2017/02/05 のログ
メイジー > 主人と自分のマイカップに熱い紅茶をなみなみと注ぐ。
茶葉はミルクティー向きにディンブラを選んだ。ミルクと砂糖を沿えて供する。

「……時々、考えることがございます」
「身共は、主の仰るような「普通」を知ってしまいました」
「人が汎機械的制覇の時代に屈することなく、鋼鉄の頚木を脱した世界を」
「身共の知る人々は、いつかそういう世界を実現するかもしれません」
「ええ、いつかは必ず。それは身共の天命が尽きたあとの……遠い未来のお話にございますが」

世界に冠たる蒸気都市の堕落と悪徳を、これでもかと見せ付けられた。
当たり前に受け入れていたことが揺らいだ。胸に手をあてて言葉をつなぐ。

「我が身の務めを思い、かの都への帰還を望む……」
「この気持ちに、揺らぎがないと言えば嘘になってしまいましょう」

食器を片付けて、主人の向かいに腰かける。
ディンブラにミルクをたっぷりと注ぎ、カップの縁に口をつけた。

「身共の都市からも…冒険を望み、多くの若者が出征いたしました」
「あるいは銃弾に傷つき倒れ、毒性の霧を吸い、病を得て……四肢を失い、心壊れて」
「多くが異国の土になりました」
「けれど、グレートゲームはいまだ終わらず……陛下の治世を脅かし続けてございます」
「身共はそれを、不幸なことと考えます」

前髪の下、主を見つめる。

竹村浩二 > 「グレート……ゲーム………」

彼女の語り口から、よくないことだということは伝わってくる。
不幸なこと、幸福なこと。
今まで真剣に考えたことはなかった。

もし自分が吸えば肺が腐るような大気の下に生まれてきたら。
能天気に人生を舐めた生活を送ってきただろうか。

もし一人で明確で強大な悪と対峙していたとしたら。
自分の矜持を貫き通すことができただろうか。

カレーを食べ終えて目の前の紅茶を覗き込む。
シケた面構えが液面に写りこんでいた。

顔を上げる。
真っ直ぐに見つめてくる、メイジー。

「お前は………正しいことを正しいと言ってやれるんだな」
「俺は」

搾り出すように口にした。

「俺はわからない。正しさが自分の中にあるのかさえ、曖昧なんだ」

そこまで言って、下卑た笑いを浮かべた。

「なーんてな! マジな話したなー」
「歯牙ない用務員に正しいも何も関係ねーしな!」
「ごちそうさま、美味かった。んじゃあティータイムだな、って食いしん坊キャラかよ俺は」

調子っ外れのノリで真意を誤魔化した。
相手の言葉の重みさえ、はぐらかして、分解して、からかって。

メイジー > 肯定も否定もしない。自分の行いは、そのどちらにも属さない。

「正しいか否か、ではなく……存在の全てを賭けなければ成しえぬこと」
「時に惑うことさえ、許されぬこともございましょう」
「―――身共の父は」

言いかけて、無意識下の制止がかかる。
この主人とは何ら関係のない話だ。知る必要がないことだ。
あれらは蒸気都市の敵性存在。主の敵ではない。

「いえ……いいえ、出すぎたことを申しました」

主が話を打ち切りたがったことがわからないほど鈍感でもない。
軽く頭を垂れる。

「お気に召しましたら何よりでございます」
「お次はサグカレーなどいかがでございましょう?」
「ホウレンソウやほかの野菜を多く使いますし、滋養強壮にもよろしいかと」
「もしも好き嫌いがございましたら、この機会に直してしまいましょう」
「このメイジー、わが主のおふくろでございますので」

冗談で返して、食事のあとの片づけを始める。
次の霧たちこめる夜のことに、ひとり思いを馳せながら。

竹村浩二 >  
死のうかな。

「お前は俺のおふくろか……って…年下のメイドに母親宣言されたぁ…」
「これ今後このフレーズが使いづらくなるからやめろってー」

死のうかな…

痛烈な自己嫌悪に苛まれ、パトロールの頻度を高めて正義に打ち込もう。忘れよう。
そう、逃避を決めた。

まだ自分の正体も明かさず、相手のことを知ったつもりになりながら。

ご案内:「竹村浩二のアパート」から竹村浩二さんが去りました。
ご案内:「竹村浩二のアパート」からメイジーさんが去りました。