけど、見つからなくて」
■椚 > 「い、い、え……ガンバリマス!」
ぐっと握るこぶしは決意のしるし。
いつになるかはわからないけれど……
はふ、と息を吐き、こちらも同じようにグラスを持ち、ストローにくちびるを寄せた。
「ぅ……ご、ごめんなさい……
耳で判断はしてなかったんです……け、ど……そうですよね。
かわいいって言う言葉は、男子にはほめ言葉じゃないんですね……」
かっこいいといわれれば、喜ぶ女子もいるのだが、その反対はなしか。
しおっと、身を縮めて。
深い意図はなかったとはいえ、確かに。
反省しきり。
それでも、雛と一緒に寝る少年を想像すれば、可愛い事は間違いなかったろう。
「ふふ。はい。ないです」
もう一度答えてから、同じように身を引く。
「…………あ」
引いてから、自分はなんと恥ずかしいことをしてたのだろうかと我に返る。
身を乗り出すなどと。
だらだらと内心汗をかき、言葉をかけられれば、両手をぶんぶんと振る。
「い、いえっ。お返しなんて必要ないです、はい!
私のパンを拾ってくれるために負われた怪我なんですから、はい!
それに、いっぱい持ってますから大丈夫です、気持ちだけで十分です!」
赤面顔で、顔もぶんぶんと振る。
■ヘルベチカ > 少しばかり凹んでしまった様子の相手に、
少年は、あー、となんとも言いがたい声を上げながら、
顔をそらして。後頭部をがりがりと掻いて。
「可愛いことを自覚してる男子に言うと褒め言葉なんだろうけど、
俺みたいな男子に言うと、なんていうか、なんだろ、恥ずかしいわ」
手放しに喜べる評価でもなく、かといって相手は善意から言っているのがわかる。
結果として、恥ずかしい、という表現が一番近い気がして。
顔は逸らしたまま、視線だけを相手へと戻した。
頭の上、猫耳がぴくぴくと動いている。
「いや、でも熊のやつお気に入りなんだろ?なら―――おーい落ち着け、落ち着け」
ぶんぶんと振られる椚の手を見れば、少し慌てた様子で、
椚の前から梅ソーダと水のグラスを少し遠くへ避難させて。
「よくわからんけど、ほら、耳見るなり、そこの窓、うさぎの置物見るなりして深呼吸しろって」
一度、己の頭と、窓際、置かれた置物を指さして。
それから、どう、どう、と鎮めるように、両掌を相手へ向けてから。
「いえい」
思いついたように、相手の両掌と己の両掌を打ち合わせた。
■椚 > 「センパイ、可愛い事……自覚して…………」
言いかけて、口をつぐむ。
「えぇと……気をつけます、ね」
愛想笑いのような、苦笑のような。
とにかく誤魔化して、すみませんと頭を下げる。
「え、あ……」
手のひらの軽い衝撃。
きょとんと目を何度か瞬かせる。
「……い、いぇい……?」
瞬かせた後、鸚鵡返しのように呟いて。
両手を打ち合わせた格好のまま、
「……え、えと……
お気に入り、ですけど……センパイに使ってもらえたのなら、そのほうが良いです。
絆創膏は、使ってこそ意味があるんです。飾っておくものではないので……」
思考が上手くついていかないのか、表情は固い。
が、少年の言いつけどおり、耳を見ているのは、言葉は一応届いている証拠。
深呼吸までは回っていないが。
■ヘルベチカ > ぴっ、と猫耳が反応した。
「なんや。今何を言おうとした。いうてみ?先輩にちょっというてみ?」
椚が途中で言うのを辞めた台詞を耳ざとく聞いていて。
ん?ん?と笑って問いかけながら、
テーブルの上へと身を乗り出して問いかける。
「いぇい いぇい」
ぱしぱしと、数度相手と掌を合わせて、鳴らして。
なんとなく、アルプス一万尺でもやっているかのような体制。
「しかし、使って新しいのを補充するのは、悪いことじゃないだろ?」
ぱしん、と最後一度触れ合わせてから、少年は手を引いて。
元の通り、梅ソーダと水のグラスを椚の前まで戻せば、
椅子の背もたれへと体重を預けた。
「だから、また似たような、っていうか、熊のやつ見つけたら買っとくわ。
売ってるような雑貨屋入るの、ちょっと恥ずかしいけどさ」
笑いながら、じゅるじゅる、とアイスコーヒーを啜る。
そこで、ふと、思いついたように。
「リアルな熊はだめなんだよな?」
■椚 > 「い……言えません、センパイだからこそ言えません」
ぷるぷると首を振り、口を押さえて言わ猿のポーズ。
乗り出してくる分だけ、身を引く。
