2018/09/15 のログ
ご案内:「住宅地郊外の別荘」に花ヶ江 紗枝さんが現れました。
花ヶ江 紗枝 >   
二階の鍵がかかった一室の中のベッドの上で僅かに身じろぎ
ぼんやりと目を開くと片手で暫く顔を覆う。

「また、か」

全くもって油断した。自分の体質を忘れるなんて。
未だ幾分か朧な意識をはっきりさせようと衣擦れの音と共に上体を起こすと窓の外を見つめる。

「ん……」

ゆっくりと振り返り机の上の時計を眺めるともう深夜と言っても良い時間。
眠っていたのはおおよそ二日と言ったところ。
酷い時には月単位で眠っているのだから今回は比較的短かったといえる。

花ヶ江 紗枝 >   
「困ったわ。本当に」

最近加速度的に眠る時間が増えていっている。
いつかこのまま目が覚めなくなるのではないか。
そんな事をふと思うほど。
そのせいか最近は薬の力を借りないと自分の意志では眠りにつく事が出来なくなっていた。
次目が覚めるのは何時だろうか。数時間後か、それとも数か月後か。
そう思うと眠ることがとても恐ろしく感じてしまう。

「……復帰は厳しそうね」

そんなときは決まって夢を見る。
文字通り手も足も出ず、ただ怪物に食われる夢。
顔も容姿も判らない相手の狂気を孕んだ声。
僅かに震えている体をぎゅっと抱きしめ俯くと目を瞑る。

花ヶ江 紗枝 >   
担当医には限界まで起きていようとする疲労が原因だと言われている。
眠ることが怖いから、つい眠らないようにするせいで
余計悪夢を見やすい条件になるという。

「……」

こうしていると昔の事を思い出す。
眠れなくなったことはこれが初めてではない。
あの事件の時、目の前で起こっている事が信じられなくて眠れなかった。
あの事件の後、目の前で起きている事を受け入れられずに眠れなかった。
そうして気を失うまでただ目を開き続け、倒れるようにして眠った。

「……紅茶でも飲もう」

目を開くとゆっくりと足をベッドからおろし立ち上がる。
少しふらつきながらもドアを開け、吹き抜けの階段を降り
キッチンに着くと冷蔵庫を開け、少しだけミネラルウォーターを口に含む。

「よし」

少しだけはっきりした現実感に小さく呟くと
ケトルに水を入れ、火にかけると近くの椅子へと腰掛け、
部屋の中に響く炎の揺れる音と外から聞こえてくる虫の音に
耳を澄ませただじっと待つ。

花ヶ江 紗枝 >   
もう暦上では秋。
夜にでもなれば身にまとうものが一枚では少々心許ない程冷え込んできた。
少し前までは一枚でもうんざりする程の暑さだったなんて嘘のよう。
冷えているのは心因性ではなく外気のため。きっとそうだ。
もうすぐお湯も沸く時間。
暖かいものを飲んで少し落ち着けばこの気分も楽になるはず。

「ん」

しゅんしゅんとお湯が沸く音に気が付き立ち上がると
ティーポットを用意しようと戸棚に手を伸ばす。
この音なら用意し終わるころにはちょうど良い温度になっているはずだけれど

「ぁ」

震えていた指先のせいかティーポットは指先を離れ、
かしゃんと驚くほど大きな音を立てて床に落ちてしまう。
らしくない。本当にらしくないと思いながらひとまず火を止め
ティーポットの破片の横へと座り込み、破片を拾い上げ始めた。

花ヶ江 紗枝 >   
万全な状態であれば仮に手を滑らせたとしても
数センチ落下したところでキャッチしているのが常だ。
激化するお仕事の中でその程度の時間で反応できなければ命取りになるから。
けれど今は全く反応が追い付かなかった。
こんな状態ではとてもではないが最前線には戻れない。

