2016/05/07 のログ
ご案内:「演習場」に寄月 秋輝さんが現れました。
寄月 秋輝 >  
静かに、静かに。
刀を携え、道着姿で演習場に入ってくる。
風を切り、光の中をすり抜けるように、自然と一体となって。

着替えを終え、刀を携えた時点から『明鏡止水』の境地に至りながら、それを継続している。
並々ならぬ集中力、精神力。

そしてゆっくり歩を進め、広いフィールドの中央に立つ。

寄月 秋輝 >  
「……失礼します」

刀に小さく礼をし、中央に軽く放り投げる。
絶妙な力加減で投げられた刀は、鞘の先端からまっすぐにその床に立つ。
その上にふわりと飛び、柄頭の上につま先で立った。

「……すぅ……」

静かに空気を吸い込み、目を閉じる。
呼吸すら忘れるほどに集中し、刀と自身を一体化させる。
驚異的なバランス感覚でもって、その刀の上で直立し、世界と一つになり続ける。

耳が痛いほどの静寂。
それを越えて、周囲の演習場や道から聞こえてくる声。
その音のゆりかごに身を委ねるように、ただただ佇んでいる。

寄月 秋輝 >  
 
 
目を開く。

ぐるりとバランスを崩したかのように倒れ込む。
が、それは自分の意志で動かした体。
落ちるように回りながら、その刀の柄を手に取る。
その柄を握りしめて振るいながら、追いついた左手で鞘を握る。

空から落ちるような流れの中、神速の抜刀術が放たれる。
それは設定を変えた床に巨大な斬撃の亀裂を落とし、剣閃が走っていく。

体の横から着地するかと思いきや、その振るう反動を利用してわずかに角度を逸らし、確かにその場に足で着地した。

野性の獣のような瞳、それでいて空気すら揺らさない、世界に溶け込んでいるかのような一体感、集中力。何より殺意。

目に見えぬ眼前の仮想敵を相手に、数年前の『決戦』と変わらぬ殺意と魔力、そして闘気を噴き出す。

寄月 秋輝 >  
『ヤツを可能な限り殺してくれ』

そう命令された。
結局殺せたのは片手で数えるほど。
最終的に、自身はボロぞうきんのようにさせられた。

足りないのだ。これでは。
自分の命を消費して、状況を好転させられない強さでは足りないのだ。
だからあの日からも、鍛錬を怠ってはいないのだ。

目の前の仮想敵はくすくすと笑いながら、こちらを見下ろしている。
隙だらけに見えて、一瞬でもこちらが先に動けば腕に深い傷を負わされるだろう。

あの日と同様、無防備に歩み寄ってくるイメージ。

無表情の男の表情が、修羅のそれに歪む。

抜刀術。

「流星剣……三等星」

恐怖を飲み込み、怒りと憎悪で『明鏡止水』を安定させ、居合を放つ。
抜くと同時に六本の剣閃が走るほどの神速の剣技、それを仮想敵に放つ。

寄月 秋輝 >  
刃は届いた。
相手の肉を切り裂き、命を絶つ。

だが相手は一体ではない。
見渡す限り、無数にいる。

その技後硬直を狙い、次の『ヤツ』がこちらを狙う。

「シューティングスター・アヴァランチ」

前もって増幅させておいた魔法……魔術を解き放つ。
左右後方から数百の魔力弾を射出し、牽制を


『つかまえた』


声が、響いた、気がした。

ぞくりと震え、一瞬だけ体が硬直し。

仮想敵の斧槍が、秋輝の体を二つに割った。

寄月 秋輝 >  
「……っくそ」

シミュレートを停止する。同時に明鏡止水の境地からも脱出する。
トラウマを無理矢理に引き出し、それを敵と想定した仮想実戦の訓練。
明鏡止水も含め、精神的な疲労はけた違いだった。
刀を納めたまま、膝をつくようにその場にダウンする。
ほとんど汗をかかない体質ながら、額に嫌な汗が浮かんでいる。

「……僕は……結局アイツに勝てないのかな……」

憎い憎い、あの金髪の娘。
何体殺しても、その憎しみは変わらなかった。
そしてどれだけ殺しても、この胸に染みついた恐怖はぬぐえなかった。

人間らしい、といえばそれまでだが、それ以上に自身は駒でなくてはならない。
そうでなくては、また何かを失ってしまうかもしれない。

寄月 秋輝 >  
仮想では叩き切られた肩口を抑える。
道着をずらすと、そこには大きな傷口がある。
最後の決戦で、実際に受けた斧傷の跡だ。

その傷跡をなぞりながら、大きなため息を吐く。
負けられない、負けるわけにはいかない。
だがその意志とは裏腹に、自分の歩みがあまりに遅い。
あの濃密な訓練の日々を今再現は出来ない。
昔鍛えすぎた体は、それ以上に鍛えることは難しい。
仕方がない、が。仕方ないで済ませられるほども、大人ではなかった。

寄月 秋輝 >  
刀を置き、道着の上をはだける。
鍛え上げられた体についた無数の傷跡を晒すと、響くような痛みを感じる。
傷の半分は訓練の結果、残りの半分は『ヤツ』に付けられたもの。
後者の傷の痛みは、未だ消えはしない。

その場で正座し、黙想を始める。
あまりに揺れた心を鎮めるためには必要なことだ。

大きく息を吸い、ゆっくり息を吐いていく。

寄月 秋輝 >  
再び目を開く。
落ち着いた心は、再び刀を握れば明鏡止水へと至れるであろうほどに回復した。
肌の傷の痛み……幻痛も随分と治まった。

刀を肩に担ぎ、演習場を出る。
いつもの服に着替え、外へ出る。

自身の心の痛みも、苦悩も、全てをその胸の内に秘め直し。

いつも通りの無表情男が、いつも通りの帰路へと至った。

ご案内:「演習場」から寄月 秋輝さんが去りました。