2019/02/27 のログ
ご案内:「ロビー」にアリスさんが現れました。
■アリス >
私、アリス・アンダーソン!
去年の四月から常世学園に通っている一年生!
ツツガナク試験も終わって、あとは二年生になるのを待つだけなわけで。
そういえばこのツツガナクって言葉を最近調べたけどツツガムシから病気をもらってなくて何よりみたいな意味なんだって。
閑話休題。
私は今……
「………!!」
目の前の机に五段トランプタワーの三段目までが完成している。
ほんの手慰みで錬成したトランプで遊んでいたら何故か土台が完成していた。
あと四段目と五段目を積んだらこれ……完成しちゃわない?
■アリス >
放課後のロビーは珍しく人もまばらで。
邪魔は入らない。
完成させるなら今だ……!!
「………………」
もう呼吸……ううん、瞬きさえ無駄にはできない。
必ずこのトランプタワーを完成させてみせる……!
汗が滲む手を慎重にAAと刺繍の入ったお気に入りのハンカチで拭った。
手汗。吐息。焦り。全てが敵で。
落ち着け……落ち着け、アリス・アンダーソンッ!!
機械のように精密に、暗殺者のように静かに動いてトランプを積めッ!!
心の中で自分を鼓舞して、四段目を積もうとする。
ご案内:「ロビー」にアガサさんが現れました。
■アガサ > テスト明けの常世島はバレンタインの時期とも相俟ってそれはそれは騒々しい。
気が浮ついて彼方此方に皆が行くものだから、先生や風紀委員の人達はそれはそれは忙しいのだと云う。
昔々のこの国の、藪入りと言われた日もきっとそういう風だったのかなあと、少し埒外な思考を抱えたのは、
偏に古典文学のサイユウキを図書室で借りる序に覗き見た、この国の時代小説の所為かもしれない。
「なんとなーく、こういう空気はお祭りのようで好きだけれど、あんまり浮かれると良くないものだよね。
冒険だって必要だけど、人間やっぱり、地に足を着けていかないと」
成績は中、バレンタインも顔見知り同士で上げたり貰ったりの平和的なイベントとして片付き、
さてさてそろそろ新しいミルクパズルでも買おうかなあ──なんて
多分にきっと、他所から見たら浮ついていただろう様子で私はロビーを歩いていたんだ。
「おんや、そーの綺麗な金色の髪はアリス君じゃない?こんな所でなにしてるんだい?」
だから帰り際のロビーで、真夏の太陽みたいに鮮やかな金髪の後ろ姿を見かけて、軽い調子で声をかけもしてしまうんだ。
やっほーって。
■アリス >
その時、気付いた。
白衣の袖が邪魔だということに。
ここまできて白衣の袖でタワーを崩しては笑えない。
椅子をゆっくりと引いて白衣の袖を折った。
異能の研究所にいた時に気に入った私のファッションの、生活の一部。
でも今はちょっと邪魔かな。
口元を手で押さえて深呼吸。
ここからは潜る。集中力の、そして自らのイドの中に。
その時、声をかけられて振り返る。
アガサだ。仲のいい同世代の友達となるとなかなかレアなので嬉しい存在で。
でも振り返った私の表情に張り付いていたのは、悪鬼羅刹の如き必死の形相だった。
「え、ええ……ちょっと今…………これを」
と、指差した先にあるのは。四段目の半分ほどを積んだトランプタワー。
トランプタワーは階差数列から計算して五段作るのに40枚使う。
1セットでは六段は作れない計算。これが限界の……塔!!
