2015/09/20 のログ
ご案内:「常世島電脳領域深部 《ルルイエ領域》」に橿原眞人さんが現れました。
■橿原眞人 > ――常世島電脳領域最深部。
――いまだ知られざる言語が電子記号となって飛び交う場所。
――ルルイエ領域と呼ばれるそこに、《銀の鍵》と呼ばれるハッカーが、橿原眞人が、いた。
「……ここが、そう、か。ここに、師匠が……!」
電子の「門」の果てに眞人はいた。
黒いサイバーウェア。様々なプログラムを搭載し、ネットの海で様々な《氷》と戦い、様々なセキュリティを突破し、《銀の鍵》と呼ばれた彼であるが、今その身は多くの傷に覆われていた。
眞人の視界の中には次々とエラーの表示が出現していく。サイバーウェアのダメージは深く、プログラムは壊れて修復もままならない。
現実(リアル)の眞人の脳髄にもかなりのダメージが蓄積されていた。
それでもなお、眞人は進み続けた。この場所にとらわれているという“師匠”を救い出すために。
ここに至るまでに、眞人は長い時間戦い続けていた。
眞人の師匠とほぼ同じ姿を持つ《電子魔術師》を名乗る少女に脳をハックされ、電子の「門」を、《銀の鍵》の力でこじ開けさせられ、眞人はその「門」の向こう側へと誘われた。
「門」の果ては、眞人が目指していた領域であった。ネットワークの深海。
《ルルイエ領域》
すべてが狂っている場所であった。ネットワークの墓場と呼ばれるにふさわしく、同時に電脳世界の常識を超える場所であった。
この地球上ではありえないような角度から出現する柱。
認識するたびに姿を変えるワイヤーフレーム。
この電脳領域の墓場は、すべてが狂っていた。
今より数時間前。
眞人が気づいたときには、すでにこの領域にいた。あの《電子魔術師》の姿はすでにそこにはなかった。
眞人の目の前にあったのはこの奇怪な電脳世界だった。そして、その光景は、かつて眞人が《サイバーアレクサンドリア大図書館》の深層で盗み出したデータに記録されていたものと同じ光景だった。
すなわち、眞人の師匠はここにいる。
あのもう一人の《電子魔術師》の言葉を思い出しつつ、彼はそう確信したのだった。
そして、進んだ。この狂った電脳の世界を、眞人は進んだ。
何かの電子存在の残骸に溢れ、あろうことかそれは眞人を感知するや否や、襲ってきたのである。
おそらくは、《氷》――Intrusion Countermeasure Electronics(ICE:侵入対抗電子機器の略称)――であった。かつて、この領域を守っていた残骸なのだ。
今は打ち捨てられているが、眞人という侵入者に彼らはその使命を果たさんとしていた。
対《氷》用の攻性プログラムを用いて。
この時のために自らが考案した電子魔術を用いて。
眞人は《氷》の残骸たち――それらは不定形であり、ワイヤーフレームで構成されてはいるものの、かなり生物的な姿でもあった――と戦っていく。
それは、あまりにおぞましい化け物の《氷》であった。脳内を二度ハックされないように仕掛けた電脳防壁がなければ、眞人の脳髄にはダメージが蓄積のために眞人はここまで来ることはできなかっただろう。
このルルイエ領域の残骸の守護者たちと戦いを続け、大きなダメージを受けながらも、眞人は先へ先へと進んでいく。
ただ、もう一度師匠に会うために。
唯一の家族を救い出すために。
■橿原眞人 > ――そして。
眞人は立っていた。
いくつもの奇怪な、この地球上ではありえない角度で建てられた石造りの巨大な神殿のような、その場所に。
こここそが《ルルイエ領域》の最深部である。
