2016/05/19 のログ
五代 基一郎 > ようは部活や……社会人でいうところの会社の後輩に対する、ような感覚が委員会に入ってから
植え込まれたのか。そういったことが普通だと思っていたものだから
そうした外の普通、普通の中にある普通の感性の答えに……他愛もない応えにそうなのかと頷きつつ

カレーの会話もまた、普通の中の話で。
ラムも普通に食べると独特の臭みがあるんだけど、適度に処理すると美味くて高級な料理でも……とか
カレーの話を続けていたが

本題の、そうした話が始まれば、声色はやはり沈んだものだった。

「……俺だって唐突にこの世に出てきたわけじゃない。人間の子だ。
 わかる、といえば薄っぺらく感じるかもしれないが君の言葉は信じられるよ。」

綾瀬の視線が指輪に向かうのを目で追う必要もない。
過去を変えることはできない。過去は、人を縛る。時に希望となり背中を押すそれは
今目の前にあるように未練となり呪縛ともなりえるのだ。

目の前にいる綾瀬音音という少女は普通の少女だった。
恐らく普通の感性を、環境を受けられる場所にいた。
もちろん自分もいたがつい前まで彼女はいられる存在だった。
両親や、己の幸運に感謝するべきだし知らずに普通のまま生きて、普通の中から幸せを選べる人だった。

それが”ズレ”てしまった。普通であったからこそ、どうしようもなく宙に浮いてしまった。
被害者とまでは言わないが、受けてしまった傷は……いつか癒えることがあったとしても
傷を受けた事実は変わらない。過去が変わらないように。

恐らく……いや断言していい。
目の前の少女は何も悪いことなどしていない。
巻き込まれた先で普通のままでいたがために、このようにどうすることもできなくなったが。
もちろん普通でなくなっていたら、今目の前にいなかっただろう。
そこは彼女が、普通……というより善良な人間だったのだろう。

だからこそ悔やまれる。
見てきた狂った者や、ズレたままの人間とは違う。

綾瀬の言葉に、返す言葉が無かった。
そんなことはない、などと易く返すことはできる。
しかしそれが如何程の価値もないことなどわかりきった話である。
ただの言葉では、埋められない傷痕という溝があった。


そして、一つ。
言葉を聞いて、考えが浮かぶ。

しかしそれは恐らく取り返しのつかないことであり
自分にとっても、恐らく許されないことであることは明らかなものだった。
それでも……このまま、どこにも行けなくなってしまった彼女を見過ごすことは出来なかった。
そういうものだと、そうした割り切りが出来なかったし
割り切っていい人間とは思えなかった。

「もし……”あちら側”にも行ける力<異能>があれば」

そして出来なかったが故に、口に出した。

「”此方側”にも行ける……何処にでも行ける黄昏時の存在になれるのならば」

断言できる。これはいつか絶対に後悔する提案だと。

「君は、なるか。
 日常の中にいて、非日常を知り
 非日常の中にあり、日常を知り
 日常を行き、非日常に行く……
 何処にでも行ける……行く存在に」

綾瀬の目の前にいる”黄昏時の住人”が言う。
何処にもいけない……どこにも居場所がないまま……いつか消えゆく存在になるならばと……


残したカレーの温度は、冷えていく。

綾瀬音音 > (本題の――本当は避けていようと思っていた話題。
出たとしても、大丈夫ですよ、普通に生活してますから、って笑おうなんて頭の隅っこでは考えていた話題。
それが出てくれば、自然と古傷と呼ぶには新しく治ってもいない傷口が血を垂れ流す。
未だにこんなに痛むだなんて、思ってもなくて、思った以上に、苦しい。
それでも涙は出て来ない。
あれから泣いた涙の量なんて、コップ一杯にもなりはしていない。

少女は男を見ない。
片割れのいない――少なくとも自分にはそう思える、指輪を見つめている)

……ありがとうございます。
なんか、こう、色々ありすぎてから。
本当にいろいろあって、楽しくて……幸せで……だから、
(つらい、と言う言葉は唇が動いただけ。
愛していた。本当に嘘偽りもなく。
それが例え、歪んで歪だったものだったとしても――。

