2018/09/16 のログ
冬桐真理 > 「悪いが大方、な――別に恥じるようなことでもあるまいに」

石造のように固まった彼女に、ため息交じりで返答を送る。
実の話、逆の立場なら間違いなく同じように行動し、同じように反応する。そんな自信があった。
見てない、などと取り繕うようなこともせず、悪びれもなく。

「それもそうだが、いい加減腹は空かないのか?」

手にしたビニール袋を目の前に掲げて肩を竦める。
袋からは油と脂の混ざり合った香ばしい匂いが漂う。
とんかつか、メンチカツの類だろうか。

「買いだめしておこうかと多めに買ったからな。一人増えたところで
あたしは一向に構わんが」

寧ろ冷めることに抗議するように、目の前の袋を小さく揺する。

花ヶ江 紗枝 >   
「いや、えっと、これはね、そう、違うの」

何が違うのかは自分でも正直思い浮かばない程取り乱していた。
だってこんな可愛い子がいたら撫でまわしたくなるし、ちょっと童心に帰りたくもなるでしょう?
それに私滅多に触らしてもらえないのよ肉球は愚か体さえも。
と言うか何であなたはそんな恰好をしているの?
言いたい事は多々あれど口から出てくるのはしどろもどろな戸惑いの声だけ。
狼狽えている姿をどことなく面白げな調子で眺めていた猫が
トンっと腕を蹴って地面に降り立つとやっと平常心を取り戻す。

「……OK,何もないわよね。
 そう、恥ずかしい事なんて何もなかったわ。」

そう、何もなかったことにしようそうしよう。
幸い何事もなかったように対応されているわけだし。
胸元を抑えながら一つ大きく呼吸をする。
肌寒いにも関わらず頬が随分と暑いような気がするがこれも気のせい。
そう、これは気のせいなんだから。

「ありがとう。けれど晩酌の邪魔をしてしまっては悪いわ。
 私に構わず食べて頂戴。
 ……ぁ。ごめんなさい。キッチンはいま危ないから応接間で食べてもらえる?
 ティーポットを割ってしまったのだけれどまだ掃除できていないの」

とりあえずいつも通りの余所行き用の表情を浮かべる。
上手く取り繕えたか自信はないけれど。

冬桐真理 > 「そうか、違うのか。まぁいい、そう言う事にしておこう」

ごほん、と平常心を装う彼女に短く返す。

「頬が赤いぞ。風邪でも引いたんじゃないのか」

クックッ、と意地悪な笑みを浮かべ少しからかってみる。
日ごろイニチアシブを取られ続けた意趣返しのつもりだろうか。
ふと、会話の中に聞き捨てならない言葉が聞こえた。

「ほう、それで掃除用具を取りに、か。
それで少し夜風に当たって休憩を、というところかな?
まぁいい。割ったままだというなら話は早い。あとはハウスキーパーの仕事だ。むしろ中で座って待っていればいい」

空いている片手で物置の鍵を外し、中から箒と塵取を取り出す。そのまま器用に鍵を閉めなおして勝手口へ向かい。

「――ああ、それと。手を洗っておけよ。その様子じゃあろくに消毒もしていないんだろう」

小さな切り傷を見咎める。
異能者ぞろいのこの島で応急手当など必要なのかは知らないが。
そのまま勝手口へと入り――直前、催促するように1度振り返る。

花ヶ江 紗枝 >   
「はぁ……、そういう事にしておいて頂戴」

全く恥ずかしい所を見られたと思う。
普段だったら近づかれる前に気が付くはずなのに。
感覚が鈍っているのだろうか。

「もう!何もなかったって言っているじゃない」

そんな一抹の不安を誤魔化すように思考を切り替えると
楽しそうな調子の相手の揶揄う言葉に膨れてみせるも
続く言葉に少し怒ったような表情もすぐ四散する。
あくまで怒ったふりをして見せただけ。

「私が割ったのだから自分で……
 と言ってもさせてくれないわよね。その調子だと」

ベンチから立ち上がりながら制止しようとするも
相手はさっさと掃除器具を取り出して家の中へと入っていく。
聞く耳を持たないというかこういう所は頑固なのだと少しわかってきた気がする。
まぁボーっとしていなければ手を切ったりはしないだろう。

「そうね、あとで消毒しておくわ。
 ひとまず家の中に戻りましょうか。
 体が冷えてきてしまったわ」

羽織っていたブランケットを抑えて笑みを浮かべると
勝手口で此方を顧みる姿へとゆっくりと歩み寄る。
だいぶ意識もはっきりしてきたし、これ以上は本当に風邪をひいてしまう。

