2016/11/20 のログ
メイジー > 「竹村様は……希望を捨てるなと仰いました。生きていることは素晴らしいと」
「口に出さなければ伝わらないこともございます。そのお言葉が、身共のような者の支えになることも」

肯定するでも拒むでもなく、感謝の念を口にして。

「……出すぎたことを申しました。お叱りは、このメイジーが頂きます」

暮らしぶりのことに口出しをされて、気持ちのいい者などいるはずがない。
抗弁は無用。口を噤み、深々と頭を垂れて下がる。

一人暮らしのテーブルにブレックファストの皿と食器、ソーダで割ったコーディアルのグラスをセットする。
ベイクドビーンズにソーセージ、バターをきかせたマッシュルームのソテーにポーチトエッグ。
表裏をカリッと仕上げたトーストには、マーマレードの小瓶を添えた。
当地ではあまり見かけないエルダーフラワーの、白く小さな花々をグラスに浮かべて。

「竹村様。ご支度がよろしければ、こちらへお掛け下さいませ」

竹村浩二 >  
ぐ、と喉に空気が詰まった。
過去、自分の掛けた言葉に。今、復讐されている。
どうして自分は、こうも心にもない寒々しい言葉を次から次に。

「ああ、いや、その」

言い過ぎた。確かに起きるまでに自分の環境を変えられて言い返す部分を探していた。
でも自分が見たかったのは、頭を下げるメイドの姿だったろうか。

違う。

「……悪かった、言いすぎた。あと掃除してくれてありがとう」

そう言って気恥ずかしさをわざとらしい欠伸で誤魔化して席についた。
いつもはパンを焼いておしまい、それも良いほうで食べないことが圧倒的に多い朝食。
……どこのホテルの朝食だ?

「……どこのホテルの朝食だ?」

やべ、思ってたことが声に出た。

「あ、ああ……いただきますですハイ」

メイジー > 気まずい空気が溶けて、薄れていく。

あちら側で旦那さまに仕えていた時にも、こうして不興を買ったことが無いわけではない。
外務大臣の職責には出費も多く、ホールドハースト卿の暮らしぶりは楽ではなかった。
悩み多きお方であっても、一時の感情に囚われるような人物ではない。
思い直してささやかな謝罪を口にする姿にはどこか、主と通じるものがあった。

自分を律し、自らの行いを省みることができる人なのだと理解する。
そういう人物を、かつてこの身が属した社会では「いい人」と呼んでいた。

「……よいグーズベリーが手に入りましたら、タルトもお出しできたのですが」

空いたカップに深い緋色の正山小種を注ぎ、食事を始める男の側に控える。
敢えてじろじろと眺めるようなことはしない。
空気に溶け込み、しばらく透明になろうとして……ふと思いとどまった。

「竹村様。その後の……ことなのですが」
「身共はこの世界のことを調査いたしました。世界の成り立ちから、今日の暮らしのことまで」
「同業の者がいない理由も……得心のゆくものでした。………おそらく、こちらで主を得る望みは」

竹村浩二 >  
「グーズベリーのタルト……」

よくわからないけど上流階級の家の娘(JK)が食べたがりそう。
そんなことを考えて、メイジーを改めて見た。
どこからどう見てもメイドだ。
メイド喫茶なんか行ったこともないが、恐らくそんじょそこらのメイドなんか比にならないレベルでメイドだ。

だからこそ。

「ああ、そうだな……いきなりゴシュジンサマが見つかるこたぁそうそうない」

パンにマーマレードを雑に塗り、甘いものを最後に食べるべきかな?と考えてマッシュルームのソテーを食べた。
美味い。マッシュルームなんて外食した時にシチューに入ってたかな?くらいの記憶と馴染みしかないが。
素材と調理が丁寧だと、きっとこれくらい美味いのだ。

「で、どうするんだ野良メイド」

ソーセージを食べながら会話を続ける。
香りと焼き色が食欲をそそるし、実際に食べれば酒のツマミによく買うソーセージの缶詰とは段違いだ。

「生きるってのは大変だぜ」
「俺みたいな人生ナメ腐った生き方してる奴でさえ、疲れて眠ったらメイドに気付かないくらいぐっすりだ」
「メイドとして生きるのか、あるいは違う生き方をするのか」

紅茶を一口飲んでパンを齧る。
食の作法なんて知らないから滅茶苦茶に食べている。気がする。

「今のままじゃお前さん、マルティグラに一人だけ仮装して来たみてーにアウェーだし」
「夕立の音で目が覚めた時みてーに寂しいし」
朝食を終えて一息ついた。
「白い小石しか入ってない水槽みてーに孤独だ」

