2015/09/18 のログ
ご案内:「住宅街の一角」に畝傍さんが現れました。
■畝傍 > 人通りの少ない夜の住宅街。畝傍は学生街のとある画材店で額縁を購入し、女子寮への帰路につくところであった。
先日、同居人であり親友の石蒜が画用紙に描いた、畝傍の姿。
その絵には石蒜と、彼女のもう一つの人格――サヤの姿も近いうちに描かれると、彼女自身の口から聞いている。
完成したそれを額縁に収める時を想像しただけで、畝傍の表情はほころんだ。
――襲撃者が彼女の身に迫っていたのは、まさにその時であった。
■畝傍 > 先程まで畝傍が通ってきた歩道の脇に位置する側溝から、コールタールめいた黒色の粘液が溢れ出し、夜道に立つ畝傍との距離をじりじりと詰めてゆく。
しかし、仮にも狙撃手である畝傍がその予兆に気付かぬはずはなかった。
黒色粘液が畝傍の背後、一定の距離まで近づいた時、畝傍はすかさず振り向く。
――と同時に、黒色粘液の中から何かが射出される!
「……だれ!?」
畝傍は黒色粘液の中から射出された"何か"を間一髪回避すると、すぐさまヘッドギアに触れ収納ポータルを展開。購入した額縁を収納、狙撃銃を取り出して構える。
やがて、その"何か"――ケーブルで接続された、人間の腕のような形状の――が、
アスファルトの上に沼めいて広がった黒色粘液の内部へと吸収されると、粘液は収縮・励起してゆき、ヒトの姿を成す。
淡い紫色をした短い癖毛の髪と、平坦なバストの痩身。現れ出でたその姿は、畝傍とごく変わらぬ年齢の少女であった。
「見つけたヨォ。オレンジ色」
紫髪の少女、その両のサイバネ義眼から放たれる緑色の光が、橙色を纏う少女の眼窩を射抜く。
■畝傍 > 「……キミは、『星の子ら』<シュテルン・ライヒ>……なの?」
紫髪の少女へと問いかける畝傍。恐らく、この少女はかつての自身と同じ『星の子ら』の一人であり、
先日、転移荒野にて聞こえた声の主――自身の命を奪おうとする何者か――の差し金であると、畝傍は察していた。
その言葉を聞き、眼前の少女は口の端をつり上げながら言葉を紡ぎ出す。
「理解が早くて助かるヨォ。アタシは淀<ヨド>。アア、アンタは別に名乗ンなくてもいいぜ。知ってっから」
淀・ツェツィーリエ・ハインミュラー。その異能――『狂気山脈』<マウンテンズ・オブ・マッドネス>は、
サイバネ化箇所を含む自らの身体を可塑性と延性に長ける黒色の粘液へと任意に変化させ、また元に戻すことが可能なものである。
全身を粘液化して住宅街の側溝や建造物のダクト、パイプなどを通過しつつ目標へ接近、
複数のナイフを仕込んだ可変式有線サイバネ腕による死角からの不意打ちを行うのが彼女の基本戦術である。
しかしこの戦術は初撃で仕留めることに特化しており、それが失敗し目標に気付かれようものなら、後はほとんど成り行きで戦うほかなくなる。
『仕事』柄背後の気配に敏感な畝傍に対して、背後からの不意打ちという淀の行動は悪手の極みといえるだろう。
だが淀は、その表情に余裕を隠さない。所詮はサイバネ化部位も持たぬ三下――彼女はそう畝傍を見ていたのだ。
「アタシは別にアンタに恨みは無いがネ、大将がアンタを殺せと言ってるンだ。本当は黒フードのほうが楽そうだったカラ、ソッチにしたかったンだがネ。アッチは大将が直々に殺るっていうから、マァそういうこったヨ」
■畝傍 > 「……ここじゃ、たたかえないよ」
落第街や未開拓地区ならばともかく、ここは居住区だ。出来る事なら、血の流れる事態は避けたい。
もっとも、かつて畝傍も生徒を襲撃する危険な魔物が学生街に姿を現した時、それを狩ったことはある。
しかし、ヒトとヒトとの戦いを、このような場所で堂々と行うわけにもいかない。
ゆえに、命の奪い合いをするならば場所を移ることを持ちかけようとするも。
「甘いネ、オレンジ色!ハイヤー!」
続く言葉を発する前に淀が叫び、ナイフ型へ変形した淀の右有線サイバネ腕が再び飛来する!
