2015/06/20 のログ
《銀の鍵》 > 声にならない叫びをあげてそれは近づいてきた。
この電脳の世界を犯しながら。
目の前の存在の前では、全てが歪んでいくのがわかった。
電脳世界が意味不明の文字列で歪み狂い、未知の言語が吐き出されていく。

《銀の鍵》は力を振り絞って逃げることしかできなかった。
理解はできない。だが、あれがとてつもなく危険なものだということはわかった。
今の自分では敵いそうにないものだ。
この領域自体が既に一つの罠であったのかもしれない。《銀の鍵》は逃げながらそう思った。
あの化物は、対ハッカー用の《氷》だ。
だが、今まで出会ったことのないようなものだ。とても人間が作り出せるとは思えないものだ。
それだけ、ここに危険な知識があるというのか。

「師匠、師匠は一体、何を追って……く、あああっ!?」

刹那、《銀の鍵》の眼前に、突如穴が現れ、名状し難い電子の触手がそこから飛び出してきた。それにより、《銀の鍵》は勢いよく殴られる。

「くぅ、あかあっ!?」

第六六階層の地面に強く体を打ち付けられる。
防御プログラムを幾重にも張ったものの、全く歯が立たない。

「……こ、こんな……」

こんなところでは死ねない。
まだ師匠も見つけていない。家族を失った事件のことも。世界の真実も。
まだなにも、成してはいないのに。

《銀の鍵》は電脳に受けたダメージを修復しようとしつつ、立ち上がる。
目の前の電子の怪物と対峙する。

《銀の鍵》 > 目の前の黄衣の何かを直視しないようにしながら、《銀の鍵》は思案する。
次で必ず自分を殺しに来るはずだ。このような電子の化物が何のために必要なのかなど全く想像はつかない。
だが、このままでは確実に殺される。逃げることも叶わないだろう。
《銀の鍵》は、眞人は、3年前のような理不尽を終わらせるためにここにいる。
もうあの時のような思いを味わうわけにはいかなかった。

「……なんだか、知らないが……。
 ここで、諦めるわけにはいかねえ。
 お前が何なのか、ここがどういうものなのか。
 そんなことは知らない。だが……!
 わかるぜ、きっとここに師匠を探すための重要な機密がある。
 お前を打ち倒して、それを手に入れてやる!」

直視すれば発狂してしまいそうなほどの重圧を受けながら、《銀の鍵》は叫ぶ。
当然、相手が理解するとも思えない。
だから、自分にそう言い聞かせたのだ。

「――行くぞ!」

《銀の鍵》 > 右手を、伸ばす。
前へと伸ばす。

思い切って目を見開いた。
師匠はここに来るなと言っていた。自分に何かあってもこの島に来るなと言っていた。
きっと、来たことがばれればひどく怒られることだろう。
殴られもするかもしれない。
だが、眞人にとって師匠はそれだけ大切な物だった。
家族を失った眞人に出来た、唯一の家族。
それを取り戻すために、今日まで生きてきたのだ。

「――俺は《銀の鍵》だ。どんな「門」でも、こじ開けて見せる」

目を見開いた。目の前の電子の怪異を見据える。
《銀の鍵》の、眞人の精神は、脳髄は、そこで死んでいたはずだった。
人間の理解の超えたもの。それを直視した故に。

だが、彼は死んではいなかった。
そこに手を伸ばして立っていた。
右手に掴まれたのはアラベスク模様にも似た奇怪な形状の、銀色の鍵。
それを目の前の黄色い衣を纏った何かに向けていた。

「――師匠?」

正確に目の前の怪異を捉えながら、《銀の鍵》は呟いた。
自分の傍に、何かがいる気がする。
自分の傍に、褐色の肌の、白い髪の少女を幻視する。
電脳世界を舞飛ぶ魔術師。電脳の夢見人。
《電子魔術師》――電脳世界に消えたはずの彼女がそこにいるように感じられた。

そして、その手が、眞人の右手に重なる。

『コード・ルーシュチャ』

そこにいるはずのない存在。それに誘われるように。
眞人は自然と、そう呟いていた。

《銀の鍵》 > 刹那、《銀の鍵》の周りに無数の文字列が現れ始めた。
それは数列であろうか。全く未知の数列、数式が人魂の如く現れ、《銀の鍵》の周囲を回る。
その数式を《銀の鍵》は演算していく。人知を超えた数式が次々と解かれていく。
《銀の鍵》は「門」を開く。果てない世界の何処かへの「門」を開く。
自らの体と脳髄を、遥か彼方にある何者かと一つにして。
瞳は目の前の怪異を見据えたままで。
《銀の鍵》が幻視した少女が電子の記号の塊となり、数式に紛れて《銀の鍵》の周囲を回っていく。