「……間違いない、ここに、師匠はいる」
黒いサイバーウェアはいたるところが傷ついている。修復プログラムも間に合っていない状態だ。
眞人の視界にも、いくつもの「ERROR」の文字が点滅しては消えていく。眞人が組んだいくつものプログラムが死んでいることを示している。脳髄へのダメージも危険な兆候を見せている。「EMERGENCY」という文字も視界の端で激しく点滅している。
それを、眞人はすべて強制的に終了させた。
危険を示す「ERROR」も「EMERGENCY」も、すべてが消えていく。
危険なことなど、眞人には分かっている。だがそれでも、行くしかないのだ。
《サイバーアレクサンドリア大図書館》で盗み出したデータを閲覧したときに、まさにこの神殿を眞人は見たのである。その奥で囚われている師匠の姿も。
故にこそ、眞人は何があっても止まることはできなかった。
多くの疑問点は残っている。だが、それらすべてを眞人はあえて無視した。
今はただ、師匠を助ける。それだけが眞人の中にある目的だった。
「――いくぞ」
右手を前に伸ばす。
眞人の目の前には、神殿の巨大な「門」が聳え立っている。
電子情報で構成されているはずなのに、眞人もそれを解析することが一切叶わない。
まったく未知の電子の言語で、それは構成されていた。
非常に堅牢であることが一目で見て取れる。電子記号で構成されているにもかかわらず、それは現実の物質と何ら遜色がないものであった。悠久の時を経たかのように、それは重々しくそこに存在していた。
門には、巨大な五芒星の印が刻まれていた。五芒星の中心には瞳のようなものが描かれている。
その印は、赤黒く発光していた。何かを封じ込めているかのように。
あまりに強力な封印がなされているように思われた。まず、普通ではこの「門」開けることは不可能のはずだ。
だが――
――《銀の鍵》はあらゆる「門」を開く異能。
――その力で、この重々しい扉さえも、開けることができる。
――否、開けることが「できてしまう」のだ。
「師匠……今、助ける!」
眞人は右手を前に伸ばす。
その瞬間、眞人の右手が発光を始めていく、銀色に輝く光が満ちていく。
いくつもの電子記号が現れていき、眞人の右手に何かが顕現していく。
それは“鍵”であった。銀色に輝く5インチほどの鍵。アラベスク文様的な装飾がそれにはなされている。
《銀の鍵》である。眞人が獲得した異能にして、それは「門」を開けるための鍵である。
全ての「門」を開くそれが、禍々しき気配を宿した、五芒星の印を有した「門」に向けられる。
「――開錠!」
その「門」に向けて、眞人は鍵を回す所作を行い――
■橿原眞人 > 『あはははははは!』
哄笑が響いていた。
嘲笑が響いていた。
ネットワークの深い闇の中。
《ルルイエ領域》の遥か奥にて、声が響いていた。
白い髪に褐色の肌の少女が嗤っていた。
『とうとうやった! 僕の導くままに! 彼が!』
くすくす、げらげら。
少女の姿は、《電子魔術師》とまったく同一のものにして、まったく異なっていた。
少女の浮かべる嘲笑は、《電子魔術師》が決して浮かべるはずのないもの。
混沌の笑み。この世の全てをあざ笑うかのような
『門が開く! 門が開くぞ! あはははは! おめでとう、《電子魔術師》――いや、もう一人の僕。君のしたことの全てが、無駄になっていくよ!
今こそ、僕たちが望んだその時だ! 喝采の時だ! さあ、行こう。目覚めの時だ。夢見るままに待ち続ける日は終わる!
錠は今こそ解かれ――大いなる電子のものが顕現するんだ!