冬桐真理 > 「ああ、清掃は済ませてある。なんならシャワーでも浴びてくればいい」

建物へ向かう姿に小さく頷き、先導するように勝手口の向こうへ。
慣れた手つきで破片を塵取に収め、用意した紙袋へ纏めていく。
ごみの日は明後日か、と小さく呟きながら、後片付けのため1度外に消える。
数分の後、やれやれといった風に首を鳴らすと、律儀に手を洗い。

「さて、あたしは夜食にするが、あんたはどうする?珈琲でも紅茶でも付き合うが。あそこの揚げ物屋は絶品らしいぞ」

ケトルに湯を仕掛け、先ほどの惣菜をレンジに移しながら振り返らずのまま質問する。

花ヶ江 紗枝 >   
「シャワー……そうね。
 少し浴びてくるわ」

眠っている間はほぼ時間が止まっているに近い状態らしいけれど
だからと言って気持ち的なお話は別。
淑女としていつでも清潔に保っておきたいわけで、
それは実際汚れているか否かの問題ではない。

「そのラインナップなら軽く何か作りましょうか?
 勿論出てからになりますけれど」

あのお店は付け合わせもそこそこ美味しいお店だった気がするけれど
確か白米などは取り扱っていなかったはず。
それだけでは流石に少し寂しいかと考えて。

「とりあえず手早く済ませるわ。
 ……覗いても良いけどその時はあらかじめ教えて頂戴ね」

とりあえずざっと洗ってからにしよう。消毒も一緒にやってしまえばいい。
今度は驚かないようにするからと悪戯な笑みを浮かべるとシャワールームへと歩いていく。

冬桐真理 > ぱたり、扉が閉まる音がする。

「それでは、期待させてもらおうか」

炊飯器の釜を確認する。二人前なら何とかなりそうだ。
洗い物を終え、ダイニングへ向かい簡単に晩酌の用意を済ます。
紅茶の一杯でも淹れようかと考え、予想される結果に頭を振り否定する。
ケトルが蒸気を上げ、湯が沸いたことを知らせる。
ふと壁に掛けられた時計を見遣り。

「ふむ、そろそろか。待つ間にあたしもシャワーを済ませるか。
なんだかんだ言ってもやはり汗はかくしな」

それとなく準備を整え、頭巾とエプロンを外し、丸めて。
シャワールームが空けば入れ替わるように入っていくだろう。

花ヶ江 紗枝 >   
きちんと畳んでおいた服に袖を通す。
ニットシャツにジーンズという簡単なセットだけれど
家の中ならこれくらいラフでも良い。

「……んー」

待たせるには髪を乾かすのは少し時間がかかりそう。
タオルで抑えて出来る限り湿り気を取ると軽く結い上げてバレッタで留める。
よし、問題ない。

「ごゆっくりぃ♪」

入れ違いにシャワールームに入っていく少し風変わりな”同居人”の
横を通り抜けながら軽く肩をつんっとつつくと囁く。
そのままキッチンの足元に破片が残っていないことを確認すると
ちらりと時計を見上げて。

「この時間なら……そうね」

出来る限り軽い物が良い。
少し味が濃いけれど小量で満足できるようなものが良い。
この時期ならいんげんも美味しいし胡麻和えなんてどうだろう。
飲み物は日本茶が良い。他には……

「……時間的には余裕があるわね」

そう呟くとトントンと軽やかな包丁の音を響かせ始め……

冬桐真理 > ダイアルを捻ると温められた湯が全身を包む。
石鹸を泡立て鼻息交じりに身を清める。

数分後、身体を拭きながら浴槽を出る。
拭きやすい体とは反対に髪を適当に拭き、ヘアゴムを外して髪を解く。
突然始まった奇妙な同居生活。
少しずつ慣れを見せていく自分がなんだか面白く。
ふふ、と小さく笑いながら下着を身に着けると先ほどまで着ていた物とは別のワイシャツを羽織り。

「まぁ、これでいいか」

脱いだものを適当にまとめ洗濯籠へ。どうせあとで仕分けをする羽目に遭うのだが。
催促する腹の音をあやしながら扉を開けば。
揚げ物とは違った香ばしさが、鼻を駆け抜け胃を刺激する。

「いい匂いだな。食欲が刺激されるよ」

香りを愉しむように大きく息を吸う。

花ヶ江 紗枝 >   
大体後は待つだけのものがほとんど。
今のうちに洗い物を大体終わらせてしまおうと洗い始めると
背後から足音が聞こえる。
予定より少し早く上がったらしい。
ちらと一瞬手をとめるとそちらに目を向け、僅かに微笑み
再び手元へと視線を戻す。
また割って掃除する羽目になったら目も当てられない。

