2017/11/05 のログ
ご案内:「◆違反組織群の一角」に――さんが現れました。
■―― >
「…その20m先を右、目標がラインをずれようとしたら牽制して。
その先は袋小路になってる。そこまで追い詰めたら貴方の仕事。
誘導が終わり次第合流する。
確認してからやる。今は殺さないで」
耳元のインカムから冷たい女性の声が響く。
コートとスカートがはためく音とノイズが合わさって
ガサガサと雑音に紛れるその声は老婆のように掠れている。
嗚呼、どうにもこの声には慣れない。
即席のバディなのだから当然かもしれないけれど。
地面を削りながら指示通り角を曲がると
遠目にちらりと小さめの人影が見えた。
「……目標、目視した。
このまま真っすぐ誘導すればいいのね。
さて……集中集中っと」
呟いて足を止め、目を細める。
同時に視界が大きく変わる。
さながらスコープを覗いた観測手のよう。
「……風速、無し。
対象ロック。目測2秒後に分岐点
……2、1、今」
タイミングを計って腕を思い切り振る。
目標が曲がり角を曲がろうとしたタイミングを狙った”砲撃”。
それは狙い違わず交差路の角を打ち抜き、余波で目標を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた人影はゆっくりと立ち上がると狙い通り
通路の奥、闇の深い方へと入り込んでいった。
……ああ面倒だ。そのまま倒れていてくれればよかったのに。
「流石現役風紀委員様。
移動要塞の通り名は伊達じゃないわね」
揶揄うような口調が耳に障る。
いや実際嫌味と皮肉の両方だろうと思う。
こいつ治安維持部隊嫌いだし。
「そっちこそ流石人気占い師様様よ。
あんたのとこに来てこんな追いかけっこする羽目になるとか
将来占いも馬鹿にならないわ」
「占って未来の指針を与えても
不注意な相手はどうしようもないのよねぇ」
……いつか撃ち殺してやろうか。こいつ。
走っていた際に口に入った砂埃を不快感と共に道端に吐き捨て、
歩き出しながらコートの内ポケットから白い薬剤を取り出し、口に含む。
ガリリとかみ砕き、嚥下すれば何時もの感覚が体中を駆け巡った。
よし、これで準備万端。当分持つ。
この高揚感、全能感は本当に癖になる。
■―― >
「さてと……ああもう本当きったないなぁ。
ごみ溜めでなんで走り回らなきゃなんないのよ」
足元に転がっていた空き缶を軽く踏む。
酷く重たい音と共に空き缶はぺしゃんこにつぶれた。
よし。問題なし。
「それじゃ鼠さんの顔でも拝みに行こうか」
あの先は袋小路。
崩落があった地下通路で何処にも逃げ場はない。
転移移動系の能力者なら今頃逃げおおせているだろうし
ここまで走って逃げたという事は
恐らくそういった能力者でもないので焦る必要もない。
それに最初に目視した時中々強力な砲撃を撃ってきた。
爆炎と黒煙で見逃したものの恐らく攻撃系の能力者。
「それにしても学生がこんなところで何やってたんでしょうねぇ」
遠目に見た時目標は学園の制服と思しき服を身に纏っていた。
こんな場所でしかも白地の制服……
そんな目立ちやすい格好でうろつくなんて自殺願望者かと思う。
とは言え、こんな場所で出会ったのだから逃がすわけにもいかない。
「……本当に袋小路なんでしょうね?
逃げてたらあんたを代りに突き出すわよ」
「誰かが掘ったりしてない限りね。
逃がしたのは貴方でしょう?
