2016/08/29 のログ
ご案内:「露天温泉」に東雲七生さんが現れました。
東雲七生 > 「はぁ~……やっぱ一仕事終えた後は温泉に限るわ」

夕暮時。
すっかり馴染となった露天風呂で一日の疲れを癒す七生の姿があった。
今日も今日とて、海で泳いだり、川で泳いだり、転移荒野で虫獲りしたりと充実した一日を過ごしていたのだが。
          ・・
「……しっかしまあ、これ。
 やっぱり温泉に浸かったくらいじゃ治んねえなあ。」

普段と変わらない赤い髪に朱い瞳、小柄で細身な体躯に翅が生えていた。
翼では無く、翅。左右に二枚ずつ、半透明のセロファンのような翅である。

「……いや~、まさかホントに生えるとは俺も思わなかった。」

肩甲骨の辺りから生えた翅は、広げると七生の腕よりも長かった。

東雲七生 > 「……自分じゃよく見えないけど、すっげー人目引いたなあ。」

この翅が生えたのは今日の昼前。
海水浴を切り上げて、川遊びに興じようと移動してた時の事だった。
やたらと背中がむずむずすると思ったら、
初めのうちはしわしわのよく分からない丸めたラップみたいなものが背中についており、
時間と共にそれが翅へと変わっていったのである。
お陰で川で遊ぶには目立つし邪魔だしで、少し遊んだら残りは転移荒野で八つ当たり気味に虫獲りに興じていたのだった。

「やっぱこないだ食ったトンボが悪かったかな……。」

思い当たるものといえばそれくらいしかない。
もしかしたら自分が何かそういう種族なのかもしれないというのもあるが、余計な混乱を起こしそうなので考えるのは止めた。

「……よいしょっと。」

少し背中に意識を集中させれば、不思議な風切音と共に翅が動く。
生憎飛ぶのには向かなそうではあるが、動かせることは可能だった。羽ばたきで生じた風が、七生の周囲の湯気を払う。

東雲七生 > 「これ、飛べないからあんまり意識してなかったけど、全力で羽ばたいたらどうなるんだろ。」

何とも形容しがたい羽音を響かせながら、ふと思う。
川遊びの最中は邪魔だとしか思わなかったし、転移荒野での戦闘中は意識すらしなかったのだが。
全力で羽ばたく、という事をそう言えばやっていなかった気がする。

少し意識すれば動くのだから、しっかり集中すればきっと全力で羽ばたく事も出来るだろう。
何が起こるか分からないから、近くに人が居る場合は何となく実行しないでいたのだが、
此処なら問題無く試せるはずだ。

「よし。
 ……えっと、まずはもうちょい広いとこ行って……。」

岩にぶつけないよう、ゆっくりと湯気を払いながらお湯の中を進む。

東雲七生 > 「このへんで、いいかな。」

辺りを見回して岩が無いか確認する。
湯気が立ち込めていれば視認は難しいが、背中の翅が邪魔な湯気を払ってくれるのは本当に助かる。
確認の結果、どうやら近くに岩は無い、開けた場所に来たらしいと見て、一つ息を吐いた。

「よーし、そんじゃいっちょやってみっか!」

その場で目を閉じ、細く長く息を吐く。
呼吸を整え、余計な考えを頭から追い出し、全神経を背中に集中させていく。
僅かに七生の眉間に皺が寄る頃には、卓上扇風機程度の風を越していた翅がその動きを加速させ、温泉の水面が俄かに波立ち始めた。

不可思議な風切音がその音量を上げ、同時に高く鋭い物へと変わっていく。

東雲七生 > 「もっといける……もっと……」

自分の体から発せられる高音に顔を顰めながら、集中を高める。
七生が集中すればするほど、比例して羽ばたきも早く激しく、勢いを増していく。

「………もっともっともっと……!」

七生を中心に空気が激しく流れる。
背中の翅はもともと透明なのも相俟って肉眼で見ることは難しいほどに高速で動き、
七生の肉体から風が起きている様な錯覚すらしそうなほどだ。
羽音もいつの間にか聞き取れないほどになり、嫌な頭痛が七生を襲い始めた頃。

突然、数メートル先の岩に亀裂が走った。
同時に、七生の体にも無数の裂傷が走る。

「……いっつ!?」

突然の鋭い痛みに七生は顔を歪め、同時に集中も途絶えて背中の翅はその勢いを急激に衰えさせた。

東雲七生 > 「いってぇ……何だよ今の!」

傷だらけになった身体をお湯の中へ沈める。
出来たばかりの傷にはめちゃくちゃ沁みるが、今まで負った大怪我と比べれば大した事は無い。
それでも地味に痛い。ぶつぶつと文句を零しながらも肩までお湯につかると、傷口からにじんだ血かぼんやりとお湯を染めた。

「うげ、見た目より血が出てる。止血止血。」

あちこち押さえながら異能によって傷口を塞ごうと試みるも、血がお湯で散ってしまって思う様に行かない。
他に誰が居る訳でもないので、このままでも良いかと諦めかけたところで、少し離れた岩が崩れ落ちた。

「ひょわぁっ!?」

思わず声を上げて驚く七生。

東雲七生 > 岩が崩れ落ちてしばらく経った後も、警戒したように硬直して辺りを見回していたが、
何事もないと察すると落ち着きを取り戻してゆるゆるとお湯の中に体を戻す。

「はぁ、湯治のつもりはあんまり無かったけど、まさか傷が増えるとはなあ。」

身動きを取ればお湯が新しい傷口に沁みる。
うー、と呻きながらも七生は大人しくお湯の中に浸かっていた。