「悪いことではないですけど……申し訳ないです」
グラスを目の前に戻されて、そのふちを指先でなぞる。
水滴がグラスをたどってテーブルまで流れる様を見つめ、
「……白熊の子供なら……?」
なぜか真顔で答えた。
■ヘルベチカ > 「だからこそってどういうことですかね……
そこは是非仰って頂いてもいいんですけどね……」
じぃ、と。隠されていない椚の眼を見て。
しばらくしてから、諦めて身を引いた。
「二度目はないので気をつけるように」
うむうむ、としかつめらしい顔で頷いてから、笑った。
「そんじゃ、まぁ、見つけたら、ってことにしておいてくれ。
見つからなかったら申し訳ないが、諦めていただくということで」
それでどうだろう、と首を傾げる。
その首がそのまま更に傾いて。
「しろくま………?限定………?いや、まぁ、いいけど。わかった」
首を普通の角度に戻して。しろくま、しろくま、と腕を組んで唸った。
「じゃあ、デフォルメクマか、リアル白熊の子供な。
………リアル白熊の子供、絆創膏使ったら白い毛皮が赤く染まるのか」
■椚 > 「き、気をつけます……」
目線を合わせられればそらし、自分の両手で口を隠したまま、もごもごと。
「じょ、冗談ですよ!
リアル白熊の赤ちゃんって、かわいいと思いません?
ふくろうの雛ちゃんみたいに、ふあふあですよ、毛並み」
どこか幸せそうに微笑む。
「はい。じゃあ……見つけていただいたら、私も何か御礼をしなくてはいけませんね。
えぇと。では、怪我をしたとき、私に絆創膏、貼らせてください……というのはどうでしょう?」
首をかしげて、問い。
はた、と。
「長居しすぎましたね。ごめんなさい。
センパイのお仕事邪魔してしまう……」
バッグを片手に、ようやく相手の姿に気づく。
エプロンをしていない。
少し悩んで、
「……センパイ、お仕事、大丈夫ですか?
お会計、したいんですが……?」
■ヘルベチカ > 「えっ。熊の毛ってごわごわしてるんじゃないの。
フワフワしてるの。カルチャーショックなんだけど」
思わぬところでショックを受ける少年。
きっと一生触れる機会はないだろうが。
ふわふわ、ふわふわかぁ……と想像するように、視線を宙に飛ばして。
「いや、別にそれに対してお礼とか――……それ、お礼ループするからな。
気にしなくていいからな。貼らなくても。
っていうか、絆創膏貼られて買って貼られて買ってって、
なんか俺が絆創膏貼られたがりのマゾみたいだからな。やめよ?」
少女の提案に恐れおののきつつそんな台詞。
そして、椚に言われて、店内、壁で時を刻む大きな時計を見る。
「あぁ、こんな時間か。いや。今日朝からぶっ通しで働いてたから、休憩時間だったんだ。
交代要員も入ったし。でも、そうだな、引き止めるのも申し訳ない時間だ」
よっこいせ、と。座った時と同様の掛け声とともに、少年は立ち上がる。
「そんじゃ、お会計するか。レジにエプロンあるからそのまま俺やるわ」
行こうぜ、とレジを指さした。
■椚 > ごわごわしているのか。
見た目で決めていた。
実際のところ、よく知らないでの発言だったらしい。
こちらもカルチャーショックな顔をしている。
「もともと、御礼をしなければいけないのはこちらですし……
じゃあ、なにが良いかな……雛……んー」
最後は独り言。
休憩時間と聞けば、申し訳ないように眉を寄せる。
「ごめんなさい、大切な時間に……
朝からお仕事、お疲れ様です」
そういいながらも、促されれば少年の後をてってこついていく。
■ヘルベチカ > 「どっちなのかわからん……シュレディンガーの熊……」
随分と大層な話になりつつ、辿り着いたレジ。
少年はレジ下の棚からエプロンを取り出せば、
少女が店に来た時のように、再度纏って。
ほいほいほい、とレジを操作していく。
「だから別に礼はいいって。ぬいぐるみも特にいいからな」
相手の呟いた、雛、という単語に、念のためくぎを刺したと同時。
ちーん、と音をたてて、椚から見えるところに金額が表示された。
『¥0』
「はい、レジ終わり。そんじゃまたな」
少年は、椚に向けて、ひらひらと手を振って。
■椚 > 思考を読まれたとばかりに、刺された釘に眉は八の字。
他にいい方法はあるだろうかと考えながら、目の前に表示された0の金額。
「え、センパイ……え? え?