「もうすぐ完成なの……」
不敵に笑った。
■アガサ > ──おっと此処は冒険領域だぞ。
私の本能が全力でそう告げる。具体的にはアリス君の顔を見てからそう告げる。
最初に想起したのはテストの結果が散々だったのかなと思い
次にはバレンタインに纏わるチョコレートハザードに巻き込まれたのかと予想する。
記憶に新しい歓楽街におけるチョコレートゴーレム大暴れ事件や、風間センパイの不埒な行動の被害者か──
「……ぅゎ」
違った。
違くて良かったけど状況的には宜しく無い。
今の私は安心した顔となんでこんなところで無茶を、と驚く顔の半々が混ざった、それはそれは面白い顔だろうと思う。
「いやいや……いやいやいや、アリス君。凄いなあ君……ジェンガは私も嗜むけれど、
これはそれより難易度が高い奴じゃないか。……でも、なんだってこんな所でやっているの?」
寝た子を起こさないようなゆっくりとした足取りでアリス君に近づきながら問う声は小さくて、低い。
そうだ、なんだってこんな所でこんな危険な作業をやっているのだろう。
静かな自室でゆったりと興じる類のものだろうに。
と、口程に物を云う私の瞳が訝し気にもなった。
■アリス >
ちょっと心配した声音の友人。しかし。
トランプタワーを見たアガサの第一声はぅゎだった。
ちょっと引いてるけどそれがこのテンションでは心地よい。
ハイ!になってしまっているともいえる。
「放課後に手慰みにトランプ作って遊んでたらいつの間にか土台が完成してて…」
「ここまできたらもう完成させるしかなくない?」
こそこそと内緒話をしながら横目でトランプタワーを見る。
揺れてない。機嫌を損ねてはいないようで。
「決めたわ、アガサ。私、これを完成させて写真を撮る」
覚悟と決意。それが闇を切り裂く光となる。
震える手で再び四段目の左端へトランプを持っていく。
■アガサ > 「なぁんだ。私はてっきりテストの成績が悪かったり、バレンタインで嫌な事でもあってヤケでも起こしたのかと思ったよ。
魔術の授業では集中力を鍛える為に、似たような事をする時もあるけれど、確かアリス君はそっちの方はやっていないって聞いたし」
騒音の中で、或いは動き回りながらの魔力の錬成。集中力を必要とする事柄をマルチタスクに効率よく実践する練習。
でもアリス君のはそういったものではなくて、何となくの部類で、私は毒気を抜かれたように肩の力を抜いて息を吐く。
──吐息で少しだけ、トランプが揺れた気がした。
「何時の間にかで土台が作れちゃうのって凄いなあ……でも確かに完成させたくなるよね。
そういえばアリス君の異能って、例えば「完成したトランプタワー」とかも生み出せたりするのかい?」
瞳に意思を宿しいざ4段目を組み始めるアリス君を他所に暢気な言葉を投げかける。
ポケットからお行儀悪く飴玉を取り出して食べ始めもするし、アリス君に食べる?と差し出したりもしよう。ちなみに味は紅茶味。
■アリス >
「テストもバレンタインも問題なく終えたしー」
「魔術は適正なしの非覚醒フィニッシュだね…あ、後でチョコあげる」
「鞄の中に入れっぱなしだと微妙に邪魔で…」
自分で言いながらなんてありがたみのないチョコだろう。
厄介払いか。
「もう、気をつけてねよねーアガサ。今、息で揺れたわよ」
「完成したトランプタワー、多分異能で作れると思う」
「でもそれじゃ面白みがないじゃない」
言葉を選んで飴玉を断りながら四段目を完成させた。
そこまで作ってから気付いた。
微妙に歪んでいる。バランスが悪い。
そう、隣の少女の僅かな息で揺れるほどに。
汗を拭った。
ここからは集中力と、神への祈りだけ。
「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」
