2015/10/03 のログ
《銀の鍵》 > 「――ッ!」

一閃。
相手の展開した防衛プログラムを剣は切り裂いていった。
幾層にもわたる盾の連続を。

「……すげえ」

実のところ、この術式を使ったのは初めてだった。
だがこれは、あまりに危険だ。
普通の《氷》などを相手にするための力ではない――
これは、おそらく、《グレート・サイバー・ワン》に使うための力。
俺はそう直感した。

「クッ……!!」

それと同時に、強烈な眩暈がした。
電子魔術は電脳世界であれ、魔力めいたものを消費する。
その消費があまりに大きかったために、俺の脳髄が揺さぶられていく。
恐らく、今の“状態”で使う魔術ではないんだ。
何か、もっと特殊な――

だから、それ以上の追撃は無理だった。

「……これは、ヤバいな」

視界にノイズが混じる。高次の魔術の危険な理由がよくわかった。
相手も相当にダメージを負ったらしい。
とはいえ、元々相手をフラットラインさせるつもりなんてない。
これ以上何かするつもりもない。
俺は別に、このハッカーに恨みがあるわけでもないし、人殺しなんかしたいはずもない。

「……いや、あんたも相当にすごかったぜ。
 今回は俺が隠し玉を出しただけだ。……大丈夫か?」

俺は《食屍鬼》に近づいて言う。
攻撃するつもりがないことを示すため、剣も、攻撃用のプログラムも、停止させる。

「……《電子魔術師》はもういない。電子の海に、消えてしまったんだ」

食屍鬼 > 「同情は要らねぇ。俺に足りてねぇところがあって、それで負けたんだ。畜生、これが大丈夫に見えるかよ。」
仰向けに倒れたまま、苦痛に呻きながら修復プログラムを起動して応急処置を行う。

「そうかよ、一度会ってみたかったが……それすら出来ないままか…。」無感情な声。
認めて欲しかった、伝説の人物に会って、ほんの一言でもいい、凄いと言って欲しかった。
そうすれば、誇りの1つぐらいは持てたかもしれないのに。畜生。

「それで、どうするんだ《銀の鍵》。俺はお前に喧嘩を売って負けた。好きにしろよ。」
捨て鉢になったような、ふてくされたような態度。

《銀の鍵》 > 「……俺も師匠から認めてもらったりはしたことがない。あんたと同じだ。
 同情なんてしてはいない。あんたは強いぜ。嘘じゃない」

俺は仰向けに倒れるグールを見て言った。
体が修復されていくのが見える。

「……どうする? どうするってもな」

どうすると言われても、俺はどうしようもない。
何せ、どうするつもりもなかったわけだ。

「俺は別にあんたに恨みがあるわけじゃない。あんたを消すつもりもない。
 ……だけど、そうだな。なら、話を聞いてくれ」

俺は逡巡したものの、目の前のハッカーにあることを伝えることにした。
俺が原因で導いてしまったもの――もちろん、信じてもらえるかはわからないが。

「……この常世島の電脳世界の深淵に、《ルルイエ領域》という場所がある。
 そこに……電脳世界の“神”がいるといったら、あんたは信じるか。
 俺は……それと戦わなきゃならない。
 師匠……《電子魔術師》に、託されたことだ」

食屍鬼 > こっちからふっかけた喧嘩だ、逆らえないように個人情報を握られるぐらいはされるかと思ったが。代わりに話しだしたのに、少し驚く。

「ったく、普通はもう襲ってこねぇように傷めつけとくもんだぞ。」呆れたような声で、甘い対処にボヤく。

「それに、神だ?電脳世界に?お前さんサイバーサイコ(体にサイバーウェアを埋め込みすぎて気が狂った奴)には見えねぇ…
と言いたいところだが……《ルルイエ領域》は知ってる、《電子魔術師》が最後にアタックかけたところだ。
何かヤベェものが眠ってるって噂だが……それが神だってのか?」
コツ、コツ、と左手の指が床を叩く。神、今の世の中珍しいものじゃない、門を通って異界から来た連中には神を自称するのも居る。
電脳世界にそういった存在が流れ着く可能性だって、無いとはいえない。

