2015/08/10 のログ
ご案内:「東急デスティニーランド」に朽木 次善さんが現れました。
朽木 次善 > 東急デスティニーランド、それは夢の世界。
話には聞いていたし、生活委員会として何回か整備に参加したことはある。
ただ、客として来たのは初めてであり、もっと言えばこんな遊楽施設に訪れたこと自体の経験が浅く、
軽く雰囲気に飲み込まれて早くも頬には嫌な汗が伝っていた。

行き過ぎる子ども連れの家族、手をつなぐカップル、
笑う子どもたち、それを追いかけるマスコットキャラクター。
全てにおいて自分が場違いであることを自覚しながら、
男は隣に立つ「相手」に向けて、ハハ……と愛想笑いを浮かべた。

「……こういうところ。
 来たことありますか……?」

ご案内:「東急デスティニーランド」に『脚本家』さんが現れました。
『脚本家』 > 「とんだ皮肉だ」

ある訳がないだろう、と言外に。
明らかに自分が来るべきではない───居てはいけないであろう空間に冷や汗をかく。
知らぬ間に随分と世間慣れ、と云うか空気を読むようになってしまった。
散々色んな場所に連れ回されたが流石に此れは皮肉にも程があろう、と彼を横目で見遣る。

まだ先日の孤児院も、其れから他の───も、其れなりに意図は理解できた。
今回においては全く以て訳がわからなかった。
わからないどころではない。自分のこと絶対嫌いだろうこいつ、と内心毒づきながら、
待ち合わせ場所まで足を運んだ自分も中々に訳が分からないな、と思い頭を振った。

「嫌がらせなら中々に成功したと言えるな」

朽木 次善 > 「とんでもない。
 初めてなのだとしたら尚更思惑通りですよ」

当てこすりめいた言葉もどこか飄々とかわし、
元気よく手を振ってきたマスコットキャラクターに手を振り返す。
本州の本家であるデスティニーランドより規模が小さいのに、
随分とスタッフ――キャストというんだったか、それには気合が入っているように思う。

天気は快晴だ、それに平日ということもあって人もそれほどは多くない。
平日という要素を除けば、やはり本物の前に分家はこんなものだとも言える。

「今まで仕事詰めでしたからね。
 生活委員会としてのお仕事に散々付きあわせたので……慰安みたいなものです。
 もちろんこれは、俺自身のも、ですが」

大きく伸びをする。

「俺も初めてではあるんですが、
 ……嫌いですか、こういう場所は?」

『脚本家』 > 「………、」

自分の皮肉をひょいと躱され、何処か諦めた表情。
重い足──実際ブーツが非常に重い為、物理的にも重いのだが──を上げる。
彼がマスコットに手を振っているのを見れば、ゆっくりと腕を組む。
『鮮色屋』がフェニーチェにもマスコットを、と頭から血を流したテディベアを自慢げに
見せに来たのを思い出す。秒で却下したが。親しみやすくなってどうする。

「慰安でまた疲れてどうするんだ、全く──
 まだ最初の音楽会の方が、と云うよりも。よっぽどそっちがよかったんだが」

言葉に棘は残るものの、幾らかその棘も抜けて。

「……、苦手だよ」

解放的な彼とは対照的に、溜息をひとつ落とした。

朽木 次善 > 「でも、好きになれるかもしれないじゃないですか。初めてなのだったら。
 一度も体験してみないのに、それは勿体無いかと。
 ……良き演劇も、風評だけ評価を下すのは勿体無いでしょう」

珍しく何処か楽しげに苦笑を漏らす。
『脚本家』の憮然とした態度に、これまた珍しいものを見るといった感想を抱き、
口元に手をやって苦笑を隠した。

「……とりあえず、終わってからでも。
 苦手と判を押すのは遅くないと思います。
 案外と、抵抗のあるものにこそハマると深いと聞きますし。
 ……俺自身はあんまりそういうの信じてないのが問題ですけど」

