2016/08/13 のログ
ご案内:「国立常世新美術館」にヨキさんが現れました。
■ヨキ > 正午過ぎ。
自身の個展が開かれている、展示室前の廊下。
ゆとりある間隔で置かれたソファの一つに、浴衣姿のヨキが寛いでいた。
海沿いの風景に面した広いガラス窓を正面に、展示室や通路に背を向けた格好だ。
ヨキは背凭れに身を預け、膝に帽子を載せた格好で天井を仰ぎ、目を瞑っている。
元から呼吸の浅い男であるから、眠っているのか、はたまた瞼を閉じているだけかは判然としない。
午前中にいくらかあった人の入りも落ち着いて、今は通る人も少ない。
ヨキに声を掛ける者は、今のところないようだった。
ご案内:「国立常世新美術館」に獅南蒼二さんが現れました。
■獅南蒼二 > 芸術と文化の結晶とも言える美術館で,一際異彩を放つ白衣姿。
無論館内は禁煙なので,その右手はポケットの中で煙草を弄ぶのみ。
普段なら決してこんな場所に足を運ばない獅南蒼二は,静かにソファに近付き・・・
「・・・・・・わざわざお出迎えとは,光栄だな。
しかしその服装にその帽子は,あまり良いセンスとは言えんぞ?」
・・・眠っているのだとしても一切構う事はない。
貴方のすぐ前に立って,声を掛けた。相変わらずの悪態を交えて。
■ヨキ > 獅南の言葉を、聞いているのかいないのか。
降りかかる声に、眉根に小さく皺が寄る。
「………………、」
薄らと開いた金の瞳が、相手を見上げる。
夢うつつのあわいを漂う、魂が抜けたように茫漠とした眼差し。
まるで知らぬ顔を見る、別人のような顔をした一瞬ののち――
双眸に、命の焔がふっと点った。
「――そりゃあ。
世にも珍しい客のお出ましだからな。
……しかしこの格好は、お前の好みには合わなんだか。
せっかくめかし込んできたのに、残念だ」
胡乱な表情を垣間見せたのが嘘のように、普段どおりぽんぽんと話しながら立ち上がる。
にんまりと笑んで足を向けるのは、件の展示室だ。
「それにしたって、相も変わらず美味そうな顔をしているよ、獅南」
■獅南蒼二 > 自分を見上げる瞳を見下ろし,僅かに目を細めながら,獅南は嗤った。
「まるで不勉強な学生のようだ・・・まったく。
だが,確かにアンタの言う通り,こんな場所に来るのは初めてでな。
・・・・・・ここではそっちが正解か?」
普段どおりの白衣姿と,普段は見せぬ浴衣姿。
対照的でさえある2人だが,同じ歩幅で,展示室へと静かに歩む。
「そりゃ光栄だな…まったく,物好きな事だ。
しかし,ここで私を食い殺せば,アンタと私はその身をもって異能者の危険性をこの世に知らしめることになるだろうなぁ?」
物騒な言葉を並べながらも,獅南は穏やかな表情を浮かべていた。
展示室に自分が送りつけた花が飾ってあれば,まず視線はそちらへ向けられるだろう。
■ヨキ > 「さあ、街中では自分の好きな服装、似合う服装をするのが定石だぜ。
お前がその恰好を好いているなら、何だって正解さ。
ヨキは夏だから、涼しいから、洒落込みたいから、これを着た。
生憎と、見かけほど不勉強には落魄れていないから、安心してくれ」
抑えた話し声でくつくつと笑う。
「本当にな。今だって、ヨキは自分の精神力を大いに褒めてやりたいくらいだ。
良くもまあ、こんなにも長く『待て』が出来るものだと感心する」
展示室へ足を踏み入れると、通路よりもやや天井の高い空間が開ける。
部屋の中心に大型のオブジェ「落花図」を据えた、ヨキだけの展示空間だ。
