2017/03/13 のログ
獅南蒼二 > 少女の瞳の色が紅く染まり,少女のものとは別の声が重なる。
獅南は,まるでホラー映画のワンシーンのようだ,などと自分でも驚くほど冷静にそれを見た。
それは獅南なりの“呪い”への対応策であった。

「……。」

精神を同調させて侵食し誘導していく呪詛を,獅南は努めて客観的に,そして冷静に受け止める。
以前,己の身をもって実験した際に思い知ったが,呪いとは大枠で捉えれば負の感情をエネルギーとした術式と理解できなくはない。
故に,精神干渉に対しても負の感情に同調しさえしなければ,その影響は限定的なものになる。

…映画にでもなりそうな悲劇だ。

内心にそう呟きながら,獅南が読み取った術式の痕跡は,変容を重ねてもはや混沌とした魔術言語の塊に他ならなかった。
獅南がどう手を出したものかと思案しているうちに,状況は動く。

「…思ったより,早かったな。
 せっかくの優秀な変身魔法も,その名を呼んでしまっては,意味が無いだろうに。」

小さく呟いて,獅南は指輪を光らせ,防御術式を展開した。

赤い髪の少女 > 名前を呼んだことも、変身魔術への指摘も、もはや答えはない。
「彼女」は強烈な敵意を宿した瞳で獅南を見つめながら、詠唱を始めていた。

「炎よ、我が敵を捕らえて焼き尽くせ…」

それは、間違いなく「彼女」が名を呼んだ女性の得意とする術式。
しかし、その術式には丹念に「怨念」が…「呪詛」が織り込まれ、該当の術式が成り立つのが、獅南からすれば出鱈目に思えるほどに術式構成を変えているだろう。
そして…更に出鱈目なのが、その出力。
恐らく、肉体の持ち主の魔力だけではなく…「彼女」の魔力まで混ざっている。
いや、境目を判断するのが難しいほどに混沌としている。

「『炎の嵐(ウラガン・ドゥ・フラム)』!」

一角の空間を丸ごと焼却するつもりかのような…激しく渦巻く、「呪詛」の黒を帯びた炎が、うねりを上げて立ちのぼった。

獅南蒼二 > 万が一に備えて指輪を持ってきたのは幸いだった。
いずれにせよ,正面からやり合えば底の浅い自分の魔力では見通しが暗い。
魔力が底を尽く前に,何らかの方法で起死回生を図るしかないだろう。

「出力も出鱈目だが,指向性も出鱈目だ。
 もう少し効率良く使えば簡単に私を殺せるだろうに…。」

指向性が空間全域に渡っている点を,獅南は見逃さなかった。
もっともそれは,呪詛と怨念が織り込まれ,被害を無尽蔵に拡大すべく変容した結果なのかもしれない。
つまりエネルギーの総量に対して,防御すべき範囲におけるエネルギー量は比較的少ない。
左手で自分の周囲の僅かな空間のみに防御術式を展開し,

「…一つ聞こう,アンタはクローデットを守りたいのか?」

地面を蹴って,一気に距離を詰める。

「それとも,アンタの自由に動かせる人形を守りたいのか?」

ポケットから取り出した自動拳銃を貴女の胴へ向け,何の躊躇もなく引き金を,4回引いた。

赤い髪の少女 > 落第街は燃え移りやすいようなゴミの類が多い。
当然、出鱈目な出力の炎は、周辺に無影響とはいかなかった。少しずつ、火の手が回り始めている。
効率の悪さは、効率など考えずとも渡って来られた「彼女」が、付け焼き刃の術式を行使している所以であろう。

炎が途切れた瞬間、かいくぐるように距離を詰めてきた獅南に向かって、手を差し伸べる。
放たれた銃弾は、「いつものように」装備されている防御術式に、難なく受け止められていた。

「…クローデットを…人形呼ばわり、するの…」

枯れた声を発する「少女」の顔が、憎悪に歪む。

「光の剣(エペ・ドゥ・レイヨン)…!」

差し伸べられた「少女」の手から、詠唱なしで、物理的破壊力を持つ光が獅南めがけて放たれる。
その光も、炎ほどではないにしろ黒い光を帯びていて、「呪詛」が織り込まれていることを匂わせた。

獅南蒼二 > 周囲の状況になど構っている余裕は無い。
自分の周囲のみの防御に徹する限り,ある程度の時間は稼げるだろう。
銃弾が受け止められるのは無論織り込み済みで,

「クローデットは私などよりよほど優秀な魔術師で,努力と研鑽を怠らぬ優秀な生徒だ。
 それを自分の思いのままに,まるで人形のように操っているのは誰だ?」

獅南は弾切れになるまで,銃を撃ち続けた。
何の変哲もないただの弾丸が,貴女に届くはずはない。
だが,攻撃に魔力を消費することそのものが,自分の首を絞めるだけの愚行だと分かっていた。

