2016/11/23 のログ
ご案内:「竹村浩二のアパート」に竹村浩二さんが現れました。
ご案内:「竹村浩二のアパート」にメイジーさんが現れました。
竹村浩二 >  
煙草を吸っている。窓際で。
今までは部屋の壁紙が黄色くなるまで部屋の中で吸いまくっていたのだが。

奇妙なメイドが押入れに住み着いてからというもの、なんだか気を使ってしまっているのである。
メイジーは異邦人だ。
彼女の元いた世界は、空気がひどく汚れていたらしい。

だから、紫煙を吸わせるのはなんか心が痛むし、何より副流煙を未成年に吸わせるのはちょっと。
ゆえに部屋の主はホタル族(死語)をしているのだった。

メイジー > 日のあたる場所に丸椅子を出し、そばの机に針仕事の道具が詰まった小箱を置く。
当地に来てから仕立てた、新しい持ち物のひとつだ。
針刺しに指貫、数字のゼロに似たシルエットをもつ和鋏が数種。
工作精度のきわめて高い縫い針と、縫い糸は太さ別に30色を揃えた。

箱の中に詰まっているのは、手芸店で手ほどきを受け、はじめて使い方を知った「こちら側」の道具ばかりだ。
主人のことを言い添えると、紳士服向きの端切れをいくらか付けてくれた。

けれど今、膝の上に置かれているのはクマとネコの中間のようなマスコットのぬいぐるみだ。
汚れをきれいに落とし、もげかけた四肢からまろびでた綿を足して詰めなおしてある。

「……………………………。」

紫煙をくゆらす主人は、同じ部屋のなかにいながら明らかに距離を置こうとしている。
なにか遠慮のような、立ち入られたくない様子のよそよそしさを感じざるを得ない。
避けられている、というほどの拒絶感はないけれど。
用があれば声をかけてくるに違いない。今は自分の仕事に専念する時だ。

竹村浩二 >  
「…………」

煙草の煙を窓の外に吹いて、竹村浩二の内なる三大欲求の一つ喫煙欲が収まると煙草を灰皿に押し付けた。
(三大欲求と言いながらも無数にある)

気まずい。

竹村は兄が一人いるだけで、女兄弟なんかいなかったし。
異邦人とも年下の女ともメイドともじっくり話す機会は今までなかった。
会話のネタがない。
だが、無言を貫くにはこの部屋は狭い。
対向車が来ませんようにと願う道のように狭い。

ちら、とメイジーを見る。
針仕事をしているようだ。なんだかぬいぐるみを直している。
どこで拾ったのだろう。

「あのさ」

ガリガリと首の辺りを掻くと観念したように話しかけた。

「何してんの? いや、針仕事ってのは見ればわかる」
「ぬいぐるみ……直してるんだよなぁ…」
それも見ればわかる。

メイジー > ぬいぐるみを取り落とした少女が目にしたもの。
それは幼い心に深い傷跡を残す光景だったに違いない。
取り返しのつかないことをした。それもこれも、この身の力不足が招いたことだ。
とはいえ、まだ全てが終わってしまったわけではない。
少女から証言が得られれば、穏やかな生活を取り戻す手助けができるはずだ。
身も心も凍てつくような恐怖の根源を、この手で滅ぼすことによって。

ぬいぐるみは、収穫期を迎えた麦の金色を少しくすませたような色調。
毛足の短さに救われて、擦り切れてしまった印象はあまり受けない。
裂けた肩口の糸の色合いがすこし暗く、裂け目がそれ以上に広がらない様に気を付けていた様にも見てとれる。
持ち主には大事にされていた様だ。

「…………ええ、落し物にございます。このキャラクターはまさしく当地のもの」
「とても……愛らしい容姿と存じます。身共は寡聞にして存じませんが、わが主はご存知でしょうか」

一箇所ずつ直していこう。一番大きな裂け目から待ち針を通しておく。
糸を選び、玉結びして十分な強度を残した場所の裏面からかがり縫いをはじめる。

竹村浩二 >  
「ふーん……落し物を繕ってやるとか、メイドの仕事ってのは手広いねぇ」
「……すまん、嫌味っぽくなった」

気になったら即謝罪。

「ええと……いや、俺も知らない…ディスティニーランドのなんかかな…」
「可愛い系のマスコットとか、可愛い系の人形とか、可愛い系のぬいぐるみとか」
「全く持ってさっぱりだ」

ヒーローフィギュアなら持っていた。
中学生くらいまで大事に抱えていた。

重くて、持ちきれなくて、捨ててしまったのだが。

「……大事にしてるものっぽいな。直して届けてあげられたら…」
「俺には、関係ねぇけどよ」

憧れを、今も一つ一つ手放しながら生きている。

メイジー > 「お気になさらず。何でも、というわけではないのです。ただ……」

何だというのだろう。
ぬいぐるみを拾ってきた経緯は、個人的な事情に属する話だ。
この主人には一切関係のないことで、言うべきことは何もない。

「そういえば、ボタンのとれたシャツがございました」
「穴の空いたセーターのようなものも。よろしければ、すべてこのメイジーにお任せを」
「サヴィル・ロウのビスポーク・テイラーの様には参りませんが、丈上げなどもできますので」

