2017/06/11 のログ
和元月香 > 「(うわぁ...)」

黒い触手の中は、酷く居心地が悪かった。
血塗れだし、鼻の曲がるような腐臭がするし、何より。

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』

『姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん』

『やめてやめてやめてやめてぇぇぇぇぇ!!!!』

悲鳴の渦。
聞きなれた“かつて”の弟や、母や、父や、知らない人も。
断続的に、壊れたビデオのように様々な映像が途切れる事なく流れ込んでくる。

加えて、恐らく幻であろう激しい痛み。
千切るような引き裂くような叩くような潰すような捻るような壊すような____。


そんな中、月香は。
なるほど、とただ納得していた。

地獄の痛みを感じながら。
怒涛の苦痛の記憶を見ながら。

まるで、 【何も感じていない】 かのように。


「(さっきの人は、これで壊されたのか。
恐らく本当に絶望したら、さっきみたいになるのかな?

じゃあわたし永遠にこのまま?)」

と、思った瞬間。


『ギィィィ!???』

「ホワッツ!?」


唐突に悲鳴を上げた黒い異形が、月香を吐き出す。
突き放された月香は、血塗れでアスファルトに尻餅をついた。

『あぎゃギャぎゃぎゃぎゃぎゃ!!!!』

突如乱入者に鋭い攻撃を喰らい、異形は体を激しく揺らしながら触手で相手に襲いかかる...!

楊柳一見 > 「――うっし!」

救出成功。
ブチかました異形から跳ね返って着地し、軽い快哉。
センパイ秘伝の“カッコいいポーズ”もとりかけたが、さすがにそれは踏みとどまる。
だって恥ずかしいし。

「そこのアンタ、足動くなら自分で逃げてくんない?」

二人揃ってスタコラサッサとはさせてくれそうもない気配。
伸び来る触手を、振る腕につれて発する風切り刃でいなしつつ、月香の前に庇うように立つ。

「あと風紀の人呼んでくれるとヒッジョーに助かるの…!」

ごめんアタシ風紀委員じゃないんです。
どっか遊びに行こうかなーとかゆるい頭で散歩してたら、
イヤな臭いと笑い声にカチンと来ただけなんです。

「寄んな触んなくたばれバーカ!!」

触手をぶんぶか切り払いながらの幼稚な悪罵。
涙声? そんなことないですよ?
思った以上にヤクそうでこっそり後悔なんてしてないよホントウデス。

和元月香 > 「うわっつ...。どなたかはご存知ないですがありがとうごぜえます...」

意外と早い救出にほっと息をつきながらも、
しっかりとした声で礼を述べる。

しかし、


「この状態でどうやって逃げろと!!?」

月香はつい、反射的に叫んだ。
道は細いし完全に塞いでるし血塗れだし。
自分のではないにしろ、頭のてっぺんから爪先まで真っ赤なこの格好で表通りに出れば逆に騒ぎにもなりそうだ...。

そんな事を言っている場合では無いのは、分かっているけれど。

『アギギギギギギギ!!』

「あ、あとその触手気をつけた方がいいですよ...。触れただけでやばいかも...」

絶えず触手を振り回し続ける異形。
小声で助言?をする月香。
...真っ赤な手を、同じく血に染まったスクバに掛けながら。

触れただけで、その触手は心を壊しにかかる。

「(あっはー、どっかで聞いたような話ー☆)」

スクバに入った黒い本を思い出す。
月香はなんとか、脱出の機を狙っていた。

楊柳一見 > 「どうにかして逃げんのよ! でなきゃこの場でミンチになってお陀仏よ!?」

こんな所で精肉加工された所で、食う奴と言えば目の前のクリーチャーだけだ。
…いや他の誰かに食われても困るが。

「どうして諦めんのよそこでぇ! …いや待ってそう言う大事な事はもっと早めに言って?!」

無茶を言う。
こちらが飛んで来た時点で彼女――月香は一度呑まれかけていたのだ。
まあそこにも考えが及ばないぐらいテンパってるのだと得心願いたい。

「――づぅッ!?」

集中が途切れたからか。
風の練りの甘い腕に、触手の一つが掠った。
それだけで焼けた鉄棒を当てられたような痛みが走る。
外傷はない。そして痛み自体には、遺憾ながら慣れっこだ。
問題はそこではない。痛みと同時に脳裡に、眼底に掠めたのは――“友の躯と、両親の満面の笑み”。