「……ッ………!」

無詠唱であったのはともかく,呪詛により魔力の性質が変化していることが,判断を一瞬遅らせた。
魔術的現象に対する防御は役に立たず,黒い光の刃は獅南の左肩を貫通する。

舌打ちをしながらも弾倉を入れ替え,重ねて銃弾を撃ち込んだ。

赤い髪の少女 > ちがう。ちがう。
クローデットは自分の想像など超えるくらい優秀な…あと10年もすれば父親にすら追いつくだろう魔術師になった。
「あの子」は、自分の力で立派になったのだ。「私」は、白魔術の指導くらいでしか、力になれなかった。

「私は、あの子を思いのままになんて、してない…!」

重ねて撃ち込まれる銃弾に重なるように、ぱりん、と、何かが割れる音が聞こえた。
周囲の熱で何かが破壊された音か…それとも、防御術式の1つが破れた音か。

「…鋼よ、その質量によりて我が敵を圧し潰せ…」

術式に連なる、「残滓」ではない「呪詛」は、肉体の余力を奪う力すら持っていた。
魔術的現象に対する防御で対抗は出来るが、それはじわじわと魔術防御を削り取っていくだろう。

そして、「彼女」は重ねて術式の詠唱を続けた。
獅南と違って装備している防御術式以外の魔力は自前のはずだが、疲労の色はまるで見えない。

獅南蒼二 > 貴女がこちらの言葉に反応すれば,獅南は僅かに目を細めて笑う。
少なくとも会話が可能であることは分かった。それならばと,

「…私を殺そうとしているこの魔術も,多くはクローデットの努力と研鑽の成果だろう?
 それを意のままに行使しながら言っても,何の説得力も無いな。」

獅南は貴女の激昂を誘うかのように,挑発的な言葉を並べる。
だがそれは現時点おいて紛れもない事実であり,無制限に誹謗中傷する言葉ではなかった。

「可能かどうかは別として,クローデットを使って私を殺すのは構わん。
 しかし……アンタは,一体何がしたいんだ?」

左腕の自由が利かなくなった獅南は,非常に単純な防御術式を何十にも複合展開する手段に出た。
術式を読み取って対抗するのではなく,様々な現象に対する薄い防壁を多重に重ねていく,
それは苦肉の策であったが,魔力が底を尽かない限り致命傷を受けることも無いだろう。
あまりに単純な防壁は,削り取られる速さよりも,その内側に生成される速さが勝る。

…そして獅南は,愚直なまでに銃撃を加え続けた。

赤い髪の少女 > 「お前、クローデットを、裏切ったくせに…!」」

敵意に顔を歪める「少女」の声に、再び少女らしい声が混ざる瞬間があった。
単なる肉体乗っ取りというわけでもないのか…あるいは、それが完全でないのか。

そして…会話を挟みながらも、撃ち込まれ続ける銃撃に防御障壁を削られ続けながらも、術式の構成は無効になってはいなかった。
獅南の頭上に凝縮される、魔力。

「『鋼の大槌(マッス・ドゥ・アシエ)』!」

魔力が具現化したのは、獅南を圧し潰せそうなほど重厚な金属塊。
重力以上の加速度をつけて、獅南めがけて振り下ろされる。

獅南蒼二 > 貴女の言葉は,獅南の想像とは少しだけ違っていた。
言葉を発しているのはクローデットではないのだろうが,
同時にクローデットの意志もそこに介在しているのか?

それとも,クローデットの感情を,呪詛を含んだ術式の起点にしているのか。

「……そうだな,すまなかった。
 お前は私など,問題にもしていないだろうと思ってな。
 と言っても,それで事実が消えるわけでもない。」

一瞬前とは打って変わり,クローデットに語り掛けるようそう答えながらも,
獅南は凝縮された魔力の性質を読み取ることに集中力の全てを費やす。
そしてその性質はともかく発言される現象が“鋼”の生成と知った瞬間に,全ての防御術式を自ら崩壊させ,その魔力を収束させた。
血塗れの左手を無理やり頭上に掲げて,術式を構成する。
それはかつての敵であり,今は友でさえある美術教師を殺すために編み出した術式。