またな、ではなくって……」
意味がわからず、少年の顔と交互に見る。
■ヘルベチカ > 「いいよ。梅ソーダくらいなら奢ったる奢ったる」
気にするな、というかのように、うむうむ、と頷く少年。
第一、と、右の人差し指を、ぴっ、と立てて。
「店の前にいたの、半ば無理やり誘ったようなもんだしな
だから気にしなくていいよ。ほら、次のお客がレジ来る前に、帰った帰った」
少女の後ろをのぞき込むように、視線を飛ばして。
■椚 > 「無理になんかじゃ……あ……」
少年と、店内の客を交互におどおどと見る。
粘りたいが……――
ここは、厚意を素直に受け取っておくべきか。
しおっと、申し訳なさそうに肩を落としていたが、こんな姿では、相手に失礼だと。
「ありがとうございます。
ご馳走様でした、センパイ」
深くお辞儀してお礼を言う。
「初めてお邪魔したのが、センパイのバイト先でよかったです」
はにかむように笑って。
もう一度、お辞儀。
そのまま、控えめに手を振って。
店を後にした――
ご案内:「Cafe E.Gorey」から椚さんが去りました。
■ヘルベチカ > 「宜しゅうおあがり」
こちらへと頭を下げた少女に対して、少年は、にかっ、と笑った。
「ここでよかったって、そう言ってもらえると嬉しいね。
これから色々、広げてみなよ」
そんじゃなー、と。少年は手を振って、少女を見送ってから。
元の通り、バイトへと戻ったのだった。
ご案内:「Cafe E.Gorey」からヘルベチカさんが去りました。
ご案内:「どこかの廃墟」にライガ・遠来・ゴルバドコールさんが現れました。
ご案内:「どこかの廃墟」からライガ・遠来・ゴルバドコールさんが去りました。
ご案内:「どこかの廃墟」にライガさんが現れました。
ご案内:「どこかの廃墟」にレイチェルさんが現れました。
■ライガ > 大柄の青年が、辛うじて形が残っているテーブルのような物体に腰かけ、眼を閉じてじっとしている。
Yシャツはひっかけるようにだらしなく着ており、ネクタイはしていない。
傍には割られた鏡。その風景は、間違いなく部屋のものだ。
■レイチェル > 常世学園の一角に存在する廃墟。
その廃墟に向かって、一人の少女が小走りで歩いて来る。
「さて、指定の場所は此処か……」
風紀委員に放り込まれていた、差出人不明の悪魔退治依頼。
依頼文が不明瞭なことから、風紀側で破棄されかかっていた
ところをレイチェルが拾ったのだ。
「さて、マジで悪魔が出てくるんだったら久々の本業ってとこだが――」
両手に二挺のリボルバーを構えて、廃墟に足を踏み入れる。
ざり、と。靴が足元の瓦礫を踏みしめた音が、ずっと遠くまで響くようにレイチェルには
思えた。
なるべく気配を消しながら、他の気配を探る。
「――罠だったら罠だったで、ちょいと事情聴取しなきゃなんないか、ね」
■ライガ > 気配は、とある部屋の奥からする。
それは人の気配のようだが、時々不自然に消えたり、また現れたりしている。
部屋にたどり着けば、見覚えのある青年がうずくまっているだろう。
その瞼がゆっくり開かれると、不規則に明滅する黄金の眼が見えるだろうか。
『……待ってたよ。荒事屋』
以前会ったときに名乗り合ったはずだが、あだ名の方で呼びかける。
朽ちたテーブルからゆらりと離れ、出迎えた。
言葉が反響しているように重なる。
『調子はどうだい?』
■レイチェル > 視界の先々をクリアしながら、部屋にたどり着くレイチェル。
「やっぱり悪魔は嘘だったか、風紀に対する虚偽申告もいいとこだぜ――」
リボルバーを持つ両手を顔の横へ上げて、銃口を天井へ向ける。
一応は、という形だ。彼女としてはいつでも銃口を目の前の男に
向けられるように、意識を両の手に集中させている。
「調子はどう、じゃねぇよ。こんなとこに呼び出して、愛の告白か?
