2016/01/03 のログ
ご案内:「伊吹山」に橿原眞人さんが現れました。
橿原眞人 > 暴風に伴う激しい雪が伊吹山を覆っていた。
転移荒野にある青垣山に連なる山脈の山の一つ、「伊吹山」は氷雪に閉ざされていた。
ヤマトタケルの伝承の中に登場する伊吹山がその由来だ。本土の伊吹山と同じように降雪量は非常に多い。
当然登山許可なども降りているわけではない。というより、元々登るものとてほとんどいない山だ。
登れば遭難は必至。無謀にも程がある山である。「門」の開きやすい転移荒野にあり、天候は常に荒れている。
何が起こっても不思議ではない場所だ。そんな中を一人の青年が進んでいた。
分厚いコートにその他防寒着をまとい、恐るべき雪の中を一歩一歩進み、斜面を登る。
視界は雪で覆われほとんど先が見えない。

「八甲田か……」

旧世紀の古い映画に、雪山での先週中に軍の部隊が遭難するというものがあったが、彼はそれを思い浮かべていた。

橿原眞人 > 「仕方ない……いくら電脳世界を辿ったところで、ネットワークに接続されていないものは探しようがない。
 現実にそこに近づくしかないわけだ、が……。
 ここまで天候が激しく変わるなんて、聞いてないぞ……」

件の映画では、遭難前に歌を歌っていたりしたが、今そのような気分にはなれなかった。
《電子魔術》により、この雪の進軍を行っている橿原眞人は、熱を操る魔術などを使い、雪を遮り体を温めて進んでいた。
つまり、普通の状況よりは遥かにいい。さらにこれは遭難ではなかった。
ある一つの目的を胸に、彼は進んでいる。
自らが封印を解いてしまった電子の神、《グレート・サイバー・ワン》についての情報を得るための調査。
そのためにこの雪の中を彼は果敢に進んでいた。
この「伊吹山」には、彼が追っている組織の研究所の一つがあったことを、眞人は掴んでいた。
《常世GCO研究所》――危険にして非合法な実験を行っていたために、常世財団の傘下から外れたとされる研究機関だ。
普通でわかるのはの程度のことである。しかし、眞人は、師匠である《電子魔術師》が遺したデータや、独自の調査により、
この研究組織が《グレート・サイバー・ワン》に関わっていることを知っていた。
その研究所を求めて眞人は進む。記録では、それは破棄されたものの、壊されたとは書かれていなかった。

「……星辰の時は近い。急がない、と……」

ともかく、そういうことで彼は雪山を進んでいた。
手にある改造された通信機器は、目的の場所が近いことを告げている。

橿原眞人 > 視線の先に、ようやく建物らしきものが見えてきた。
とはいえ、このような場所にあってさらに放棄されたという研究所だ。
無事なのかどうかはわからないというほかない。一種の賭けでもあった。
公的な記録から、常世GCO研究所のことは抹消されている。眞人はネットワーク上のいろいろな場所に潜ったが、
得られる情報は僅かだった消されてしまったものを追うというのはあまりに困難だ。
しかし、かろうじて、断片的な記録をネットの海から拾い出すことに成功した。
それは、件の研究機関の研究所についての情報だった。ただそれだけを頼りに、眞人はここまで来た。
ここまで来たとしても、求めている情報はないかもしれない。
ネットワーク上のデータもすべて抹消されている。現実にもあったと思われるアナログなデータが抹消されていないともいえない。
そんなことは百も承知であった。ほんの少しでも、彼の研究所と電子の神々についての情報を得たかった。
電子の神の名前などは漠然とわかっている。師匠の遺したデータのおかげだ。
しかし、彼らの目的などは不明な点が多い。何のために、電子の神々に関わったのか――

「もう少し、だ……!!」

足跡も一瞬にして消え去っていくような風と雪だ。
元々雪が多い場所だとは調べていた。しかしこれは異常である。
おそらくはこの伊吹山のみがこのような雪に見舞われている。
しかも、眞人が入って少し経つまでは雪はあれども、ここまでではなかった。
異常事態なのはわかっていた。そして、その原因がおそらく自分によるものであるとも。
急がなければいけない。「それ」は近づいてきていた。