「いいだろう、信じるさ。だが…それを俺に聞かせてどうしろってんだ?」

《銀の鍵》 > 「……そういうのは性分じゃないんでね。俺が求めてるのは真実だけだ」

また気に食わないと言われそうだなと思いつつ、俺は言う。
何かしら次のために手を打っておくのが普通だ――例えば、相手の情報を貰う、とか。
俺は自分から話を始めていた。前の俺なら、グールが言う様な対処はしていただろう。
けれど、そうしなかった。
俺は話をしたかった。それは、グールの力を認めたためだ。

「ああ、師匠は、《電子魔術師》はそこにいた“神”を封じていた。
 だからずっと、音沙汰なしだったというわけだ。それを、俺が助けた。
 俺の異能でな」

俺は他人にこう言ったことを明かすことはなかった。当たり前だ。
ハッカーなのに個人情報をさらしていくなんて、ただの阿呆だ。

「……そのせいで、師匠が封じていた“神”の封印を、解いてしまったわけだ。
 さっき見ただろ、ああいう風に扉を開ける感じでな」

相手が誰かもはっきりとはわからない。俺の本当の敵かもしれない。
そんなことはわかっていても、俺は話さずにはいられなかった。
もし、俺のせいで誰かに危害を加えてしまったら――そんなのには耐えられないからだ。

「再び“神”を封じるために師匠は全身全霊を賭けて――死んだ。
 奴らは再び封じられはしたが、それは一時的なものだ。
 奴らは俺を狙ってくる……完全に復活を遂げるためにな」

そして、本題に入る。

「……そいつらは、《グレート・サイバー・ワン》という電子の神だ。
 なんでそんなものが存在しているのか、俺にはわからない。
 《電子魔術師事件》というのがあった。2年前に、ロストサインの事件と同じ時期に起こったものだ。
 それがさっき言った、師匠が神を封じた事件だ。それに関係しているのは確かだ。だが、詳しいことはわからない。
 だから、俺はそれを調べにここに来たんだ。秘匿されてはいるが、データが残ってるのはわかってるからな。
 ……だから。気を付けてくれ。奴らは俺以外は狙わないはずだが……ネットの深海に、やつらはいる。
 俺はそいつらを倒さないといけない。俺が、蘇らせたようなものだからな」

警告のようなものだった。
奴らはネットの上の部分には出てこないはずだ。ネットの深海にて横たわっている。
グールのようなハッカーなら、深層に潜るのは難しくないはずだ。それ故の忠告。

「……協力してほしい、なんて思ったがあんたが嫌がりそうだからな。
 もし、奴らについての情報とかがわかったら、教えてほしい。
 金庫破り、得意なんだろ?」

食屍鬼 > 「甘ちゃんめ……」怒るってのは案外疲れるものだ、今はその元気はなかった。

「つまり、《電子魔術師》が命を賭けても、一時的な封印しか出来ねぇようなのを、お前は一人でなんとかしようって思ってるんだな。
馬鹿か、んなこと出来るわけねぇだろ。俺一人に全力って調子だったじゃねぇかこのP☓☓☓☓知らず。
考えてることはわかってる、誰も巻き込んじゃいけないとか、そんなとこだろう?ええ?」
左手を床につきながら、上体を起こす。

「おめぇよぉ、一人で行って負けたらどうすんだよ、お前が文字通り《鍵》なんだろ。
それが単独でウロウロするどころか、懐に飛び込んでいく気か?」
今日単独で現れたこと、ここへの侵入の際に残った情報から、普段から単独で動いているのはある程度わかっている。
よく今まで無事でいられたものだ。

「てめぇがまずすべきことは」左手で相手を指差す。これから大事なこと言うぞ。
「変な博愛精神と責任感持ってローン・ウルフ気取ることじゃねぇ、仲間なり手駒なりを集めることだ。
クソッ、俺にしちゃお節介だな。お節介ついでだ、持ってけこの野郎、俺の連絡先だ。」データをカード状に成形して、投げ渡す。
リチャード・ピックマンの名前と、連絡先を記してある。

「察しの通り俺は群れるのはクソ嫌いだ。仲間になんかならねぇが、協力者にならなってやってもいい。
俺は喧嘩をふっかけてお前に負けた、だが何もなしじゃ俺の気が収まらねぇ、仲間じゃねぇからな、あくまで協力者だ。」
早口にまくし立てる。見ようによっては照れ隠しにも見えるかもしれない。