ぶつん、と世界の何処かで、緒の切れる音がして。
ぐらり、と刹那全ての動きを止めてよろめいた。
それは多分、異形がこの女を口直しに呑み込むのには充分過ぎる時間だろう――。

和元月香 > 「どうにかしようとしてますってばぁぁぁぁ」

でも無理なの!!と言いたげに情けない悲鳴を上げる。
精肉加工なんてごめんだ。
こっちは食われたいんじゃなくて食いたい。
____死ぬ前にファミレス橘のチーズハンバーグ食いたかったなぁ...とアホな思考が脳裏を過ぎる。

「すんませんすんませんっ

.....!ちょ、あぶな、」

反射的に謝る。こちらとてテンパっていた。
...だからこそ、一瞬気付くのが遅れた。

『イヒ』

不快な笑い声を漏らす、黒い異形。
座り込んだ月香の目の前で、呑み込まれていく少女。


「、

そりゃあないよ神様、バカヤロー...」

絶望に暮れたような言い方だ。
その表情は、シリアスを捻じ曲げるような笑顔だというのに。
笑いながら、月香は右手を振り上げた。

____月香の周囲が、金に瞬く。

時間がかかりすぎた。
魔力をとりあえず練っておいたのが幸いだった。
いや、早く助けなければ。

思考が冷静に、素早く巡る。

『アギぃぃぃぃ!』

触手が伸びる。
2度ヘマは侵さない、というように。
息もつかない速さで月香の腕に絡みつく。

しかしそれを全く気にせず、月香は静かに呟いた。


「.........【潰れろ】....!」


金の光が、強く瞬く。
転がっていた資材に、絡みついてゆく。

『...あギィ?』

黒い異形が振り返る。

...その時には、大量の資材が黒い異形に降り注いだ後だった。

『い、いぃぃぃぃぃ!!』

悲鳴を上げて、触手ごと相手を身体から切り離す。

楊柳一見 > 「――――」

気も狂わんばかりの虚ろな激痛。
耳に痛いほどの静寂。それと逆しまに心を犯す聲。

『またしくじったのね』『信心も精進もまるで足りないな』

この場にいるはずもない父母の声が、忘我にたゆたう己をなじる。

『あんな“俗人”の娘なんかと付き合うから――』

視えぬ眼を押し開く。

――ごめんなさい。違うんです。悪いのはあたしです。
ちゃんとミッキョーの勉強します。ダイシサマの言い付けも守ります。
お願いだから《  》ちゃんを――

その言葉の続きが、童女のような泣き声となってほとばしらんとした時。
だしぬけの衝撃と、排出される感覚。

「――げほっ! かはっ!」

こけつまろびつ、酸素を求めて喘鳴を二つ三つ。
ちょっと涙目で、“ソレ”を成したのであろう月香に一瞥巡らす。

――これでおあいこってトコ、かねぇ。

空気と同時に正気も取り戻した体に喝を入れ、起き上がる。
そして――

「……触れやがったな、腐れ妖」

呪詛にも似た低音で呟き、指弾。
椎の実にすぼんだ空気の圧が、弾丸めいて異形の外郭を穿った。
それは一度では終わらない。

「どこの、馬の骨かも、分からんクズが、人の弱みに、触れやがったな、ええ?」

一文節ごとに放たれる指弾の火箭が、確実に異形のカタチを削り滅して行く。
それに怖じてか、不快音を発しながらじりじりと後ずさる異形。
形勢はここに逆転する。
畳み掛けるならば、今だ――。

