2016/09/17 のログ
ご案内:「荒野の奥」にヨキさんが現れました。
ヨキ > http://guest-land.sakura.ne.jp/cgi-bin/uploda/src/aca1158.htm
http://guest-land.sakura.ne.jp/cgi-bin/uploda/src/aca1159.htm



――そうして待ち侘びるほどの永い一月を経て、その夜。

女の姿で獅南蒼二の研究室を訪れた日と同じ服装で、ヨキは彼を先導していた。
立て板に水のごとき語り口は、普段より饒舌に聞こえる。

「どうだ獅南。やはりいつものヨキの方が、ぐっと安心感があろう?
 あのときのヨキは、随分と刺激的な身なりをしていたからな」

今宵はあの大きな胸も、ふっくらとした腰つきもない。
これまで通りの骨っぽく細長い、男のヨキだ。

「それで――話していたポイントは、凡そこの辺りになろうかな。
 静かで、独りじっとしているには丁度よかった」

道もなくただ開けた荒野を、迷いのない足取りで突き進む。
ヨキ自身、気付いている様子はないようだが――

大気が孕む魔力が、一歩ごとにぐっと濃くなってゆくのが判るだろう。

ヨキが抱えた“呪い”の証か、
それともヨキ自身が持っていたはずの魔力の兆しか。

さながら魔力の吹き溜まりのような一点で、平然としたヨキが足を止めて振り返る。

「……さて。それで……
 この姿で居ても、『我慢』するのが大分苦しくなってきた。
 人気のない場所というのは……だめだな。どうにも。うずうずしてしまって」

笑って目を伏せ、深呼吸する。
向かい合った獅南の顔を、真っ直ぐに見定めることが出来なかった。

「……なるべくお前との言葉が続くように、堪えられればよいが」

ご案内:「荒野の奥」に獅南蒼二さんが現れました。
獅南蒼二 > その日,獅南はそれこそ普段通りの白衣姿で現れた。
なんの準備もしていないようなその姿が逆に,貴方にとっては心強いかもしれない。
……とはいえ,目敏い者ならすぐにこの男の“準備”を見てとるだろう。

「刺激的か…どんな美女の形をしていたとしても,中身がお前ではなぁ。
 少なくともその姿の方が見慣れている。とだけ言っておこう。」

呆れたように笑いながらも,獅南は貴方のあとをついて歩く。
つかず,離れず,一定の距離をとったまま……時には,煙草を吹かして。

「……なるほど,確かに良い場所だ。
 だが,魔力的に安定しているとは言えんようだ…大きな魔力を扱えば,それが呼び水となって何が起こるか分からんが……。」

まぁ,どうにかなるだろう。
そんな風にさらりと流してしまう程度の事態ではないはずだが,獅南はそう言って,笑った。
それから口を閉じ…手をかざして…目を閉じる。

『初歩的な念話だが,お前が理性を保っている限りは会話できるだろう。
 お前は,私に伝えたいことをただ考えるだけで良い。
 ……呪いの正体を探るのが私の仕事なら,堪えるのはお前の仕事だ,今更泣き言を言うなよ?』

目を開けて,小さく頷く。

「………始めるか,ヨキ。」

ヨキ > 斯様な状況にあっても獅南が変わらぬであろうことを、ヨキは疑いもしない。
足を踏み締めて佇んだヨキの姿勢は、脱力しているように見えて張り詰めていた。

「魔力……そうか。ヨキにはどうも、空気が心地よいという具合にしか。
 それがお前の力になってくれればよいんだが」

漆黒の空を一瞥する。
獅南の念話に応えて、ヨキが確かに頷き返す。

金色の眼差しが、今度こそ真っ直ぐに獅南を見た。

「……ああ。よろしく、獅南」

にやりとして、目を伏せる。



――風が吹く。

瞬きの時間すら与えぬほどの間に、ヨキは巨大な黒い影へと変じていた。
人の身の丈を超える巨躯の、獰猛な気配を湛えた猟犬。

喉を鳴らした口端から、金の焔が小さく噴き上がる。
刹那、夜風の中に噎せ返るほどの腐臭が交じった。

一目見れば――首に、背に四肢に、脇腹に。
身体中の傷が大きく開いて、膿んでいるのが見て取れる。

《……おっと》

念話を介した、ヨキの声だった。

傷口からはらわたが零れ落ちそうになって、咄嗟に“伏せ”の体勢。
既に何度か地べたに落としているらしく、脇腹の隙間から泥や千切れた草が挟まっているのが見えた。

臓腑の収まり具合を確かめながら立ち上がり、ぶるる、と鼻を鳴らす。

《この姿になると――頭の奥が朦朧とするんだ。眠気か、あるいは酔い痴れたかのように……》

臭気以上に撒き散らすのは、強い邪気だ。
獅南に傷口を見せようと、ぐるりと回って体勢を変える。

獅南蒼二 > 獅南は右手を軽く振って,空間に術式を描きこんだ。
人間の五感を超える,魔術的な第六感を疑似的に作り出す知覚魔術。

「心地よい…か,覚えておこう。
 さて,ガソリンは車を走らせるが,人を焼き殺しもするからな。」

貴方とやっと目が合った……刹那,眼前に展開されるは尋常ならざる光景。
僅かも目をそらさず,瞬き一つせずに,獅南は貴方を見つめていた。

『…思ったより小さいのだな。
 もう少し,どうしようもないくらいに巨大なのかと思ったよ。』

その姿に怖気づくこともなく,腐臭に表情をゆがめることもなく,
まるでさも当たり前のように,獅南は念話で貴方に話しかけた。
立ち上がった貴方に歩み寄って,傷口に触らぬよう気を付けながら軽く撫で…その傷を見る。