「あら、早かったのね。
 もう少しで出来上がるから座って待っていて頂戴」

小ぶりの鍋を覗き込むと火を止め、
同時に蒸しておいたお茶にお湯を入れて

「はぃ、緑茶だけれど」

この子は多分……未成年よねと僅かに首を傾げる。
随分大人びているがぎりぎり境目かと言ったところと目星をつけていたので
とりあえずお酒類はやめておくのが正解だろう。自分も飲めないし。

「っと」

仕掛けておいたタイマーが鳴り始めるとそれを止め、
冷蔵庫から作っておいた総菜を取り出して机に並べ……

「ごめんなさいね。
 お待たせしてしまって」

簡単ながらも一汁三菜を備えた夕食を一人分セットすると向かいに座り
自分は湯飲みの緑茶に口をつける。

冬桐真理 > 「ああ、すまないな・・・お言葉に甘えさせてもらうよ」

セットしておいたテーブルに着き、カウンターを眺める。
程なくして、緑茶の入った湯飲みときっちり揃えられた夕飯が目の前に並べられる。

「待つ時間も楽しいものだよ。それじゃあ、いただきます」

相手が席に着くのを確認して、合掌。
湯気を上げる味噌汁を軽く吹き冷まし、一口。

「はぁ――いい腕だ。身体に染み渡るようだ」

満足げに頷きながら賞賛を。小鉢、主菜へと箸を伸ばし舌鼓を打つ。
静かながらも温かな食卓をひとしきり堪能する。

――完食。美味でございました。
両手を合わせてごちそうさまと挨拶で〆る。
緑茶で口をさっぱりさせながら心地よさそうに眼を細め。

「やはり、人と卓を囲うのはいいものだな――」

ぼんやりと、そんなことを思い呟く。

花ヶ江 紗枝 >   
「召し上がれ。
 大したものは作れていないけれど」

柔らかい笑みを浮かべながら
箸が動く様をのんびりと眺め、
時折日本茶を口に運んで

「はい、お粗末様でした」

両手を合わす所作ににっこりと笑みを返す。
人に食事をご馳走したなんて随分久しぶりな気がする。
実は結構料理自体は好きなのだけれど
後輩の前で料理をするとしょんぼりしてしまう子が時折いるので
寮にいる時は基本控えているし、本島では料理をしようものなら
元当主がそんな……と陰口を叩かれかねない上、もう食べてくれる人は何処にもいない。
必然的に自分だけの時しか殆ど作ることはなくって……

「ええ、そうね」

短い返答に感情が籠る。
やはり人に美味しいと言ってもらえるのは楽しいもの。
美味しそうに食べてくれる相手なら猶更。

冬桐真理 > 空になった湯飲みを置き、ふぅ、と一息つく。
時計を見れば結構な時間であることを知らせ。
よっこらせ、と立ち上がっては食器を流しへ持って行き手早く片付け。

「ご馳走様、美味しかったぞ」

普段のしかめっ面からは少し意外な、柔和な笑みで語りかけ。
いくつかとりとめもない話の後、寝室へ向かう旨を伝える。

「それじゃあ、あたしはそろそろ寝るよ。あんたはどうする?
さみしいなら添い寝でもしてやろうか?」

ククッと笑いながら二階の隅、シンプルさが目立つ客間へと消えていく――

花ヶ江 紗枝 >   
「私はもう少し起きている事にするわ。
 読んでしまいたい本があるの。
 気にせず休んで頂戴。おやすみなさい」

微笑んで答えると軽く手を振って客間へと歩んでいく背中を見送る。
パタンと閉まる扉を見ると一つだけため息をついて。

「お茶だけ始末してしまいましょうか」

立ち上がると至極ゆっくりとした動きで急須のお茶を容器に移し
冷凍庫の氷をいくつか入れるとそれが溶けていく様子をじっと眺めて

「ごちそうさま、か」

随分久しぶりに言われたなと嘘の無い笑みを浮かべる。
此方にいる間だけは誰かのために料理するのもいいかもしれない。
……外にいたあの子にもご馳走できるものも考えてみよう。
夜はまだ長い。眠れない私にとっても。
けれどただ苦痛なだけの時間も、
誰かのために考える事があれば少しは気がまぎれるかもしれない。
……私にそんな資格はないかもしれないけれど。

「……」

ゆっくりと立ち上がるとキッチンの入り口にあるスイッチへと手を伸ばす。
誰もいないキッチンの机を一瞥し、複雑な感情の混ざった笑みを浮かべると

――パチン

スイッチの切れる音と共に静寂と暗闇が訪れ、
その中を上階へと上がっておく靴音が響き、そしてそれも消えていった。

ご案内:「住宅地郊外の別荘」から冬桐真理さんが去りました。
ご案内:「住宅地郊外の別荘」から花ヶ江 紗枝さんが去りました。