2015/06/12 のログ
橿原眞人 > 「……怪奇小説みたいな真似しやがって! おい、とにかく何も考えずに逃げるぞ!」

思ったよりも冷静でいられたのは、同級生の少女がいるためであろうか。
それとも、自身が過去に、あり得ざる怪物による惨状をみたためであろうか。
わからない。だが、思ったよりは眞人は冷静でいられた。兎に角今は逃げ惑うことしかできない。
普通、こういう研究施設には怪異や不可解なことが発生することがある。そのために、何かしらのセキュリティがかけられているはずだ。
異能者の警備員にせよ、魔術師にしろ、何かしらあるはずだ。だが、それも機能していないようだ。
世界中からの奇怪な物、異質な物、狂気めいたものたちが眞人らを嗤う。
光景的にはホラー映画だ。だが、受けている当人たちにとっては心底恐ろしいものだ。
今、泪はひどく心身を動揺させているように見えた。眞人は自身も恐慌に陥らぬよう、逃げることのみを考えるのであった。

そして、二人はロッカー内に逃げ込んだ。二人が入るには狭いものだ。
眞人は荒く息を吐きながら泪を見る。やはりあの死者に触れられた肩が苦しそうだ。

「……いや、大丈夫だ。気にしないでくれ。お人よしとか、そういうのじゃねえよ」
「原因なんざ今はどうでもいい。今は落ち着け。変に恐怖してると逃げられるときに逃げられなくなるからな」
「手は大丈夫だ。特になんともねえ。何か、魔術的なものの類だったのかもな……ああ、わかった」

狭いロッカーのなかで、身動きもし辛いが、泪の肩の方を見る。少し服などをずらしてみたものの、外傷はなさそうだ。

「……痛むのか? 俺は一瞬だったからまだマシらしいが……。だが、変だな。本当ならこういう事態のためになにかセキュリティがあるはずだ。機能を停止しているのか……?」

狭い中で、あまり泪に触れないよう気を遣いながら思索する。確かに奴らは眞人たちを探しているはずだ。ここにいても見つかるかもしれない。今はまだ大丈夫そうであるが。
眞人はやけにこういう場所のセキュリティなどに詳しいようだった。

「とりあえず、落ち着いてからだ。……ここには、セキュリティの類はあるのか? それを機能させれば警備でもなんでも来るはずだ」

三千歳 泪 > 「朝になれば人が来る。けど、たぶんすっごくものすごく怒られる。留年決定。退学とか? ううん、もっとひどいのかも。行方不明とかさ」
「それが嫌なら、今何とかするしかないわけだけど。できるかな。眞人。どうにかしてさ、あのねぼすけをまた眠らせるの」
「私は逃げちゃったけど、君は戦おうとしてた。どんな相手かもわからないのに。男の子だね。強いんだ?」

からかうのではなく。それは本心からの言葉。自分にはできないことをやってのける人は誰だってまぶしく見えるのだ。
空間を圧迫する髪をすこし申し訳ない気分で引き寄せて、メガネの奥の瞳をみあげる。
この近さなら見えてしまっているかもしれない。普段は髪型で隠している長い耳の先まで。
露わになった肩は白く朱がさしただけ。かえって得体が知れずに不気味なくらいだ。
顔が近すぎて非常に気まずい。通学タイムの満員電車以上の密着具合で嫌でも気になってしまう。
むりやり距離を取ろうとして少年の頭の横に手をついた。俗に言う壁ドンである。

「血、出てない? ヘンになってない? ちょっとびりびりするけど、我慢……んんっ!! いった……いけど、血が出てないなら大丈夫…」
「えっと、隠しカメラとか。聞こえない音を出して気絶させるのとか。鎮圧用のガスとか。ドローンとか。魔術障壁みたいなのもあるはず…だけど」
「…もしかしてそういうの得意な人?」

橿原眞人 > 「退学は困るな。行方不明も。俺にはまだしたいことがあるからな」
「……そうしないことには俺たちもあいつらの仲間入りしてしまうかもしれねえからな。とにかく、どうにかするしかない」
「……いや、強くはねえよ。あそこは逃げたほうがよかったさ。ただ……」
「何もわからないまま、何もしないまま、理不尽に死ぬのが嫌なだけだ――」

胸の奥底に秘めている過去のことを吐露するように語る。
「門」から来た怪異に眞人は家族を奪われた。目の前でだ。だからこそ、そんな理不尽な終わりをなくすために、真実を知るために活動しているのだ。
強いんだ、と言われると顔を背ける。3年前の自分は逃げることしかできなかったからだ。
顔を背けたのは、目が合ってしまったからだ。少しばつが悪そうに、少し赤くなりながら視線を逸らす。
すると、彼女が髪を引き寄せたために、普段隠されていた耳を見ることができた。その耳朶は普通の人間の物ではない。遥かに長かった。20世紀のファンタジー小説に出てきそうなものだ。
「耳……」
そう思わずつぶやいていた。
顔は近く、息も当たりそうだ。非常に気まずい。かなり体も密着してしまっていた。
「うおっ……!」
ドン、と眞人の頭の横に少女の手がつかれる。壁ドンというやつだが、普通逆のはずであった。より気まずい。