和元月香 > 「...よし、これで貸し借りなしだな」

振り上げていた右手を下ろし、ふんすと息を吐く。
先程あった微妙なシリアスは、月香にはもう一欠けらも無い。

「.....、」

少女と目が合う。
静かな憤怒と、憎悪が宿った目。

...真っ直ぐな怒りに少し息を飲みながらも、月香は黙って立ち上がる少女を見守るだけ。

『ギ、ギィ、ァァァ』

潰された体に弾丸を打ち込まれ、苦痛の声を上げながらずるりずるりと後ずさりする異形。

「(.......やっぱりこの力は、使わん方がいいよなぁ)」

少女の怒りの矛先である、【人の弱みに付け込んで壊す力】。
例えそれが人助けのために使われたとしても、だ。

『ィィィィィ!!がァァァ!!!』

最後の力を解き放つように、体全体を触手にして異形は少女に襲いかかる。
しかし大分力を削がれたせいで、その触手は情けないほどボロボロで。

ご案内:「学生街路地裏」に和元月香さんが現れました。
楊柳一見 > それこそ瀕死と言った態で、それでもなおこちらに挑みかかる異形。
それは根源の欲求ゆえか。はたまた此奴なりの矜持ゆえか。あるいは単なる破れかぶれか。

「――――ハッ」

そのいずれをも、冷酷に笑い飛ばし、女は――《テング》は鉤手を伸ばす。
きりきりと張り詰められた全肉全骨の緊張を一斉に解き放ち、

「―― 天 狗 食 月」

ぎゅるりと捩じり回した。
その挙動に寄せられた空気のひしぎが、不可視の竜巻を異形のど真ん中に発生させた。
ばちゅん、と。
水風船が割れるような有様を以て、異形は爆ぜ散った。
後に残るは何というか、精肉工場絶賛稼動中、と言ったような酸鼻極まる光景である。

