2015/07/17 のログ
レイチェル > ■AI>「ラムレイ様、ごきげんよう。ただ今の衝突による機体損傷率、5%。軽微です。法術シールド、展開維持可能」

ブラスレイターに搭載されたAIは無機質な青年の声を発する。
そのブラスレイターに脚を掛ければ、装置が展開。
一振りの魔導剣と、二挺の拳銃、そして彼女が普段身につけている
クロークがそこに収納されていた。

「早速試させて貰うぜ」
クロークを引っ掴み、身に付けると、続けてレイチェルは魔導剣を掴み取る。
特殊合金ヒヒイロカネを、魔術を行使しつつ科学的に鍛造した魔導剣。
魔を断つ、破邪剣正の剣《デモンベイン》。
その柄をしっかりと握ると、『癲狂聖者』 の方へと向き直る。

「ころころ顔を変えやがって……魔を断つ矛か。じゃあこっちは魔を断つ剣で迎え撃とう――ってなぁ!」
三叉矛の連撃を、魔導剣で以て捌いていく。
矛と刃が幾度も交差する。
衝突。火花。激突。まるで踊るように。

ギルバートが『癲狂聖者』の背中に向けて疾駆するのを見れば、
剣撃の激しさを増すよう、『癲狂聖者』を追い詰めんと全力で刃を振るう。

『癲狂聖者』 > 魔導剣によって三叉矛が防がれていく。
何度も何度も火花が散り、両者の攻撃が繰り返される。
「こ、こいつ……!? 本当に伝説の剣でも所持していたのか!?」
鬼気迫る剣戟。徐々に後方に追い詰められていく。

「……!!」
後方からギルバートが振りかぶるガジェットに気付かず、背中に一撃を浴びてしまう。
「ぐうううう!!」
灼かれ、電流に弾かれ、一歩前につんのめる。
常人であれば戦闘不能のダメージ、だが……彼の妄執が、仮面の力が倒れることを許さない。
続けてレイチェルの攻撃を防いだ三叉矛が折られ、癲狂聖者が後方に吹き飛んだ。
屈みながら、荒い吐息を吐く。

「か……仮面は、神も悪魔も降ろします」
「とりわけ、プリミティヴにしてアートフルな亜細亜の仮面劇に、その一端を見ることが出来るでしょう」
「たとえば―――獅子舞にも通じる舞踊劇バロン。善なるバロン・ケケットと、悪の魔女ランダのきらびやかな闘いの輪廻」
「あるいは、タイの黄金仮面劇コーン」
「ともに、天を貫く黄金の宝冠を被った、神テーワダーヨートと魔王トサカンの物語」
「悪魔というより、病魔の仮面がおどろおどろしいのはスリランカのサンニー・ヤクマ」
「これは仮面劇というより、本来、儀式治療が目的ですからな。ウイッチ・ドクターの呪術道具といえるでしょう」

追い詰められた彼の最後の語りが始まる。

「<祝祭>にして<呪術>である仮面」
「それは――――もちろん、日本の神楽、能楽のなかにも息づいているのです」
「神と遊び、霊(モノ)を騙る(カタル)ための仮面」

男が最初に被っていた動物の仮面を被る。
「これを使うと演技から戻ってこれない可能性がある……」
「それでもいい……負けるよりは………負けて散るよりは!!」

「『真珠母色の馬』『聖ガブリエル』『大理石』『喪服』『一角獣座』『アムノン』」
「『熾天使(セラフィン)』『向日葵』『受胎告知』『夜のりんご』『エナメル』『七つの二重の罌粟』」
「『尼僧』『風笛(ガイタ)』『夢遊病』」
男が言葉を紡ぐ。それはジプシーを歌う魔曲。
「逃げろ、月よ、月よ、月よ」
「もしもジプシーたちがやって来たら」
「お前の心臓で白い首飾りと白い指輪を作るに違いない」
月を両腕で捕まえる、幻想の物語。癲狂聖者の最後の演劇。
「最終章――――――幻想神誕生」

肌が白くなり、男の上半身が巨大化していく。
下半身は大して変化しないのが不気味だ。
そして男が不自然に小さな顔を覆う仮面の下で笑う。

「ジプシーが作劇に使った反逆と光の神の仮面だ!!」
「この幻想を持って貴様らを叩き潰す!!」
「団長……見てくださいよ、俺を!! 俺は脇役じゃない!!」
「主役だってできるんだ!! だから、見てくださいよォォォォ!!」
必死に自我を繋ぎとめるため、自分の話をする。
飲まれれば自分は一生、この化け物の姿で生きていくに違いない。
演技と自我が交錯するもの、それが即興劇。彼の霊騙り(モノガタリ)。
巨腕を振り下ろした。それは二人を攻撃して余りあるリーチと攻撃範囲を持つ。

