2016/06/04 のログ
ご案内:「「蓬山城」端末墓地」に橿原眞人さんが現れました。
橿原眞人 > 落第街には「蓬山城」と呼ばれる違法建築が存在する。
それは前世紀に香港に実在した「九龍城」のようなものだ、
いくつもの違法建築が積み木のように建てられていく、異形の迷路のような場所。
常世島の「蓬山城」もそのようなものであり、その中にはいくつかの店があった。
それの多くは違法なサイバーデッキなどを販売しているものだ。
ここは、薄汚れて退廃的ではあるものの、電子の城塞でもあった。

「――接続、できたか」

そんな「蓬山城」は地下にも広がっている。
既に廃棄され、誰も利用されていないような場所も多くあり、その全容を把握しているものはあまりいない。
今、眞人がいる場所もそうであった。モニターの明かりのみがぼんやりと浮かび上がる房室。
そこには、いくつもいくつも打ち捨てられたサイバーデッキやモニターなどのネットワーク関係のものが山をなしていた。
眞人は、そのなかの一つを用いて、ネットワークに接続していた。
足の踏み場もないそこに座り込む。眞人の顔を、電子光が照らす。

橿原眞人 > この退廃的な瓦礫の山はゴミにしか見えない。
打ち捨てられているものはどれもこれも年代ものだ。今更使うものもいるはずもない。
しかし、これら全ては今なおネットワークに接続されている。
どこのだれとも知らないアカウント、偽造のアカウント、それらが搭載された端末たち。
それを利用すれば足はつかない。少なくとも、今この場で端末を利用しているという現場さえ抑えられなければ。

ここは、そういう端末が集積した場所である。
違法な接続に利用されるのが主だが――腕の良いクラッカーなら、このような場所を利用することもない。
足を消す方法など多くあるし、眞人もその手段を知っていた。
そうであるにも関わらず、自らネットワークに没入しないのも、自らの端末を利用しないのも、理由があった。
それはただ、恐れていたためだ。

橿原眞人 > ――ハッキングされること。
眞人は今、それを恐れていた。
自らがネットワーク上に解放してしまった《電子の神々》によって、自らの電脳が侵されてしまうことを。
幾つものプロテクトをかけても安心はできない。
だが、今のところは直接精神をネットワークに没入させなければ、精神への干渉は防げる。
さらに、自分の存在を完全に秘匿するために、このような場所さえ用いていた。

――情けないが、仕方ない。

そう一人ごちると、作業を続けていく。
年代ものの液晶はところどころ破損しており、さらに眞人は端末に接続された物理キーボードを使っていた。
こんなものをまともに使うのは久しぶりである。

眞人が調べていたのは、日本での《大変容》の影響について、である。
常世財団が公開している文書にアクセスし、その中身を解析する。
そうして現れたのは、幾つもの漢文や日本語で書かれた文書類であった。

橿原眞人 > 「……大した情報はないか。《大変容》の際に、具現化した、なんて話でもあればな」

漢文がいくつも移り変わり、さらには何かの調査報告らしき文面も映しだされていく。
それを読み取りながら、眞人はため息をついた。
調べていたのは、とある神社についてである。

それは、茨城県の日立市に鎮座する「大甕神社」であった。
先ほど見ていた文書の一つは、『大甕倭文神宮縁起』という書である。
この神社の縁起――江戸時代に造作されたものという説もあるが――を記したものだ。
その縁起書や、『日本書紀』などの文面がいくつも表示された上で、《大変容》の際のいくつもの日本の神社への影響の報告書も表示された。

旧世紀の時代、神や魔術という存在は架空のものだった。
しかし、《大変容》によってその常識は打ち崩され、神や魔術というものが帰還を果たし、それらは現実のものとなった。
実際に神社の神なども具現化したという報告――勿論、それが本当に祭られていた神そのものなのか、と判断する方法はない――もあり、
今調べている「大甕神社」にも何かが起こったのではないか、と秘匿された情報を得ようとしていた。

しかし、大した情報は得られなかった。その神社の祭神や、その祭神が封じたとされる「邪神」についても情報は大して存在しなかった。
何故眞人がこのようなことを調べているかといえば、彼のハッカーの師匠である《電子魔術師》が彼に遺した魔道書のためである。
その名は『倭文祭文註抄集成』――「倭文氏」の祭祀伝承や、祭祀の次第、祝詞などを収めたものだ。
それが、眞人に託された。この書には、眞人が倒そうとしている者に有効な手立てがあるはずだった。

