2016/07/02 のログ
蓋盛 > 男の必死の弁解を聞いているのか、いないのか。
昆虫でも眺めるような眼差しで二人を観察していたが、
やがて小さく頷く。

「そうか。ならいいんだ。あたしの勘違いだったみたい。悪いね。
 ……彼女はあたしが面倒見るから、あんたは自分の傘持って帰りなさい。
 それで何も問題はないでしょ?」

目をにんまりと細め、男へと向け噛んで含めるように言う。
怯えた二人の間に割って入り、落ちた傘を拾い、男へと押し付け、去るように促す。
次に少女へと身体を向ける。

「あたしのことわかる?
 えーと、保健室とかにいる……蓋盛って言うんだけど」

警戒を緩めさせる意図のある、柔らかい笑み。
雲間に差す陽光のような笑顔にも見えるだろう。
――ただ“暴発”の後では、どうかはわからない。

久方 透子 > (物質か、それとも奇妙な生き物でもいる程度の。
人間を見るには程遠い目線もまた、少女にとっては十分恐ろしい。
たとえそれが見慣れていたものだったとしても、小心者である者を緊張させるだけの力を持っていたし、指先の感覚が麻痺する程に強く拳は握られ)

『……も、もちろんだよ。ああ!』

(挨拶らしい投げかける言葉もなく。
災難から逃れるべく、跳ね返る泥で革靴が汚れるのも厭わず男は傘を片手に欠けていく。

その背中を――眺める目線に、ほんの僅か、獲物を逃した名残惜しさこそ残れど。
後追い、深追い、ありえない事だ。
闇の中、消えていく背から目線を戻せば、そこには暖かな微笑みが。

まっとうな――それこそ、雨風に震え凍えるか弱き少女ならば、縋る女神ならぬ教師に。
泣きつくでもなく、まずは深々と頭を下げるところから)

「ありがとう、ございます。
 保健室はよくお世話になるので、保健室の先生は、ちゃんと、名前覚えてます。
タイミング悪くて、もしかしたら会うのは、初めてかも…」

(お世話になるのは事実だが、露骨に人のいる時間は避ける為、
多分初遭遇に偽りはない筈だ。
礼を言って、教諭である事を理解していると示し、…顔をあげて、恐怖の感情を押し込めるべく切り替える。いつもの、学校でよく見せる、作り笑顔)

蓋盛 > 男が去っていくのを、もちろん蓋盛も追うことはしない。
路地から――視界から消えるのを見送ると、
合わせるように蓋盛もおじぎをする。

「丁寧にありがとう。
 最近、この辺りでも物騒な事件が多くてね。少し過敏になってるんだ。
 きみの名前もよければ教えてくれないかな」

ひととき見せた苛烈で酷薄な態度が幻のようにも思える、穏やかな大人の振る舞い。
自分の荷物から折りたたみ傘を取り出して広げ、少女に差し出す。

「さて。雨宿りするにしても、どこかもう少しマシな場所に移動しない?
 ……ああ、あたしもあの男ぐらいに、胡散臭く見えてたりするかな?
 教師と言ったって、善人ばかりじゃない」

自嘲するように、笑い声を零す。
傘を差し出す以上のことは今はせず、少女の意思を尊重する態度を見せる。

久方 透子 > 「ひさかた、です。ヒサカタトウコ。
 物騒……。
 じゃあ、先生がたが交代で、夜、見回りとか…やっていたり?」

(名前を誤魔化すような真似はしない。
素直に自分の本名を伝えた後は、もしや路地の向こう側にも教師がいるのだろうか、など勘ぐり。
彼女の脇を覗き見るように、路地の出口を眺め。

勿論、何も見えるわけはないのだが。夜目が効くわけではない)

「移動は構いませんけど、
 …こんな濡れ鼠と一緒なんて、先生、恥ずかしくないです?

 って。
 ……うさんくさかった、ですか。さっきの人。
 親切な、いい人でしたよ」

(差し出した折り畳み傘こそ両手で乱雑に扱わぬよう受け取るものの。
一歩を踏み出すには躊躇する様子を見せるのは、雨宿りする意義が見いだせないような全身ずぶ濡れといった恰好を見下ろしての事。

間に、さらりと。
疑われぬようにと、無防備で、無知で、無垢な、そんな発言を挟んでおくが)

蓋盛 > 問いに首を横に振る。

「いや。それは風紀の領分だね。
 あたしはただ、こういったいかにもな路地を通りがかったらちょいと覗いてるだけさ。
 大した意味もない、自主的な……ボランティア、と言ったところかな」

どうやらそれは真実らしく、他に人の気配を感じることは出来ない。
銃声が誰かを呼び寄せることもなかったようだ。少なくとも今のところは。
濡れ鼠、という語に、自分の髪の束を撫でる。雨露が手を伝う。