精々怒られてくださいな」
ああこいつ本当むかつく。
そう思いながら地下通路へとめを向けた。
高速道路のトンネルに酷似したそれは
まだ電源が生きているようで所々で薄暗い灯が地面を照らしていて
荒れた地面が奥の闇へと飲み込まれている。
何故か、そう何故か、一瞬寒気を感じる。
覗いてはいけない物を覗いてしまったような気がして。
■―― >
「くっだらない」
そう吐き捨て歩を進める。
目標は初手で完全に防がれたからか
あれ以降此方に攻撃はしてこない。
まぁしてきたとしても防ぐだけ。
体の周囲に半透明の被膜のようなものがいくつも展開されていく。
柔らかそうな見た目に反して203㎜砲程度なら余裕で受け止める特殊装甲。
私の通り名の由来の一つ。
「ねーぇ、追いかけっこも飽きちゃったし
そろそろおねーさんとお話しない?
お互い長引かせたくないでしょ」
目標に聞こえているかはわからないけれど
奥に向かって大き目の声で言ってみる。
堂々と道の中央を歩くというのはどこでも気持ちの良いもの。
特に自分が優位な状況では。
「因みにその先は逃げ場ないわよー?
さっさと投降しちゃった方が
面倒が少ないと思うなー……っと」
通路の奥に大きめの扉が見えた。
僅かに開いていたそれを軽く蹴ると扉は轟音とともにはじけ飛ぶ。
そうしてその先の空間が思っていた以上に広い事に気が付く。
此処は何だったんだろう。球場位の広さあるけど。地下なのに。
先ほどまで逃げていた目標は逃げ場がない絶望からだろうか。
その場所に中央でポツンと立ち尽くしていた。
薄暗い中所々しかない明かりで顔等はよく見えないけれど
「はぃ、つーかまえた。
……ってここ地下だ
うるっさぃ。」
インカムの電源を入れると響いた大音量の雑音に
思わず顔をしかめるとボリュームを落とす。
それに合わせるようにゆっくりと目標が此方に振り向いた。
■―― >
「……あら、思ってたより」
小柄な身長で若干童顔。
それに反して体型は制服の上からでもかなり整っている事が見て取れる。
絶望からだろうか、此方を見つめる表情は物憂げでミステリアスな雰囲気。
「可愛いじゃない。
良かった。私可愛い子の方が好きなの」
目標の左手をロック。
何かしたら即座に打ち抜く準備は出来た。
普通なら即座に打ち抜くところだけれど……
「残念だけど此処でジ・エンド。
もう逃げ場はなし。諦めてくれる?
……なんていうのだけれど」
ゆっくりと唇を舐める。
その人形のような容姿に下腹部に熱い熱を感じて。
……何故だか酷く穢したいような気持ちになった。
その様子を目標はただじっと眺めている。
「ねぇ、貴方私と楽しい関係にならない?
そうしたら死なずに済むんだけど……
大丈夫。衣食住は保証してあげるからぜーんぶ私に任せて?
お友達も用意してあげるから寂しくなんてないわ」
首元に触る黒髪を背後に流しながら話を持ち掛けてみる。
……薬の取引現場を見られた。
温情で逃がすにはリスクが大きすぎる。
どうせ殺すならこのまま持ち帰って監禁してしまえばいい。
それ自体別に初めてじゃない。
風紀の仕事の合間、足のつかない好みの子を見つけては
何度も連れ帰っている。飽きたらそれこそ占い師様に売り払えばいい。
「もうお家に帰れないのは残念だけど……
すぐに忘れさせてあげる、そんなこと。
あれを見られた以上帰すわけにはいかないもの
でも長生きしたいでしょ?」
今ここで苦しんで死ぬか、
あとで死ぬかの違いは意外と大きい。
売り払う頃には薬漬けで何もわからなくしてあげれば
きっと苦しまずに次のご主人様の所に行ける。
■―― >
「で、どうする?」
クスリのせいか妙に昂る。
今すぐこの子を連れ帰って滅茶苦茶にしたい。
そんな願望を抑え込みながら返事を待っていると