トランプを三枚。あと、たった三枚。
それだけを積めば、塔はロビーのテーブルに完成する。
「父と子と聖霊の御名において」
もうすぐ。あと数ミリ。揺らさないで、誰も…誰も…
その直後。後方の扉が突然開いた。
誰も入ってきてはいない。風……完全に閉じられていなかったドアが一つあった。それだけ。
強烈な春風が、吹き込んできた。私は小さな体を盾に風から祈りの塔を守る。
■アガサ > 「──……あれ、もしかしてずうっと持っててくれたのかい?何だかんだ授業やらが違うと逢う機会もなかったし。
いやあ嬉しいなあ。うんうん。持つべきものは友達だよね。そして実は私もアリス君にチョコレートを渡そうかと思っていたんだ。…本当だよ?」
合間合間の他愛の無い話。
だけれども、他愛が無いからこそ愛のある話だろう。
親愛の情をきちんと持っていてくれたことは嬉しくって、私は唇を三日月のようにして鞄からチョコレートの包みを取り出すんだ。
簡素な透明の包装に包まれたチョコレートはハニワの形をしていてなんとも奇妙だけれど、ちゃんとしたお店の物だから味はそうそう悪くない、筈。
「おっと、御免。集中の邪魔をしちゃ悪いよね。……とか言っていると邪魔をしたくもなるのだけど──」
指先に意識を集中させている所為か、言葉が散文的になるアリス君を見ていると、
そんな事をする気がなくとも言葉だけで意地悪をしてみたくなるものだ。
でも、何処の誰にと向けたものではない信仰の言葉は、果たして何を顕すものかと、私の言葉が与太事に囚われた所での異音。
「うわっ……ちょ……」
顕れたるは何某かの甘やかな花の香りを含んだ春の風。
勢いこんで吹き込む風は私の頬や、アリス君の背を強かに叩く。
「──Dweud《そういうの》」
反射で右手を構える。人差し指と中指を銃口のように扉に向けて、私の言葉が力を作る。
「Dechrau cyflym Repel!!《今はお邪魔って言うの!!》」
それは魔力を収束し錬成させて撃ちだすガンドではなく、ただただ魔力を形にならずに放出するだけのもの。
ただの純粋で魔的な力の塊はアリス君の髪色のような鮮やかな色彩の魔弾となって扉を叩く。
これがきちんとした魔術師であったなら、魔力は扉を破壊しただろうけど、生憎と私はそうじゃないから、そうはならない。
扉は煩く閉まり、春の風は消え、ロビーには静けさが戻る。
「……た、タワー大丈夫!?」
いや、私の声が煩かったかも。
■アリス >
「友達に渡す分はずっと持ってて渡すタイミングを見計らってたわ」
「本当? 嬉しい……友達とチョコレート交換なんて初めてかも」
視線だけ向けて目元で笑って。
「いいのよ、緊張がほぐれたわ」
そう言って最後の調整をしている際に来る、風。
その香りに緑を想う。どこを経由してきた風なんだろう。
しかし、今は。
「神よ、感謝いたします……」
小さく震えるトランプタワー。
何らかの策を講じてくれているであろう、紫の君。
「この世の不幸に苛まれた者のみが……」
風からトランプタワーを守りながら、祈る。
「より大きな御めぐみの手に抱かれ………っ」
限界だ。その時、音を立ててドアが閉った。
風もそこに存在しなかったかのように消えてしまう。
「アガサ………! ありが……」
その時、残された緑の香りが鼻腔をくすぐった。
「…っくち!」
くしゃみをした。手で押さえたけど、ダメ押しを受けてトランプタワーはぱたりと崩壊した。
「……………」
真顔。
無言。
背景に宇宙すら見える。
「あ、そうそう。これバレンタインデーのチョコレート」
笑顔で鞄から取り出してチョコレートを渡した。心に住まうは無。
■アガサ > 「んっふっふーそりゃあやれる幅の少ない私とはいえ、きちんと勉強をしているのだから魔術の腕だって上が……なんだか焦げ臭い?
