2015/07/17 のログ
ご案内:「回想と現在」に橿原眞人さんが現れました。
■橿原眞人 > ――3年前。眞人が14歳の頃。ハッカーとして《電子魔術師》の下で修業していたころの話。日本本土にて。
眞人のセーフハウスの一つにて、眞人と《電子魔術師》――自称、テクノ――は食事をしていた。
カチリ、カチリとスプーンでカレーを掬う音が響く。二人はテーブルを挟んで相対していた。
眞人もテクノも、この現実世界では普通の衣服に身を纏っている。
不意に、テクノが口を開いた。
■橿原眞人 > 『マヒト』
「……なんだよ、師匠」
テクノは突然改まったように、眞人の名を呼んだ。
『私がお前の前から消えたらどうする』
「どうするって……嫌に決まってるだろ。変な事言わないでくれよ」
『……そうか』
「どうして、そんなこと聞くんだよ」
テクノはしばらく目を瞑った後に口を開く。
『かつて、この世界は今と大きく違っていた。異能や魔術、異世界の「門」、それらは非現実の存在だった』
「知ってるよ、そんなの」
『だけど、それは実在していた。ただ歴史の裏側に隠れていた。それが、21世紀の大変容で溢れだした』
「それも、知ってるよ」
『ああ……だがそれも、今際の際の夢かもしれない。私も、お前も――本当は、この世界も誰かの夢かもしれない』
「……小説でも読んだのかよ。なんでもありの世界だっていっても、考えすぎだぜ」
『そんな夢かもしれない世界でも、人は生き続けている。あの21世紀初頭の破滅的な世界の変容からも生き残った』
『数多の犠牲を払って、数多の叡智を手にして。人は生き続けてきた。人に仇なす化物を屠り、異界の存在を受け入れて』
『人は、生き続けている』
そこで、テクノは一旦話を切った。
カレーを掬うスプーンの音は消え、二人の声のみが部屋に響く。
「……良いことじゃねえかよ」
眞人は水を飲みながらぽつりとつぶやく。
時折、テクノはこのような話をする。だが眞人にはあまりよくわからないことだった。
■橿原眞人 > 『そうだな、良いことだ。人は未来に向かっている。生存競争の地獄をくくりぬけて、生き続けている』
『胎児は、夢を見るそうだ。彼が夢見るのは、世界の夢。自分に至るまでの、長い長い地獄の夢を見る』
『たとえ、どのような手段を使っても、人は、存在は、未来へと進んでいく』
『人は、世界の表に現れた魔術を手にした。異能を手にした。異界の力さえも、手にしようとしている』
『そして……いつしか、人知を超えた“神”の力をも、自らのために使うことに、なるかもしれない』
『……本来、扱えるはずもない力を。進化の夢の果てに、手にしようとするのかもしれない』
『もし、それらの力を得るために必要な「鍵」が――』
コトン。眞人がコップを机に置く。話が一度中断された。
テクノはどこか重々しい口調だった。だが、眞人にとっては、当然神がどうと言われても同返していいのかわからないことである。
首を横に振り、再びコップの水を飲み、再びテクノを見る。
■橿原眞人 > 「なあ、どうしたんだよ師匠。そりゃたしかに、俺たちは世界の真実を知ろうとはしてハッカーをやってる」
「……だけど、そんな人類の進化の歴史がどうとか、そんな話は俺にはわからないし、どうしようもねえ」
「なんでこんな話をしてるんだよ」
『それは……私が、私達が……それに……マヒト……』
テクノは何かを言いかけたものの、それを言いよどみ、そのまま飲み込んだ。
『……いや。すまん。変な話をしたな。だが、そうだな……』
『巻き込んで、すまなかった。マヒト――』
そう言って、テクノは目を閉じた。
眞人は困惑したような表情を見せる。
「何わけのわかんねえこと言ってるんだよ。どうしたんだ師匠、なんか変だぜ」
「師匠に謝られることなんて何もねえよ。師匠は何もかも失った俺を拾ってくれたんだ」
「世界の真実を共に知るって約束、その御蔭で俺は今もこうしてハッカーとしてやっていけてるんだ」
「……確かに、師匠の事で知らない事は山ほどある。だけどこんな時代だ。秘密にしておきたいことだってあるだろ」
「俺にとって、師匠は唯一の家族みたいなもんなんだ。ハッカーだから自分の事は隠しておくことは普通なのにさ……こうして俺の面倒まで見てくれてる」
「師匠の正体とか、過去とか、別に俺はなんでもいいよ。師匠は師匠だ」
「それでいいよ。師匠は師匠……師匠の言ってることはよくわからねえ。きっと、色々あったんだろ」
「一々聞かないよ。師匠が話してくれるそのときまでな。俺は、師匠がそばにいてくれるなら、それで……」
『……ありがとう。マヒト。だけど、だけどもし』
『お前が、私の本当の姿を知った時、きっとお前は』
『お前は――』
■橿原眞人 > ザッ。
ザザッ。
視界に走るノイズ。
眞人の目の前が一瞬揺れ、ぶれる。
嗤っていた。《電子魔術師》が、テクノが、眞人に一度も見せたことのないような表情で。否――これは、テクノではなかった。
《電子魔術師》と同じ姿をした別のもの。
嘲笑うもの。
『そう』
『君は彼女との関係を保ちたいがゆえに、彼女の話に深く入ろうとしなかった』
『彼女の存在がどんなものでもいい。どんな過去でもいい。口当たりのいい言葉で逃げたわけだ』
『だが、君は真実に気づいていなかった。彼女が君と共にいた理由も、何もかも』
『そして、君はここに来てしまった。全ての終わりは、もう始まったのさ』
『――さあ、甘い夢は終わりだ。目覚めの時だ、《銀の鍵の守護者》』
『君に真実を見せてあげよう。君が望むものは、その先にある』
『電脳の神々の城の果てに、君が求める少女がいる』
■橿原眞人 > ザッ。
ザザッ。
視界がぼやける。全てが電子の情報となって分解していく。
眞人の意識も、薄れていった。
■橿原眞人 > ――現在。
「……ここ、は」
電脳世界の「門」を越えた先に、眞人はいた。
《電子魔術師》を自称する者に憑依され、その体を乗っ取られていたものの、今は髪も肌の色も元に戻っていた。
「……そうか、ここが」
眞人の視界の端に映る情報ウィンドウには、ここの位置情報はすべて不明であると表示されていた。
だが眞人は直感的にそれを察知した。いや、誰かに教えられたかのようにといってもいい。
「あそこに、師匠がいる――!」
電子の墓場。
電脳世界の深海にある狂った領域。
《ルルイエ領域》――眞人の師匠の消えた場所。
そこに、ついぞ眞人はたどり着いたのだった――
電脳世界に出現した「門」を越えて、《電子魔術師》を自称する少女によってここへと導かれて――
ご案内:「回想と現在」から橿原眞人さんが去りました。