ただ此方をじっと見つめる姿に何故か苛立ちを覚える。
何かが気に入らない。そう思って少し考えて気が付いた。
「……聞いてる?」
此方をただぼうっと眺める瞳は何処か夢うつつ。
さっきまで逃げていた筈なのにそこに恐怖の色がない。
ただただ、此方をぼうっと見つめている。
「(もしかしてこの子元々誰かに飼われてるジャンキーかしら)」
この辺りを無防備にふらつくなんて普通の学生より愛玩物の方が自然。
それならこんな格好なのも頷ける。
これは良い拾い物をしたかもしれないと内心舌なめずり。
怖がらせないように笑顔を作っておこう。
同僚は皆これに騙される。
「ごめんね?もっと早く気が付いてあげればよかった。
とりあえず、安全に連れて帰りたいから……」
思わず口の端に肉食獣の笑みを浮かべる。
そのまま白いコートを跳ね上げ、腕を振り下ろす。
射出するのは野球ボールサイズの硬質ゴム弾に切り替え
狙うのは……腕と足でいいよね。
「手足は一回折らせてもらうね!」
この距離なら外すはずがない。
■―― > 「……!」
そこでやっと目標が反応した。
けれど今頃遅すぎる。
射出した弾丸は狙い違わず僅かな時差でその四肢に吸い込まれ、
目標は悲鳴すら上げられずに地面へと崩れ落ちた。
「うんうん、上々」
狙い通り綺麗に入った。
もうこの子は指すら満足に動かせないはず。
バッグから注射器を取り出し、キャップを外す。
後はこれで意識を奪ってしまえばおしまい。
こういう時風紀委員で良かったと思う。
こうやって簡単に無力化するための物が手に入る。
後は目隠しをして、手枷と足かせをして
器具を挿れて、あの部屋の中でゆっくり楽しませてもらえばいい。
ああ待ちきれない。思わず涎が垂れそう。
思わず口元を抑えると声を取り繕いながらゆっくりと歩み寄る。
「ごめんね?けど大丈夫。
すぐに痛くなくなるか、ら……」
……そしてつい足を止めてしまった。
四肢を砕かれ、地面に臥しているだけの筈の目標が
その身をゆっくりと起こしたのを見て。
■―― > 『……Das Kapitel war scheiße.(下らない)』
それがぼそりと呟く。
その意味は分からないけれど
髪が、容姿が、いつの間にか色素の薄い色へと変わっている。
俯いた顔の髪の隙間から琥珀色の瞳が初めて此方を捉えた。
『……目が覚めたことだけは、感謝してあげるぅ
無意味だけどぉ……』
何の冗談だろう。これは。
急激に目の前の存在がその存在感を変えていく。
風紀委員としての勘が全力で叫んでいる。
――全力でこの場から逃げ出せと
けれど凍り付いたように体が動かない。
ただ体を起こし、此方を見ただけだというのに。
じゃりっという音が足元から響く。
思わず見下ろした足が一歩後ずさっている。
「……っ!」
それを見て我に返る。
私は移動要塞。恐れる事は無い。
鉄壁の防御と苛烈な砲撃で
今まで沢山の怪異や異能者と対峙してきたのだから。
「嗚呼残念。振られちゃった」
恐怖を誤魔化す様に呟きながら腕を振り下ろす。
今度は容赦ない徹甲榴弾の連射。
弾それ自体の質量から掠っただけで大体の物体を吹き飛ばすそれを急所に確実に叩き込む。
この距離ならば外しはしないし、爆風も私の防壁なら問題ない。
放たれた弾丸は身を起こした目標に吸い込まれる様に殺到し
「……え?」
当たる直前に僅かな光の波紋のような物が広がり
それに飲み込まれるように消えていった。
■―― > 『そっかぁ、移動要塞って貴方の事なんだねぇ』
あり得ない現象に呆気に取られていると
糸で吊られるかのようにそれがゆっくりと顔を上げ、嗤った。
その表情に反して片目から静かに透明な雫が滴っている。
呆けていた意識を無理やり引き戻す。
