2019/06/01 のログ
ご案内:「廊下」にアイノさんが現れました。
ご案内:「廊下」にアリスさんが現れました。
ご案内:「廊下」にアガサさんが現れました。
アイノ > 金髪ツインテールの自称天才少女。
普段は肌も露わな刺激的な衣装を身に着けていることが多いけれども、流石に学校にいる間は割と落ち着いた格好をしている。

同じ年ごろの少女連中とつるむことも、割と増えた。
とはいえ、お互い何かしらの「他と違う」人が多いメンツだ。
お互いにお互いの地雷を踏まぬよう、距離を保って関係を保つことが多いのだが。

「………………もう一度言って? 聞こえなかった。」

廊下を歩いていた足を止めて、手に持ったペットボトルの飲料を一気に飲み干す。
隣を歩いていた少し年上と思われる女子は、興味を持ってもらったと思ったのだろう、身振り手振りを使って、話を続ける。

曰く「一緒にいる二人は悪い噂がある」
曰く「十数人で出向いて、二人しか帰ってこなかった、見殺しにして逃げてきた」
曰く「アリスは人なんて簡単に殺せる能力があるから、一人二人殺した噂もある」
曰く「アガサはべったり擦り寄って助けてもらったって話」
曰く「近づいた子がまた誰もいない場所に誘われる」

週刊誌のゴシップもかくやの悪辣な噂の数々。
きっと彼女は、そこまでの悪意も無く、ただ面白い噂として捉えてスピーカーの役割を果たしているのだろう。

ただ、今回は、相手が悪かった。
少しだけ微笑んで、金髪の少女はゆっくりと口を開く。

アイノ > 「私さぁ、物に手を触れずに動かせるじゃない。
 故郷で何かの事故があるたびに、噂になってね? 結構有名なんだよね。
 魔女、悪魔、疫病、死神、殺人鬼。
 あらかた何でも噂になって、その噂で国まで追い出されてるわけよ。

 ここに来て、やっと出来た私の友人の根も葉もない噂を私にそうやって聞かせるってことはさぁ。」

 笑う。
 微笑みではない、唇の端を思い切り持ち上げた、引きつったような笑顔。

 がしゃり、と音がする。
 廊下のガラスを何かが殴りつけたような音が響きわたって、蜘蛛の巣のようにヒビが入ったまま、割れた破片が空中に制止する。

 みしゃり、と音がする。
 持っていたペットボトルがへしゃげてねじれ、繊維の悲鳴のようなあり得ない音を立てながら、ねじれねじれて、一本の細い棒のようになっていく。

「………私に喧嘩、売ってんだよな。
 トラウマと友人を土足で踏んでさ。
 いいよ、殺ろうか。 慣れてんだ、そういうの。 そうだろ。
 そうだろうよ、どこからいく?

 指か、手首か、腕か、肩か、首か。
 ……どこからねじれたい? 全部か?」

能力が風を巻き起こし、空気がビリビリと張り詰め、殺気が廊下に充満する。
相手をやたらに脅しながら、ペットボトルだった棒が更にねじれて、ねじれて。

アリス >  
放課後にアガサと二人で歩いていた。
その時、噂話が聞こえた。
私とアガサの噂だった。いつもの。慣れた悪意。

二人で顔を見合わせ、違う道を帰ろうか、という表情をした時。

破砕音が聞こえた。

私には、破滅の音に聞こえた。

慌てて駆けつけると、噂話をしていた相手はアイノだったことがわかる。
まずい。彼女の過去は知っている。わかりきっている。
彼女の過去にも爪を立てるような噂話だった。

まずい、まずいまずいまずいッ! 慌てて飛び出した。

「アイノ!!」

自分でもびっくりするくらいの声が出た。
鼓動が小動物のそれのように激しく動く。

「もういいわ、大丈夫……私は大丈夫だから、落ち着いて…?」

じり、じり。距離を詰めていく。あと3歩。あと3歩進んだら、私は!!

