2017/11/06 のログ
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『……無意味』
その願いは、ただ一言、一蹴された。
その言葉と共に目の前のそれの背後に月を隠す影が現れる。
一切の光を返さないそれは私を興味なさげに一瞥すると
『食べて良いよ』
―――大きく口を開け地面ごと私を飲み込んだ。
最期に見た光景は美しい怪物とその瞳に映る月。
……酷く哀しそうなそれはとても綺麗だった。
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「ああ……気持ち悪い。キモチワルイ。」
先ほど取り込んだ風紀委員の記憶を探りながら
吐き気を抑える様に地面へと座り込む。
また自分の中で数時間記憶が失われている。
直前の自分の行動を把握する為にも、記憶を正確に手繰る必要がある。
もう何年もかけて探してきた。
未だ見つからない忌々しい鎖の断ち切り方を。
その為であれば、何人でも躊躇なく取り込み、消し去ることに
今更疑問など覚えもしない。
かといって副作用が消えてくれるわけでもない。
「えっと、ボク、は……名前、なんだっけ
年は、幾つだっけ……」
もう数えるのも馬鹿らしいほど何人も取り込んできた。
その全ての記憶も、想いも、願いも全て”記録”している。
その人生のすべてを、再現できるほど正確に。
「えっと、私、私は……」
懸命に記憶を手繰る。
取り込み過ぎた感情は確実に意識を蝕んでいく。
取り込めば取り込むほど、自我が喪失していく。
もうわからなくなってしまった。私が誰なのか。
私が本当は何をしたかったのか。
「良いなぁ……思い出せて、羨ましいなぁ」
ぽつりと呟いた。
彼女は最期の瞬間に願いを思い出す事が出来た。
それが酷く羨ましい。
私達は何処か似た者同士だったのかもしれない。
違う出会い方をしていれば、仲良く出来たのかもしれない。
「……あれ?」
仲良く、できたのだろうか。
自分で自分の考えに戸惑う。
今までそんな事を願ったことがあっただろうか。
自分以外の誰かと共に居たいと、願うようなそんな存在だっただろうか。
「……どうして、だろ」
幾人かが脳裏に浮かぶ。
顔は未だに思い出せないけれど……
遊びに行こうと言ってくれた人
友達と呼んでくれた人
とても綺麗で、憧れた人
…思い出すこともできない、けれどこの島で出会った人達の声が、
吐息が頭から消えてくれない。
ぽろぽろと透明な雫が瞳から零れていく。
私はこんなに弱かっただろうか。
「ああ、そうか」
この思考は、今取り込んだ風紀委員の物。
やはり取り込む直前の感情は影響が大きい。
けれど大丈夫。そう判ってしまえば幾らでも対処のしようはある。
小さな子供のように両手で目元を拭い、涙をこらえる様に目を閉じる。
「……ボクにそんな感情なんて、あるわけないんだから」
だからこれはきっと錯覚。
どれだけ取り込んでも理解できない感情の一つを
疑似体験しているつもりになっているだけ。
「ばかみたい」
一つため息をつくと虚空からローブを取り出し身に纏う。
幾ら感覚がないとはいえ、この時期は体が冷える。
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「座標、把握。
……大分絞り込めてきた」
数分前の自分がどこにいたのかやっと把握できた。
脳内のマップにその位置を書き加える。
それをプロファイリングする事で
次回の大まかな位置とタイミングを予測する。
……この突発的な意識の喪失が人為的な物であることは理解している。
正確にいうとその犯人は私の”所有者”。
随分と慎重派のようで不定期に場所を移すため、中々位置を割り出せない。
意識の喪失した個体は自身の能力をフルに生かして自身を隠匿する為
気が付くのはいつも事が終わってから。
それが酷く癪で、気持ちが悪い。
「……お腹痛い」
酷く朧げながら下腹部が痛む。
痛み自体が他人事であっても、
ずきずきと痛むこの痛みはとても気持ちが悪かった。
この体はこれが終わり次第破棄しよう。
今はひとまず優先すべきことが他にある。