梅干しや山葵は何度挑戦しても苦手だ。
それにいつかハマる時が来るとは自分も信じていない。

「何から行きますか。
 ジェットコースター、観覧車、コーヒーカップ。
 ……俺も、名前はどれも聞いてて、稼働する前のそれは見たことあるんですが、
 実際に載ってみるの初めてなんでかなり竦んでるんですが。
 どれから行ってみますか。それとも何か食べますか?」

いつも以上に饒舌に尋ねながら園内を歩く。

『脚本家』 > 「だから来たんだろう、じゃなかったら来ないさ。
 ───僕らの演劇だってそうだったんだ」

楽しげな彼の様子に何処か押し負けたように。
彼が笑っているのは見なかった振りをしてごとりと地面を鳴らす。

「まァ、来たからには楽しむさ。そういう場所だろう。
 空気を読まないのは主義に反するし何よりも目立つだろう」

妙に視線を集めてしまうのはよくない、とは常々思っていた。
役者が目を惹くのは舞台の上でいい。尚且つ自分は犯罪者だ。
幾らデスティニーランドとは云え此処も常世島内の施設であり、人の目も。
勿論最新鋭の監視機器もあるだろう。
其れを監視しているのが自分を知らない奴であるのを願いながらゆっくりと歩き出す。

「任せるさ、僕は君以上に詳しくないんだ。
 何より一度動いていないとはいえ見ているんだろう?お勧めで構わない。
 食べ物も。こう云う場所の楽しみ方には疎くてね、エスコートは任せるよ」

監視しているのがもしかしたら『元・美術屋』かもしれない、と胸中で思案する。
彼はうまくやっただろうか。やったとしたら彼の才は間違いなくこの島の<<免疫>>にとっては有用なものだ。
………、こんな状態の自分を見られるのは中々に恥ずかしいが。
気付けば園内のどこかしらで団員を重ねて観ている自分に溜息が洩れる。
なんとも慰安にはそぐわない思考。つまらない思案を掻き消すように、より強く一歩踏み込んだ。

「ご機嫌だな」

朽木 次善 > 「……そう見えますか?」

御機嫌に見えると。だとしたら、少しばかり舞い上がっているのかもしれない。
頬をつねり、苦笑の苦い部分を強くした。
どこか深淵を思わせるような彼女の目が、色も鮮やかな園内の風景をどこか遠くに見ているのを見ると、
あながちこのアプローチも間違いではなかったのかもなどという自賛が出てくる。

『脚本家』の懸念である監視について理解をしているのかしていないのか、
どこか確信めいて堂々とした態度で園内にて顎に手を当てて思案をする。

「ではまあ、定番ですが絶叫マシンにでも行ってみますか……。
 俺もあまり得意ではないどころか、
 具体的に何がそんなに人を惹きつけるのか理解出来ていないんですが……。
 距離的にも一番近いですしね……」

見れば、その『ジェットコースター』なるものの小列が見えてきていた。


少しばかり足を早めてその少しだけ長い列の後ろにつき、
アトラクションを見上げる。たっか。
頬が引くつく。軽率だったかもしれない。

「……こういう、絶叫というか。
 怖いマシンって、何を以って楽しいと思うのか、娯楽的側面から説明とか出来ますか。
 何故怖いのが楽しいんでしょうね……」

『脚本家』 > 「ああ、見えるとも」

普段は疲労の色が強いような彼の印象が、幾らか明るいように見えた。
いつも通りの苦笑いが浮かべば、別にご機嫌でもいいじゃあないか──と
口から出そうになるも言うのは何故だか躊躇われた。
普段一点を見つめる黒曜も、今日は視線がゆるゆらりと移る。
彼と出会わなければ一生来ることはなかったであろう場所に幾らか気が浮ついているか、
それとも創作者として、資料を探しているのか。

「マゾヒストかい、君は」

あまり得意でないどころか具体的に何がそんなに人を惹きつけるのか理解出来ていないものに
進んで乗ろう、という言葉が出るのか。
一度も体験してみないのに、それは勿体無い──と云うのは彼の信条か何かなのか。
どっちにしろ、出た言葉は其れだった。