うん、まあ見なかった事にしてくれ給えぇぇぇぇえええ!?」
得意満面鼻高々、有体に言えばドヤ顔のまま後ろに手を組むのは魔力の余波で制服の右袖が焦げたから。
形の無い魔力をただただ放つなんて危険行為を学園内でやらかした、なんて先生や風紀の方々にバレたら大事で、
だけれども友人の祈りを守れたのなら、これも些細な冒険として云々。
自分を納得させかかる直前で春風のような大声が出た。
「いや、ちょ、アリス君!?」
オーマイガー的に隠した右手も思わず上がる万歳の姿勢。もとい、お手上げの姿勢。
背景はきっと宇宙。
静と動、二つを顕す世界の真理が今此処に在る──訳が無い。
「……あ、うん。ありがとう……人生ってきっと、カカオ85%くらいのチョコレートの味なんだろうね」
此方もハニワのチョコレートを差し出して、少しばかり遅刻したバレンタインデーを完了させる。
「でも、うん。なんとなーく自分で壊しちゃう所がアリス君っぽい気もする」
鼻が笑って、卓上のトランプを一枚拾って取り上げる。描かれているのはハートのQだった。
■アリス >
これだけ失っても涙が出ない。
いや当たり前だけど。
トランプタワーが崩れたくらいで泣かないけど。
「ほろ苦いね、人生……」
ふと、窓から空を見た。
神の存在など余地もない、どこまでも寒々しい青空が広がっていた。
「あはは、包装からしてハニワ型だわこのチョコ。どこで手に入れたの?」
チョコを鞄に大事に仕舞いながら、祈りの塔の残骸を見る。
「うん…私らしいオチだったね……」
あ、来た。喪失感来た。脱力感も追ってきた。
無力感も合流した。これだけ揃えば一端のパーティだ。
「制服の袖、大丈夫? 構造知ってるから直せるけど」
■アガサ > 「ちょっとだけ甘いのがミソだよね……。そういえばチョコレートっぽい形の味噌を売っているお店もあったなあ」
流石に買わなかったけれど、と言葉を続けて天井を見る。埃一つ無く、ただただ無味乾燥な照明だけが灯っていた。
「ん?これかい?これは歓楽街の■■■■ってお店で買ったんだよ。他にも色々な形の奴があってね。
なんでも落第街の方にも面白いお店があるーって噂なんだけど、そこまではちょっと行き辛くって」
視線を戻すと無そのものといった様子のアリス君が砂漠のように笑っていて、私はすこうし視線を逸らしてハニワの行方を語る。
続いた言葉の落第街のお店は、少し奥まったところにあるらしく流石に行くのは憚られようと言葉が濁った。
「んー、まあそのうちこっそり行ってみようとも思うんだけど……ん、袖。直せるのかい?それならお願いしちゃおうかな!
今は良いけど、後々誰かに見咎められたらちょっと困るなあって思っていた所なんだ」
右手をアリス君に差し向ける。
衣服の袖は内側から外に向けて強い力で爆ぜ焦げたようになっているのが判るかもしれない。
■アリス >
「味噌……? ハートの形にカットしたカレールーと同じレベルの蛮行じゃあ…?」
ジョークで渡したら面白……やっぱこわい。
「歓楽街ね、覚えたわ。今度見に行ってみる!」
「落第街は怖いよねー、私は学生街のスマイル・スマイルで買ったわ。前にバイトしてたし」
喋りながら彼女の右手の袖を見る。
確かにこれはちょっと目立つ。
「それなら今度一緒に行く? じゃあ直すわ」
両手で焦げた部分を挟んで、手を離す。
すると制服が完全に直っているというわけで。
「これ覚えてからママに裁縫習う気がなくなっちゃってねー…」
トランプをケースに入れて分解し、無害な待機成分に変えた。
それからあれこれ、バレンタインでの騒ぎや試験のことを二人で話して。
なんだかんだで、楽しんだ私だった。
ご案内:「ロビー」からアリスさんが去りました。
■アガサ > 「うん、味噌。なんでも贈答用の高級品だとかで……でも紛らわしいよねえ。まだカレールーのが洒落ているかも……
ってアルバイトしてたんだ?うーん、私も何かやろうかなあ……パパから送られてくるお小遣いだけじゃあ、ちょっと最近心許ない気が
してさ。ちょっと割の良さそうな奴でも探してみようかな?」
右手を差し出した格好のまま、左手の指先を顎に添えての判り易い考えていますーって図。
次に視線を戻すと袖は手品のように戻っていて、私は目を瞠って唸ってしまう。
羨ましい異能だなあって、つい言葉にも出よう。
「一緒に行く……のは、いいのかい?うん、でも確かに一人よりは二人だよね。」
先日銭湯で知り合った人ともそういった会話をしたからタイムリーな申し出に私の相好が崩れる。
それからは今までの事を二人で話して、これからの事もきっと話して。
すっかりと気分も良くなった私が、ミルクパズルを買うのを忘れていた事に気付くのは、その日の夜の事なのでした。
ご案内:「ロビー」からアガサさんが去りました。