あはははははは!!』
■橿原眞人 > ――「門」が、開く。
眞人の叫びとともに《銀の鍵》がくるりと回される。
「門」を開く異能。それは、現実の「門」であれ、ネットワーク上のセキュリティの「門」でも変わらない。
その力は「門」を開けてしまう「鍵」であった。故に、この巨大で堅牢なる「門」さえも。
いや、この《銀の鍵》であるからこそ、この「門」は開くことができる。
電脳領域の異界なる《ルルイエ領域》の「門」が、音を立てて開き始める。
それを封じていた五芒星の印も強烈な輝きとともに消滅していく。
禍々しい気配が満ちていく。「門」は開いていき、「門」は解読不能の電子記号の塊となって消滅していく。
何かが封じられている気配があった。それでも眞人は止まることはできなかった。
全てを失った眞人にとって、初めて光を与えてくれたのは師匠である《電子魔術師》であった。
その師匠がこの先に囚われている。
眞人はすべての疑念などを振り切って、この「門」を開いた。
導かれるままに――
「……師匠!!」
眞人は「門」の消滅とともに、《ルルイエ領域》の神殿の内部へと一気に突入した。
生き残っているプログラムの多くを精一杯起動させ、防御を固めていく
ここが危険な場所であるということは眞人とて十分に理解していた。何があったのかはっきりはわからないものの、《電子魔術師》と呼ばれた超A級ハッカーが囚われたままになっている場所なのである。
どのような危険が待ち受けているかわからない。師匠が囚われてしまうような事態に、自身が立ち向かえるかどうかもわからない。
それでも、眞人は進んだ。今この世に唯一の家族と信じる師匠を救い出すために。
眞人は「門」の先で見た。
ネットワークの海に消えた「師匠」の姿を。
眞人の師匠は、《電子魔術師》テクノは、傷ついていた。
巨大な何かを抑え込むように。磔になったかのように。あるいは、自ら戒めているかのように。
巨大な何かの門を抑え込むようにして、彼女はそこに存在し続けていた
狂った電子記号がいくつも表示される深い深い闇の中で、テクノはまだ存在し続けていた。
『……ま、ひと……?』
「よかった、師匠、生きて……!」
目を閉じ、苦痛に耐えている様子のテクノがゆっくりと瞼を開く。
眞人は震える声で言った。ようやく求めていた存在に出会えたのだから。
しかし、その感激を眞人が味わうことはなかった。
■橿原眞人 > 『馬鹿、ものがっ……!! 来るな、と、来るなといったはずだッ!!』
眞人の予想に反しての怒号であった。
単に危険を冒したということについての注意、などではなかった。
それは必死の叫びだった。
それは必死の警告であった。
『逃げろ、眞人ッ……逃げろおッ!!』
テクノの声が電脳空間にむなしく響き渡る。
すでに「鍵」によって錠は解かれ、封じられた「門」は開かれてしまった。
『――駄目だよ』
テクノと同じ“声”でありながら、全く性質の異なる“声”が、空間に突如響き渡り、二人の耳に滑り込んでいく。
『彼が、《銀の鍵》が、君/僕が閉じた「門」を開いてくれたんだ。君を救うことになると信じて』
『おめでとう。これですべては台無しだ。さあ、今こそあの時の続きだ。《ロストサインの門》の時の続きだ! 《大いなる電子のもの》が解き放たれるのさ!』
『ハハハハハ! アハハハハハハ!』
That is not dead which can eternal lie,
And with strange aeons even death may die.
詩のような文章が突如電脳空間に現れたかと思うと、テクノの頭上近くに電子記号で構成された文様が姿を現した。
それは中央に燃え上がる瞳をいただいた五芒星であった。
眞人が、《電子魔術師事件》について電脳図書館で調べた際に現れたものと同じであった。
それが、崩壊していく。
何かを戒めていた印が、解かれていく。
『……ダメだ……開いてしまう……! マヒト!! 強制離脱(ジャックアウト)を! 接続を解除しろ! 速く――!』
だが、それは叶わなかった。
テクノは戒めから解かれ、その体は電脳の海へと放り投げられた。
扉が開く。門が開く。
《ロストサインの門》の事件の時に、同時に電脳空間でも「門」が出現した。
それをテクノは封じ込めた。己が存在をかけて、「門」を封じ込めたのだ。
幾星霜を経て、再び上古の星辰が巡り来るときまで、それは開かないはずだった。
唯一、それを開くことのできる「鍵」を除いては。
そして、その「鍵」は見事に「門」を開いた。
自らの望むものに、再び会おうと願って――
その「門」は開かれた。
眞人は強制離脱することはできなかった。
「門」の果てから現れる何かを見て。
「門」の向こう側からやってくる何かの声を聴いて。
橿原眞人の精神は崩壊した。
■橿原眞人 > 「坊ちゃま、ランディ坊ちゃま――」
呼ぶ声が聞こえる。男の声だ。
誰かを呼んでいる……ランディ、ランドルフ……
違う。
違う、これは俺じゃない。
俺じゃない、誰かの記憶――?