「怖い、と楽しいは僕は表裏一体なのさ。
 実際に『恐怖』を処理する脳の部位と、『快感』を処理する脳の部位は同じだ。
 目や耳から入った恐怖に関する情報は快感みたいな感情を処理する器官に一番最初に届く。
 脳科学的に見ても此れは確証を得ている」

「実際の実験結果もあるしな」、と薄く笑う。

「それと同時に、人間は何処かスリルを求める生き物なんだと僕は思う。此れは僕の持論。
 あくまで推測だが──、屹度僕らの演劇と似たようなものなんだろ、こいつは。
 実際は恐怖を体験する機会なんて日常生活を送っていくうちだと少ないだろう。
 だから其れを求める。落第街みたいなところに棲んでいる奴なら兎も角、
 健全に学生をやっている奴が惹かれるのは解らなくもない」

饒舌に、実にご機嫌に語り終えた。

朽木 次善 > 「つまり安全が保証されてる上で危険に肉薄するのが楽しいと。
 それを上手く言葉にしたのがスリルってものということになりますか。
 ……そういう意味では、生活委員会の整備をある程度信頼してくれているからこそ、
 安全に身を委ねてくれるというのは、少し嬉しいようなですし、
 ここで過剰に怖がるのはその仕事を信じきれてないからとも言えると思うと、
 退くに退けなくなりましたね……」

マゾヒストかと問われれば、そうかもしれないとすら思ってしまった。
『脚本家』の視点と、『生活委員会』の視点で、ジェットコースターという遊具が理論で分解される。
そういう意味では価値観同士の折衝とも言えて、それはそれで彼にとっても面白かった。
グランギニョル自体も、むしろ逸脱した価値観ではなく、普遍的な価値観の突出した形だと思うと、
どちらに対しても申し訳ないが、普通の感性の自分でも多少なりとも理解出来るような錯覚を覚える。

「まさか、ジェットコースターも脳科学的な側面から分解されて、
 理論として再構築されるとは思っていなかったでしょうけど。
 ただ、その言葉が確かなら実際に目や耳に入ってきた情報の方が優先するのなら、
 その理論を唱え続けても、これからの数十秒は俺にとってキツい時間になるんじゃないかなとも……」

順番が来て、隣合わせに座る。
安全を信じて疑わないアトラクション案内人がにこやかにバーを下ろし、身体を固定してくれた。
自分の顔が軽く青ざめているのに気づく。

「……まあ、なにぶん俺も、貴方も初めてなので、
 とりあえずここに来たという証明のためにも、
 『普通』乗るものには『普通』に乗りたかったんですよ……。
 今多少後悔してますけど……」

ガション!と何かが連結するような音がしてコースターが動き始めた。

『脚本家』 > 「そういうことだろうなァ。
 ───、そう考えるとこいつとウチを一緒にするのはこいつに失礼な気がするな。
 生活委員、ね。そんなに誇りにしてる仕事なんだったら怖がることもないだろうに」

からからとからかうように笑いが零れた。
安全を確認した上でスリルを味わうのと安全なんて知ったことじゃないと言わんばかりな
ミラノスカラの公演を一緒にするのは流石に失礼か、と肩を竦めた。
自分たちの誇りともまた違う誇りを抱く生活委員会。
中々に、面白そうな組織じゃあないか、と。それとも彼が面白いのか、と。

「大体この世の全ては理論で語れるものさ、異能も魔術もある。
 脳科学方面だって其れ以外の方面だって随分と進歩したんだから当然だろうさ。
 ………まァ、人の心は何時まで経っても論理的には解明できないみたいだが。
 そんなスパイスを味わうのも中々にいいものじゃあないか、貴重な体験だよ」

にやり、と口元に三日月が浮かぶ。
バーが降ろされれば係のキャストに対していい営業スマイルをひとつ。

「折角君が案内してくれたんだ、楽しまないとな」

「後悔も後でいい経験だった、と思う日が来るさ」、と。
果たしてこのジェットコースターがいい経験になるのかは全く定かではないが。
ギイギイと音を立ててコースターは段々と高度を上げていく。
この音も演出なのだろうか、とぼんやり思案すれば、ガコン、と上がりきったのを伝える音がする。
逃げられない、スリルを目の前にした状況に、ぞくりと背筋が笑った。