橿原眞人 > 「ぐぅ、ぁ、あっ……!?」

その時、眞人の脳髄を強烈な痛みが襲い、目眩と吐き気がこみ上げてくる。
それを必死で抑え、雪の上にうずくまるのを耐えて、頭を抑えて前を見る。

「そうか、これが奴らの声か……師匠が電脳化するなと言っていた理由がわかった。
 電脳への直接のハッキング……」

雪が強まる。それと同時に、奇妙な光景が繰り広げられていく。
緑や橙色のワイヤーフレームが眞人の視界に現れていく。
マトリクスをまるで見ているようだ。
現実と仮想が次々と入り交じる。
それは強制“没入”だ。眞人を強制的にネットワーク世界に引きずりこもうとするものだ。
だが同時に、それは現実に“離脱”しようともしていた。
転移荒野という特殊な場所故に、これらの二つの世界が混淆する。

「――見つかったか。もう少しだったってのに。せめて、建物の中か、電脳世界でやりあうつもりだったんだが」

現実世界に電脳世界が出現する。
それは現実の侵食であり、世界の改変である。
とはいえ、それはまだこの伊吹山の一領域に過ぎない。
それが全世界に広まることを阻止するのが、眞人の目的だ。

「……ヤマトタケルは伊吹山で確か白い猪にであったんだったか。
 俺の場合は、それが白い巨人であるわけか……風に乗りて歩むもの」

現実と非現実、現実と仮想が入り混じった奇怪な空間に、それは現れた。
雪を撒き散らし、風にのってやってくる。
巨人のようなもの。

橿原眞人 > 「……お前がそうか、ウェンディゴ。いや――」

ワイヤーフレームで構成された神。
電子記号で再現された神。
ネットワークの深海に閉ざされていた夢見る神。
眞人が目覚めさせてしまった神。
《グレート・サイバー・ワン》、その一柱。

「――イタクァ」

雪の中に燃え上がる瞳。
人間では理解できない言語で吠える声。
雪を纏い、死を運ぶもの。
そして、《鍵》を求めて、この現実に顕現したもの。

「やはり、狙いは俺か……!」

ついに眞人はそれと対峙した。
自らが蘇らせてしまった、《グレート・サイバー・ワン》――
そして、彼らの真の復活、現実への顕現の鍵となる自分自身を彼らが求めているという確信。
それを今、得た。
この暴風と雪は目の前のものがもたらしたものだ。
ついに彼らの一柱が現実に現れることに成功した。
もちろん、完全な顕現ではない。それでもなお、恐れていたことがやってきたことに違いはなかった。

橿原眞人 > 「……ここで、止めるしかない」

巨人が近づいていく。
巨人が踏みしだいた大地は電子の記号となり、同時に幾つもの電子の雪に覆われていく。
その叫びは、電脳に直接左右するもの。
電脳化しているものが聞けば、瞬時に脳内をハッキングされてしまう。
だが眞人は電脳化を行っていない。
かろうじて、この叫びからは身を守れていた。

「……行くぞ!」

今は現実と電脳世界が交差している。
本来ならできないことが、今ならできる。
眞人はプログラムを起動する。現実ではできるはずもないことを。
しかし、ここは今、現実と非現実の狭間。
眞人の体が電子の記号に分解され、再構成されていく。
その身には黒いサイバーウェアが纏われていた。
師匠から受け継いだ異能。《電脳の夢見人(ニューロマンサー)》である。
その身のままに、電脳世界へと没入することを可能とするもの。

雪山の中で、眞人はあまりに巨大な電子の神と対峙した。
名状しがたいその形状。冒涜的な姿。言葉で表現することを憚れるようなもの。
それが電子記号で再現されている。
その電子の神と対峙し、眞人は幾つものプログラムを起動し、己の身と脳髄を守り、ぶつかっていく――

橿原眞人 > ――しかしやはり、人が神に勝てることはないのだろうか。
《風に乗りて歩むもの》との戦いは一方的だった。
眞人は目の前の存在について核心的なことはほとんど知らないに等しい。
どうすればこの神を葬り去れるのか。
そんな検討を立てる前に出会ってしまった。