『――深き闇に夢みし電脳の神よ』

『――我は汝らの使者にして魂魄にして』

『――我は神意なり』

『――故に、我は命じる』

《銀の鍵》の姿が変容していく。電子の記号によって、作り変えられていく。
あの少女のように。
肌は浅黒く。髪は白く。
姿を変えていく。

無意識に言葉を紡ぐ。
自分の意志ではない。誰かの意志でそう《銀の鍵》は言わされているのだ。
誰かはわからない。
ただ、無意識のままに。

《銀の鍵》 > 銀色の鍵が、電子の怪異へと向けられる。
その鍵の先が、電子の怪異に向けられる。

『――《黄衣の王》』

『――電脳の神々の秘密を守りし者よ』

『――我は汝に命ずる』

『――■■■■■■■■の名を以て』

『――夢見るままに、消え去れ!』

『――開錠!』

《銀の鍵》 > 鍵を回す。
銀の鍵を回す。
かつて、遥かな夢の世界に旅立った者が用いていた《銀の鍵》を。
電子によって再現された、大いなるもの。
《グレート・サイバー・ワン》の一柱へと向け、回す。

鍵は開かれた。
大いなる電子のものが夢見続ける、電脳への鍵が。
神々の心臓。電脳の神々を再現する根本のもの。
神々の電脳。神の夢へと、《銀の鍵》は入り込む。


刹那、彷徨があった。
《黄衣の王》の叫びがあった。
最強であるはずのものの姿が。人では敵わぬはずの大いなるものが。
電子の記号と成り果てて崩れ去っていく。

『――二度と再び千なる――の我に出会わぬことを宇宙に祈るが良い』

『――我こそは這い寄る――■■■■■■■■なれば』

《銀の鍵》は言った。
消えていく電脳の神に向けて。

《銀の鍵》 > 『馬鹿者め。来るなと言っただろう。
 お前は来てはならない。絶対にだ。
 私の事は、もう諦め――』

最後に、眞人の耳にそんな言葉が残された。
意識が混濁し、目の前が白に染まっていき――

《銀の鍵》 > 「――は、ぁっ!?」

《銀の鍵》は、眞人は、気づけば第六六階層に一人立っていた。
自分を襲っていたあの電子の化物は既にいなかった。

「……あれは、どこへ? 師匠……?」

《銀の鍵》は何があったのかを覚えていなかった。
ただ、師匠が自分の傍にいたような、そんな記憶だけである。

「何だったんだ、クソッ……」

何が重大なことがあったはずだが、思い出せない。
電脳から記憶をすっぽりと抜き取られたかのようだった。

「……だが、もう大丈夫みたいだな」

《銀の鍵》の周りには無数のデータパネル。学園内での事件を記録した石版状のものがあるのみだった。
あの電子の怪異は、どこにもなかった。

ただ、師匠の声が聞こえたような気がしていた。

『来るな』と。

《銀の鍵》 > 「……行かないわけ、ないだろ。
 俺が何のためにここまで来たと思ってんだ」
一人呟く。最初から、この島には来るなと言われていた。
だから、その記憶が不意に蘇ったのだと、そう《銀の鍵》は思った。

「……もうそろそろ気づかれるころだな。ステルスプログラムも限界だ。
 さっさと情報だけ探しておさらばだ」

そういうと、危険が去ったらしいこの領域に、《銀の鍵》はハッキングをかけていく。
無数の文字列が《銀の鍵》の前に現れていく。
キーボードを空で打つかのような動作を繰り返し、目まぐるしいスピードで指を動かしていく。
そうすれば、データの納められた石版状のプログラムが《銀の鍵》の前に一人でにやってきては、消えていく。

「違う、これも、違う――これだ!」

師匠に繋がる情報を取捨選択し、遂にそれらしきものを発見した。
秘匿された事件。消去されたはずのデータ。

「《電子魔術師》事件」

そう題名がつけられていた。《電子魔術師》とは眞人の師匠の名だ。
この事件のデータを眞人は自身の電脳にコピーしていく。

「……ルルイエ領域……グレート・サイバーワン……窮極の門……ロスト――』

そのデータを開き、中身を見て行く。謎の言葉がそこにはちりばめられていた。

「ルルイエ領域……間違いない、師匠が追ってたのはこれだ!」

だが、突如部屋にアラームが鳴り響き始めた。
侵入に気づかれたのだ。今は詳しく見ている暇はなくなった。

「チッ……もう限界だ! データは抜き出した。ならもう用はねえ!」

そう叫ぶと、再び何かのコードを空で叩きこんでいく。
すると、電子の回廊が《銀の鍵》の前に現れていく。

「……何があったのかちゃんと覚えてねえのが不安だが、目的は果たした。
 後は逃げ切るだけだ!」

《銀の鍵》は自らプログラムで作りだした回廊の中へと飛び込んでいった――

ご案内:「《サイバーアレクサンドリア大図書館》 第六六階層」から《銀の鍵》さんが去りました。
ご案内:「とある廃ビル」に白崎玲刃さんが現れました。