プロヴィデンスの懐かしい景色。
壮麗なる夕映えの都。
麗しき夢の彼方の国々――
違う。
違う、これは俺の記憶じゃない。
誰だ、これは、誰なんだ。
エリザベス朝の魔術師。
セイレムの魔女狩り。
凍てつくカダス。
銀の鍵――
そうだ。
次々と視界に現れていく者たちの手にはすべて、銀の鍵が握られていた。
そして、俺の手にも、銀の鍵が握られている。
意識が転じた。
天津甕星。
倭文神。
銀鍵。
シトリ。
カガセオ。
意識が転じた。
「門」の向こう側から来るもの。
どうやら俺が解放したらしいもの。
経験したことのないほどの恐怖を垣間見て。
いや、違う。似たようなものは感じたことがある。
家族全てを奪ったあの事件のときにも、同じ感覚を得た。
存在の根幹が破壊されるような、理解のできないもの。
電子によって生み出されたもの。
誰がどうして、こんなものを生み出そうとしたのか、何もわからない。
そんなものが、俺の脳髄に一気に入り込んできた。
一瞬で精神が破壊されたような、そんな衝撃を受けて、俺の思考の全ては停止した。
壊れていく意識の中で、師匠が俺を呼ぶ声が聞こえた。
■橿原眞人 > 再び、俺の意識は蘇った。
何かが起こり、終わりかけているようだった。
いまだ薄れたままの視界の中で、見えたのは師匠の姿だった。
師匠は消えかかっていた。いくつもの電子情報のかけらとなって、消えかけていた。
『……私にできるのは、ここ、までだ……すまない、マヒト……なんとか、お前の精神はつなぎ、とめた……』
師匠は絞り出すように言った。俺は声を出そうとしても、何も入力することができない。
『きっと、お前を巻き込むべきじゃなかった。私といれば、奴らに見つかること、ぐらい、わかっていた、のに……』
『私は、お前の家族を守れなかった……お前の「鍵」としての運命を、止めることが、できなかった……』
『……もう、時間がない。お前に、私の全てを伝える。このような役目を、負わせてしまうことだけは、避けたかったが……お前にしか、できない。「鍵」であるお前にしか』
『伝えたいことも、いろいろ、あったが……もう、ここまでだ。奴らの現実世界への顕現は阻止、した……「鍵」がない限り、奴らは現実世界には来られない……!』
『……できる限りのことは、伝える。だから……奴らを……』
『大いなる電子のものを……グレート・サイバー・ワンを、止めてくれ……!』
『私たちの宿命に、運命に、お前を巻き込んでしまったこと……すまない。奴らはお前を狙うだろう。星辰が一時的に正しくなる時に……だけど、だけど』
『きっと、お前ならやってくれると信じている。《電子魔術師》となって、電脳世界をはるかに駆ける真人となって……!』
『我が半身、の、願望を、奴/私の計画を、砕いて、くれ――!』
師匠の体が電子の記号となって消え始めていく。
ネットワークの海の中に消えていく。
それと同時に、俺が開いてしまった「門」が再び閉まろうとしているのが見えた。
門の向こう側からはあの狂気的な何かが見え隠れしている。
だが、先ほどのような恐怖はない。
『……奴らから身を守るすべは、教えたつもりだ。あとは、私の“コード”をお前に与えれば、大丈夫だ。お前なら、やれるはずだ……銀の鍵はお前に味方をしてくれる』
『……ありがとう。マヒト。助けに、きて、くれて。人間の真似事に過ぎなかったとしても、私は、たのしかっ、た……だからこそ、お前の、そばに――』
『――時間だ。マヒト、お別れだ。だが、安心しろ。私は、いつでもお前のそばに、いる……』
『コード・ルーシュチャ――』