朽木 次善 > …―。
……――。

かくて。
ガガカカカ……と、コースターが軋む音を立てて帰ってくる。

ぐったりと。
先ほどまで尻尾を掴んで振り回された鼠でももう少し品のある呻きを出すというような、
恐怖と恐慌の入り混じった悲鳴に似た笑声を喉奥で噛み殺していたが、それもない。

「………。
 じ、実在論、じゃない、ですけど……。
 やっぱり、理論でどれだけ分かってても……。
 例え仕事を誇りにしていても、高い所から思い切り振り回されたら、
 人って悲鳴上げると思いますよ……」

目の下の隈も一層濃く、二徹した学生でももう少し景気のいい顔をしている顔で『脚本家』に笑う。
キャストがバーを上げてくれるときに、ご気分大丈夫ですかと心配げに声を掛けられ、
自分がいかに不健康な顔をしているのかを自覚した。

「……ど、どうでしたか。
 体験してみて……。
 こ、これ、後でいい経験だったって思う日、来ますかね、一条さんにも」

ふらふらと、立ち上がりながら尋ねる。

『脚本家』 > 不景気真っ只中、デフレスパイラルも廻りに回ればこうなるのか、
といったサラリーマンのような笑顔を向けられれば、彼女は苦笑を返した。
成程彼は"こういうの"は苦手な性質か、と笑う。

「…………来ないだろうな。
 あァ、君の顔が面白かった、くらいは思い出すんじゃあないか」

割とスリルには慣れていた彼女は高速道路で顔を出した、くらいのもので、存外けろっとしていた。
『死立屋』の無作為に投げる鋏のほうがよっぽどスリルを感じる。
ある意味スリルじゃなく、馬鹿みたいな場所に慣れきっていた自分を感じて小さく頭を抱えたが。
……──、あの頭の悪いスリルが好きではあった。

ゆっくりと地面に降り立てば、先刻の彼と同じように大きく伸び。
ふわりとポニーテイルが揺れる。

朽木 次善 > 軽快に地面に降りる彼女を見て、つくづく様になっていると思う。
エスコートと銘打たれ、それを了承したのであれば、手の一つも取るべきなのだろうが、
逆にその方が自分らしくはないかと、苦笑をして諦めた。

「それは。
 楽しんでもらえて、嬉しいと思うべきところでしょうか……。
 平気なんですねこういうの……いや、俺の方が過剰反応だっていうのは知ってますけど」

彼女の後に続いてタラップを降りていく。
まだ視界がぐるぐると回っているような錯覚が少し残っている。

「……ハァ。
 出来れば、ゆっくりとした乗り物に乗りたいですね。
 同じ高さがある乗り物だと、観覧車とか、いいかもしれませんね。
 丁度近くにありますし……。
 ああ、すいません、えっと」

通りすがったジュース売りの青年に声を掛けて呼び止めて、
ジュースを二つ購入する。
やたらと高かったが、それに少しは見合った装飾が施されており、
何の気を使われたのか一つのジュースに二つずつストローが刺さっていたので、
どちらのストローも片方は手渡す前に抜いておいた。

「……歩いているうちに回復すればいいんですが、
 ああ、でも見えますね、あれでしょう、観覧車」

不景気な顔で見上げる。そこそこに見栄えのする観覧車がそこにあった。

『脚本家』 > 「中々に悪くない。
 初めて見る物ばかりだから興味深いさ。
 文字として、情報として知っていても実際に味わうのは初めてだ。
 
 ───、其れに。僕らの演劇の方がよっぽどこう、恐怖感があるというか。
 死と隣り合わせ、と云うか。慣れてる、と云えばいいのか。
 それでもこう、生活委員は好い仕事をするもんだな、とは思う」

