2017/04/13 のログ
東雲七生 > 「衣服に関しては、異邦人街に行けばある程度は揃ってるしね。
 背中に翼が生えてる人も、腕が翼になってる人も居るわけだし。
 尻尾が生えてる人用だって、色々あるから困らないでしょ?」

それでいて普通の人間用の衣服もある。
よく行く衣服店の品ぞろえを思い返しながら、くすくすと肩を竦めて笑った。

こちらへと来る異邦人を、彼らの望むままに受け入れていてはきっと人口がパンクしてしまう時が来るだろう。
そのためには強制的に帰還させるのもまた、生徒の為だ。
それを理解しているから軽率に非難したりもしない。

「ああー……えっと、元気だよ。たぶん。
 顔見たわけじゃないんで何とも言えないけどね。
 一応……何だろう、異能の解析とか、かな。

 いいのいいの、気にしないで。」

ただぼんやりと温泉に浸る事の方が多いからか、こうして人と話すのがいやに新鮮に感じられた。
ただ家族の話になると湯気に隠れて俄かに表情が曇る。

「ここのお湯、外傷に結構効くからさ。
 生傷くらいは治るし、疲れも取れるし、転移荒野の帰りには寄る事にしてんだ。」

ステーシー >  
「それはそうなんだけれど……」
「私の服、特注だから……師匠の着てた服そのままの…」

なんだか恥ずかしい。
この年になっても親離れできていない子供みたいだ。

異邦人。孤独の客人。彼らをこの世界に呼んでいるのは、一体なんだろう。
そんなことを空を眺めながらぼんやり考えた。

「ん………そっか」

家族の話をすると、相手の言葉が濁って聞こえた。
初対面で込み入った話をしすぎた。
刺すような罪悪感が胸にこみ上げた。

「へえー、そうなんだ」
「でも敵対的怪異にだけは気をつけてね、いくら強くてもそれだけは、ね」

コホン、と咳払いをした。

「…あの、最初。覗いてごめん」
「はー、すっきりした。謝る機会をずっと伺ってたの」
「それじゃ、私は仕事に戻るから。またね、七生」

物陰から物陰へ。そのまま荒野へと走り出していった。

ご案内:「露天温泉」からステーシーさんが去りました。
東雲七生 > 「へえ、特注。
 それならまあ、確かに同じのをって訳にもいかないんだろうなあ。」

頼めば仕立ててくれそうな店も心当たりがあったが、流石にいきなりそこまで勧めるのも不躾だろう。
ふんわりと笑みを浮かべて大変だなぁ、と独りごちる。

「はいはいー、十分気を付けるさ。
 って、別に気にしなくて良いのに。見られて困る様なものは見られてないから。多分。
 じゃ、またね、ステーシー。お仕事頑張って。」

ひらりと水音共に手を振って。
それから遠ざかる足音と気配をぼんやりと追いながら、ある程度離れた辺りでそれを止めて、お湯を手ですくうと顔に掛けた。

「……家族、両親。」

ふう、と息が零れ、それを吹っ切る様に空を見上げる。
此方へと顔を向け、咲いている桜を眺めた。

東雲七生 > 「もう三年生、なんだよなあ……」

何時までもだらだらしてられないな、と呟く。
ずっとあと一歩踏み出せないまま徒に時を過ごして、それこそこの温泉の様に居心地の良い生活に身を浸からせていた。
しかし、あくまでそれは現状をひたすら停滞させているだけで、良くも悪くも進展はない。

このままだらだらと生き続けていれば、いずれ否応にも自分にまつわる何事かに巻き込まれる様な気はする。
しかし、その結果、自分が望む未来を手に出来るかと言えば、

「……多分、限りなく0に近い……。」

重々しく呟かれた言葉は、湯気に紛れて空へと昇って行く。

東雲七生 > 「それは……やだなあ。」

きっと、今の様には生きられなくなるだろう。
また研究区のあの部屋に逆戻り、だ。でも、それでもまだ良い方だと考えられる。
根拠はないけれど、頭の何処かがそれはマシな方だと告げている。

「……そういや、声も全然しなくなったよな。」

自分のこめかみを軽く小突きながら、ふと呟く。
一時期事ある毎に聞こえていた頭の中の声が、最近はすっかりおとなしい。
何が契機か分からず始まった現象は、終わる時も何が契機が判らなかった。

そもそも、本当に終わったのだろうか。

東雲七生 > 「何だかよく分からないまま終わるってのも、それはそれで……」

どうしようもなく気持ち悪い。
嫌な想像ばかりが掻き立てられ、それらを追い払う様に七生はお湯の中へと潜った。
桜の花弁の浮いた温泉の中に、真紅の髪がゆらゆらと揺れる。

呼吸を停めていればそのうち考えも停まるだろうと、
固く目を瞑って、何も見えず聞こえないお湯の中でただただ思考が停まるのを待つ。
そうしてしばらくしてから、再び顔を出した七生はすっかりのぼせ上がっていた。

東雲七生 > 「……あー、うー……」

ふと、居候生活を始めたばかりの頃に家の湯船で同じことをやった事を思い出した。
その時は上手くいったのだが、同じ手は通用しないらしい。
自分自身に対する猜疑心を僅かに残したまま、七生はふらふらとお湯からその身体を引き揚げる。

水面に浮かんでいた花びらが身体に張り付き、桃色の斑点を纏って。
七生は着替えを置いてある物陰へと向かい、着替えを済ませるとその場を後にしたのだった。


後には薄桃色に染まった温泉が、変わらず湯気を立ち込めさせたままそこに在る──

ご案内:「露天温泉」から東雲七生さんが去りました。