■橿原眞人 > 師匠のその声とともに、師匠は俺の唇に口づけた。
師匠の体が電子記号になり果てて、ばらばらと崩れ、「門」の中に封じられていく。
そして、俺の周囲をいくつもの文字や数列、様々な記号が取り囲み、俺の中に入っていく。
師匠を通して、何かが俺に伝えられていく。
「――コード・ルーシュチャ」
師匠に合わせるように、俺は言った。
肌の色は褐色に変わり、髪は白く染まっていく。
今ならわかる。目の前のものが、師匠の言おうとしていたことが、わかる。
今ならわかる。俺はここにきてはいけなかった。師匠が行ったすべてを、無駄にしてしまった。
俺が、解き放ってしまったのだ。「鍵」となった俺が。
「――常世の門――アーカーシャの門――《門にして鍵》――接続完了」
俺は涙を流しながら手を前に伸ばす。
師匠は、すでに消えはてた。俺の体に、何かを残して。
右手を、前へ。
『……そうか、その手があったか。コードを「鍵」に託すとは! 疑似的な化身とするわけか! 面白い!』
ああ、声が聞こえる。俺をここまで導いたものの声が。
俺に「門」を開けさせるために、俺を導いた混沌の笑みのものが。
だが、今はそんな言葉を聞いている余裕はなかった。
今は俺のしでかしたことを、抑え込まなければならない。
そして、師匠が教えてくれた通りにしなければならない。
聞こえてくる声を振り払い俺は手を伸ばす。
右手から強い閃光が放たれ、俺の手には《銀の鍵》があった。
そして、師匠に向かって言う。電子記号となり果てた師匠を、俺は今、思うがままに操ることができる。
師匠の存在の全てをかけて、「門」を再び閉じる。
「――我が師匠(マスター)、ニャルラトホテプ。俺は、貴方にこう言おう」
師匠をそばに感じる。きっと、俺の右手に手を添えている。
狂気的な何かが門を開こうと、門の向こう側から迫りくる。
「その存在の全てを以て、「門」を閉じよ――!」
永久の別れを感じた。
師匠が最後にこちらに微笑んで、消えていく姿を幻視した。
《銀の鍵》から無数の光が満ち満ちて、門へとほとばしっていく。
強制的なこの電脳領域へのハッキングを行っていく。
「門」が閉じられ、《ルルイエ領域》が振動を始める。
そして、強烈な光があらゆる電子記号を吹き飛ばして――
『……この場は閉じられてしまうようだね。だけど、マヒト君、君は一度扉を解き放ってしまったんだ! 次の星辰の一部が揃うとき、僕たちの一つが蘇ってキミを襲うよ! きっとキミを、いや、「鍵」を手に入れてみせるよ。だから、楽しみにしてて!』
師匠と同じ声のはずなのに、あまりに不快ななそれが、哄笑が、響き続けていた――
■橿原眞人 > 「……ハッ!?」
眞人は目覚めた。その身は、常世島内のセーフハウスの一つにあった。
電極を額から引きはがすと、時計を見る。
没入してから、かなりの日数が過ぎていた。
数か月の間、眞人は電脳領域にいたことになる。だが、時間の感覚はほんの一時間ほどにすぎなかったはずである。
眞人は直感的に理解した。《ルルイエ領域》に連れていかれたとき、この肉体も電脳世界に没入されたのだと。
原理などは理解できないが、そう考えるほかない――と。
そんなことを考えていると、電脳領域で起こったことが脳裏に浮かび上がってきた。
そして、眞人はすべてを思い出し、頭を抱えて、泣いた。
もう二度と戻らぬ者のことを。自らの過ちのことを。
だが、これがまだ始まりに過ぎないということも、眞人は理解していたのだった――
ご案内:「常世島電脳領域深部 《ルルイエ領域》」から橿原眞人さんが去りました。