アガサ > 梅雨入りの時期になると、どうせなら本当に梅の実でも降れば面白いのにと毎回思う。
そうして皆で籠でも背負って梅を集めて、ジャムでも作れば楽しいに違いない、と。
私は巨大な大鍋一杯に入った梅と、それを巨大なしゃもじで掻き混ぜる巨人の姿を想起して口に出す。

「広い学園だもの。きっと巨大化する異能を持つ人だっているに違いないよ」

そう言うと傍らを歩くアリス君もおかしそうに笑ってくれた。
そんな平穏だった放課後は、物陰に潜む何かのような声に罅割れる。
でも、慣れている。
そして、慣れていない音が聴こえた。

「……ぅゎ」

慌てて駆けつけると、非日常があった。
窓に在るべきガラスは微細に割れ続けて尚剥落せず、白く濁って摺りガラスのよう。
恐慌に駆られた誰かの顔。まるで化物を見ているかのよう。
彼女の視線は廊下の中央。金色の髪を、獲物を狙う動物めいて揺らめかすアイノ君へと向けられていた。
私は、彼女に呼び掛ける親友の後ろ姿を見ていた。
程無くして異能による破壊活動をセンサーが察知したのか警報が鳴る。
そう遠からずこの場に教師か、風紀委員か、はたまた両方かが現れるのはこの場に居る全員が判りようものだった。

アイノ > 「やってない証明ってのはさぁ、むっつかしいわけ。
 お前が悪意も何にもなくて、ただ善意でやってるって言うんならさ。
 それを証明しろよ。

 そしたら首はねじらんでおいてやる。
 早く。
 早く、早く早く、さあ、早くさァ!!」

そういった悪意に押しつぶされて、私は一度壊れてしまった。
魔女として振舞い、悪魔として笑って、思い描く通りの私になってやった。
だから、本当に殺す気は………。

「………近づくなよ。
 単なるケンカだ、単なる。」

思わず舌打ちが出た。
なんでここにいんだよ、と顔をしかめる。
沸騰しかけた頭が少しだけ我を取り戻しつつも、一度抜いた矛を収めるつもりはないのか、近づいてきた二人を一瞥するだけで。

「私の噂も広められるからサァ。
 スピーカー壊しておけば、静かだろ。」

唇の端をもう一度無理やり持ち上げて笑う。
二人に言うというよりは、目の前の少女に聞かせているかのような言葉。
拳を握れば、空中に浮いていたガラスの破片がゆるりと周囲に浮かび上がり、切っ先が相手に向く。

……警報には舌打ちをもう一度。
その様子から、前後不覚になっているわけではないことは分かるだろう。
少しだけ焦りの色も見える。

アリス >  
悪魔の証明。そんなことは不可能だ。
彼女だってわかっている、冷静さを欠いてはいるけど。
異能だってコントロールは正確だ。

ただ、ただ。怒っているんだ。
私と、アガサと、アイノの。三人分の怒りで、壊れそうなくらいに。

「単なるケンカで異能を出す必要はないわ、アイノ」
「ね……? 少し落ち着きましょう」

アラームが鳴り響く中、一歩を踏み込む。

「それはスピーカーじゃないわ、人間よ」
「少しズルくて、自分本位なだけの、ただの人間だわ」

心の中の臆病を蹴り飛ばしながら、二歩目を往く。

「アイノ……あなたって子は…っ」
「三人分の怒りなんて、一人で背負い込むものじゃないのよ! 少しは……」

三歩目!!
涙ぐみながら、彼女に向けて走る。

「先輩にも、分けなさい!!」

走って、アイノに跳びかかった。いや、違う。
彼女を抱きしめるために飛んだ。

彼女を押し倒す形で飛びつくと、大声を張り上げた。

「アガサ!! その子を追い払って!! 早く!!」

アガサ > 学内で濫りに異能使うべからず。もしも己に制御する術なかりせば、風紀委員や教師の取るべき行動は一つだ。
この学園は異能の制御も目標としている。それは翻れば暴走状態にあるものは鎮圧するという事でもある。
私には、アイノ君が暴走状態にあるように視得た。

「アイノ君それは……ダメだよ。私の部屋で君に言った事を憶えているかな。
これは呪いだって、反応をしたらするだけ自分に返る呪詛。それ以上は駄目だ。
君の名前がよくないものとして、この島にあることになってしまうよ……」