先ほどの砲撃の苦痛が残っているのかもしれない。
それならまだ勝てる。
「ちっ……その名前を出した以上、無事では帰せないのよね」
風紀委員としての私を知っている。
その事に思わず舌打ちする。
今何をされたのかは正直理解できない。
魔法か異能かすらも判らない。
けれど……
「物理が効くなら、倒れ伏すまで打ちのめすだけ!」
肩口に野太刀を出現させ、そのまま大上段から抜刀。
袈裟懸けに切り下す。同時に至近距離から焼夷弾を射出。
通り名から遠距離専門と思われているものの
最も得意なのは圧倒的な防御力と手数を生かしたインファイト。
相手の能力が分からない上に引く事が出来ないなら
最大限の能力で早期決着をつける事こそが最適解。
『……煩い』
けれどその太刀も弾丸も、一つたりとも届かない。
振り下ろした刀は触れる直前に虚空に吸い込まれ、
抵抗すら一切なく中ほどから先が消失する。
弾丸も先ほどと同じく炎すらまき散らすことなく消え去った。
『黙って』
その合間に無造作に掌が突き出された。
掌底というには無造作なそれに、嫌な予感を感じ思い切り身を逸らせ
バックステップで距離を取って……
風に遅れた黒の長髪を見てぞっとする。
「なんなのよ。なんなのよあんたは!!!」
思わず叫んだ。
戦艦の主砲すら止める筈の防御被膜を完全に無視して
触れられた部分がごっそりと消え去っている。
顔を逸らしていなければ、消えていたのは髪だけでは済まなかったはず。
こんなの反則過ぎる。
「消失術式なんてそんな簡単に展開できるものじゃないでしょ!?
どうなってんのよ!!」
苛立ちと恐怖をぶつける様に叫ぶ。
物質の消去は転移や改変とは根本からして異なる。
それそのものの消失はそれこそ長大な術式と場が揃って
初めて再現しうる現象のはず。
少なくとも授業ではそう習った。
けれど目の前のこれは術式の痕跡すら感じさせず
いとも容易くそれをやってのけ……あれ?
「……違う。」
痕跡がないのは術式だけじゃない。
それに気が付いて全身が粟立つ。
……これからは何も感じない。
気配も、魔力も、異能の予兆も、呼吸音や鼓動の音すらも何もかもが感じられない。
そこに居る筈なのに、ただ見えているだけ。
そこに在るのは、星明かりも見えない暗闇よりもなお昏い、空虚。
「こんなものが、こんな物が居て良い訳がない……」
確信する。これは居てはいけないもの。
そこに在るだけで災厄を振り撒くもの。
それそのものが存在を否定するもの。
「此処で私が……殺さないと……!」
そう僅かに残った風紀委員としての矜持が囁く。
私は私なりに、この島を愛している。
このごみ溜めのような場所も含めて。
けれどこれを放っておくとそれがバラバラにされるような
そんな言いようの無い恐怖感が胸の中で膨れ上がっていく。
恐怖を振り払うかのように叫び、異能と魔力を全て攻撃へと向ける。
特殊魔術弾頭の装填、弾頭へ貫通属性の付加、魔術装甲の付与、質量の多重化
存在の増幅に数多の防御術式への解除コード
自身の持つ魔力を最大限に練り上げ、
クスリの力も最大限に活かして……
「消えて化け物!」
極大の閃光と共に今まで数多くの怪物を屠ってきた一射を放つ。
長い黒髪を靡かせ、
目の前の広場ごと目標を消し去らんと放たれたそれは
流星のように空を駆け、広場を真白の閃光で埋め尽くした。
■―― > 「太陽よ、堕ちろ」
その言葉と共に流星が弾ける。
それは周囲に業炎と閃光、衝撃波をまき散らし
逃げ場のない地下空間を飲み込む。
「大地よ、爆ぜろ」
広がっていた光が急速に収縮後、再度爆発するように広がる。
衝撃波や熱波の凝縮、多重化による波状超範囲攻撃。
これが今の私の最大火力。
目の前の相手を問答無用で消し去る為の最後の切り札。
