2016/05/07 のログ
ご案内:「演習場」に寄月 秋輝さんが現れました。
■寄月 秋輝 >
静かに、静かに。
刀を携え、道着姿で演習場に入ってくる。
風を切り、光の中をすり抜けるように、自然と一体となって。
着替えを終え、刀を携えた時点から『明鏡止水』の境地に至りながら、それを継続している。
並々ならぬ集中力、精神力。
そしてゆっくり歩を進め、広いフィールドの中央に立つ。
■寄月 秋輝 >
「……失礼します」
刀に小さく礼をし、中央に軽く放り投げる。
絶妙な力加減で投げられた刀は、鞘の先端からまっすぐにその床に立つ。
その上にふわりと飛び、柄頭の上につま先で立った。
「……すぅ……」
静かに空気を吸い込み、目を閉じる。
呼吸すら忘れるほどに集中し、刀と自身を一体化させる。
驚異的なバランス感覚でもって、その刀の上で直立し、世界と一つになり続ける。
耳が痛いほどの静寂。
それを越えて、周囲の演習場や道から聞こえてくる声。
その音のゆりかごに身を委ねるように、ただただ佇んでいる。
■寄月 秋輝 >
目を開く。
ぐるりとバランスを崩したかのように倒れ込む。
が、それは自分の意志で動かした体。
落ちるように回りながら、その刀の柄を手に取る。
その柄を握りしめて振るいながら、追いついた左手で鞘を握る。
空から落ちるような流れの中、神速の抜刀術が放たれる。
それは設定を変えた床に巨大な斬撃の亀裂を落とし、剣閃が走っていく。
体の横から着地するかと思いきや、その振るう反動を利用してわずかに角度を逸らし、確かにその場に足で着地した。
野性の獣のような瞳、それでいて空気すら揺らさない、世界に溶け込んでいるかのような一体感、集中力。何より殺意。
目に見えぬ眼前の仮想敵を相手に、数年前の『決戦』と変わらぬ殺意と魔力、そして闘気を噴き出す。
■寄月 秋輝 >
『ヤツを可能な限り殺してくれ』
そう命令された。
結局殺せたのは片手で数えるほど。
最終的に、自身はボロぞうきんのようにさせられた。
足りないのだ。これでは。
自分の命を消費して、状況を好転させられない強さでは足りないのだ。
だからあの日からも、鍛錬を怠ってはいないのだ。
目の前の仮想敵はくすくすと笑いながら、こちらを見下ろしている。
隙だらけに見えて、一瞬でもこちらが先に動けば腕に深い傷を負わされるだろう。
あの日と同様、無防備に歩み寄ってくるイメージ。
無表情の男の表情が、修羅のそれに歪む。
抜刀術。
「流星剣……三等星」
恐怖を飲み込み、怒りと憎悪で『明鏡止水』を安定させ、居合を放つ。
抜くと同時に六本の剣閃が走るほどの神速の剣技、それを仮想敵に放つ。
■寄月 秋輝 >
刃は届いた。
相手の肉を切り裂き、命を絶つ。
だが相手は一体ではない。
見渡す限り、無数にいる。
その技後硬直を狙い、次の『ヤツ』がこちらを狙う。
「シューティングスター・アヴァランチ」
前もって増幅させておいた魔法……魔術を解き放つ。
左右後方から数百の魔力弾を射出し、牽制を
『つかまえた』
声が、響いた、気がした。
ぞくりと震え、一瞬だけ体が硬直し。
仮想敵の斧槍が、秋輝の体を二つに割った。
■寄月 秋輝 >
「……っくそ」
シミュレートを停止する。同時に明鏡止水の境地からも脱出する。
トラウマを無理矢理に引き出し、それを敵と想定した仮想実戦の訓練。
明鏡止水も含め、精神的な疲労はけた違いだった。
刀を納めたまま、膝をつくようにその場にダウンする。
ほとんど汗をかかない体質ながら、額に嫌な汗が浮かんでいる。
「……僕は……結局アイツに勝てないのかな……」
憎い憎い、あの金髪の娘。
何体殺しても、その憎しみは変わらなかった。
そしてどれだけ殺しても、この胸に染みついた恐怖はぬぐえなかった。
人間らしい、といえばそれまでだが、それ以上に自身は駒でなくてはならない。
そうでなくては、また何かを失ってしまうかもしれない。
■寄月 秋輝 >
仮想では叩き切られた肩口を抑える。
道着をずらすと、そこには大きな傷口がある。
最後の決戦で、実際に受けた斧傷の跡だ。
その傷跡をなぞりながら、大きなため息を吐く。
負けられない、負けるわけにはいかない。
だがその意志とは裏腹に、自分の歩みがあまりに遅い。
あの濃密な訓練の日々を今再現は出来ない。
昔鍛えすぎた体は、それ以上に鍛えることは難しい。
仕方がない、が。仕方ないで済ませられるほども、大人ではなかった。
■寄月 秋輝 >
刀を置き、道着の上をはだける。
鍛え上げられた体についた無数の傷跡を晒すと、響くような痛みを感じる。
傷の半分は訓練の結果、残りの半分は『ヤツ』に付けられたもの。
後者の傷の痛みは、未だ消えはしない。
その場で正座し、黙想を始める。
あまりに揺れた心を鎮めるためには必要なことだ。
大きく息を吸い、ゆっくり息を吐いていく。
■寄月 秋輝 >
再び目を開く。
落ち着いた心は、再び刀を握れば明鏡止水へと至れるであろうほどに回復した。
肌の傷の痛み……幻痛も随分と治まった。
刀を肩に担ぎ、演習場を出る。
いつもの服に着替え、外へ出る。
自身の心の痛みも、苦悩も、全てをその胸の内に秘め直し。
いつも通りの無表情男が、いつも通りの帰路へと至った。
ご案内:「演習場」から寄月 秋輝さんが去りました。