「い、いや……少し赤くなってるだけだ。血が出てたりなんか変になったりはしてねえよ。大丈夫か……?」
「なるほど、そういうのがあるのか。……別に、得意ってわけじゃないが」
「ここのネットワークにアクセスできるならたぶん何とかなる。そのシステムを全部使って俺たちが逃げる隙を作る」

そう、そうなれば自分のハッキングの腕前を少女に見せてしまうことになる。それはどうしても避けたいことだ。
だが、それでも今はやるしかなかった。たとえバレたとしてもだ。
理不尽な死をもう一度繰り返すくらいなら、そのほうが良かった。

「……俺がここのネットワークにアクセスしてみる。それで、防衛機器を動かせたらそれを動かす、どうだ?」

三千歳 泪 > 「そっか。それは同感。怖いモノは怖いけど、何もしないってのはなし。どうにかして反省文5枚くらいまで持ってかないとだよ」
「「門」のことはよく知らないけど、君はまだこの場所にいる。取り返したいものがあるなら、君の心は折れてない。ちゃんと戦えてるよ。大丈夫」
「耳!? みみみ耳がどうかしたかな?? さ、最近は耳の長い子が多くってさー! 困っちゃうよね。あは、あははははは…」

羽音がいっそう強まって、背筋も凍るような気配のもとが近づきつつあることを悟る。残された時間はあまり多くない。

「っと、それはまた今度! ちゃんと話すから、今はこっちに集中。いい? OK!」
「難しいことはわからないけど、私は君を信じるよ。背中を預ける。全部任せた。もうこれ以上は逃げられないしさ」
「それに、今は頼れる人が君しかいないんだから! うまくいったらご褒美をあげよう。いいとこ見せてよね、クラッカー!!」

勝算は未知数。でも、最悪よりはましだと直感が告げた。レンチを握りしめて攻勢に転じるときを待つ。そして――。


――そして。30分後。

「首、くっ付いてるかなー? 木っ端微塵になっちゃった分はこれで全部元通りのはず! 見てよこの古代の布、破けたとこも元通りだよ」
「ほら、ちゃんと直せた。けっこう馬鹿にしたものでもないでしょ? あとは帰って寝るだけだ! ねむたいぞメガネくん!!」
「ところで、なにか忘れてるような…」

目的:メガネくんが話せる様になること。手段:博物館デートの練習。結果:ミイラを倒しました。めでたしめでたし。

「そうだ、ご褒美。忘れないうちに」

橿原眞人 > 「ああ、いまはこっちに集中だ。そっちも調子出てきたみたいだからな!」
「任せとけ! 俺のクラッキングの腕前、見せてやるよ、でもな!」
「この事、誰にも言うなよ!!」

眞人が手にしたのは己のタブレット。
近づいてくる羽音。
最早猶予はない。力を隠しているときでもない。
今は全ての力を出し切って、この場を切り抜ける時だ。
きっと目の前の彼女は、言いふらしたりはしないだろう。

「《銀の鍵》の力を、見せてやるぜ――! 没入――!」

「開錠――!!」

今こそ、眞人のハッキングが始まった。この領域の電脳世界全てを手玉にとって。
《電子魔術師》のように、全てのセキュリティを突破して――



30分後――

「ああ、これならばれねえだろうな……というか、お前叩いてるだけじゃねえか。なんでそれで直るんだよ……粉々にしたのも大概だけどさ」
「ま、これなら大丈夫だ。俺たちが侵入した形跡も消しといた。バレはしねえだろう、たぶん」
「あ……? 忘れてる? なんだっけな……」

首を傾げる眞人。
そして、泪のご褒美という言葉にぽんと手を叩く。

「あ、ご褒美な。へへ、もらえるならもらっとかねえとな……」

三千歳 泪 > 「あっ、いいねそのポリシー! 共感できるなー。じゃあ遠慮なく?」

ヘッドロックして胸元に抱きとめ、わしゃわしゃと頭をなでる。胸にメガネが食い込んで柔らかく受け止め、面白いくらい形を変えた。
メガネがどんどんズレて落ちそうになってる。大丈夫。壊れたら責任もって直すから。

「えらいぞ! よくやった! お手柄だね。今日から君はサイバーメガネくんだ!!」

その夜の話はこれでおしまい。ひょんなことから結局バレて、一ヶ月間の無償奉仕を強いられたのはまた別の話…。

橿原眞人 > 「それで、なんだ? なんか飯……おわっ!? ちょ、ま、なな、なにして!!」

完全に不意を突かれ、ヘッドロックされる。胸元に抱きとめられ、頭を撫でられる。
豊かな胸に眼鏡が食い込む。何が起こったのかわからず、眞人は混乱するばかりである。メガネがどんどんずれる。ずれていった。

「ちょ、な、なな、なに、なんだよこれ!! ご褒美って、何!?」
「というかサイバーメガネはやめろよ!!! だああああっ!!」

顔を真っ赤にして彼女の胸の中で叫ぶ眞人であった。
色々あったものの、今日の件はこれで片付いた――結局、バレて懲罰を喰らったのだが。

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