――閃光が収まると同時に後ろ向きに倒れる。
自身に放てる最大火力にかなりの魔力と体力を持っていかれた。
腕も足も鉛のように重く、数分は動ける気もしない。
倒れたままゆっくりと視線を巡らせる。
瞼越しに光に当てられた瞳が暗闇に慣れ始めると周囲の惨状が目に入った。
地面は大きく吹き飛び、その衝撃の強さを物語っている。
周囲の壁や天井は余波で溶けおち、薄雲で覆われた朧月がぽっかりと覗いて居て、
何だかそれがとても綺麗に見えた。
「ああもう最悪。なんでこんなところで切り札を使う羽目に……」
自分以外の気配は……ない。
痛いほどの静寂の中、気分の呼吸音と
ドクン、ドクンという鼓動の音だけがやけに大きく聞こえる。
「本当に……何だったのあれ……」
我ながら平静を欠いていたと思う。
後輩たちに今の狼狽えぶりを見られたらなんと言い訳をすればいいのかわからない。
これでもクールビューティーキャラとして通っているのだから。
「……白星付けても記録に残らないしもう本当さいあ…」
『ねぇ、今のはどういう術式ぃ?』
――嘘でしょう?
耳に届いた声に戦慄する。
先ほど目標が居たあたりからそれは確かに聞こえた。
何処か甘い、若干舌足らずにすら聞こえるような、そんな声。
ご案内:「◆違反組織群の一角」から――さんが去りました。
ご案内:「◆違反組織群の一角」に――さんが現れました。
■―― > 『はーぁもぅ、目が痛くなるから
あんまり強い閃光は見たくないんだよねぇ』
ドスンと容赦なく腹部に何かが腰かける。
恐る恐る視線を向けると……
嗚呼、見たくなかった。
そして信じたくなかった。
『目がしばしばするんだけどぉ……
暗示状態が解けたと思ったら
いきなりこれってどういうことなのぉ?』
一糸まとわぬ姿の目標がペタンと座り込んでいた。
パリパリと炭化した部分が崩れ落ちていく姿はホラーゲームのよう。
その下に傷一つない皮膚が見える。
其処だけ見ればまるで先日のお祭りで仮装しているような姿。
直撃……したはずだった。手ごたえもあった。
『ああうん、ちゃぁんと直撃したよぉ?』
それがひどく楽しげに微笑む。
ただ笑っているだけなのに、その笑みが怖くて怖くて仕方がない。
『あの程度なら消さなくても平気だったみたいなの
もう少し出力があれば完全に炭化出来たかもしれないねぇ』
これはいったい、なんなんだろう。
ヒトの形をしているだけのこれはいったい何だというのだろう。
■―― > 『ところでぇ』
楽しげにそれは笑う。
炭化したこともまるで遊びに過ぎないというように。
『……楽しい関係、だっけぇ
安心してぇ?衣食住は保証してあげるからぁ』
くすくすと笑う様子もその目は一切笑っていない。
被検体をただ無感情に眺める時、そんな光しかその瞳には映っていない。
『聞いてるぅ?』
嗚呼、これにとって……
私は戦うにすら値しない存在なんだ。
声すらうまく発する事も出来ない今、
私に出来る事はそう多くない。
けれど、諦める理由にはならない。
諦めればどうなるかなんて私は一番よく知っている。
飼われる位なら……
「……っ」
榴弾を密着状態の相手に叩きこむ。
自分も巻き込まれる事は免れないけれど、
この怪物の手に落ちるくらいなら大怪我をしたしても……
そう覚悟を決め、動かない腕を無理やり動かそうとして
『だから煩いってば』
容赦ない言葉が響くと同時に
動かそうとした腕から先がかき消えた。
■―― >
「―――――!!!」
一瞬後に声なき悲鳴が喉から漏れる。
腕が消えた事自体には痛みすらなく、
けれどむき出しになった断面と神経が
冷たい空気に触れ、激痛を生じた。
冗談のように噴き出す血がお気に入りの白い服を瞬く間に赤く染めていく。
『今ボクが話してるでしょぉ?
