2017/04/18 のログ
ご案内:「春の海」にメイジーさんが現れました。
ご案内:「春の海」に竹村浩二さんが現れました。
メイジー > 大型の二輪車に埋め込まれた動力機関の鼓動と、吹きわたる風の音を聞いていた。
泳ぐにはまだ早すぎる春の日に、砂浜に沿って長い弧を描く舗装道路を駆けていく。

はじめて原初の海を目にした時の感動を、今も鮮やかに覚えている。

この都市をとりまく海は、青いダイヤの輝きにも似て、どこまでも深い色彩を湛えている。
煤と煙に染まらぬ空と、極彩色の汚濁も毒性のある気泡も、僅かな異臭さえない大海原。
人と機械がせめぎあう蒸気都市では、詩人の奇想の中にだけ存在した理想の世界。
この世界では誰もが当たり前と笑う光景に、この身はただただ言葉を失くす。

いまだ多くの祝福が残されたこの世界を、《楽園》と呼ばずして何と呼ぼう。
こんな世界が存在することすら知らず、短い生を終えてゆく人の何と多いことか。
或いはそれは、救いとも呼べたたのかもしれない。
無何有郷の夢を見ず、決して手の届かぬものへの羨望に身を焦がさずに済んだのだから。

「………身共はさしずめ、《ストレンジャー・イン・パラダイス》」
「楽園のまろうど、といったところでございましょうか」

春の潮風を感じながら、主の胴に回した腕に遠慮がちに力をこめた。

竹村浩二 >  
正直、自分のド派手なバイクであちこち乗り回すのは気が引けた。
でも、それ以上にメイジーが喜んでいる姿というのは、心が安らいだ。

花散らす雨に桜は短い命を終わらせて。
青空はどこまでも憂鬱に広がり、海は果てなく人の存在を拒む。
それでも、喜ぶヤツはいる。

うちのメイドだ。

ディストピア的世界からやってきた異邦人には、この世界は美しく見えるらしい。
俺も子供の頃には、親父に連れて行ってもらった海ではしゃいでたっけな。
そんなことを薄く思う。

「この島が楽園に見えるならどこに行っても楽しいぜ、お前」
「…俺もあちこち旅行したわけじゃねーけどさ」

タンデムシートに女性を乗せるのは初めてだ。
というか、人を乗せたことがあんまりない。怪我人を搬送したくらいだ。
だって俺のバイクは無駄に鋭角的なデザインをしているもの。
俺がアーマードヒーローに変身するとバイクも出力の関係で青くなるが、まぁそんなことはどうでもいい。

春風はどこまでも気持ちよかった。

「そろそろ着くぞー、疲れてないか?」

メイジー > 「身共の世界とこちらに往来が生まれましたら……よい行楽地になりましょう」

そんな未来はありえるのだろうかと、疑いながら口にする。

「ロクストン卿やご友人方がお越しの時には、よく話してくださいました」
「南方の亜大陸や極地に残る、雄大なる自然のありさまなどを」

重心が低く、車体の重量がある分、二輪車は見た目以上に安定している。
バランスをとることには、さほどの苦労もない。
ただ、姿勢の問題があった。
後部座席に乗るものは、馬に騎乗するように脚を大きく開いていなければならない。
後輪の巻き込みにも注意を受けて、いつもより丈が短く、装飾な簡素な衣装を選んだ。
そのうえ、操縦者の身体に、ずっと触れていないといけない。
車体が止まるたび、慣性に押されて不必要にしがみついてしまう。

慣れないことばかりだ。

「ご心配には及びません、わが主」

竹村浩二 >  
「……無理だろ、世界と世界が繋がったら争いのほうが問題大きいぜ」

我ながら夢のない答えをしていると思う。擦れた発言だ。

「雄大な自然……ねえ」

ここが雄大な自然とはとても思えないが。
仮にそう見えるほどの絶望的な世界に自分が生まれていたらどうなっていただろう?
煤に塗れて絶望して死んだか、正義を見失って夜盗に身を窶したか。
最近はそんな想像ばかりしている。

「あっそ」

しがみつかれる度に、ちょっとドキッとする。
そのたびに、自分を心の中でひどく打ち据えるのだ。
年の離れた娘に色目を使うな、と父親のような声で自分を叱る。
そのたびに叱られる側の自分は、恥ずかしさと後悔で消えてしまうほどに小さくなるのだった。

「お前が海を見たいって言うなんてな」
「あんまりにもビックリして本当に連れてきちまったぜ」

その時、トンネルを抜けると。
青い海が見えた。
しばらく走って、

「これくらいでいいだろ」

ガードレール沿いに駐車し、バイクをロックした。

「……まだ泳げる季節でもねーから人少ねぇなぁ、っていうかいねぇな」

異能で取り出した煙草にライターで火をつけた。

メイジー > 「ありがたく存じます、わが主」
「身共の知る海には、錆色の薬液と油膜……いつまでも消えぬ黄色い泡が漂っておりました」
「潮の香りだけが……すこし似通ってございましょうか」

饐えたような異臭の中に微かに薫った潮騒の気配。
水平線の彼方から吹き渡る風に、いくぶん美化された印象が呼び覚まされる。

「では、いずれまた参りましょう。このメイジー、水泳にはいささか覚えがございますので」

靴をそろえて脱ぎ、腰から下腹部、両脚を経てつま先まで覆う暗色の薄絹から片脚ずつ抜いていく。

「………時々、夢を見ているような心地がいたします」

帝都の空に轟音と濛々たる煙を吐き出す超高層複合建築群。
天を貫く鉄塔の高みから身を躍らせて、遙かに遠く、満点の星空にも似た街の明かりへと墜落していく。
人類の天敵、苦悶する魔獣に刃を押し込みながら、諸共に死の定めへと突き進んだ、数瞬の記憶。