「砕け散れ……!!」

電子を操作された鋼は急速に腐食して強度を失い,魔力衝撃によって砕け散るだろう。
だが,同時に加速度を殺すことはできず…鋭利な金属片が獅南の体を切り刻む。

「……ッ…………。」

あの状況から致命傷を避けただけでも,奇跡と言うべきだろう。
だが全ての防御術式は失われ,傷だらけの身体は満足に動かない。

「素晴らしい魔術だ…クローデット。そして,その背中を押したアンタも…。
 どうせもう私はアンタに勝てないのだから,せめて聞け。」

血塗れの身体だが,楽しげに笑う獅南は煙草を取り出して,火をつけた。
貴女の攻撃に対抗するだけの魔力を,指輪に温存したまま。

「…アンタが何をしたいのか知らんが,クローデットもアンタと同じ道を歩ませることは無いだろう?
 クローデットはまだ若い,道を踏み外さなければ“私たち”と違って,やがて世界に受け入れられるだろう。
 それを,素直に祝福してやる気には,ならないかね?」

赤い髪の少女 > 「「………。」」

獅南の謝罪の言葉に、紅い瞳が揺れる。
緑色の光が、その目に一瞬映った。

金属塊は砕け散り…獅南を圧死させるまではいかなかったが、それでも重傷を負わせた。

「………。」

感情のない紅い瞳が、獅南を見下ろしている。
それでも、獅南の言葉を、しっかり聞いて…。

「………わたしには…もう、クローデットしか…いないの………」

そう、枯れた細い声でぽつりと呟いて。
「少女」の身体は、その場に崩れ落ちる。

獅南蒼二 > 指輪の魔力は残り僅か,攻撃が続くのなら次の手は逃亡しかない。
だが,どうやら声は貴女にも,そしてクローデットにも届いたようだった。

「……まさに,悲劇だな。」

呟きとともに倒れた貴女を見ながら,溜息を吐くようにそうとだけ言い,煙草を吹かす。
お陰で温存していた魔力を応急処置に使えたのは幸いだった。
煙草を携帯灰皿へと入れれば,倒れた貴女に歩み寄って…

「……目を覚ませ,クローデット。」

…静かに,声をかけた。

赤い髪の少女 > 「………近寄らないで」

獅南の声に、まず最初に返ってきたのは、厳しく冷たい敵意をはらんだ、少女らしい声。
それから…声と同じ性質の光をきつく宿した、緑色の視線。

「…あたしは、クローデットなんて知らない。
やたら魔術が得意な「オジサン」のことも、知らない」

崩れ落ちてうずくまった姿勢のまま、「少女」は獅南を拒絶した。

獅南蒼二 > 貴女の言葉に,獅南は足を止めて…苦笑した。

「……分かった,言う通りにしよう。」

実際のところ,獅南の身体は限界に近い。
応急処置も,不得手な治癒魔法では,それ以上の消耗を防ぐ程度の効果しかなかった。
その場に静かに座り込んで,長く,長く…息を吐く。

赤い髪の少女 > 「呪詛」として練り上げられた情念の中には、「少女」の想いも確かに含まれていた。
そして、その「呪詛」を獅南が解析したということは、「少女」の魂に、軽くとはいえ踏み込まれたに等しい状態になっているわけで。
「少女」の態度が刺刺しいのには、それも影響していた。

「………多分、「次」はないから」

それでも、そう告げたのは、この邂逅で「少女」の中で何かが動いたのだろうか。
獅南なら、この「警告」から色々と読み取れるだろうと期待してのことも、あったのかもしれない。

それから…魔術具を使ったのか、詠唱することもなく、「少女」の姿は路地裏から消えた。

残るのは、魔術の余波で無惨に焼け焦げた肉塊に、周辺に広がりつつある火の手。
生きているものは、獅南蒼二だけ。

ご案内:「路地裏の一角」から赤い髪の少女さんが去りました。
獅南蒼二 > 獅南は恐らく,そこまで思い至っては居ないだろう。
もっとも,貴女が態度を軟化させることを期待しても居なかった。
だからこそそれ以上声をかけることもしなかったのだが,この場合はそれが良かったのか悪かったのか。

「……「次」か,今はその可能性が残ったことだけ喜ぶとしよう。」

貴女が消え失せてから,獅南は小さくそうとだけ呟いた。
生と死は,まさしく紙一重であっただろう。

「…………………。」

そのまま横たわり,静かに目を閉じる。
呪詛と怨念に飲み込まれた少女は,しかし己自身の想いもそこに乗せて周囲を焼き尽くす。
きっと,その炎が自らを焼くまで止まりはしないだろう。
それがすぐ先の事なのか,それともはるか遠い未来のことなのかは分からないが,
それはきっと,誰も望みはしない終末だろう。

「…………………。」

出血で思考が淀んだ頭で,獅南は考える。
自分がクローデットに,起点の一つを与えてしまったのは間違いない。
だとすれば,そんな自分は一体どうするべきなのか。

……その問いに,獅南がどのような答えを出すのかは,彼自身にもまだわかっていなかった。

ご案内:「路地裏の一角」から獅南蒼二さんが去りました。