獅南から贈られたフラワーアレンジメントは、受付の机に堂々と、
まるで見せびらかすかのように飾ってある。
「――ヨキの作品展へ、ようこそ」
まずは芳名帳にお名前でも、とばかり、冗談めかして小首を傾ぐ。
■獅南蒼二 > 「昔はそうだったのだろうが,いつの間にやら他に服が無くなってしまってな。
似合う服装か……まぁ,アンタにそれが似合っているかどうかは,兎も角として。」
自分のものはあまり想像できんな。なんて,楽しげに笑う。
「私の研究室まで食い殺しに来てくれれば,手間が省けたのだがなぁ。
…まぁ,しかしお陰でこうしてまた友人として会話ができるのだから,私もアンタに感謝すべきかな?」
思った以上に目立っているフラワーアレンジメントを一瞥してから,
芳名帳に手を翳した。風も無いのにふわりとページが捲れて…
「手書きも味があるのだろうが,このほうが私らしいだろう?」
…宙に浮いたペンが,一点一画も疎かにしない精密な文字で獅南蒼二の名を書き記す。
それから,改めて獅南は展示室の中心,見上げるほどに巨大なオブジェへと目を向けた。
尤も獅南にはその花の種類さえ,分からない。
それぞれ違う表情を見せる9つの花を,上から順に眺め・・・4つめの花で視線をとめた。
・・・生に溢れた花に死の陰が差している。
「生憎と,芸術を理解できる感性を持ち合わせてはいないのだが・・・
・・・こんな瞬間を切り取って固めるとは,いい趣味をしているな。」
受付に飾られたフラワーアレンジメント。
そこに施した術式は“生に溢れた花”をそのまま固めるものと言っていい。
・・・両者の隔たりは生きた時間の差か,それとも“生”への価値観そのものの差異か。
■ヨキ > 無言で獅南をじろじろ眺めて、
「…………。お前が違う服装をしているところ、想像がつかんな。
見目は悪くないのだから、少しは整えれば格好も付くだろうに」
何とも不躾な調子で笑った。
「作品展のお陰で、ヨキは平静を保っていられるのだと思っていた。
だがそれ以上に、やはりヨキはお前個人が大切であるらしいよ」
だから食わずに居られるのだ、と。
“獅南らしい”手法で名が記された芳名帳に、満足げに頷いた。
獅南に背を向け、先導するように室内を進んでゆく。
まず目に入る「落花図」の前で、足を止めた。
作品を表する言葉に、目を伏せて小さく笑う。
「有難う。
この作品のために、椿の枝を何本も買い込んでな。
飽きるほどスケッチして、眺めて、写真に撮って、いくつも作り直したよ。
実物らしいと、あまつさえ実物よりも見どころのあるような――
そういうものを作りたいと、いつも思っていた」
獅南の、視線の先を見定めるように。
ヨキの目は、その横顔を柔らかく眺めていた。
■獅南蒼二 > 「その言葉はありがたいが,その一方で私を食いたいのも事実なのだろう?
難儀なものだ・・・善良な友人としては,アンタを殺してその苦しみを終わらせてやるべきか。」
冗談交じりにそう呟きつつ,横顔を眺める貴方に視線を向けた。
窪んだ目元は相変わらず疲労の色が濃く,しかし瞳は澄み切っている。
それこそ,一抹の迷いも無いとでも言わんばかりに。
それからまた「落花図」へと視線を向けて・・・
「・・・服をアンタのセンスに任せるのも面白そうだが・・・駄目だな,信頼できん。」
・・・苦笑した。
「実物よりも・・・なるほど,芸術というのは奇妙なものだ。
絵画もそうだが,多くは実物を模写したに過ぎんのだろう?