「ぐ、く、ぁっ……!!」

眞人の視界に幾つものエラーコードが映る。
防御用のプログラムは次々に侵食され、破壊される。
脳髄へのハッキングという決定的な攻撃だけはなんとか回避しているものの、
自身の攻撃は目の前の神には通用しなかった。
破壊しても再生する。元となった神と同様に。
それは近づいていく。眞人を、そして彼の中にある“鍵”を求めて。

それぞれの神が現実に顕現できる条件は、星辰である。
それぞれの神に対応した星の並びが現れた時、神は現実へと現れいでる。
この「サイバー」イタクァは、今日がそれだったのだ。
ここで眞人がイタクァに捕まり、鍵として彼らが封じられた《ルルイエ領域》に連れて行かれれば、こんどこそすべての「門」を開くことになる。
現実世界への「門」を開くことになる。

それは、避けなければならなかった。
しかし、目の前の力は圧倒的だった。
眞人は既に動けないほどのダメージを負っていた。
逃げることすらかなわない。
一歩一歩、世界を侵食するそれは近づいていく。

「……いや、まだだ。俺は、まだ……。
 諦めるわけには、いかない」

倒れ伏していた眞人は再び立ち上がる。
神と相対して。

「――師匠、俺に力を貸してくれ。
 あの理不尽な化物を葬り去るために……!!」

眞人は目を閉じる。
そして、右手を伸ばす。
手に握られているのは銀色の鍵。

「……そうか、わかったよ。
 師匠、そういうことか。奴らは夢見る神。
 なら、その夢を覚まさせてやればいい」

銀の鍵が反応している。目の前のそれに。
鍵を強く握りしめて、眞人は再び目を開く。

「……もう、俺が人でなくなっても、それでもいい。
 師匠と同じ存在になったとしても、それでもいい。
 俺が鍵だというのなら、その務めを果たそう」

師匠から託されたコード。
その危険性や、自らの存在が変えられる恐怖故に、それを使うことはほとんどなかった。
しかし今、それを実感する。その力は、今のこの時のために託されたもの。

『コード・ルーシュチャ』

橿原眞人 > 右手を伸ばす。
前へ、前へと。
コードの起動とともに、闇が満ちる。
眞人の体の前に、不揃いな多面体が出現する。
それが、闇に包まれていき、奇怪な光を放ち、彼を包んでいく。
いくつもの古代の文字、人類が未だ出会ったことのない文字が眞人の周りを周り、プログラムとして構成されていく。

『《電子魔術師》の名のもとに、最後の封印を解除する。
 我は汝らの魂魄にして使者であるが故に』

一人でに眞人は言葉を口走る。
右手に、誰かの手が重なる。
それは眞人にも見えない、しかし、感じるのだ。
そして、変容する。眞人の体は変容する。
肌は浅黒く、瞳は赤く、髪は白く。

「……そうか、師匠。そこにいたんだな」

目をつむり、眞人は笑った。

『久遠に臥したるものどもよ。二度と再びこの世に現れぬことを我に誓うが良い。
 汝らの夢は、我が幕を引く』

右手を伸ばす、近づいていくる死を運ぶものへと。
右手に持つ鍵が指す、電子の神の“電脳”を。
神の“電脳”への直接のハッキングを試みるのだ。

『夢の扉を今開く――真の眠りに今誘おう』

カチリ、鍵が回される。
神の電脳への「門」が開かれ――

『我こそは、《電子魔術師》――汝らの魂魄であるがゆえに』


夢の扉が、閉じられた。
もはや、この神は夢を見続けることはできない。
自分を構成する夢を、見続けることができない。
神の電脳は破壊さえていき、電子の記号のかけらとなってきえていく。
神がもたらした非現実と架空もまた、消えていった。

「……――」

眞人の姿も元に戻っていく。防寒着に身をまとった姿だ。
そのままふらふらと進み、雪のやんだ山中を進み。
建物の中に入った後に、静かにそこに倒れ、しばしの眠りと休息についた。

ご案内:「伊吹山」から橿原眞人さんが去りました。