畝傍はこれを斜め右後方へのステップで回避しつつ、サイバネ腕と本体を繋ぐケーブルに狙いを定め発砲!
だが弾丸の軌道は逸れ、淀の腹部へ命中!しかし淀は表情ひとつ変えることはない。
銃弾はそのまま淀の肉体を貫通して歩道に当たり、跳弾。
さらに淀の腹部に開いた穴は、周囲から溢れる黒色の粘液に塞がれ、瞬時に再生したのだ!
■畝傍 > 有線サイバネ腕は再び淀のもとへと戻り、本体に結合する。
「…………!」
「どうしたどうした、オレンジ色ォ。その程度で終わりかヨォ」
沈黙を保つ畝傍に対し、淀はまたしても口角を上げ、左手をくい、くいと動かし、挑発する姿勢をとる。
相手の戦術が判明した今、状況は畝傍に傾いたと見える。しかし畝傍の側にも、淀に対する有効打はない。
銃弾は黒色の粘液で構成された淀の肉体を突き抜け、無力化されてしまう。
異能を発現することで放てる炎の有効性は定かでないが、その行使によって自らの正気を代償なりとも犠牲にする畝傍は、
異能者との戦いになったからといって軽率に自身の異能を行使するわけにもいかない。
ならば有線サイバネ腕が射出される隙を突き、ワイヤーを切断することで攻撃手段を断ち、撤退を余儀なくさせるしかない。
とすれば、有効なのは――。畝傍は思案する。
――その時である!畝傍の脳内に、聞き慣れた声が響いた。
■畝傍 > 「≪身体を譲りなさい、畝傍。千代田なら奴を仕留めてみせましてよ。……貴女の"大切なもの"を焼かずに≫」
声の主、それは――千代田であった。
もっとも、千代田が異能を行使すれば代償は全く無いというような、都合のいい話でないことは確かである。
もし千代田が畝傍に代わって異能を行使した場合に、"千代田としての人格"が支払うべき代償もまた、確かに存在するのだ。
しかし畝傍が自身の正気をこれ以上焼いてしまうよりは、リスクが低く有効な手段だろうことを、千代田だけは知っていた。
「そんなこと……できるの?」
「≪ええ、出来ますとも。千代田は『炎』ですから≫」
その言葉を聞いた畝傍は、しばし熟考する。
先日、異邦人街の教会跡で表に出そうになった千代田を静止したのは、
『そこで出会った人物から混沌の力を感じたものの、悪人である保証まではなかった』ためだ。
だが今は、自身に対して明確に殺意を持った異能者が襲撃してきている状況だ。躊躇している暇はない。
「……わかった。やってみて」
畝傍が答える、それと同時に――その体に変化が生じはじめた。
眼帯で覆われた畝傍の左目から、冷気を纏う灰色の炎がこれまで以上の大きさで溢れ出し、
両手首、両足首からも、左目からのそれと同様の灰色の炎が燃え盛り、放たれる冷気によって周囲の気温を著しく低下させてゆく。
そしてブロンドの髪は色彩を変転させ、燐光に似た青白い光を放ち始める。その輝きはまさに、極地からの光。
「なッ……アンタ、異能を……」
淀は驚愕する。それもそのはず、畝傍の異能に対する淀の――あるいは『大将』の――知識は、
かつてその異能が、避けられぬ死を避ける力『九死一生』<デッド・ノット>と呼ばれていた頃のものから更新されていない。
故に、眼前の千代田が発現させた『炎鬼変化』<ファイアヴァンパイア>――否!
「氷の能力――『不浄の氷炎』<イーリディーム>とでも呼んでいただきましょうか。これが千代田の異能でしてよ」
「イーリディーム?千代田?そ……そンなの大将から聞いてねェぞ」
『不浄の氷炎』に対して、淀がとれる対策はなかった。反撃が始まる!