橿原眞人 > 眞人は日本の神話に大して詳しいわけではない。
だが、『倭文祭文註抄集成』に書かれている神話が独特なものであることはわかった。
それは、『日本書紀』に登場する二柱の神についての独自の伝承である。
『古事記』にも『日本書紀』にも見えないものだ。

その二柱の神とは、「倭文神武葉槌命(倭文神建葉槌命)」と、「星神香香背男(天津甕星)」である。
「星神香香背男」は『日本書紀』に僅か数行存在する星の神であり、「悪神」と明記されている。
『日本書紀』巻第二 神代下 第九段、いわゆる天孫降臨章に「一に云わく」と「本書」注として、
武甕槌命と経津主命が邪神などを誅した後に最後まで服従しなかった神として、「星神香香背男」があり、「倭文神建葉槌命」を遣わすと服従したとして現れている。
また、同じく第九段の「一書」には、「天に悪しき神あり。名を天津甕星と曰ふ。亦の名は天香香背男」として登場している。

邪神として星神香香背男は現れ、それを服従させたものとして「建葉槌命」が現れる。
さらには『大甕倭文神社縁起』には、大甕神社の祭神である武葉槌命が、甕星香香背男を討ったとある。
その荒魂は宿魂石に封じられたのだという。

だが、『倭文祭文註抄集成』は異伝を伝える。
邪神である天津甕星が、神代の時代に日本の天津神国津神と戦ったとされるものだ。
倭文氏は武甕槌命の末裔として、現在も尚それと戦っている――などというものだ。

橿原眞人 > その邪神と戦うための術などを記したものが、『倭文祭文註抄集成』であるという。
さらに、天津甕星と共に神代の時代に天空より現れた神々などについても記されている。
確かに、それらは『古事記』や『日本書紀』には見えないものだ。『倭文祭文註抄集成』が、旧世紀に珍奇な本としてオカルト面でしか興味を引かれなかったのは無理も無いことである。

これは魔導書の一つであり、電子化されたその力を眞人は使うことができる。
それは師匠から託されたもので、何かしら意味はあるはずのものであるが――結局、調べても、それがどう役に立つのかは不明であった。
今自身を巡る電子の神々と、電子魔術師と関係があるようには思えなかった。

「……これに、何の関係があるっていうんだよ、師匠」

そう呟いた時である。

『――その星神香香背男、天津甕星がボクだからだよ』

眞人の背筋に冷たいものが走った。
今まで起動していなかった他の端末全てに一気に電源が入り、そのスピーカーから声が漏れたのだ。
いくつのものモニターに映像が映しだされていく。
それは、眞人の師匠である《電子魔術師》と同じ顔をした少女であった。

「……お前か。なん、だって……」

眞人はこの存在を知っていた。

橿原眞人 > ここの端末が一気にハックされたのだ。
眞人が使っていた端末も同様である。
先程まで見ていたモニターには、不鮮明ながら、《電子魔術師》と同じ姿――褐色に白髪の少女――をした存在が映り込んでいた。

「……何の用だ。俺自身がネットに没入しなければ、“鍵”は手に入ることはないぞ」

『今のところはね』

他の端末で、しかも自ら没入してもいないのにハックされるのか、と眞人は苦々しい顔になる。
今は眞人は「現実」にいるため、いわばオフラインのはずだが、向こうはそれにもかかわらずにこちらが見えるらしく、こちらへと話しかけてくる。
目の前の存在は、《電子の神々》の端末、自らも《電子魔術師》と名乗る存在だ。
眞人は努めて冷静を装って、目の前の存在と会話する。
《電子の神々》は、電子の《門》を開く異能をもつ眞人を狙う。
それに異能である鍵を奪われないために、極力眞人はネットへの没入は避けていた。
だが、それもあまり意味はなかったようだ。
《電子の神々》は、星辰がとある一定の物にならないかぎり、現実には干渉できない。
故に、今ならば会話しているだけ、ということである。

「前はニャルラトテップだと、言ってただろ」

『ああ、そうだよ。そしてもう一つの名前が天津甕星なんだ』

「ふざけるな。一体お前が、日本の神様と何の関係があるっていうんだ」

『事実だから仕方がない。『倭文祭文註抄集成』は、旧支配者について記したものだからね。
 それは、ネクロノミコンの和訳なんだよ。どうしてネットに没入して会いに来てくれないんだい。
 君はボクたちを斃さないといけないはずだろう。そのための力も、師匠(ボク)から託されたはずだ。
 ハッキングされるのが怖いのかな。確かに、一度経験があるからね』