……医学の知識が無い獅南には,傷口についてわかることは少ないだろう。
見るに堪えないほど化膿した他の傷口と比較しながら,貴方の身体を見回し……

『…まったく酷いものだな,さて,朦朧としている頭でいいから,いくつか聞かせてほしい。
 まず,この傷は…脇腹のものは聞いたからその他のものは,いつ付けられたものだ?』

……貴方にまっすぐ問いかける。
防御術式を展開していない獅南は,臭気も邪気も,すべてを弱い人間の身体で受けていることになる。
敢えてそうしているのか,それとも魔力を温存してのことか…

『…次に,腐敗が始まったのは最近か,それともお前がその姿になってすぐ,か?』

…脇腹の傷口に近寄りながら,さらに問いかける。
問いかけは貴方から情報を引き出すための質問でもあり,貴方の理性を繋ぎ止めておく鎖でもあった。

ヨキ > 獅南を見下ろす金の双眸の奥で、粘っこい灯がぐらぐらと揺れている。

《思ったより……ふふ、そうか。……いや、案外一理あるやも。
 『大きな犬だった』と信じられたなら、あるいはもっと巨大になるとも知れん。
 ヨキとして信じられはしても、信仰とはまた異なるものだからな》

ぽつぽつと話しながら、獅南の手の感触にふっと目を細める。
毛皮はいかにもごわごわとしている。洗っても落としきることの出来ないような、経年の汚れだ。

時おり頭を伏せ、小さく左右に振って目を醒ましながら、獅南の問いに答える。

《…………。他の傷は、確か。脇腹を傷付けられる『前』にやられたものだ。
 刀や、鍬や、手斧や――そう、人間たちが使っていた器物で。

 ……本来ならば、脇腹から施した“何か”ひとつで、儀式は完成するはずだったんだろう》

平静を保つ獅南の顔を見遣る。
犬の頭部だけあって表情は汲み取れないが、どこか心配しているようにも見える。

《……身体が腐ったのは、人と獣の混ざりものに変じた当初からだった。
 最近はとみに全身が朽ち始めているが……》

深呼吸。

《ヨキを討つための儀式は失敗した。それでヨキは、斯様に中途半端な存在になった。
 人でも獣でもなく、生きても死んでも居ない……》

再び深呼吸。

脇腹の傷から垣間見える肋骨は、錆びた鉄の色をしていた。
足取りの一歩一歩が重たげなのは、全身の骨格が鉄で出来ているためなのだろう。

そして、ひとつ身じろぎをした瞬間。

脇腹から、真っ直ぐに胸へと見通す角度で――

腐った肉の合間に、何か輝くものが獅南の視界を掠めるはずだ。
それはまるで蔦か、根のように肉に噛み付いている。

――触手めいて曲がりくねった、金色の刃の先端だった。

獅南蒼二 > 『なるほど……言いたいことはわかる。
 だが今更,信仰などと言われても…お前を崇めたいとは思わんな。』

貴方の言葉の1つ1つに,しっかりと答えを返す。
そうすることで貴方が理性を保つ手伝いをしているかのように,努めて普段通りに。

『…やはりそうか。しかし,これほど酷い有様とはな。
 お前の肉体をどうこうしたかったのだろうが,肝心の肉体がこの有様ではどうにもならん。』

貴方の表情から感情を読み取ることはできなかった。
だから,というわけではないが,獅南はそれこそ表情一つ変えることなく……

「……獣の身体は死んでいるのか,それとも単に力を封じられているのか。
 何かが獣を抑えているのか,それとも死んだ獣の身体を,お前の顔の主が支えているのか……。」

……貴方に聞こえるかどうか,念話ではなく小さな声でぶつぶつと呟く。
腐食した金属の肋骨を覗かせる身体を見上げて,それから視線は,脇腹の傷へと向けられる。

「……ほぉ。」

小さく,漏れた声には感嘆の色。
少なくとも,顔の主が貴方の存在を根底から変えようとしていたのは間違いない。
だが,その異様な形をした刃が,いったい如何なる目的で使用されたのか。
どのようなアプローチで成し遂げようとしていたのか,それさえ分かれば……。

『……腹の中にこんな面白いものを隠しているとは………な。』

……念話に雑音が混じる。
獅南が人並み外れた精神力を持っているとしても,生身の人間だ。
長い間邪気に当てられていれば,影響が出ない方がおかしい。
だが,すぐに獅南は平静を取り戻して,何事もなかったかのように続ける。

『呪いの起点は間違いなくここだろう。
 だが問題は,この起点を失えば,お前はおそらく,死ぬか過去のお前の戻るか,それだけだということだ。
 お前も言っていたように,この起点がお前に人間の言葉を与えて,お前をお前にしたのだから………。』

ふらりと,獅南は一歩下がった。小さく息を吐いて,再び貴方の傷だらけの身体を見る。