「……っ」

指先に走る小さな痛みに顔をしかめ指先を見つめる。
普段に増して血の気の無い指先からゆっくりと赤い雫が滴っていく様を認めるとまたため息をついた。
本当にらしくない。

「これは箒と掃除機の出番ね」

考え事をしながらだったからと誰に言うまでもなく頭の中で呟きながら立ちあがる。

花ヶ江 紗枝 >   
「えーっと」

そもそも掃除機は何処にあったっけ。
確か押し入れにいれていたはずなのだけれど
この前調子が悪くなってしまったので修理に出したはずだ。
……修理が終わったとは連絡を受けたけれど受け取った覚えがそれはもう全くと言ってない。

「箒は……確か外ね」

屋内用の箒は確か掃除機を買った時に外の押し入れに仕舞ったはず。

花ヶ江 紗枝 >   
「こういう時寮だと便利なのだけれど」

寮監に掃除用具を貸してくれと言えば
手軽に貸し出してくれるし、後輩がいればそもそも割れ物の掃除なんかさせてくれない。
制止する間もなくささっと片づけてしまう様な子ばかりだ。
けれど仕方がない。あちらでは安心して眠る事が出来ないから。
週単位で眠りについたら流石に誤魔化しきれないし、噂されれば仕事に支障が出かねない。

「えっと、鍵は……」

玄関近くのキーケースから鍵を取り出すとブランケットを軽く羽織り、
扉を開けると冷たい空気の中へと歩き出す。
押し入れまでは5分ほど歩かないといけない。

ご案内:「住宅地郊外の別荘」に冬桐真理さんが現れました。
花ヶ江 紗枝 >   
押し入れの手前でふと立ち止まる。
近くに設置されたベンチの近くできらりと輝くものがあるように思えたから。
じっとそちらを見つめるとそれは瞬きをしながら見つめ返してくる。

「あら珍しい」

闇に紛れるような猫がそこで此方をじっと見つめていた。
普段此処まで入ってくるような子はあまりいないけれど迷い込んだのだろうか。
脅かさないようにゆっくりとベンチの近くまで歩くと腰掛ける。

「おいで?」

小さく囁くとその猫はゆっくりと足元へと歩み寄り
とんっとベンチに上がると行儀よく座り此方を見上げた。
随分と人慣れているのも当然で、首元には赤い首輪が巻かれ
小さな鈴がちりんと音を立てた。

冬桐真理 > 「結局、どこにもなかったとはな――」

珈琲を買ったあと、しばらく散策をしたが結局お目当ての店は見つけられなかった。
仕方ない、と適当な夕飯を買い集め帰り道を歩く。
途中アクシデントでこのような格好をしているのは些か不服ではあるが、
風紀委員や噂好きな連中に遭遇することを考えれば苦肉の策である。

庭先を進み、勝手口へ向かう。
さてもうそろそろかというところで、見知った姿を見つけ。

「何か探し物か? そろそろ冷え込みが強くなる。その格好じゃ風邪を引くぞ」

まるで家政婦のような格好をした女が、屈む彼女に淡々と告げる。

花ヶ江 紗枝 >   
「ふふ」

目の前で躍らせた指で遊ぶように身をくねらせる猫に目を細める。
その内両腕だけでなく転がって両足で指先を追いかける姿は見ているだけで自然と和む。

「にゃー、にゃー?」

両手両足でついに指先を抱きしめるように捕まえた猫をそっと持ち上げ
少し見つめあうと微笑んで猫語的な何かで話しかけると
きょとんとしている猫を優しく胸元で抱きかかえる。
実は小動物には結構怖がられるタイプなので普段はあまり交流できる機会はない
この機会にこの可愛らしいモフモフを心行くまで堪能しよう。そう心に決めた所に

「!?」

完全にそちらに意識を取られていたからか
かけられた声に肩が跳ねるほど驚くと同時に硬直し
歯車が回る音が聞こえるようなぎこちなさでそちらに顔を向ける。

「みて、た?」

辛うじて口元から出た声は自分でも不自然なほど硬いもので。