2019/02/03 のログ
ご案内:「教室」に人見瞳さんが現れました。
人見瞳 > 「おーっすおまたせー。ごめーん待ったー?」

空き教室のドアを開けて、開口一番のセリフがこれ。まあお約束というやつで。

「んーん。今来たとこー」
「そっかー」
「僕らはもっと先にはじめてたけど」
「そうともいうねー」
「ほら、座った座った! 君の分だけ手付かずのまま残ってるんだから」
「まあまあ。おやつ買ってきたからさー」
「おー。やるじゃん私ー」

同じ顔をした女の子たちが、私の声でばらばらに答える。
ほんの三十秒も前まで静寂に包まれていたのが嘘みたいにかしましく騒ぎだす。

人見瞳 > 教室の真ん中に机を寄せて、山の様に積み上げた問題集を取り崩している私たちの輪に混じる。
サラダせんべいを袋ごと回して、2Lボトルの烏龍茶を紙コップに注いで一人ずつ渡す。
大げさに有難がって受け取ってくれたり、集中している様子でいらないと言われたりと反応はまちまちだ。
島を囲む私は全部で9人。10人目の私で最後だ。

「さてさて。はじめますかー」
「わかんないとこあったら言ってね。私たちならわかるかもしれないから」
「おっけ」

机ひとつ分だけ島を拡げて、参考書とノートを広げる。
何冊か取り分けられた問題集を引き受けて、まっさらの一ページ目から開く。
今日は数学をとことんやろうって感じです。なるべく教科を絞った方が効率がいい、と経験則で知っているので。

ドキッ私だらけの勉強会はっじまっるよー。

人見瞳 > お喋りはじきに止んで元の静けさが戻ってくる。
カリカリとシャーペンを走らせる音。消しゴムを使う音。ページを繰る音。ときどき椅子を引く音がするくらい。
学習塾の自習室みたいな緊張感はないけれど、中身は同じ私同士でふざけあうような雰囲気でもない。

斜め向かいに座っている私が一声唸って頭を抱える。

「………っと。わかんない訳じゃなくて、どこかで間違えたのはわかるんだ。ちょっと待って、考えさせて……」
「これ? 似たようなのを見かけたような……誰かわかる?」

隣の私が問題集を回して、三番目の私が席を立つ。詰まった私の後ろに立って肩を揉む。

「観念しろ。解き方を理解しないとダメだ。そういう問題だからな」
「えー……でも」
「でもじゃない。駄々をこねるな。時間を無駄にするなってば」

詰まった私と解けるっぽい私がひとりの私になって、再びふたりに増殖する。

「これでよし。あとは任せたよ」
「はーい任されましたー」

これが私たちの日常風景。何ごともなかったかのように勉強会は続いていく。

人見瞳 > 右の方からボキボキっといい音がした。誰かが思いっきり伸びをしたみたい。
私がペンを置いて席を立つ。サラダせんべいの袋から一枚抜いてかじる。

「………んー…」
「何何?」
「や。ちょっとトイレ。みんなも身体動かした方がいいよ」
「休憩にする?」
「だね。もうくたくただよー」
「私はまだ大丈夫……」
「じゃあ、休みたい人だけ休憩ってことで。トイレ行きたい人!」

ひとりも手が挙がらない。ワンテンポ遅れて気付いた私がおずおずと手をあげる。

「………えっ。あ。はーい?」
「なんだ一人だけか。いこいこ」

私がふたり教室を出て行った。私も身体を動かした方がいいかもしれない。
おやつ袋からチョコのお徳用つめあわせをあけて、三つずつ配って回る。

ご案内:「教室」にヘンリーさんが現れました。
人見瞳 > 「あいつら……どこまで行ったんだ?」

一番物静かで真面目ちゃんムーブをしていた私が呟く。
トイレに行ったはずの二人は休憩時間が終わっても戻らなかった。

「勉強が嫌になって逃げ出したのかも?」
「ナイナイ。私に限ってそれはない」
「逃げても同じだしねー。苦しむのは残りの私。イコール私だし」
「うんうん」

何人かが頷いて、また元の静けさが戻ってくる。
参考書を一冊完走して、二冊目に手をつけようかという頃に奴らは戻ってきた。

「おまたせ! アイス買ってきたよ!!」

私たちがいっせいに手を止めてガタッと席を立つ。

「遅くなってごめんね……」
「じゃん!! ダッツです! いろいろあるから好きなの選びな!」

私ふくめて10人の私が購買部のビニール袋にわらわらと群がる。

ヘンリー > すれ違った。確かにすれ違ったのだ。
補習のために学校に来て、別に深夜とかでもなく。
完全に同じ顔をした女の子が二人、楽しげに談笑しながらトイレから出てきたのだ。
その様子を、一人隠れて窺っている男がいた。大柄な体躯に長い金髪をまとめた、ふざけた男。

そして、先程すれ違った二人が教室に入っていくのを見て、僅かな逡巡ののち、男は扉に手をかける。

「しっつれいしま~…………、」

同じ顔が、数えて十。女子会だろうかと思った。もしくは勉強会かもしれない。
なのだが。同じ顔。双子というレベルを遥かに超えている。そっくりそのまま増殖したように。

「ウワッ多っ」

声が出た。

人見瞳 > 外から誰かの声がした。
空き教室を使う申請はしてあったはず。壁掛け時計をちらりと見ても、まだまだ粘れるはずの時間で。
招かれざる客人ことメガネのお兄さんが開口一番驚きの声をあげた。