■畝傍 > 「さて……銃は邪魔ですわね」
狼狽する淀をよそに、千代田は普段の畝傍が行うように狙撃銃をポータル内へ収納した後、
腰の後ろ側から抜いたナイフを両手に取り、構える。
「如何なさいましたの?まさかとは思いますが……千代田に怖気付きまして?」
肉体の主導権を握った千代田と対峙する淀の脚は、どこか震えているようにも見えた。
千代田はその気配を見逃さず、その"炎"の温度を嫌でも想起させる冷たい声で、淀を挑発し返す。
「……何をーッ!ハイヤーッ!」
今度は左右両方の有線サイバネ腕を変形させて伸ばし、攻撃に移る淀。
あわや直撃かと思われたその瞬間、千代田の姿は淀の視界から消える。
上方に跳躍し迫りくる腕を回避した千代田は、落下と同時にナイフに冷気を纏わせ、
今まさに淀のもとへと戻らんとする有線サイバネ腕のケーブルを両断する!
本体から切り離された腕は力なく地に転がり、その動きを止めた。
「これで武器は使えませんわね。降参されてはいかがですこと?千代田はともかく、畝傍は無益な殺生など望んでおりませんし」
唯一の武器であろう両の有線サイバネ腕を失った淀に対し、千代田は降参を勧める。――だが!
■畝傍 > 「う、腕を……腕を落としたぐらいで……良い気になるなヨ、オレンジ色ーッ!『狂気山脈』の本当の恐ろしさ!思い知れーッ!ハイイイヤーッ!」
淀の下半身全体が黒色粘液へと変じ、千代田の足下へと迫る!
千代田を飲み込み、内部で窒息させることを狙うつもりだ!
しかし黒色粘液は千代田の足下に達する寸前に凍りつき、それ以上の接近を許されない。
だが淀の攻撃もここで終わりではない。さらに背中からも六本の黒色粘液突起が伸張し、左右方向から千代田の身に迫りつつある!危険な状況だ!
千代田は一旦ナイフを収納すると、左右方向に腕を広げ、両手から冷気を噴射。粘液突起を凍りつかせる!
「ハッ!本当の恐ろしさとはこの程度ですの?笑わせないでくださいまし!」
千代田は哄笑と共に、冷気を纏わせたナイフを投擲!
すでに千代田の足下へ這わせた粘液を凍らされ、回避のできない淀の胸と腹にナイフは深々と突き刺さる!
淀は黒色粘液から構成される肉体ゆえに、心臓を刺されようと即死することはない。
しかし、淀のその体は、千代田が投擲したナイフの刺さった箇所からたちまち凍りつきはじめていた。
「そん……な……大……将」
最後まで言葉を紡ぐ間もなく、淀の肉体は完全に凍りつき、不完全なヒトの形を残す氷塊と化す。
そしてその氷塊へと、千代田は前方跳躍からの縦回転を加えた鋭いチョップを一閃!
氷塊は打撃の命中箇所から徐々に罅割れてゆき、そして――断末魔の叫びすらなく、淀"だったもの"――黒色粘液の塊は、粉々に砕け散った。
■畝傍 > やがて両手首と足首から噴出する炎が静まり、髪色も元に戻る。
しかし、千代田の人格が表出していることを示す左目からの炎は、消えることなく溢れ続けていた。
千代田は周囲を見渡し、これ以上の襲撃がないことを確認すると、
「……片付きましたわ、畝傍。もう出てきてよくってよ」
心中の畝傍に対し、声をかける。――しかし。
畝傍の声が、返ってこない。
「……畝傍?」
つい先程までは、会話が通じていたのに――
一体、何故?千代田は怪しむと同時に――その心中に不安が生じる。
このまま寮に戻れば、同居人たる石蒜もまた、畝傍の行方を案ずるだろう。
しばし考えた後、千代田は畝傍の携帯端末を取り出し、石蒜の端末へメールを送らんとする。
【きょうは とまってくるから しーしゅあんは ごはんたべてて】
同居人がひらがな以外を読めないことは、畝傍の記憶から理解している。
慣れない手つきで打ち込んだメールの送信が完了したのを確認した後、
どうにかして今夜限りの宿を探そうと、千代田は夜道を歩き出す。
「……はぁ」
――面倒なことになった。灰色の炎の化身たる少女は、心中でそう呟きつつ、あてもなく彷徨い始めた。
ご案内:「住宅街の一角」から畝傍さんが去りました。