愛のささやき、聞くだけなら聞いてやらんでもないぜ」
いつも通り軽口を叩きつつ、両手のリボルバーは降ろさない。
■ライガ > 『その様子だと、問題なさそうだね。
察しの通り、あの書簡を出したのは僕さ。いや…僕であって僕でない』
両手を上げず、しかし下ろさず、後ろ手で組む。
明滅する眼をふいっとレイチェルからそらし、割れた鏡を見つめる。
『まさか。告白なら、もっと雰囲気のいいところでやるさ。
そうだな……一つお願いがあるんだけど、いいかな。
君が路地裏で見せた魔剣のことだけど』
いったん言葉を切り、とても若者の口から出たとは思えない、しわがれ声で話しかける。
『その魔剣、……少しの間、貸してくれない?』
■レイチェル > 「……僕であって僕でない、だと?」
目の前の男から覚える違和感を拭い切れないレイチェルは、トリガーに指をかける。
この男は、もしや、と。レイチェルの脳裏に一筋の考えが過る。
「お願い? いいぜ、言ってみな――」
そう言って、小さく頷いて語を促した。
「――断る。父親の形見でな、そうそう簡単に人には貸してねーんだわ。
そんなに魔剣が借りたけりゃ、魔剣のレンタルショップにでも行くこったな」
用はそれだけか、と冷たく言い放って、レイチェルは眼前の男の様子を窺う。
■ライガ > 『生半可な魔剣では満足できないんだよ、それなりに由緒ある、強力なものでなければね。
……しかし、残念だ』
しわがれ声が小さくため息をつくと、
割れた鏡がぴしりと音を立てて、粉々に砕け散った。
『スマートな方法が好みだったのだが、もう、余裕をいってられる状況じゃなくなった。力づくで貸してもらうさ』
ライガ?の腹が突如として破れ、八本の蜘蛛脚のような、長い腕が蠢きながら突き出てくる。
また、はだけたYシャツからのぞく、魔術記号に見えていた呪紋が形を変え始め、
冠を被った初老の男の顔のようなものが出現した。
破れ目から瘴気のようなものが立ち込め、一部はライガの顔を、暗く覆い隠す。
『その魔剣、奪わせてもらうぞ───魔狩人』
初老の男の顔が牙をむくと粘つく糸の網を吐き、レイチェルに向かって跳びかかってきた!
■レイチェル > ガラスが割れたとしても、レイチェルは動じない。
迫る、初老の男の粘糸による網。あれに捕らわれれば、抵抗する間も無く
命を奪われかねない。
なにせ、相手は、そう。
「――なんだ、やっぱり本業《そっちの仕事》じゃねぇか。安心したぜ」
降り注ぐガラスの欠片が、地に落ちるその前に。
レイチェルの周囲を覆う空気が、一変する。
「時空《バレット》――」
手を翳し、その異能の名を口にする。
その髪に、顔に、胸に。
粘糸が纏わり付くその一刹那前に。
「――圧壊《タイム》!」
粉々に砕け散って地に落ちる筈だったガラスの破片が。
レイチェルの身体に纏わり付く筈であった粘糸が。
急速にその速度を落としていく。
ゆっくり。
ゆっくりと。
世界の時間が、壊れていく――。
「悪ぃが、じじぃとキスする趣味はねぇ――こいつとキスしてな!」
迫り来る脅威を尻目に、数歩移動し。
迫る老人の顔に向けて、古びたテーブルを蹴り飛ばした。
――そして世界は、再び時の刻み方を思い出す。
■ライガ > 『さあ、絡めとってスマートに奪ってやろう』
ぐん、と初老の男の顔がせり出し、粘糸の網が大きく広がる。
蜘蛛脚を長く広げて襲い掛かるも。
『……なんだと?!』
目前に迫るは、レイチェルではなく。
先ほどまで自身が腰かけていた、古びたテーブル。
それが、突如目の前に出現した。
『ぐ、転移か? それとも別のものか?