「あるいは、私の育ったあの場所こそが悪い夢でもあったような……夢から覚めたのか、未だ覚めずにいるのか」
「―――わからなく、なってしまいそうで」

奈落に墜ちる寸前の走馬灯のようなもの。或いは胡蝶の夢とも呼ぶべきものか。

竹村浩二 >  
メイジーの語る海に舌を出してウヘェと唸った。

「汚染されきってるじゃねぇか。そんな海、この国じゃ見たくても見れねーレベルだぜ」
「海の匂いだきゃ共通ってか……なるほどねえ」

また来る、か。
自分の未来のことなんか、考えたこともなかった。
ただ年を取っていく恐怖に焦りだけしか感じていなかった。

ま、こういうのも悪くない。

「俺はそんなに泳げねーぞ……」

携帯灰皿に灰を落とし、紫煙を吐き出した。

「俺なんかにバイクで連れられて春の海に行く?」
「こんな奇妙な夢、あるわけがねぇ」
「ほら、海水に触れて来いよ。実感があるぜ…夢じゃねぇって現実感がな」

せっかく来たんだし。
自分も煙草を携帯灰皿に落として海側に歩き出した。

メイジー > 「参りましょう、竹村様。わが主、せっかくここまで来たのですから」
「そしてこの身は主のお供をいたしましょう」

すこしひんやりとする砂浜に裸足で降り立って。
スカートの裾を摘んで持ち上げ、恭しく頭を垂れる仕草をして。
ゴミひとつ落ちていない季節はずれの浜辺で、主が続くのを待つ。

「人の世は夢にあらずや、とも申します」
「身共のような者には、身に余る夢にございましょう」

歩くような速さで波打ち際へと進み、まだ冷たい水温に足首まで浸かる。

「………ホールドハースト卿はすでに、新しい使用人を見つけておられましょう」

海水を含んで流れる砂を踏みしめながら、主の顔を見つめる。

「ここは誰もが生まれながらの自由を謳歌し、平和で、満ち足りた場所」
「空は青く、水は清く、人の心は穏やかで…身共には、夢想だにしえぬ楽園にございます」
「かつての主のことも、我が身の務めさえ……いつか幻のように、薄れていってしまいそうで」
「メイジーは、この身の不実が恐ろしくなります」

気持ちが弛んでいる。胸に手をあてて、どこか気弱に声を曇らせた。

竹村浩二 >  
「おう、苦しゅうない」

何様か。ご主人様だ文句あるか。
浜辺を歩けば、砂浜は何が楽しいのかキュッキュッと鳴る。

ゆっくりと、本当に子供でも追いつけそうなほどにゆっくりと。
浜辺を歩いていく。
生活委員会は仕事熱心だ。オフシーズンの砂浜すら綺麗に掃除している。

メイジーの長い独白を聞く。
彼女の心には、澱が少しずつ沈殿していたのだ。
それは罪悪感という濁り。

「……ホールドハーストさんのことは知らないけどよ」

正直に言った。

「誰がお前のことを不実だと言ったよ?」
「今のお前のご主人様は俺だろ、その俺が言ってやらぁ」

海に向かって両腕を振ると、塩辛い空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「お前に罪はねーーーーーーよ!!!」

ゲホゲホと咳き込む。
煙草はやはり体に良くはないな、と自嘲気味に笑って。

「はぁ………人には使命みてーなもんがあると思う、誰もが、だ」
「だがそれは常に心の中心に置いておかないと噛み付いてくるようなおっかないもんじゃない」
「メイジー…お前は良くやってるよ。俺みてーな野郎の身の回りに気を配るなんてさ」

その言葉に、自分の心で萎れていた何かが顔を上げた気がした。

……お前に言ったんじゃねぇよ、バァカ。

「それでも、それでもだな。文句言うやつがいたら俺が相手になってやらぁ」

メイジー > 不倶戴天の敵を追うことを辞めてしまえば、こちらが手出しを受ける理由もなくなる。
蒸気都市から隔絶された世界で、蒸気都市の魔物を追うことに何の意味があるのだろう。
この世界への転移が、もしも不可逆のものであるなら―――この身の所業はあまりに滑稽ではないか。

そんな風に、信念を疑ってしまった。
許容しがたいことだ。己のうちに巣食った弱さに、燃え立つような憤怒を覚えてもいる。
けれど。

砂浜に人影があれば、誰もが振り向いたような大声がひびく。
びくりと肩をすくめて、厚い前髪の下、目を瞬く。

「…………―――竹村、さま」

気持ちが揺らいだからといって、全否定するのは間違いだと主は言った。

「このメイジーが怠けていては、身共の都市だけでなく、こちら側の皆様にも危険が及ぶのです」
「……この身には、お叱りのお言葉の方が似合いましょう。ですが、ええ―――」

胸のつかえが取れたみたいで、今は自然に笑えているような気がする。

「わが主はお優しいお方にございます」

竹村浩二 >  
「俺が優しいだぁ~~~~?」

ヘッ、とへそ曲がりな口元をして。

「そんなコト言い出すのはお前くれーなもんだよ、変わり者!」

だが、気になった。
こちら側の人間にも危険が及ぶ。
それ即ち、災厄。
少し調査してみて、本当に危険なら……変身、するか。
そう思った。

「お、見ろよ。この桜の花びら、いつから浮いてるんだぁ?」
「ああ、トコヨヤドカリがいるじゃねーか。この島の固有種だぜ」
「それからなー、ここらへんの海岸沿いの自販機にしかないジュースがあってな」

マシンガントーク。
首から上は一級品を自称する男は、喋ることで場を和ませられると信じた。