ギルバート > 「冗談だろ……!?」

見上げればそこには巨大な肉塊。
以前フェニーチェの劇場で怪物と遭遇したが、変貌した癲狂聖者の姿は、より恐ろしく見えた。
醜悪で、神々しく、雄々しい。何より自我が残されている。
純粋な膂力の差ほど、覆しにくいものはない。
会場に飛び込むような形で逃げ延びるが、ぐしゃりとテーブルを突き飛ばしてグラスの破片が宙を舞う。
続く大地の激震に、よろめきながら振り返った。
容易く設備を粉砕せしめたその巨腕は、濛々と漂う砂埃と瓦礫によって見通すことはできない。

―――そして、彼女の姿も。

「レイチェルーッ!」

擦れた声が空々しく反響した。

レイチェル > 「……こいつはっ!」
魔導剣で以て、その一撃を受けようと構える。
しかしながら、幻想神の一撃は容易くレイチェルの身体を吹っ飛ばす
程の威力を持っていた。

ほんの一瞬拳をせき止めるも、凄まじい勢いでレイチェルは後方へと弾き
飛ばされた。

「かはっ……!」
舞台裏の壁に背中から強く激突。
横隔膜が一瞬麻痺を起こし、呼吸が止まる。
壁に張りつけられた形のレイチェルは、そのままずるずると
滑り落ちるように崩折れた。

『癲狂聖者』 > 「うおおおおおおぉぉぉ!!」
「私が! 僕が! 俺が! 神なんだ!! 幻想神なんだ!!」
「お前らなんかに……私/僕/俺の生きる道を塞げるとでもぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

声帯が変質しているのか、一人称が時折複数混じる。
壁を殴りつければ、そこが吹き飛んでビルの外が見える。
狭い! 狭い! この世界はなんと狭いのだ!!

「女は死んだぞッ! 次はお前の番だぁぁぁぁぁ!!!」
肥大化した上半身で這いながら会場に向けて突進する。壁などもう何の意味も持たない。
ギルバートしかいない会場に現れ、巨腕で歩きながら彼に迫った。
そう、迫った。
それだけで十分攻撃になる。この質量なら。

ギルバート > 「I-RIS、対抗策は……?」

≪ありません。有効な火器が周囲に存在しません。≫

「この前の衛星レーザーは!?」

≪使用不可です。屋内のため、精密射撃が困難なためです。≫

「ほんとに? 冗談じゃない?」

≪その手の機能は実装されておりません。≫

「畜生! 知ってるよ!」

ガジェットを握り固めた拳を、叩き付けるようにしてテーブルに打ち付ける。
目前には圧倒的な質量感。這い寄る死。
刃を向けて構えるも、それが無駄な足掻きだというのは誰の目にも明らかである。
しかし突如としてまた電子音声が、I-RISの声が響く。

≪状況が更新されました。≫
≪あと20秒維持できますか?≫

到底不可能。
達成できる理由がない。
―――あくまで、ギルバートにとってはだが。

「ああ。きっとね。」

癲狂聖者は既に目と鼻の先。

レイチェル > めちゃくちゃになった舞台の裏で、崩折れた少女が一人。
白のドレスは所々が、壁や、テーブルや、床の破片で紅く染まって。

「……はっ!」
一体何秒間、気を失っていたのだろう。
揺らぐ視界が、次第に鮮明になる。
見やればそこは、破壊し尽くされた舞台裏。

「よーく分かったぜ、『癲狂聖者』 ……お前の苦しみ、痛み。
 全部じゃねぇが、それでも、伝わったぜ……」



左腕の骨は折れている。ならば右の腕で以て。

右脚は動かない。ならば左の脚で以て。

あの幻想を討ち滅ぼさねば。



右腕と左脚を使って、這いつくばるように、ブラスレイターの元へ。
二挺の拳銃の内、一挺を、レイチェルは掴み取った。
装填されているのは、小型の『門』を発生させる、ゲート弾。
文字通り、相手を消し飛ばす、風紀委員会の最終兵器だ。

瓦礫の隙間から見やれば、舞台の向こう、巨体がギルバートへと迫っている。
今、まさに。ギルバートが巨体に押し潰されようと――!

時は一分一秒を争う。レイチェルは深呼吸をし、己が異能の名を、
渾身の思いで叫んだ。体力は殆ど残されていない。
今、時空を圧潰できるのは、長くて5秒といったところだろう。

「時空圧壊《バレットタイム》――!」
周囲の時間が、急速にその速度を落としていく。

――5秒。
右腕を使って自分の身体を転がし、瓦礫の隙間をくぐり抜ける。

――4秒。
赤と黒の装飾が施された中折れ式のリボルバー拳銃、レイジングレックス。
しっかりと右腕でグリップを握る。

――3秒。
『癲狂聖者』を確認。その背後から、胸部へ向けて銃口を向ける。

――2秒。
「悪ぃな……」
荒い息をつきながら、レイチェルは呟く。

――1秒。
「もうこいつでしか、お前を救ってやれねぇ……」
引き金を。

――0秒。
「De temporum fine comoedia《これにて閉幕だ》――あばよ、『癲狂聖者』 」
絞った――。




――そして、時は再び自らの刻み方を思い出す。

『癲狂聖者』 > 「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
肉薄し、ギルバートを轢き潰すその瞬間。