柔軟に、それでいて縫い目の強度を高められる様、等間隔に横糸を刺していく。
裂け目の端まで綴じこんだ後は、横糸を一本ずつすくって縦糸を通す。
待ち針を外し、裏で玉留めしてできあがり。仕上がりを確かめ、反対の腕の付け根にとりかかる。

竹村浩二 >  
「……いいよ、話したくねーことなら」
「お互い深入りはやめとこうぜ、薮蛇は御免だ」

そう、誰だって突かれたくない部分はある。
自分にだって、メイジーにだって。

「……マジか、じゃあ頼んでいいか?」
「正直、捨てるしかねーって思いながらも面倒くさくて捨ててなかった服だし」
「もう一度着れるのなら直してくれ、ただ」

窓の外を見ながら、鼻の頭を擦った。

「赤のセーターだけは確実に捨ててくれ。元カノからもらったモンだ」

思い出を捨てるのに人の手を借りる、情けない男の姿がそこにあった。
そこに赤は好きじゃないとか、似合ってなかったとか、結局着てたとか、捨てることができなかったとか。
様々な負の感情がこびりついているだけで。

メイジー > 「………いえ、大したお話では」

距離を置いていたのはこの身の方かもしれない。
竹村様はホールドハースト卿の半分も生きていないように見える。
父のように接するには若すぎるし、兄のように振舞うには齢が離れすぎている。
どちらかといえば、時間が解決する問題だ。それまで当地に留まっていればの話だが。

そう。そうだ。この身はいつまでこちら側に留まっているのだろう。
蒸気都市への連絡がつかない状況下では、先の見通しを立てることさえ叶わない。
右の眼窩に埋め込まれた階差機関も沈黙を守るほかない。

「かしこまりました。それがお望みでございましたら」
「お直しも一度にすべてとは参りませんので、少しずつになりますが……」
「寒くなる前に仕上げます。ご安心下さいませ」

背中の縫い目の解れたところを縫い合わせ、手を動かしながら浅く頷く。
清算したい過去があって、その決心がついたものを邪魔立てすることに意味は無い。

「…………わが主。身共は、主のことをあまり存じません」
「その方は、御身のお姿に赤を重ねました。どんな方だったのでしょう?」

竹村浩二 >  
「あ、そ」

メイジーの目は髪に隠れているので、視線を合わせなくて済む。
それだけは救いだった。

素っ気無く対応するのすら、内心で怯えている。
それを見透かされないかが、恐ろしい。

そのことについて考えると、寒い。
ぶるっと震えて開けっ放しだった窓を閉めた。

「ああ、メイジーにもやることが山ほどあんだろ」
「時間が空いた時に直してくれ」

メイジーが竹村のことについて聞いてくる。
突っぱねたいと思ったが、昔の女の話をする時は口が軽くなるのも男のサガ。

「……昔な、サクラコって名前の女がいたんだよ」
「名前通り、薄いピンクが似合う女だった」

煙草を咥える。が、ライターは手の中で転がした。
窓を閉めたのに煙草に火をつけるわけにはいかない。

「そいつは俺ら共通の知り合いである、レッドが似合う男が好きで
「桜子は俺をそいつの……赤坂の代わりに愛したワケ」
「そんで我慢できなくなって別れた」

ぎゅ、とライターを握った。話しすぎた。

「面倒くせぇんだよ。俺も桜子が振り向いてくれるならと必死になったけど、今はもうどうでもいい」
「っていうか、俺の話ばっかだな、メイジーは? 彼氏とか元の世界にいねーのか」

メイジー > ぬいぐるみの口元の刺繍がなくなった場所に裏から芯を仕込み、同じ色の糸を通す。
機械のように緻密に仕上げ、糸の弛みがないかたしかめて玉留めをする。

「いつもおそばにお仕えできればよいのですが、もっと見聞を広めなければなりません」
「………空は明るく水は清く、食材も豊かで瑞々しく……そして当地には、壁がございません」
「壁と申しましても、城壁のようなものではなく……生まれながらの、身分の壁にございます」
「この常世島では、誰もがみな等しくどこへでも行けるのです。それは素晴らしいことと存じます」
「………できました。いかがでございましょう?」

クマとネコを掛け合わせたようなぬいぐるみを向け、顔の前でくいくいっと両手を動かしてみせる。

「どうでもよくなったので、処分されるのですか。なるほど……」
「人は、それほどの非礼を働けるものでございましょうか。おいたわしいことと存じます」

誰かの代わりに、求められた通りの役目を演じるということ。破局の匂いしかしない話だ。
忌まわしい思い出がすべてではなかった様にも思える。セーターを捨てなかったのは、そういうことなのかと。

「身共は………恋を知りません。わが主は、ホールドハースト卿は親子ほども年の離れたお方」
「お慕い申しておりましたが、あくまで主としてのお話。他の使用人たちにも、若い殿方はおらず……」