顔を青くする彼を楽しげに見遣りながら、ぽたりと垂れた汗を拭う。
快晴、出掛けるには最適とはいえ中々に暑い。屋外なら仕方ないか、とも思う。
基本的に行動するのが夜の落第街、と云えば随分と涼しい。
されど今は天下の日中だ。実にアウェイである。
ジュースを手渡されれば一瞬驚いたような表情を浮かべて「ありがとう」、と。

「観覧車」

自分の知っている観覧車の情報は主にカップルが乗る、というものだった。
それと家族連れ。あるいは男同士。
彼は特に何も考えていないのだろうか、と苦笑しながらも小さく頷く。

「ああ、行こう。
 思う存分慰安させてもらわないといけない訳だしな。
 ………、こりゃまた随分整備に時間掛かっただろうな──」

観覧車を見上げて。
本土なら土木業者が適当に終わらせるところだったのだろう、と思えば、
此れの整備をさせられたという生活委員には頭が下がる。
横の彼に下げる気は全く以てないが。
ちう、とストローを吸ってまた口を開く。喉が冷たい。気持ちがいい。

「いやァ、異能で拵えたんでもなく人の力で、ってやつか。
 旧時代的なところがなくもないが──、中々いいモノじゃあないか」

朽木 次善 > 「そう思って貰えるなら、尚更連れてきた甲斐がありましたよ。
 ……俺も初めての経験ばかりで、楽しいのは楽しい、と思いますよ、多分」

多少の目眩さえなければ本当に楽しかっただろうなと思った。
観覧車はジェットコースターよりは空いており、
すんなりと自分たちの番が来た。

キャストに案内され、同じ方向に座ることを薦められたが、
丁重に断って対面に座る。どうにも、何故か、園全体が勘違いしているように思う。

「……高いところ自体は、それほど苦手というわけではないんですが、
 流石にあの速度で振り回されるのは、土木作業ではない経験ですからね。
 ……気に入っていただけたのならなお嬉しいですね。
 こういうアナログな物の体験が出来る場所が、
 人に異能が開花しはじめた後にでも残っているのは、俺も喜ばしいと思いますよ」

まあ、その上で、自分たちが時代に合うように、
変えていかなくてはならないという課題も勿論あるとは思うのだが。

少しずつ高度が増していく観覧車の中、何故かここに来て初めての沈黙が訪れた。
改めて沈黙が訪れると、封を切るのは自分しかいないとも思ってしまう。

「………。
 一条さん、遊園地は初めてだと聞きましたが……。
 動物園や、植物園は行ったことがあるんですか……?
 あと、聞いておきたいのは、ううん……水族館とか、ですかね。
 そういう意味では、こういう話をするのが初めてなのもあって、
 俺は貴方のことを何も知らないんですね……」

小さく、苦笑が漏れた。
とてもそれが自分たちの関係においては場違いに思えて、そのことにも更に苦笑が漏れる。

『脚本家』 > ごとりと重いブーツを鳴らしながら足を踏み入れる。
そこそこに狭い観覧車の入り口、頭をぶつけないようにしっかりと屈んだ。
対面に座れば、ぼんやりと窓の外を眺めた。

「寧ろ、大事にされるべきだと思うよ。
 演劇しかり、こう云うものしかり。異能や魔術やらで全てを賄うのは美味しくない。
 人間の手だからこそ生み出せるものもある、と思うしね。
 万能なだけの世の中は面白くない、出来ないことがある方がよっぽど面白い」

高度が上がるにつれて足を組む。手も組む。座った時の彼女の癖だった。
相も変わらず視線は窓の外。目下に先刻のジェットコースターと沢山の人間を臨む。

「………、」

逡巡。思案。

「あぁ、そう云えばないな。───先ず、うちの両親は頭が固い人でね。
 博物館やら演劇だったり、オペラに美術館辺りは幼い頃に何度も行ったよ。
 芸術家肌、というのか。父がヴァイオリン奏者だったのもあるかもしれない。
 「お前も何時かああなるんだ」、ってな。
 案の定このザマだがね、間違いなく其の経験は生きたと思う」