確かにそれは着弾した。

収束していく時空の断裂が癲狂聖者を引き裂いていく。
その巨体を喰らい、そして収まる頃には仮面が砕けた。
残されたのは、みすぼらしいまでに縮んだ一人の男。
墨田拓也―――――癲狂聖者の姿。

「私が……負けたのか…!?」
血塗れで横たわる癲狂聖者。体のあちこちが既にない。
「あ………ぐ………………」
「俺の金が………俺の金なんだぞ……お前ら、手を出すな…」
上半身だけで引きずるように逃げようとする。
「だ、団長………!」
血塗れの癲狂聖者が笑った。
「団長……みんながしょうがな、ガハッ…しょうがないんですよ…」
「言ってやってください……団長…みんなに、ビシッと…」
「言ってください……次の主役は僕だって…」
「団長………お願いしま…」

そのまま息絶えた。彼の劇はこれで幕引き。
フェニーチェの演者はこうして一人、この世から消え去った。

ご案内:「ホテルシーザスターズ」から『癲狂聖者』さんが去りました。
ギルバート > どさりと入れ違いに突き崩れた癲狂聖者を尻目に膝を突く。
思いはいくつかあったのだが、まず先に出たのは―――

「……なんだ、20秒もいらないじゃん。」

≪想定外でしたね。≫

鼓膜を劈くほどの轟音を上げて、破壊された外壁からちらりと覗く姿があった。
硬質的なフォルム。威圧的な大型機銃。

≪応援のつもりでしたが、いやはや。≫
≪折角ですし送迎しますよ。≫

「……遠慮しとく。」

最新鋭の戦闘ヘリがフロアを一瞥し、旋回する。
ローター音が遠ざかれば、しばしの静寂が訪れた。

「さて……と。」
「レイチェル、生きてる……?」

レイチェル > 「タフさが売りでな」
ギルバートの声に反応し、大の字に横たわったレイチェルは右手を振って見せた。
そして自分の身体に刺さった木片や鉄片を引き抜き始める。

「とりあえずは、何とかなったか……他の客は? 全員無事か?」
そして気がかりであったことを、ギルバートに問うた。

ギルバート > ≪無事です。手筈通り、下で風紀委員が保護しています。≫
≪仮面を被されていた少女は念のため搬送しましたが。≫
≪恐らく命に別状はないでしょう。≫

「……だそうで。」

出力されたI-RISの音声は、懸念材料を手っ取り早く拭い去った。
暫くすれば公安の調査部が現れて、逐一解析してまわることだろう。
いつも通りの分業制。それでこの島は"いつものように"まわっている。

「サンキュ、助かった。」
「命の恩人だね。」

事実、彼女がいなければ少年の命は危うかった。
煤けた顔で微笑むと、彼女の手を引く。
一人支えるにもふらつく程度の足取りだったが、何とか踏ん張ることで男の意地を最後に見せた。

―――サイレンの音が近づいてくる。
既に劇は、次の話に進んでいるのだろう。
先に舞台を下りた俳優は、あれだけ饒舌だったのにも関わらず
既に続きを話す舌を持たない。

次に動き出すのは―――。

ご案内:「ホテルシーザスターズ」からギルバートさんが去りました。
レイチェル > 「あいよ。こいつで貸し借りなし、ってことでいいぜ」
ただそれだけ返事をして。
ギルバートの手を借りて起き上がるレイチェル。


既に、彼女の身体中にあった傷跡は塞がれつつあった。


「しかしまぁ、フェニーチェ、ね……」
『癲狂聖者』の発言を思い起こす。
彼は最後まで団長に語りかけていた。
主役になりたい。
脇役になりたくない、と。
それほどまでに彼を駆り立てたのは、彼自身が持つ演劇への熱故か。
それとも、カリスマ故か。

いずれにせよ、彼が表舞台に光を浴びて立つことはなかった。
彼は舞台から降りて、闇へと消えていったのだ。
それでも、この世界はいつものようにまわっている。
これからも、まわっていく。
彼だけがすっかり世界から抜け落ちても、きっと。
世界はまわり続けていく。

それは彼の言うように、彼自身が『脇役』だからであろうか。
『主役』で無いからであろうか。
それは、違う。レイチェルは強く、強く首を横に振った。

「……きっと主役《ヒーロー》なんざ、現実には居ねーのさ」

ふらつく足で『癲狂聖者』の所へ近寄ると、最後にそう呟いて、
白く細い指ですっと彼の瞼を閉じさせた。

そのままブラスレイターに近寄り、跨る。

「じゃあま、帰るとするか……流石にちょいと疲れちまった」

■AI>「お疲れ様です、ラムレイ様。自動操縦に切り替えますか?」

機械的な青年の声が響き渡る。

「いや、良い。自分で操縦する」

■AI>「了解しました」


唸るエンジン音。重二輪はレイチェルを乗せて、
夜の闇へと消えていったのだった――。

ご案内:「ホテルシーザスターズ」からレイチェルさんが去りました。