黙ってちゃんと聞いてよ。ねぇ』
此方は一体何をされているのか未だにわからないというのに
これは正確にこちらの一手先を抑えてくる。
此方の思考を読んでいるとしか思えないけれど
そんな存在がいるわけが……
『嗚呼うん、よんでるよぉ?
だから喋れなくてもヘーキヘーキ』
これは一体幾つの能力を抱えているのだろう。
そんな存在は風紀委員のデータベースにものっていなかった。
確実な潜在的脅威だというのに。
どうすれば対処できるのか何も思いつかない。
『……ああ面倒になってきた。
君に聞くより君の体に直接聞いた方が早いよねぇ』
想像していた最悪の可能性がその口から零れた。
なぜなら、私だったらそうするから。
……どうしてこんなことになったんだろう。
数秒前は、逆の立場だったはずなのに。
■―― >
嗚呼、私此処で死ぬんだ。
出血で薄れていく意識の中、呆然とそんな事を思う。
碌な死に方はしないと思っていたけれど、こんなに唐突にそんな日が来るとは思ってもみなかった。
明日死ぬかもしれないなんて忘れて毎日が来ることを当たり前だと思っていた。
随分と色々な事をしたけれど……どうしてそんな事をしたのかしら。
……ああ、思い出した。
「……まだ」
思い出したのは慕ってくれた後輩達や同期の事。
家族すら失った私を、独りぼっちでこの島に来た私を無邪気に慕ってくれた。
何度も傷ついて、怖がって、それでも私が居れば
きっと何とかしてくれるからと震えながら前線に居てくれた人達。
「……私を待ってる人がいる。だから」
何人も守れなかった子がいる。
私の腕の中で息を引き取った子もいた。
……私はただあの子達を守りたかった。
違法薬物に頼ってでも、あの人達を守れるようになりたかった。
だから……
「まだ……死ねない」
そう思うと体は動いた。
激痛は無視。左手で腰元の短刀を掴む。
利き手以外でも武器は扱えるよう、何度も訓練している。
読まれるなら、ばれてしまうなら
「……それが伝わるより早く!!」
ただ無心に体ごと捻る様に首元を狙う。
勝てるなんて思っていない。
けれど、少しでも生き延びるために
またあの子達の元へ戻る為に渾身の一撃を振るう。
■―― >
『……避けるの面倒だからいいよね』
渾身の一撃は狙い違わず相手の喉を穿ち、反対側へと走り抜けた。
赤い紅い鮮血がばしゃりと顔に飛び散って……ふらりとそれの上体が揺れる。
けれど、数秒後それは何事も無かったかのような顔で私を見下ろした。
……届く筈もない。万全の状態で撃った一撃すら凌ぐ相手に
悪あがきの一手なんて通じるわけがない。
それでも
「退いてよ……帰らないといけないんだから
私があの子達を守らないといけないんだから……」
不思議そうに此方を見下ろすそれに譫言のように吐き出す。
返す手で再び切りつけようとしても、手首に強い衝撃を感じ短刀が宙を舞う。
『よいしょっと。』
目の前の少女の形をした化け物は立ち上がると高く舞い上がった短刀を空中で掴み、振り下ろす。
それを振るっていた私の手首を地面に縫い付けるように。
いとも容易く地面に突き刺さるそれに再び激痛で視界が赤く染まる。
もう腕はどちらも動かない。
「私が、守らなきゃ……」
判っている。いまさらそんな事を言ったところで何も許されない。
……私は道を間違えた。
風紀委員であるはずが、いつの間にか力に酔い
摘発対象になるようなことに手を染めてしまっている。
もう、私はあの人達に顔向けなんてできる立場ではない。
でも……
――皆に会いたい
会って、言葉を交わして、またあの瞳で見つめて欲しい。