外を眺めたまま、組んだ腕を解いて頬杖をつく。

「そんなものだろう、敵同士なんだから。
 知りすぎても、深入りしすぎてもよくないとは思っていたからな」

けろりと。
「だから話して良い方には転ばないと思って」、と。あっけらかんと口にした。

朽木 次善 > 「そうですね……俺も、そう思います。
 でも、俺は……」

眼下を見下ろす。
人が指先ほどの小ささで動いている。
その一つ一つに意思が宿り、誰かの整備した道の上で生きている。
そういった営みの中で形成される『生活』そのものを……自分は愛しくも思う。
自分もその一員であるという矮小な理由も含めて、自分はその光景が好きだった。

「でも俺は、きっとまた『次』も誘うと思いますよ。
 動物園に行ったことがないなら、動物園に。
 植物園に行ったことがないなら、植物園に。
 水族館に行ったことがないなら、水族館に。
 ……何も、生活委員会の仕事だけが、俺の視界じゃないし、
 それと同じものを見ることで、少しでもそれがいいと思って貰えればって、そう思うので。

 だから。
 きっとまたうんざりされるでしょうけど、
 その時は諦めて着いて来てください。
 ……面倒な相手に興味を示したのは、貴方の方ですからね」

自分でも、驚くほどに尊大な物言いになって、
でもそれが却って自分の普段の印象とはちぐはぐに映って、自分でも可笑しかった。
やがて頂点に達した観覧車は、ゆっくりと地面に向けて回り続ける。
今まで少なくともこちらは「探り」を入れ、「暴こう」として、「覗きこんで」いた。
頂点から降りゆくその時間は、
彼女―― 一条ヒビヤといて、それをしなかった、初めての時間のように思えた。

『脚本家』 > 「──、」

はん、と笑いがひとつ転がり落ちた。

「それでいいのかい。
 僕は君が僕の犯した罪の味を教えて呉れる、って言うから。
 僕を否定してくれる、って言うから着いて歩いてるんだ。こうやって。

 其れでも変わらないのは僕が罪人であるという事実。
 君の言葉を借りるなら<<免疫>>に取り除かれるべき存在だ。
 ───そんな奴を何度も誘って、見つかったら君自身も危ないかもしれないのに」

ゆったりと時間が流れる。
其れは異能か、果たしてそれとも観覧車の創り出す時間なのか。

「自己犠牲で身を滅ぼしてほしくない、くらいは思うのさ。
 ……──興味を抱いた相手だからこそ、僕の所為で如何こうなってもらっても困る」

彼の言葉を聞き終えれば、口を出たのはなんとも辛辣な言葉だった。
頭では「ああ、ありがとう」とだけ云えばいいと解っていたのに、どうしようもなく口に出た。
真っ直ぐに向けられた彼の目に、彼の言葉に。

「其れでも教えて呉れるのかい」

「若しかしたら君を隙を見て殺すかもしれない」

観覧車で話す内容としては全く以て色気もない。
ムードもない。ただ口が動いてしまった。

「其れでも、誘ってくれるのかい」

「君は死ぬには口惜しすぎる」、とは口に出せなかった。
ただ、真っ直ぐな彼の言葉を受け止められるほど自分の心は強くなく、
彼の視線を受け止められるほど自分の目は澄んではいなかった。
恐怖。ある意味羨望した彼を巻き込んでしまうんじゃないかという恐怖感。

────彼がもし自分の所為で<<免疫>>に手を出されるとしたら。
自分は屹度、『脚本通り』とは嗤えないだろうから。
突き放すこともなく、ただ未練がましく彼に語り掛けるのだ。