メイジー > 「本分を変えることは……いたしかねます。困窮は理由にはなり得ません」
「アルビオンの民は気位ばかり高いと申しますが、身共はやせ我慢を愛しておりますので」

常世島で流通しているソーセージは、蒸気都市のそれより品質がいい。
同じ焼きかたをしても、皮はパリッと焼けて中身もジューシーだ。
食材の品質は総じて、こちらが上と認めざるを得ない。青空の広がる世界ならではのことだ。

「ですが、主なき身ゆえに務めを果たせないとあっては一大事にございます」
「……無い袖は触れませんし、竹村様によいお茶をお出しすることもできなくなります」
「あちら側に帰る手立てを探すにせよ、当地に留まるにせよ…先立つものはやはり入用かと」

生計を立てるだけでは十分ではない。
活動資金が無いことには、こちら側で効果的に動くことができなくなる。
それは、最悪の事態が現実のものとなってしまうということだ。

「違う生き方…と仰いましたが、何かお心当たりがおありで?」

片づけを始める。するべきことは身体が覚えているので、話を続けつつ。

竹村浩二 >  
「ヘッ、そうかよ。やせ我慢が好きなら仕方ねぇな…」

などと言い捨てながら手を合わせてごちそうさま。
子供の頃に親に教えられたことはどうしてもやってしまう。

「そうだな。貨幣、マネー、紙幣。どうあったって経済で動いてる世界では必要だな」
人差し指を立てて部屋着の男は座ったまま語り始める。
「そりゃあ。この世界でニーズの多い地味で堅実な仕事をするんだよ」
「この国には2000年代初頭、サラリーマンが4000万人いたそうだ」
「サラリーマンになれとは言わねぇ、だが近い仕事……OLとかな…サラリーマンとかOLってわかるか?」

「企業に勤めてだな……」
表情が暗くなる。
「真面目に働いてだな……」
汗が浮かんで視線が落ちる。
「地に足をつけた生活をしてだな……」
声のトーンが最低値にいった頃に気付く。

自分はできていない、と。

陰鬱な気分を抱え、苦笑いを顔に貼り付けたまま。

「お前は何がしたい?」

この言葉も、自分に刺さった。

メイジー > 「なるほど。個人秘書や事務員の仕事でございますか」
「蒸気都市でも珍しくはございませんし、一流の弁護士や著名な碩学の中にも女性はおります」
「ですが、身共の求める職は……桁がひとつふたつ違うのです」

こちら側では完全に単独での活動になる。
組織立った支援も望めないとあっては尚のこと、出費ばかり嵩んでしまう。

「……身共には、果たさなければならない務めがございます」
「わが主、ホールドハースト卿のお側にお仕えするのもそのひとつ」
「それは……この身の全存在を賭けるに値することと、信じております」

片づけを終えて、ふたたび男の側に控える。

「善しとするもの。信じるもの。信条と言いかえても結構。おのれの務めと信じるもの」
「それが果たせなくなった時、言葉にならない苦痛を覚えるもの……御身にもございましょう」
「ですので、困りました。竹村様。身共は何もかもあちら側に置いてきてしまいました」
「……すこし、弱音を吐きたい心持ちもいたします」
「ご友人に石油王のご子息などいらっしゃいませんか?」

竹村浩二 >  
「……そういうことか」

ただ、生きていくだけでは。
生きていることにはならない。
そういうことなのだろう。

ホールドハースト卿に仕えることが彼女にとって大切で。
自分にとっての正義のように、離れがたい何かなのだ。

苦笑いを浮かべて、正義が果たせなくなった自分を想像する。
ダメだ、全然ダメだ。
つまり、目の前のメイドが直面している危機とはそういうこと。

「石油王の息子なんて変わった友人はいないがな」
「最近、ちと実入りがいい仕事についた」
「用務員と掛け持ちだ……あんたがもし、問題なく仕事をこなせるのであれば」

ニィ、と破顔して。

「メイドやりながらでも金が手に入るんじゃねーの」

それから小規模な事件や、行政側が一定の成果を得られなかった未解決事件を扱う特別対策部という組織のことを。
それと、特別対策部の部長ギルバート・レイネスのことを。
多少、危険や立ち回りの難しさはあるが金払いがいいことをゆっくり伝えた。