小癪な……!!』
蜘蛛脚を1対使い、テーブルからとっさに顔を守る。
別の1対の蜘蛛脚を使い、テーブルを2つに分断した!
『糸よ、我に従え!!』
先ほど発した粘糸の一部が、硬質化して針のようになる。
それにふうっと息を吹きかけ、合計16本の白くて長い針をレイチェルめがけて飛ばした!
■レイチェル > 「そんなもん引っかかってられるかよ!」
あの糸に捕らわれれば、命は無いと考えた方がよいだろう。
常に最悪の状況を考え。一挙手一投足を冷静に。
「小癪も何も、使えるもんは使ってるだけだ、この力も、テーブルもな!」
レイチェルの異能は、周囲の時間の流れを破壊する大技である。
息もつかぬ連続使用は、不可能だ。
テーブルを二つに分断する蜘蛛の足を見ながら、舌打ち。
そのまま部屋の中を走り周り、レイチェルは距離を取る。
そこへ、飛来する針。硬質化した、鋭い凶器。
それらが全て刺されば、レイチェルとて行動困難になる可能性がある。
しかしながら、彼女の異能はまだ、使えない。
「仕方ねぇな、お望みとありゃ見せてやるか……!」
リボルバーでは撃ち落としきれない。かといって、異能無しに躱すことなど不可能。
直撃すれば、無事では済まない。
そう判断したレイチェルは、クロークの内に手を滑りこませる。
一瞬後、勢い良く。
糸を弾き返す袈裟斬りの形で取り出したのは、黒く長大な魔剣である。
紅の魔術紋様が所々に刻まれたそれは、まさに由緒正しい、極上の魔剣の一であろう。
鈍く輝く黒。
禍々しく光る紅。
その剣は、ただならぬ障気を発していた。
魔剣、切り札《イレギュラー》。彼女が本来持つ、最大の切り札だ。
■ライガ > ライガの手足を新たな蜘蛛脚のようにして
部屋中を走り回るレイチェルを追いかける。
『おのれ、ちょこまかと……!蜘蛛の巣も張れん!
むう?!』
初老の男の顔が、クロークから取り出された長大な剣に目を見開く。
ぎらぎらした眼が、星々のように輝きだした。
『そうだ、その魔剣、それを待っていた!!
なんと神々しい、黒い輝きの長剣よ!
なんと美しい、紅い煌めきの長剣よ!
おお、なんと気持ちの良い空気か、まさにこれは至高の宝物!
さあ、それをよこせ、命が惜しくなければな!!』
振りかかる白い針を払いのけ、先ほどテーブルを分割した腕の下、三段目の2本の腕を、
魔剣をもつ手に向かって長く、長く伸ばした。
これは触手のようにうねりながら、武器のみを捕まえる硬質化した腕。
■レイチェル > 全てを防ぎきれた訳ではない。何本かの長い針が、レイチェルの柔肉を貫いていた。
制服を血が伝い、レイチェルは少しばかり苦しげな表情を浮かべる。
だが、それも一瞬のこと。次の瞬間には、闘気溢れる不敵な表情へと戻っていた。
「魔剣魔剣うっせぇじじぃだ! 変態魔剣マニアかよ!」
魔剣を奪おうと、凄まじい勢いで迫る二本の腕。
レイチェルは振り向き、背後の壁に向けて、疾駆。
ぼろくなった床を蹴り、跳躍。
そのまま思いきり壁を蹴り飛ばして空中でくるりと、反転。
そのまま、ライガであった男の頭上を飛び越えようと――
したのだが。
「ちっ……!」
飛び越える最中、触手のようにうねる腕に魔剣を掴まれてしまう。
■ライガ > 『失敬な事を言う。
称賛の言葉は届かんか』
のびる腕に、確かな手ごたえを感じる。やった、ついにやったぞ。
『ほっ、捕まえた!!
とうとう捕まえたぞ!!!』
レイチェルを魔剣ごとぐいっと引き寄せると、
狂喜する初老の男。ライガの手足が、変な方向に曲がり、踊っている。
残りの蜘蛛脚を出迎えるように広げると、魔剣をライガの身体中央、鳩尾のあたりに持ってこようとして、テーブルを分断した1対の脚を、レイチェルめがけて振り回す!
『“付属品”などいらん、用があるのは魔剣だけだ!!!』