「外部干渉は……うん、無いね。」
目を閉じて区画内の動きを再確認する。
無意識状態から覚醒した時から
この区画は丸ごと”囲んで”ひとまず外界との干渉を完全に遮断してある。
電波が伝わらなかったことも、あれだけの破壊にも拘らず誰も来ないのも
そもそもそれらが外の誰にも伝わっていないからだ。
のんびり進めても誰も逃がしはしない。
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「……貴方は誰かを愛せたのかな」
取り込んだ彼女は曲がりなりにも誰かを愛していたのだろうか。
彼女の中で理解できる愛情は壊したいという願いだけだった。
他の愛の形があるとは文字では知っているものの……
未だそれ以外の愛の形を感じる事が出来ない者には
誰かを守りたいという感情は不可解すぎる。
あの風紀委員と違い、それが愛だと、それだけが愛だと教え込まれて育ったのだから。
「……ああそうだ」
まだ一つやっておくべきことがある。
瞳を閉じると耳元に手を当てる。
その手の中の機械から雑音と共に声が耳に飛び込んできた。
『―――ああ、やっと繋がった。
そっちはどうなったの?
目標確保は出来たのかしら?』
――そう、まだ一人残っている。
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「……今会いに行くね?」
くすくすと笑いながら一言呟いて電源を切る。
あの風紀委員が使用していた薬は確かに一時的に能力の増強が望めるものの
心身面への副作用が非常に強い物だった。
確かこの島ではすでに発売禁止となっており、製造自体が規制対象。
お薬自体は勿論、それを売り捌いている組織というのはとてもとても興味がある。
そして何よりも……
「のぞき見なんて趣味が悪いなぁ」
どうやらもう一人の彼女の異能は未来を含む覗き見らしい。
未来予知とは占い師らしい能力ではあるものの……
「私を少しでも覗き見した人は……許さない」
それは確実に、そして絶対に消す。
例え見たものがどんなに些細なものであったとしても。
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「……うん。おーしまぃ。
あっちのボクも良い仕事するなぁ……
さてと……こっちはこっちで”作り直して”おこっと」
しゃがんでいたそれは小さな欠伸を一つするとゆっくりと立ち上がった。
そうしてそっと伸ばした裸足のつま先に漆黒の波が立つ。
それをかき混ぜる様に足を遊ばせると徐にその中へと沈んでいく。
残されたのは溶け落ち、破壊しつくされた地下通路。
その破壊を免れた二か所をただ朧月が照らしていた。
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……その夜、”一人”が跡形もなく消え去った。
彼女が寝泊まりしていた筈の部屋に争い等の形跡はなく
目立った失踪原因等も見つからなかったことから関係者は首を傾げた。
付近のカメラや記録機器には、夜遅く帰宅した彼女が朝までの間に部屋から出る様子は愚か、
その晩部屋の付近を通りかかった者すら誰一人映っていなかった。
まるで神隠しにあったかのようなその事件も、
所詮この島では無数に起きる失踪事件の一つに過ぎず
ましてや違反組織群の中での出来事。真相を手繰る糸などあるはずもない。
まるで同時期を狙ったかのように複数起こった失踪事件も相まって
その人物そのものがまるでいなかったかのように数日たてばまた、
世界は元通りの顔をして動いていくだろう。
そして女子寮のある一室。
移動要塞の二つ名を持つ少女の部屋で
後輩や同期に幾人かのファンを持つその少女は
その夜ただ何も無かったかのようにすやすやと眠り続けていた。
広がる艶やかな黒の長髪も、消えたはずの右腕も
何事も無かったかのようにただ眠り続ける彼女の瞳が
部屋に差し込んだ月明りにぼんやりと薄く開かれる。
眠たげで、少したれ気味のその瞳は
――僅かに琥珀色の煌めきを宿していた。
ご案内:「◆違反組織群の一角」から――さんが去りました。