「なに、似たようなものだよ」

笑う。傘を渡した蓋盛もまた、今まさに濡れ鼠へとなっていた。

「近くのコンビニにでも行けばタオルぐらいは買えるし、温かいコーヒーだって飲める。
 きみの――透子ちゃんの家が近かったらそこまで送るのでもいいんだけど……」

僅かに屈んで、そっと肩に手を置く。振り払う余地がある程度に、力は篭められない。
真っ直ぐな眼差し。

「来るんだ。あれを本当に“いい人”だと思ったなら、
 ますますきみをこんなところに一人で置いていくことはできないね。教師としては」

久方 透子 > 「先生。風邪、ひきますよ。
 それに、……おんなのひとが、身体冷やすのって、良くないって聞きます」

(人に言えたセリフではないのだろうが、やや呆れ顔で、けれど半ばは心配する眼差しを向けた。
肩に置かれた手と、真摯な目線。見上げれば、眉尻を下げて、浮かべる笑みは何ともいえぬ表情といったところ。

受け取った傘で身を守り、彼女の言葉に従い、屋根の外に出よう。
少なくてもここで自分が粘ったところで事態が改善するわけもないのは明白。
何より、彼女の体調を壊したくない気持ち自体は存在する)

「近くのコンビニまでご一緒してください。先生。
 私の家は、ここから遠いから。……悪い人に捕まらないように、道中、…教えてくれると」

(渡された傘を、一人で占拠する事も出来ず。
 相合傘よろしく、彼女が少しでも濡れぬよう、傘を横へと傾けさせた)

蓋盛 > 「案ずるない。こう見えても、あたしは無敵だ」

突拍子もない事を真顔で口にする。
透子が屋根の外に出れば、連れ立って路地を出る。

……

最寄りのコンビニへとたどり着けば、先程言ったとおりに
タオルやホットコーヒーなどを買って、透子の分を渡す。

「ふう。
 ……それでなんだってあんなところに?
 恋人と喧嘩か、それとも親に叱られでもしたかい」

自身もタオルで頭を拭きながら、いささか安直とも思える理由の候補を口にし、尋ねる。
答えによっては、雨が止んだとしても彼女を一人にはできなかった。

久方 透子 > 「…………、む、無敵なら、仕方ないですね」

(冗談と受け取ったがいいが、真顔を見た後で、気の利いた答えを返せない。
これ以上、心配するのも、年上の無敵な女性とあっては、どうにも出来ずに、閉口してしまい。――それからはタオルや珈琲を買うまでは、なすがまま、されるがまま。
ポケットの中から財布を取り出し。それらを受け取る代わり、適当な額の小銭を差し出すが)

「……そうですね。叱られました。
 やれって言われていたことが、出来なくて。
 なんか、こう、怒れちゃって、…拗ねてた……んですかね。あはは」

(自身の事でありながら、自分が何故、あそこに。
そんな、ごく当たり前の問いかけに乾いた笑いと曖昧な答え。
顔を雑に吹いた後、頭からかぶるようにして髪の水気を吸いとるに任せ。
親か、恋人か。
そんな事すら暈しての物言い)

蓋盛 > 頭を軽く振って、タオルで首筋を拭う。
コンビニの軒先から、雨雲の様子を伺った。

「……そうか、叱られたか」

そうオウム返しに口にしたとき、透子を見る目の瞳孔が狭まる。
次の言葉が透子に向けて放たれるまでには、少しの沈黙が挟まった。
質問を変えよう、と前置きして。

「なぜきみは人を信じなくなったんだ?」

小さなため息。

「ひとつきみに有益になりそうことを言おうか。
 その場しのぎのごまかしや嘘は、すぐに看破されるだけであまりいい効果を齎さない。
 正直を美徳などと言うつもりはないが、もっと上手くやるべきだ」

教え子に丁寧に言って聞かせるような声。
傘を差し出した時と同じような真摯さが、蓋盛の相貌には保たれていた。
口調に責めるような響きはなかったが、それゆえに冷淡でもある。

久方 透子 > (誰に叱られたのか。
何故、怒られるような事になったのか。

その程度の追究は覚悟していて、だからこそ、もらったコーヒーを啜りながら、次はどう誤魔化そうか。
そんな事を考えた結果、ぼんやりとアスファルトに落ちる水が弾けるさまを眺めていた。

だから。
前置き後の、一言は、それこそ目を見開いて。
作り笑いや、誤魔化す為の、少し言いづらい雰囲気を醸し出すといった困り顔、そういったもの、一切、出せなくなった、ただただ、驚いて見開いた双眸)