殺意を漲らせた言葉。割れる寸前の風船のような言葉を刺激しないように言葉を連ねる。
その時、アイノ君が警報に気を向けた瞬間にアリス君が駆けた。

「君、後は任せて早く逃げて!」

親友が何かを言うのと私の言葉は同時だ。
警報に混ざる二人分の声はノイズのように混ざり合い、恐慌に駆られた生徒は混乱したような視線こそ向けるけれど
私の視線を理解したのか慌てて駆け出して行った。

「よし……いや良くないけど!ああもう時間が無いよ二人とも!早く此処から離れないと!」

傍から見れば外部からの攻撃に対し、アリス君がアイノ君を庇ったようにも見えるけれど、
アイノ君の異能を知る者はそうは思わないだろう。
私はさっきまでの落ち着いた声なんて吹き飛ばされたように消え失せて、混乱しきった声を上げた。

アイノ > 「私は落ち着いているよ、これ以上ないくらいに。
 久しぶりだから、ちゃんとねじ切れるかどうかだけが心配だけどさ。」

け、け、け、と笑う。
人間を憎んで、世界を憎んで、何もかも憎んで、最終的に残った濁り切った己の姿。
それを自分で再現しながら、ひたすらに、ぎりぎりまで相手を脅しに脅す。
心底怯えてもらわねば意味がない。
止めようとする二人を無視して、ギリギリのギリギリまで。

「……………っく。」

アガサの言葉に、その動きが少しだけ鈍る。
もう取り返しがつかないくらいに呪いをその身に受けてしまった。
今さら。

今さら。 どうせ。 私はもとより帰る場所なんてありやしないんだけど。
言葉が体の中で反射して、でも、動きがはっきりと鈍る。

「ちょ……っ、危な、い、ってのっ!?」

動きが鈍っていたからか、とびかかられることに反応ができず。
どさり、と押し倒され、抱きしめられる。

「………………ったく。
 私は元からずーっとこういう奴なんだっての。
 勝手に怒って勝手に暴れる大馬鹿野郎なの。

 ………とりあえず離れるか。」

ほら、とアリスの肩をぽん、と叩く。
………溢れんばかりの殺意はするりと収まって溶けて。

アリス >  
「……バカ。バカアイノ…」

何故か、涙が止まらなかった。
どうしてだろう。私はこんなに泣き虫だっただろうか。
彼女を抱きしめて泣いていたが、アガサの声に引き戻される。

立ち上がると、異能の力を全開にした。
2秒。2秒で痕跡を消して見せる。

「空論の獣(ジャバウォック)…!」

両手を広げると、落ちてるガラス片を分解し、
その元素を利用して窓ガラスを復元した。
ペットボトルだった棒を拾うと、元通りの空のペットボトルに構成しなおした。

ただまぁ、元のラベルがわからなかったから。
カツオダシの素みたいな珍妙なペットボトルになったけど。

「行こう」

ペットボトルをアイノに渡して、
涙をぐしぐしと拭うと何もなかったことになったその場を後にした。

「あっち、空き教室あるから」

アガサ > 瞬く間に破壊の痕跡が消え、何事もなくなった廊下を駆けて空き教室に滑り込む。
程無くして誰かが来た気配がしたけれど、彼ら彼女らは警報の誤報かと思ったのか、やがて立ち去って行った。

「アイノ君。君が私達への噂に対して憤ってくれるのは、嬉しい。でも、元からずうっとなんて嘘は……やめよう?」

泣いているアリス君に対して私は冷静であるかのように振る舞える。
親友が泣いてくれている分、私が泣くわけにはいかない。

「……アイノ君。君はこの島に来る時に偽名だって使えた筈だよ。名前を捨てて新しい土地で全てをやり直す。でも君はそれをしなかった。
魔女として悪名となった名前を捨てなかった。それは、この島では名前を誇りたかったからじゃないのかい?
初めて公園で私に会った時に言ったよね。アイノの名は愛の字に簡単な方のすなわちって漢字をくっつけて愛乃って書くって。
君は笑いながら嘘だと言ったけれど……」

魔術の世界にとっても名前というものはとても大事なものだ。
先日読んだ魔術書によると、人は始めから人にあるものでは無く自我を育み人と成る。名はその容を整える器であり、掛け替えの無いものとあった。
故に親は子に想いを託して名前を付ける。幼年期の子が親に名付けの意味を問うのは、その想いを知りたいが為だ、と。
それだけ名前には想い──ある意味では呪いが籠められ、その人物の霊的な本質と強く結びついている。
とある魔術師の一派などは、霊的に結び付いた本名を敵対者からの呪詛を避ける為に秘匿し、魔術名と呼ばれる諱を用いるともその本には記されていた。