「……ここまでやっといてアレだけど、どないしよ、これ」

月香へと振り向いたその顔は、すっかり殺気の失せた情けない困り顔だった。

和元月香 > 鼻で笑い飛ばす少女。
ばちゅん、と弾け飛ぶ異形。

それらの全てを見届けた後、月香はほぅ...と色んな思いが混じった溜息を吐いた。

「(...あちゃー...。こりゃひでぇや...)」

余すこと無く血に染まった制服。
腐臭で噎せ返るような血の海。
殺人現場...は殺人現場なのだが、それにしても酷い。

「...どうする...。風紀呼んだら絶対話拗れちゃいますぜ...」

振り返った少女に、同じく困ったような苦笑を返し。
げんなりしながらスカートの裾を摘んで、赤黒く変色したそれをげんなりとして見つめる。

楊柳一見 > 改めて周りを見れば、下手人(?)たる異形も亡き今、
誰がどう見ても己ら二人に嫌疑が掛かる事請け合いである。

「よし、逃げよう」

ぽんと手を打って出た結論がそれである。
罪悪感とかない辺り、育ちのアレ具合が窺えようと言うものだ。

「まあお互い陸路は無理あるカッコだし……」

どっちも血だらけです。自分のじゃないのがなおタチ悪い。

「風呂貸すから、アタシんち寄ってく? 行くならおぶって飛んでくけど」

屋根や電柱伝いに行けば、血まみれの出で立ちまでは気づかれまい。
別の意味でやや目を引きそうではあるけれど。
どうよ、と首を傾げて問うてみる。

ご案内:「学生街路地裏」に和元月香さんが現れました。
和元月香 > 「やっぱりそこへ行きつくのね.....。賛成ですけど!」

あっさりと下された提案にあっさりと頷く。
いやもう、トンズラしか選択肢に無いような気がするのだ。
だが流石に、次に出された提案には目を剥いた。

「飛んでく!?あ、はい、ありがてぇっす」

...自分だって飛べるやん、というツッコミは無しだ。
少々混乱しながらも、その提案には乗ることにした。
グッ、と笑顔でサムズアップする。

楊柳一見 > 「ん? あー、別にどっかの超人よろしく飛んでくワケじゃないよ。
 ちょっとだけ周りの風操れるから、こう、その都度足場を作ってね」

つたないジェスチャーで自分の異能の概要を伝える。

「ま、何ぞのアクションゲームとでも思って乗ってりゃすぐ着くって」

でも乗り捨ては勘弁な!
同じくイイ笑顔でサムズアップ(with返り血)を返す。
それから彼女の前で背を向け腰を落とし、

「そんじゃあ楊柳タクシー空の便、発車しますよー。お客さんお名前はー?」

妙なノリでそんな質問を飛ばす。
彼女がおぶさったなら、空のきざはし一歩踏み出し、ぽおんと宙へ駆け上がろうか。
目指すは住宅街のちっとばかし外れ。
かつて上から用意されたセーフハウスだが、都合の良い事に人気はあまりない界隈――。

和元月香 > 「異能者なんですかい君...!
凄い便利そうだねー」

私のとか使うとかじゃねぇからね、など
へらへら笑いながら背中におぶさる。

「(あ...。いい匂い...)」

...変態っぽい事を考えかけて慌てて思考を遮断する。
そのまま飛び上がれば、「ひゃっふー...!」と控えめな歓声をあげた後。

「私ー?和元月香17さーい。1年生でーす」

とちょっと声を張り上げた。
それからノリに乗って、「あなたのお名前はー」と尋ねてみる。


そんな会話を交わしながら、ふと思い出す。

「(忘れてたけどこの子...。あの触手に触られてたんだよなぁ...)」

自分はとにかく、今もさして問題無く会話できるなどメンタルは強いようだ。
とりあえずすぐ傍にある頭を、何の気も無いように見せかけてなでなでしておく。
今後に支障が無ければいいが...。

ご案内:「学生街路地裏」に和元月香さんが現れました。
楊柳一見 > 「便利よー。遅刻しそうな時とか、学校フケる時とか……あ、今のカットしてね」

どこにオンエアすると言うのか。

「ひゃっはー!!」

人目を一応は憚ると言うのに、遠慮もへったくれもない歓声をハモらせつつ高所を駆け往く。

「楊柳一見。同じく1年よ。1コ下だけどねー」

けらり笑って空を行く姿は、果たして余人の目に留まったかは定かでないが。

「んお? な、なに?」

不意に頭を撫でられて変な声が出た。
まあそれでバランス崩さなかったのはさすがだと褒め称えるといいよ!

……心を犯す淀とは、洗い晒したつもりでも襞の奥に存外残るものだ。
今は芽とてない。だがその萌芽は、いつしかまたこの女を蝕もうとするかも知れない。
それが明日か、はたまた一週間後か。一月後か一年後か。
神ならぬ身に知り得ようはずもない。
ただ今日だけは、ひとまず平穏の内に過ぎるだろう。
異形が奇しくも結んだ新たな友誼。
それをわずかな、けれども確かなよすがとして――。

ご案内:「学生街路地裏」から楊柳一見さんが去りました。
和元月香 > 「もしかして流行りの不良少女かー?」

フケる発言には茶化しながらも咎めはせず笑う。
何がともあれ、楽しいのが一番だ。
歓声を上げながら、夜の空を仰ぐ。

「あら一個下。よろしゅうね!」

なら敬語の必要は無いだろう。
そう判断した月香は完全に敬語をあっさり捨てた。

「んふふ、何でもないよ」

頭を撫でた手を、また肩に回し。
からかうような笑顔の瞳に、ほんの少し慈愛を含ませて月香は一見を見つめた。

願わくば、彼女が憎悪に食い潰されないよう。
願わくば、その憎悪の萌芽が生まれぬよう。
____たった80数年ほどだ。


「(信じるっきゃ無いよねぇ...)」

溜息を零して、星の瞬く空を見上げる。
この暖かい背中を、最後まで誰かを守るために見せて欲しいものだ。

ご案内:「学生街路地裏」から和元月香さんが去りました。