その感情だけは、本物なのだ。

今では解っている。彼に寄せていた愛情がどれほどに歪んでいたのか。
いや、歪んでいたというよりは盲目的だったと言うべきか。
普通の恋愛ではなかった。
それは今ならよく解る。

だからと言って、あの日々が嘘になるわけではないのだ。
綺麗な思い出だと、笑えないほどに未だに傷口は閉じていない。
見て見ぬふりが出来ただけ。

それだけだった。

気づいてしまえばもう――そこからは逃げられない。
何処にも、行けない。
想いの置き場所も、何処にもない。

確かに、悪いことはしていない。
ただ、当たり前ではない恋をして。
当たり前ではない終わり方をした。

たったそれだけだ。
それでも“普通”に留まった――少なくともそう彼にそう映ったのが、この少女の“異質”である。
“普通”でなくとも、“普通”に留まるそれ。






―――――――――“普通”で有りたかったという、“願い”)



(男の沈んだ、昏い口調の声をのろのろと顔を上げて聞く、
この声は何処かで聞いたことがあるな、と思えば何時だったか“彼”に“自分のためにこちら側へ”と告げた時の自分の声によく似ていた。

瞳に虚ろが覗く。
深淵を見据えているような、見定めようとしているような、目の前の男が“何であるのか”探るようでもある)

―――――それは、

(“普通”を捨てることだと、解る。
それは自分の根源の転覆だ。
今まで一度も意識したことのない無意識が警鐘を鳴らす。
その提案を受け入れれば、二度と自分は―――――きっと、もう、“普通”ではいられない。
怖かった。恐ろしかった。
それは彼を喪った時以上に感じた恐怖――――)








私は――――
(綾瀬音音と言うただただ、普通でありたかった少女は)







―――居場所が、欲しい、です
(それは居場所ではないのかもしれない。
でも――もしかすれば、何処かに居場所があるのかもしれない。

だから。
ならばと。




そう、喘ぐように口にした)

五代 基一郎 > 男は”失った”側の人間である。
失ったからこそ、取り戻そうとしてどうしようもなくあがいた結果
もう戻らないものであると知った人間だ。

だからこそ、わかる。
普通の生活に……いわば、力の必要としない生活が、日々がどれだけかけがえのないものか。
貴重なものか……失えば二度と手に入らないものであることを
知っていた。身を以って。

だからこそ、失っても縋り続ける目の前の少女をどうにかしたいと思ったのかもしれない。
思ったが、出した案は即ち”捨てろ”というものだった。

これが無垢な少女ならば、一度知れば戻れないが故に出すこともなかった話だろう。
しかし……目の前の少女、綾瀬音音はその世界の片鱗でも知り受けた。
故に、もう……恐らくは。
普通には戻れない。いくら環境を、周囲をと普通というものに戻そうとしても
一度失い、縋るようになれば……それは
戻れない場所をぐるぐると、歩き続ける存在になってしまう。
そしてそのような存在になったが故に

自分に出来ることは、おそらく。根源からどうにかするには……暗闇の中で
……それが如何なる色であっても導く炎になることしかなかった。

その炎を移すことになったとしても……如何なる色の光明であったとしても。

悪魔のささやきならば、まだよかったのだろうか。
禁忌と自ら戒めていたものを、今更善意で出すことが……恐らく、後悔するだろう。
だが……その存在の灯火を消えさせてよいものでは、なかったと
いつ思い出しても自らに断言できるように決めた。

だから、綾瀬音音のその
肯定の意と取れる言葉を聞いて思う。
この先、この言葉を受けなくても受けても彼女にとって居場所はないかもしれない。
だが、この炎で居場所を探す灯りを手にすることはできる。
居場所を示す灯りになるかもしれない。

彷徨うことになるかもしれないがその時は……


「君の時間が空いた時に、また連絡してほしい。その時改めて放そう。」

そうして、冷めたカレーにスプーンを入れた。
店に客は少なく、ランチタイムは終わりを告げようとしていた……

綾瀬音音 > (男が“失った”のであれば。
この少女は元々“得られなかった”人間だった。

――自分が、自分の環境が異質であると思いたい人間がどれほど居るだろうか。
彼女を“普通であること”に歪めたのは、異能をもって生まれたせいであり、また、自身ではどうしようもない環境から来る理由だった。
それを今この場で語ることはないだろうが――。