「私とアリス君の噂、悪名は直に消えるよ。根拠のない噂だもの。でも、君がそう振る舞ってしまったなら、その事実は消えない。
私達の為に振舞った結果が、そうであるなら……私は悲しいなって」

私は本の内容を思い出す。
同時に昔、ママに名前の意味を訊ねた時の事を思いだす。
ママは『大昔の聖なる人からとったのよ。意思の強い、とっても素敵な乙女の守護聖人様!』と不敵に笑って、私の頭を撫でてくれた。
そんな凄い人の名前から付けてくれたのだと思うと、何だか嬉しかったのを今でもはっきりと憶えている。きっと、ずうっと忘れない。
アイノ君も、彼女もそうであろうと信じたかった。

アイノ > 「……マジかよ。」

まさかと思ったが、そのまさかが目の前に広がる。とんでもない能力だ。
そりゃ、ある程度加減はしたけれど。
痕跡が完全に消えてしまえば、ふてくされたような彼女は空き教室に連れられていく。



「………………私は別に。
 別に。………自分のためにキレただけだし。」

確かに自分は偽名を使う選択肢もあった。
そこをズバリと言われると、思わず呻くような声が出て、視線を反らし、言葉がぼそぼそと小さくなる。
壊れてしまった自分を、改めて始められればと思っていたのも事実で。
アガサの顔もアリスの顔も見れない。

「………………」

キレた瞬間、ただ本当に頭が真っ白になったわけでもなかった。
ただ、許せなかった。懲らしめて、痛い目の一つでも見せて。
慣れたもんだ、悪魔って呼ばれるのは。 だから悪名が今さら一つ二つ増えたところで、どうってことない。
そう考えていたのも本当だから、二人の顔は見れなくて。

段々泣きそうになってくるから、そんな顔は見せられないし。
唇を噛んだまま、下を向く。

アリス >  
ぐしぐしと顔を拭った。
いつまでも先輩が泣いていると、格好つかないのだけれど。
悲しいことがあったわけじゃないのに。
涙が止まらなかった。

アガサの言葉は、魔術的な見地から、少しずつ感情にシフトする優しい言葉で。
それでも、確かにアイノを叱るような。そんな意味合いの言葉だった。

何かを忘れている。
私とアガサは、言うべきなんだ。
あの言葉を。

ハンカチで涙を拭うと、顔を上げてアイノに声をかけた。

「ありがとう、アイノ」

うー、と唸ってまた溢れる涙を拭って。

「私とアガサが諦めてしまったものを、取り返してくれて」
「私の代わりに怒ってくれて」
「嬉しかった……アイノがしたことは間違っていても」

「私は、嬉しかったんだ」

ああ、もう、本当。ダメな先輩。まだこの期に及んで、泣き続けるなんて。

アガサ > 眼は口程に物を云う。
視線とは意思だ。魔術世界にも魔眼と呼ばれる類があり、異能にも視線が介在するものがある。
私はアイノ君の明確に迷う視線を視て、迷った。迷ってしまった。
でも傍らの親友が明確に示してくれて、忘れていたことを思いだす。

「御免ね。アイノ君を困らせたかった訳じゃないんだ。
……もしかしたら、素直に感情を出せる君に嫉妬したのかもしれない。
なまじ最近、ちょっと色々本を読む所為か理屈っぽくなってしまったかもだ。
ありがとう、アイノ君。……本当はね、私だって言われるのは、嫌だから」

根拠の無い噂なんて耐えていればいい。反応をするだけ無駄。あれは呪いだから。
そう頭の中で理屈を付けて身を守った。守らないといけなかった。
今も隣で泣いている親友を、守って上げられるようになりたかったから。

「それに……ああは言ったけどアイノ君の噂が広がる事はきっと無いよ。
この場を知っているのは逃げたあの子だけ。噂がもし出るなら出所は其処だ。
……他人の噂であれだけ怒れる君の姿を見て、尚そんな事をするようには見えなかったもの」