「僕に、世界を見せてくれるのかい」


困ったように笑って欲しい、と。

朽木 次善 > ――そこは、遥か高み。
誰の目も、誰の声も届かない。
監視カメラは沈黙し、無粋であることを弁えているかのように、よそ見をしてくれている。

だからこそ、朽木次善は、小さく――笑った。
それは、いつもの苦笑とは違う。ただ純粋に、心の底から。
口角を少しだけ持ち上げるだけの笑みだったが、確実に。


「――ええ。
 其れでも。俺は貴方を誘うと思います」


そう。
朽木次善は、一条ヒビヤに言葉短く、囁くように告げた。
以前の自分であれば、そんなことは言わなかっただろう。
一条ヒビヤと出会って、そして蓋盛、ヨキという二人の恩師と出会い。
ようやく口にした言葉のように思える。
言葉の語尾も震えず、ただ真っ直ぐに、事実を告げるように。


「……着きますね」

短く告げて、観覧車を降りる。
移動する観覧車から降りるのは、少しだけコツがいる。
今度は絶叫マシンのそれではない、自分にも少しだけ余裕がある。
だからこそ、今度は相手に手を向けて、先ほどは失礼とばかりにエスコートをした。

『脚本家』 > 「──……馬鹿な奴だな」

ただそれだけ溢して。
一瞬、ほんの一瞬刹那、彼の笑顔を捉えて、彼女は視線を逸らした。
ビアトリクスと──何の因果か同じ師──ヨキという二人の芸術家と言葉を交わし。
朽木次善が見せた世界を踏まえて。

「楽しみにさせてもらうさ」

また一つ、言葉を落とした。
真っ直ぐ向けられる言葉からは目を逸らして、顔を逸らすも。
耳はしっかりと彼の方を向いていた。

彼が立ち上がったのを見れば、自分もつられて立ち上がる。
伸ばされた手を、しっかりと掴んで。

朽木 次善 > …―。
……――。

陽は落ち。
デスティニーランドを後にして、落第街への道を歩く。
送り届けるまでがデートだとするのならば、少なくとも自分はデートには思っていないが、
最後まで全うするのがいいだろうという判断から、彼女を送り届けることになった。
送り届けるも何も、その落第街こそが普通は忌避される恐ろしい場所だろうが。

誘ったのだが土産を買わなかった彼女は、らしいといえばらしい。
それに合わせたわけではないが、自分も土産は買わなかった。
それはそうだと、自分でも思う。わざわざ足がつくようなものを郷愁のために購入する意味は薄い。

どこまでもロジックで考えるところも共通だなと思うと、少しだけ笑いが出た。

「どうでした……?
 十分に楽しんで貰えましたかね。
 それと、デスティニーランド自体にも、また来て貰えますかね。
 その時は是非、『脚本家』さんの好きな順番で回りたいもんですね。
 俺に女性をエスコートし続けるのは、ちょっと役不足ですから」

一日中羽目を外したのは、今日が初めてといえる。
中々に彼女の反応は良かったし、自分も楽しめたと言い切っていい。
身体に虚脱感があり、それが心地いい物であるので、
きっと今から寮に戻ってベッドに入れば、気づけば朝になっているだろう。

「次は、どこに行きましょうかね。
 ああ、いや……まあ日程としては、もっと間を空けるのは確かですけど。
 ……流石にこのお互いの状態であちこちに顔を出してれば、
 『脚本家』さんにとってもあまりよろしくはないでしょうから。
 また期を見て、俺が何か計画立てさせてもらおうと思います」

懐に手を入れて、小さく彼女に向けて笑った。

『脚本家』 > 落第街。
夜の帳が下りればそこはもう先刻までいた世界とは真逆の世界。
楽しむためのスリルを求める場所がデスティニーランドであれば、
生きるためにスリルを嫌でも味わわなければいけない場所。
───そして、彼女のような無法者が。取り除かれるべき者の集う場所。

薄暗く、橙の電燈がぽつりぽつりと灯る。
ミラノスカラ劇場の照明と全く同じ橙の灯り。

「ああ、楽しかったさ。
 こういうのも悪くない、というよりも童心に返った、じゃないが。
 ──……感謝してるさ」

初めて足を踏み入れた娯楽施設は中々に居心地が良かった。
『現実』離れしていて、それでいて『現実』を忘れられるような。
歩いて、話をして。『普通』を過ごした。
もしかしたら人を騙らなかった、のかもしれない。
いくら考えなおしても、自分が何の役を演じていたのか、思い当たる者がない。