模写はあくまでも模写だ。実物を超えることなど,本来,ありえない。」
貴方の言葉で,はじめてそれが椿であると認識する。
だが,そんなありふれた存在である椿を模写し,金属によって成形したに過ぎないその巨大な作品が,
確かに,この獅南にも“何か”を感じさせる。
「・・・・・・意見を聞かせてくれ。
勝手な憶測だが,私が“最高の魔術”を目指しているのと同様に,アンタは“最高の芸術”を目指しているのだろうから・・・」
貴方に視線を向けることもなく,視線は最後の花へ。
死の陰が生を駆逐し切ったのだろう,その哀れな花は地面に落ち,文字通りに朽ちている。
「・・・その道に,終着点はありそうか?」
■ヨキ > 「いいね。その調子で、お前にはヨキを殺す術を究めてもらいたいが――」
元から人気のないこともあって、声のトーンを落としているとは言えども、
語り合う内容に憚りはない。
「ヨキがお前の教え子から狙われるのと同様に、
このヨキを討てばお前は少なくない人間から恨まれることになる。
お前は、他人の恨みを買うことなど慣れっこやも知れんが――
ヨキは愛する者たちに、同じように愛するお前を恨んで欲しくはないのさ」
軽んじる調子もなく、大真面目に言い切る。
服のセンスが信頼できないと言い切られてしまうと、くは、と可笑しげな声を零す。
帽子を手にしたまま腕を組み、真っ直ぐに獅南を見た。
「単に外面を写し取っただけならば、実物を超える『何物か』を引き出すことは出来んだろう。
それを可能にするのは――
対象についての深い理解と、作品に表れるだけの作り手の感情と。
それから、鑑賞する者のうちから感慨を呼び起こすための手腕だ」
その確かな語り口からは、平素のヨキの講義が“そういう風”に行われていると察せられる。
そして獅南から向けられた問いに、
「終着点は――」
金属の花へ目を向けて、
「ない」
一片の淀みなく、言い切る。
「……だが自分の中で、『通過点』を定めることは出来る。
例えば、ヨキにとっては――
お前がこうして、ヨキの展示を見に来てくれたこと。
ヨキの作品について、お前の言葉で語られること。
お前が、ヨキの作品を褒めてくれさえすること……、
…………。
それだけで、この空腹がひととき紛れるくらいには、ヨキは嬉しいんだ」
作品を見上げたまま、小さく笑った。
■獅南蒼二 > 終着点は───ない。
その言葉を聞いて,獅南は安心したように目を伏せ,そして笑んだ。
魔術,芸術,まったく異なる分野を極めんとする2人の共通点。
互いにその道は険しく遥かに遠く,そして,終着点は存在しない。
「……………。」
一つ,大きな相違が立ち上がる。
眼前に立つのは,この獅南にさえ何かを感じさせた“芸術”の結晶。
多くの有名な作品がそうであるように,優れた芸術は後世に残り,人々に影響を与え続ける。
それは魔術が明確な“形”をもたず,一方で芸術が常に“作品”という“形”を伴うことによる相違だ。
「なるほど“通過点”とは良い表現だ。
…アンタにとっての“通過点”がこの個展であるように,
私にとっての“通過点”は…」
羨望。嫉妬。そんな言葉で表現できるようなものではない。
眼前の芸術家は永遠とも言える時間を生き,そして芸術という形を残すだろう。
それは,僅かな時間を生きることしか出来ぬ“凡人”には,到底手の届くはずもない地平。
「……アンタだよ。」
獅南は朽ちた最後の花から,視線を貴方へと向ける。込められるのは憎しみでも怒りでもない。
そこに居るのは,己の道を極めんとする魔術師,魔術学者,そして,誰にも認められることのかった凡人。
「私のとっての通過点は・・・・・・お前を,私の魔術で殺すこと。
それなのに,こうしてお前と話していると,このまま共に歩くのも良いかと思えてしまう。
…だが,やがて私は老い,この花のように朽ち果てる時がくる。
知識は失われ,魔力の火は消え……永遠に残るお前の作品と違い,私はやがてその価値を失うだろう。」
「……そうなる前に,私は,お前を殺す。」
澱むことなく,獅南はそう言い切った。
一切の憎しみも怒りもなく,そこにあるのは友への信頼。
獅南は小さく笑って,
「だが,今日はまだ“待て”でいてくれ。
・・・・・・もう少し,お前の“通過点”をよく,眺めていきたい。」