泣いているアリス君の目端をハンカチで拭う。
私の言葉が合っているのか、間違っているのかは判らないし、解らない。

「痕跡はアリス君が綺麗に消してくれたものね。完璧というものさ!」

ただ、何時までも空気が沈むのは良くないと思ったから、そうする。
声を努めて明るく跳ねさせようとした。少し、不自然でもあったかもしれない。

アイノ > 「ば……っ」

アリスの言葉が不意打ち過ぎたのか、言葉が詰まり、顔を真っ赤にする。
力を振るってお礼なんて言われたのは、それこそ久々で。
叱られて、ぶたれることくらいまで覚悟していたのだから、それこそさらに衝撃で。

「………べ、つに、代わりに、なんて。
 私はただ、自分の。」

二人からお礼を言われて、張り詰めていたものがぷつりと切れる。
思う存分にただ、自分の気持ちを振り回しただけなんだから。

両手で顔を覆ってしまう。
やっぱりアガサもアリスも、怒っていたんじゃん。辛かったんじゃん。
そんな言葉はもう口から出てこない。

「ばか、ばかだろ、ばーか。
 ほんと、二人とも、ばか。」 

両手で顔を覆ったまま、肩を少しだけ震わせ、か細い声で罵倒する。
ああ、そうだ。私だって助けてもらったんだ。
悪魔にまだならずに、友達でいていいのなら、私もお礼を言わないと。

心がそう思う。
それでも、まだ顔を見れない。ぐし、ぐしと何度も顔を拭いて、拭いて。

「………あれ。」

止まらなかった。ぽろりぽろりと粒があふれて。
こすってもこすっても。 何度も何度も。

ああもう、ほんとばか。
お礼一つも満足に言えない私は。

アリス >  
そっとアイノの肩に手を回して、アガサの顔を見上げて泣き笑い。

「そうだよ、私たちはバカなの」
「しなくていい我慢までして、ね……」
「それを壊す言葉をくれたことの、お礼をしただけ」

ああもう。アガサも抱き寄せてしまえ。
涙を流しながらふふふ、と笑って。

「ありがとう、アイノ。あなたも私の親友だよ」

そう言って、あまりにも近いアガサに耳打ちした。

「涙を拭ってくれたの、あのハンカチだった?」

そんなことを話しながら、三人で泣いたり、笑ったり。
消し去りたい悪夢に抗う心。

この笑顔は、その勇気をくれた人のために。

アガサ > 「馬鹿って言うほうが馬鹿って言葉を知らないのかな君は」

泣きながら声を震わせるアイノ君の、そんな様子を何も見なかったかのように軽口を叩く。
ああ、まったく、やれやれ、如何にも鼻もちならない性格の悪い子のような、そういう仕草も加えてみせる。
きっと滑稽で、大仰で、ヘタクソな舞台役者のような振舞いに違いなかったけれど。
私がそうと自覚するよりも先に、アリス君に抱き寄せられて叶わない。

「……んふふ、でも馬鹿でも3人集まれば……ええと、文殊の知恵だっけ。いい感じの知性になるってことだよ!」

私もアイノ君とアリス君とで肩を組むようにし、恰もスクラムのようだ。
誰かが視たら何やら怪し気な儀式の最中かと思うかもしれない光景。また変な噂が出てしまうかもしれない光景。

「勿論あのハンカチだとも。私の宝物だし……そうだ、アイノ君の誕生日っていつなんだい?
もう過ぎてしまったかな。それともこれから?もし過ぎてしまっているなら──」

でも、そうなったらその時は黙っていないで笑い飛ばしてやろうかと思った。
そうすればきっと思い出になる。今日の出来事だって、きっと。

アイノ > ぽろぽろと。
拭っても拭っても止まらない涙は自分でもなんだか分からなくて。
この馬鹿二人を抱きしめる力だけはちょっと強く。
お礼は言葉にならず、唇が動くだけ。


私は悪魔でもなんでもない。
年上の友人に頭を撫でられて、わんわん泣いている単なる生意気なクソガキだ。


だから。

もう一度、この島で単なる子供として、やり直してもいいのかな。


………まあ、超恥ずかしかったから、改めてお礼は口にはできなかったのだけれども。

いつか。