《銀の鍵》 > 「……そうだ、俺の責任だからな。
 俺が《鍵》なら、俺がまたどうにかするしか……何知らずだって?」

倫理コードに触れるのか、グールの話はたまに聞こえなくなることがある。
別に解除できないこともないが、たぶん碌でもないことなんだろう。
俺はグールの言葉に頷く。

「……それは、確かにそうだ。だけど、あいつらはヤバい。
 人を巻き込んでしまえば、その人間だって狙われるかもしれないからな。
 俺が《鍵》なら、たとえ刺し違えても、何とか再び封じれ……え?」

確かに、グールの言うことは正しい。
俺が負けてしまっては意味がない。とはいえ、他人を巻き込むものでもない。
本当に危なくなれば、この学園だって黙ってはいないはずだ。
だから……と思っていたところに、唐突に指を指されて俺は狼狽える。

「……仲間に、手駒? あ、おい……いいのかよ」

俺はカード状に形成されたデータを受け取る。
そこには「リチャード・ピックマン」という名前と連絡先が書かれていた。
果たして本当の名――名前からすれば男らしいが――かどうはかわからない。
それでも、現実に存在している者には間違いがないようだ。

「……ありがとう。《食屍鬼》、いや――ピックマン」

俺はそう彼? の名を呼んだ。
仲間にはならないが協力者にはなってくれるという。
まるで照れているようだ。

「ああ、わかってるよ、仲間じゃなくて協力者、だな。
 ……確かに、あんたの言うとおりだ。俺一人で、どうにかするには相手はあまりに未知数だ。
 ……今は素直に、あんたの言うことに従っておくとするよ。
 これ、俺の連絡先だから」

俺はそう言って同じようにカード状に形成したデータを投げる。
橿原眞人、という名前。そして俺の連絡先が書いてある。

食屍鬼 > 「畜生、今日の俺はどうしてこんなに優しいんだ。」ガシガシとまばらな髪をかきむしる。
調子が狂っているのは自覚している、神が復活しようがどうでもいい、ましてや顔も名前も知らない相手がどうなろうと知ったことではない、それが俺のスタイルだったはずなのに。

「言っとくが本名なんかじゃねぇからな、だが俺の名前だ。ハッカーがこんなことするのは気が狂った時か、オフで即ハメ狙ってる時ぐらいだ。」
今回はどちらでもない、いや前者かもしれない。以前に一回バラした相手はいるが、あれは特例だ。

「カシハラ・マヒト?なんでか知らんがこの島の人間ってのは妙な名前の奴が多すぎるぜ。スズキとかサトウとか居ねぇのかよ。」
ぶつぶつとボヤきながらデータを受け取る。読み仮名ふってなけりゃ絶対に読めない漢字だ。

大分回復してきたようだ、なんとか立ち上がって、フォールト・スプライトの方へ手をかざして、電子の流れへと還してやる。
「俺ぁ帰る。フィードバック食らって鼻血ぐらい出てそうだし、そろそろここも《氷》に感付かれるかもしれねぇ。
じゃあな、マヒト。俺の方でも出来る限りは調べといてやるよ。」電子迷彩を纏って、データの流れへと身を潜める。

《銀の鍵》 > 「オフで即ハメって……」

どうにもよくわからない下品な奴だ。
まあハッカーなんてのは大体変わり者だ。俺もたぶんそうだろう。

「俺に言われてもな……それに俺よりももっと変な名前はたくさんいるぜ。
 俺の方がましなくらいだ」

グールが、ピックマンが立ち上がる。それと同時にスプライトも消されていく。

「そうだな……派手にドンパチしたんだ。そろそろ限界だろうな。
 助かるぜ、ピックマン。あんたの腕前なら信用できる。
 ……じゃあな。変な頼みを聞いてくれてありがとう」

俺はそう言って笑う。――とはいえ、《銀の鍵》の顔は隠れているからわからないんだが。
電子迷彩を纏ってピックマンが消えていくのを確認すると、俺も電子迷彩プログラムを起動する。
それと同時にこの領域へのハッキングをやめ――一気に《氷》が近づいてきた。
じた

俺はそれを尻目に、転(フリップ)じた。

俺の体はサイバーアレクサンドリア大図書館の外にあった。
そのまま俺はネットの海の中へと消え、離脱(ジャック・アウト)した――

ご案内:「《サイバーアレクサンドリア大図書館》」から食屍鬼さんが去りました。
ご案内:「《サイバーアレクサンドリア大図書館》」から《銀の鍵》さんが去りました。