けらけらと、モニターの中の少女は楽しそうに笑う。

「……黙れ。お前は師匠じゃない。いい加減に、同じ顔をするのはやめろ」

旧支配者にネクロノミコン……それも、師匠から託されたデータにあったものだ。
そして、それについて記したものが『倭文祭文註抄集成』であるのだという――眞人は困惑を沈めるのに精一杯だった。
今は目の前の相手をどうにかして、その後で考えるほかない。

橿原眞人 > 「言われなくても自分のしたことのケリは自分でつける。
 すぐに滅ぼしにいってやるから、待ってろ」

《電子の神々》は、眞人が解放してしまった邪神だ。
それは電子で再現された神々。ある研究所が呼び出してしまったものだ。
ロストサインの事件と時を同じくして、眞人の師匠が封じた存在。
眞人は師匠を助けたい一心で、“鍵”である自らの力を使って、それらを解放してしまった。
地上に顕現するために、彼らは鍵を狙う。眞人はそれを打ち倒すための準備を行っているのだが――

それは、彼女のいうとおり、眞人がネット上に没入しなくてはならない。
鍵を奪われることを恐れていれば、それは不可能だ。
時が来れば、彼らは現実への干渉力を高めていく。
現実に眞人が彼らに狙われてしまえば、どうにもできない。
眞人が一番力を発揮でき、受け継いだ《電子魔術》を行使できるのは、ネットワーク上である。

『ロストサインの門も、電脳世界に顕現した「電子の門」も、世界が異なるだけで、やろうとしていたことは同じだ。
 早くしたほうがいいよ。君は電子の門を開く鍵だ。だから僕たちは君を狙う。君はそれを打ち倒す。
 ただそれだけじゃないか。星辰の時は待ってはくれないよ。
 せっかく、君の師匠から、倭文神から、《コード・ルーシュチャ》までもらったんだ。
 簡単なはずだよ、とてもね』

「倭文神、だと……? なら、お前が天津甕星で、師匠が倭文神武甕槌命だっていうのか?」

『まあ、そういうことだね。でも、どのみちあまり意味があることじゃあない。
 その名前は、ボクたちが日本の神話のものとして伝えられた過ぎない。
 君はそんなことを気にせずに、ボクたちと戦えばいい。君が託された力でね。
 その力なら、僕たちの電脳の夢を確実に消すことができる。それはそういう権能だ』

「……まるで斃されるのを望んでいるかのようだな。
 そんな、クソみたいな罠めいた言葉をわざわざかけるのか」

『でも、君はそうするしか無い。それ以外に、この事態をどうにかする方法はないんだ。
 色々ヒントはあげたけれど、調べるなら調べるといい。全てを教えてしまうのはつまらないからね。
 ――それじゃあ、待っているよマヒト。
 君が、電子の門の錠を開いてくれるときをね。
 いや――もう面倒だな。今、そうしてしまおうかな』

画面に映る少女が笑ったかと思えば、この部屋の全てのモニターから、意味不明の文字列がいくつも現れていく。
すると、バチバチとサイバーデッキたちが音を立てた。。
眞人の、電脳化していない脳髄を何かがかけていく。
周りの風景が一気に紫や緑のグリットに区切られていき、電子記号で構成され始める。

「……強制没入か!」

眞人は事態を瞬時に判断した。
画面の向こうの存在と関わり過ぎた。
彼女は、眞人を電脳世界へと無理やり引きずりこもうとしていた。
おそらくは彼女の領域だ。そこにプロテクトなし行ってしまえば、脳髄は完全にハックされるだろう。

「――解錠!」

自らの体も電子化されていく中で、眞人は右手を伸ばした。
その手には、銀色に輝く鍵が握られていた。
鍵を回す所作をすれば、一つの「門」が開いていく。眞人はその「門」に向かって一気に飛び込んだ。
体は電子希望に分解され――消えた。

『……そう、そうでなくてはね。
 君には、電子の神々を倒して貰わなければならない。
 それでこそ、ボクの目的も果たされるというものだ』

画面がぷつりと消えた。
眞人は、「門」を開き、自ら電脳世界の別領域へと転じた。
自らの体そのものを電脳世界に没入させる。それもまた、《電子魔術師》より託された力の一つであった――

ご案内:「「蓬山城」端末墓地」から橿原眞人さんが去りました。