何が幸せであるのか。
それが自分にだってわからない。
もしかすれば、何処にも幸せなんて無いのかもしれない。
普通であることも、きっともう出来ないのだろう。
ハリボテのような自身をさらけ出すような、そんな心もとない気持ちになって指輪を見ると、ああ、これは多分もう必要が無くなるんだろうな、とぼんやりと思った。

ごく“当たり前”に生きていれば、もしかすればそのまま“普通”でいられたのかもしれない。
だけど、恋をして、愛し合って、“あちら側”を知って。
自身で告げたように世界がひっくり返るような日々を送って。
どれほど幸せだったと告げても――その見たものがただの綺麗な思い出になる訳でもなく。
ならば、行き場所のない、居場所のない自分は――――。


差し出された手を取るしか無いのだ。
照らす炎の温度が、もしかすれば凍えるほど冷たいものでも、身を焦がすように熱いものでも、それに縋るしか、今は道が無かった。

彼の未来の後悔に甘えるのを解っていながら、希う声を上げた。
それがどのような経緯と結果を齎すかは今は解らないが、それでも――きっと。
“幸せ”があるかもしれない、と思ったのだ。
実際はそこまで考えたわけではない。
殆どは無意識の思考だ。

どちらにしても、いつかは破綻していた自分の願い。
その日が今日であり、善意で掬って貰えたのは恐らくは幸運だったのだろう。




同じ暗闇の中を歩くのなら、どんな色でもどんな温度でも、照らし導いてくれる炎がある方が良い)


――はい。解りました。
ありがとうございます。
(希望に満ちた声ではない。
自分にとっては深淵に足を踏み入れると変わらない決断であることはに変わりない。
不安だし怖いし恐ろしいし今にも身体が震えそうだ。

だけど、そう決めた。
―――――決めたのだ)


(頭を軽く下げて、自分も彼のものよりは暖かいカレーを口に運ぶ。
思ったよりも美味しかった。
緊張感が、少しだけほぐれる。

彼よりは遅いが、程なくしてカレーは空になるだろう)

五代 基一郎 > 頭を下げたいのは自分だったが、それはきっと……いつかの時にと思う。
できればそうならない未来へ導きたいものだと……いや、導かなければならない。

カレーが空になれば、店員が待っていたのか
このテーブルの空気を読んでいたのか。
ケーキが運ばれてきた。

会話の話題を区切るような、店員とそのケーキ……
ありがとうの一言と共に受け取ったケーキ。
そのままフォークを入れて口に入れれば、その味がどんな味だったかは……だが
なにか、普通の味がした。今までも味わっているはずだし、そう感じていたはずなのだが

「この後特に予定が無ければ、送ってくよ。」

それとも何処か付き合おうか、と。
何か戻るように……戻らせたかのように、綾瀬へ他愛のない言葉が出た。

綾瀬音音 > (こちらも店員に頭を軽く下げて。
思ったよりもまだお腹に余裕があることにちょっと笑いつつ自分の食べやすい位置へとケーキをたぐり寄せる。

ケーキにフォークを入れて食べる。
ああ、美味しですねって当たり前のように笑って言えた。

――ここは常連になっても良いお店かもしれない、なんて、今までの会話に何のマイナスイメージを持たない風に。)

じゃあお願いしてもいいですか?
今は女子寮に戻ってるんです。
(当たり前の会話。
何でもないお話。
先輩の好意に甘えている、そんな雰囲気で口にする。
――そうなれば、もう何処にでもいる普通の女子学生だ)

五代 基一郎 > 「流石に車じゃないから歩きだけどね。」

いないよりマシ程度に思ってくれればいいよ、なんて冗談めかしてケーキを食べながら思う。

おそらくここのケーキを彼女と食べることは今後もあるだろう。
家に送ることもある。
同じような会話も、するのだろう。

ただ
ただ根本的にズレたことになるだろうなとは……

確信できた。

ご案内:「喫茶店」から五代 基一郎さんが去りました。
ご案内:「喫茶店」から綾瀬音音さんが去りました。