「──。」

彼の笑顔を真っ直ぐ捉えて。

「任せるさ、僕に教えて呉れるんだろう。
 ならどこだって構わない、もっと教えて呉れよ、朽木君」

何時だか放った同じ言葉も、孕む意味は全く違い。
慣れない笑顔を浮かべて、小さくひょいと手を振った。

朽木 次善 > 「それは、本当に何よりです。
 で、あるなら、もう少し早く……。
 誘うべきだったかもしれませんね」

後悔はしても仕方がない。
そんなものはいつも側にあるものだ。
いつだって振り返ればああしていればよかった、こうしていれば良かったということばかりだ。
それ全てにベストの回答を振り分けられないからこその常人であり、
だからこそ、自分は朽木次善なのだと思った。

橙の電燈は、頼りなげに二人の姿を浮かび上がらせている。

やがて、いつも別れる路地裏にまで送り届けると、
帰ろうとした『脚本家』に「あ」、と声を掛ける。

「ああ、すいません。もう少しだけ」と彼女の手を取り。
その左手を、薬指に手を添える形で持ち上げた。
恭しく、相手を敬うような動作で。

『脚本家』 > 「別にいいさ、今日は十分楽しめたんだ。
 ───早かろうが遅かろうが、何時かは来るものだったのなら」

それは何時だかも口にした言葉。
人が死ぬのが早かろうが遅かろうが同じ。
それも意味合いを少し変えて、味付けを少し変えてしまえば風味は大きく変わる。

手を取られる。
これも生活委員の仕事の帰りに何の因果か出会って"しまった"ときとシチュエーションは同じ。
彼とすれ違い、偶然にも彼の工具が出しっぱなしで偶然手を傷つけてしまった。
ぼう、と想起しながらそのままに手をされるがままに。

「………、」

何故か、と驚きに負けて。言葉は、全く出てこなかった。

朽木 次善 > 無言の。
言葉が出てこない相手の顔を見ず。

――取った手を、片手で握る。
そして、懐に入れていた手をその手に添えて。

何かを、彼女に握らせる。



――その彼女の繊細な手に握られていたのは。

この場所に相応しい、『無骨な拳銃』だった。



入手方法は、褒められたものではない。
今日この日、この瞬間のために手に入れ、足がつかない形で手配しておいた。
人を『殺すこと』が出来る道具。――小道具だ。

それを、ゆっくりとした動作で持ち上げた薬指を、そして小指から順番に相手に握らせて、
これも優しく相手の両手を添えさせる。

自分の心音すら感じない。
静謐。静寂。
――まるで、観覧車の頂点にいるような静けさだけが、そこにあった。

静かに。
朽木次善は言う。


「――『脚本家』さん。
 これが。
 今日最後の催しで。

 そして、俺は……今日、今この瞬間。
 貴方に――『罪』を『教えよう』と思います。

 ――俺は今日。
 そういう『覚悟』で来ました」


カチリと。
添えた自分の指で、撃鉄が起こされた。
まるで、ジェットコースターが走り始めるときの意図的な異音のように。
そして引き金に、彼女の人差し指を添えさせた。

――銃口は。
彼自身の手で支えられ、真っ直ぐに――『朽木次善』の額を向いている。

その表情には、苦笑も、笑みも、恐怖も、何一つ張り付いていない。
ただあるのは――『強き弱者』の『覚悟』。
殺意でも、害意でも、敵意でもない。強い、意の形。


「今日と言う日の最後まで。
 ――どうか、『俺』に付き合ってください」


そう――『生活委員会の男』は。
『自己犠牲で身を滅ぼしてほしくない相手』は。
『彼女が興味を抱いた朽木次善という男』は。

――真っ直ぐに。
この瞬間世界でただ一人、一条ヒビヤの目を見ながら、告げた。




<<続く>>

ご案内:「東急デスティニーランド」から『脚本家』さんが去りました。
ご案内:「東急デスティニーランド」から朽木 次善さんが去りました。