「……風紀ほどガチに戦闘やるわけじゃないが、戦闘能力ゼロの人間がやっていけるほど甘くもない」
「覚悟はあるか、通りすがりのメイドさんよ」

メイジー > 「ええ、それは……何ものにも換えがたく」

どうやら腑に落ちた様子で、共感が得られたことに嬉しさを覚えてしまう。
そして、特別対策部の話を聞いた。それを率いる生徒のことも。
活動の目的にも叶っている。関係を深めれば、何らかの支援を得ることも望めるかもしれない。

「世の安寧のために働くということでしたら、まさに願ってもないこと」
「機関文明に仇成すラッダイト。堕落した吸血鬼。分離主義者のテロリスト」
「悪意をふりまく黒妖精。暴走する軍用機関と煽動者たるクラッカー。そして……」
「蒸気都市は何かと物騒なところ。ですので、少々覚えもございます」

荒事の多い職場で通用するかどうかの不安はない。
どちらかといえば、過剰な期待を抱いてしまうことを恐れている。
何しろ当地では孤立無援にも等しい状態。判断を誤ることだけは避けなければならない。
もう一つの懸案を、ふと思い出して付け加える。

「………竹村様。実はもう一つご相談があるのですが」
「このメイジー・フェアバンクス、常世学園への編入を希望いたします」
「学生でないことの不利も感じておりますが……この身は、十分に学業を修めておりませんので」
「是非とも、竹村様に身共の身元引受人になっていただきたいと存じます」

竹村浩二 >  
「世の安寧のために、か……」

空のままの煙草の箱をまた一つ取り出し、手の中で握りつぶす。

「いいね、そういうの。お兄さんも嫌いじゃあないぜ」
「それで金が入ってくるなら尚更だ」

ひょっとした、目の前の娘を危険な仕事につかせたかも知れない。
だが、路頭に迷わせたり落第街の住民の餌食にされるよりはマシだと思った。

「おお? 常世学園への編入ね……」
「ま、いいんじゃあねぇの。若い間はベンキョーしないとな」
口元を歪ませて、
「でないとロクな大人になれねー」
と面白くなさそうに言った。

この世界のことを学ぶにしても。
行方不明の主の情報を得るにしても。
常世学園の一生徒になるという手は悪くないように思えた。

「面倒くせぇが朝飯が美味かったから仕方ない」

メイジー > 「ありがたく存じます。竹村様はやはり、お優しい方にございます」
「ご厚意に報いられる様、精一杯お仕えして参りますので、どうぞよろしくお願いいたします」

客人に向けてではなく、主に対する所作。敬意を示すように頭を垂れる。

「ちなみに……身共は身ひとつで当地へ参りましたので、手荷物などはございません」
「階段の下のメイド部屋……はございませんので、物置の様な場所をいただければと存じます」

掃除の最中に見つけ、整理整頓を進めた結果、空いたスペースがあったはずだ。
この国ならではの収納空間。こちら側の言葉で「押入れ」と呼ばれる場所のことを言っている。

「御身はご存じないかもしれませんが、メイドの主はしばしば自由意志のもとに変わり得るもの」
「ですが、主を持たないメイドは寄る辺無く漂う根無し草と同じにございます」
「収入の有る無しとは別次元のお話にございます。それはそれ、これはこれと申しましょうか」
「―――これより先、当地におきましては竹村様をわが主と心得ましょう」
「以前、短期間ではございましたが異国の碩学にお仕えしたことがございまして……雑役女中の経験もございます」
「家事百般にとどまらず、ご用の向きは何なりとお申し付け下さいませ」

フリルのついた仕事着の裾をつまみ、新たな主人に恭しくかしずく。
嵐の海に灯台の光を見い出したような、言い知れぬ安堵を味わいながら。

竹村浩二 >  
「………ん?」

なんか話の流れがおかしくない?

「………住むの? Youが? ここに?」

ああ、身元引受人ってそういうことかぁ。
なるほどなるほど。

「………えっ」

冷や汗が流れた。
デリヘル呼べねぇ。

「は、はい………よろしくお願いいたしましまし」

その場しのぎで調子のいいことを言う癖がある男は、ノリで引き受けてしまった。

こうしてメイドと用務員の奇妙な日々が始まった。

 

その日、ベッドの下のエロ本が丁寧に整理されて机の上にあったことでもう一度叫んだ竹村浩二だった。

ご案内:「竹村浩二のアパート」から竹村浩二さんが去りました。
ご案内:「竹村浩二のアパート」からメイジーさんが去りました。