「えっ誰? 誰よ??」
「何この……」
「知ってる人?」
「んーん。私は?」
「おのれなにやつ」

同じ顔をした10人の私がお前の連れかとたしかめあう。答えはおそらくノーみたい。

「もしかしてあなたは………」
「私たちのあとに予約してた人?」
「生き別れのニーサンかも」
「ただの迷子じゃない?」
「それ以外の可能性もあるよ」
「たとえば?」

問い返された私がコンマ秒ほど考えて口を開く。

「変質者とか」

ヘンリー > 同じ顔をした女の子十人。全員がオレの顔を見る。
勿論それは当然のはず。オレはこの教室の予約もとっていないし、変質者と言われれば事実変質者だし。
トイレから出てきた女の子二人を追いかけてここにたどり着いたわけで。
だからオレは、この十人の女の子の誤解――まあ事実なんだけど――を解かなければいけない。

「ああ、いや。違うよ。変質者ではない。では、って言い方も語弊があるな。
 ……えーと、そう、そうそう。迷子。補習が終わって忘れ物を探してたんだけど。
 どこの教室に忘れ物したかな~って思ってさ」

そんなしどろもどろな言い訳をしながら、オレは肩を竦めて笑う。
ハハハ。そう怪しいやつじゃないから。ハハ。十人、二十の瞳がじっと視線を向けてくる。

「えーと、ご姉妹?」

とりあえず、そう。怪しまれないように。
それとなく探りを入れてみる。実にさりげなく。さりげなくないけど。露骨だけど。

人見瞳 > 沢山の私と出会った人の反応は、だいたい困惑と好奇心。それと恐怖が入り混じったものになる。
このお兄さんの場合は困惑が一番多めかな。

「あー。よく言われるやつ」
「一卵生双生児の12人バージョン? 物理的にあり得るのそれ?」
「知らんて。私に聞くなよ」
「もしかしたら知ってるかもしれないじゃんさー」
「期待が大きすぎる……」
「姉妹ではないかな。かといって、赤の他人でもない」
「僕は僕だ。ここには僕一人しかいない」
「それは語弊があるんじゃない?」
「煙に巻くのはよくないと思う。ここにいるのは全部同じ私なんだ」

少し溶けて柔らかくなったダッツを一すくい味わう。私が選んだのは抹茶味だ。
疲れた頭に糖分が供給されて、少しだけ気分が軽くなる。

「まさかとは思うけどさ。ダッツを奪いに来たんじゃない?」
「購買部からずっと……後をつけてきた…?」
「ひっ」
「皆の者ーダッツを守れーーー!!」

真面目ぶっていた私まで釣られてダッツをモリモリ食べはじめる。

ヘンリー > 女三人寄れば姦しいとは言えども。三人どころか三人の三倍じゃあ済まない。
いくらカワイイ女の子が好きだとはいえ、十人対一人じゃあいくらかどころか分が悪い。
どうしよう。誰か一人を口説くわけにもいかないし。全員? ……十人同時?
ないない。そんなことはない。それはない。男としてどうなんだよヘンリ。それはやっちゃいけないことだ。

「えーとつまり、つまるところ。
 ……一卵性双生児でもなくて、他人でもなくて姉妹でもない。
 それで? えっと。ここにいるのは全部私の僕一人。……ああ、ちょっと待って。ちょっと」

腕を組んで首を傾げる。ちょっと。大体一分くらいの間。
ああ、なるほどね。つまるところ。ここは超常が当然の学園なのだから。そういうこと。

「つまり。……異能か魔術?
 ――じゃなくて! いや別にダッツとか盗らないから! なんならオレ奢るし!」

困惑から動揺。動揺から突っ込み。
十人の同じ顔をした君のことを、いつの間にかさらりと飲み込めていた。
ここがどこか、ってこと。忘れたわけじゃあないだろう、ヘンリー・ローエンシュタイン。

人見瞳 > 「ほおう飲み込みが早いですねお兄さん。伊達にメガネっ子してないってことですか」
「えらいぞ花丸をあげよう」
「ただの消去法でしょ。調べればわかることだし」
「お察しの通り、これは私に発現した異能の産物。この島ではよくあることです」

いつの間にか勉強会という雰囲気ではなくなっていて。なのに問題集は残ってる。
このままダラけてしまう前にと危機感を持った私が声をあげた。

「ね。そろそろ同期しない?」
「まだ終わってないじゃんさー! あと三冊もあるんだけど?」
「アプデかけちゃった方が効率がいいって話っしょ」
「いいじゃない別に減るものでもなし」

私が言いたいこともわかる。だって私は私だから。
まだ勉強会が終わってないのに、中途半端だって言いたいんじゃないかな。

「じゃあ多数決で決める?」
「いいよ、いい。わかったってば。しよう。しない理由が見つからない」
「ダッツの人はちょっとあっち向いててもらえますか」

ヘンリー > 「……フーム。なるほど」

オレは、一対一でなら自信がある。自信がね。それなりに。慣れてるつもりでもあるし。
ああ、まあ、複数人対一人でも大丈夫。いや、でもこれは。一対一なんだけど。
一対一のはずなんだけど、十対一で。こればかりは場数を踏んでるオレにも難しい。

「アプデ……? えっ。ああ、え、着替え?
 ダッツの人? オレだよね。ああ、後ろ。後ろね」

くるりと百八十度、彼女に――彼女たちに、背を向ける。着替え? それとも。
ああ、でも異能って言ってたし、なにか人に見られたくないものでもあるのかもしれない。
いつだって女の子は秘密とスパイスと角砂糖でできてるんだから。それならばオレは従おう。
従わない理由もない。背を向ける。覗き見なんて非・紳士的なことはしない。
なぜならオレは、女の子の嫌がることをするつもりは絶対にないのだから!