「なん、の……こと、ですか」

「もっと、うまく、って。
 はは、やだ、なあ。せんせい。何のことだか、……」

(声が震える。こんなに湿気に溢れる気候で、でも唇が渇いている気がする。
先ほどの銃声を聞いたときより、よほど怖い。
手に持つ珈琲が不自然な波紋を作るのは、自身が震えている事により。
誤魔化せるような、相手じゃないと悟っているにも関わらず、でも、…嘘をそれでも繰り返す。
咄嗟に逃走経路を求めて、視界を彼女から外し。
何処に走るべきかと視線を彷徨わせるのもまた、隠す事を忘れて露骨に。まだ、走り出したりはしないけれど)

「……っ 私、別に、先生の事、
 疑ったりはしてませんよ。本当に。本当にです」

蓋盛 > 隠しようもなく怯え始めた透子から、身体の向きごと逸らし、
少しだけ眉尻が落ちた横顔を向けた。

「悪いね。脅かすつもりはなかったんだ。
 ただ、あたしを先生と呼ぶ人間には、あたしなりに真摯でいたかった。
 なにしろ、実のところあたしはどうしようもない嘘つきだから……」

透子の育ちの良さそうな振るまい(“いい人”)と、そのくせ慎重な態度は、
蓋盛の中では無視できない不自然さだった。

「……あそこで助かったのは、きみではなく、あの男だったのかもな。
 嘘をつかれることも、信じてもらえないことも悲しくはないよ。
 幼いきみがそれを強いられていることを、あたしは悲しく思う」

蓋盛の瞳はただ、雨に叩かれるアスファルトだけを映していた。

久方 透子 > (沈黙する。
スムーズにクリアとなる回答は出てこない。
ぐっと奥歯を噛んで、眉間に深く皺が出来る。

涙が滲んできたが、先ほどの路地裏のように一目を気にせず崩れたりする事も出来ない。

だから結局、珈琲を持って、その場に立って、女教師を直視する事も出来ず、じっと珈琲の黒を眺めるばかり)

「……あそこで。
 叱られて、拗ねてたのは、本当ですから」

(誤魔化しではあったけれど、嘘ではないのは、目を閉じながらつぶやいた。
閉じた視界の中で聞こえた、相手の声に。
叫びだしたくなる衝動をぐっとこらえた。
衝動を散らすように首を振れば、飛沫が、散って飛んだ)

「そう見えるのなら、助けてくれるとうれしいです。
 あ。冗談ですよ。実際は、……そんなこと、ありませんから」

蓋盛 > 少女が遁走しなかったことを不思議がるように、横顔のまま視線を向ける。

「できれば透子を雨空の下に追いやったそいつをなんとかしてやりたいところだが、
 きっとそれで済む問題でもないんだろうね」

低い声量。
どこか自らの言動を恥じているような、希薄な表情。
あまりにも直截に過ぎるというのは、わかっていた。
真に潔白で善良な大人であったなら、もう少し器用な言い方もあったのかもしれない。

透子の本質を見抜けた理由は数あれど、一番のそれは、
路地で出会った最初から、透子のことを信用していなかったからであった。

やがて、雨脚が若干弱まる。
手帳を取り出し、ボールペンで何か書いて、頁を破る。
それを折りたたんで透子に押し付ける。
記されているのは、蓋盛の連絡先のアドレスだった。

「いずれあたしを信じても良いと思ったら」

簡素な言葉。いっさいの感傷が殺された声。
コンビニで買ったワンコインのビニール傘を広げ、コンビニから――透子の元から去る。
蓋盛の姿は煙る雨に紛れ、そう経たぬうちに見えなくなった。

ご案内:「歓楽街路地裏」から蓋盛さんが去りました。
久方 透子 > 「……気をつけて、帰ってくださいね。
 この辺は、本当に、物騒ですから」

(押し付けられた紙切れ。書かれていたアドレス。
それに対して、何かを言うよりはやく、彼女はもう、この場から去っている。
去っていく背中には聞こえそうにもない声で、帰る彼女に声をかけるが、闇に溶けて見えなくなってしまえば、渡されたメモをくしゃりと丸め。
原型を留なくなった其れを、コンビニに設置されているであろうゴミ箱に投げ捨てようとして、――……)

(止めた)

(くしゃくしゃに丸めたままの紙をポケットに突っ込んで、残った珈琲を飲み乾して、そちらはゴミ箱に投げ捨てた。

貸してもらった傘、そういえば返し損ねたと、一歩雨の中に踏み出した時点で気付いたけれど。
――……保健室に置いておけばいいかと、そんな雑な返し方を思案しながらも、帰路へ。落第街へと)

ご案内:「歓楽街路地裏」から久方 透子さんが去りました。